第Ⅱ楽章―醒―
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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森を迂回して双嶺村へ向かう形が理想、という張宿の提案により、一度森を出てから二日という時間をかけて無事に村へと入った華音たち。
一晩宿を取り、休息した後に村の事を良く知るという老婆の元を訪ねた。
「お前さんたちが訪ねてくる事は予め分かっていたよ。私の隣に居るのはこの村の神族家の血を継ぐ者でのぅ。先読み――近しい未来を視る力に長けているんじゃよ」
「二月ほど前、村の北側に聳え立つ岩山の洞窟の中へ朱色の光が落ちていく夢を見ました。いずれそれを探し求めて朱雀の巫女と七星士が村に訪れるであろう事も、夢のお告げとしてありました」
老婆の隣に静かに座するその青年は、淡々と言葉を紡ぐ。
青年の言葉が途切れるのを待ってから、老婆が再び口を開いた。
「あそこは危険な所じゃ。村人でも滅多に近づかん。それでもお前さんたちは行くのじゃろうが…紫玉、あれを渡しておやり」
「はい、愈蘭〔ユンラン〕様」
“シギョク”と呼ばれた青年は、服の袖口から何かを取り出す。
「朱雀の者ではないそこの娘様。どうぞこれを」
“朱雀の者ではない”といえば、自分しかいない。
皆の後方で話を聞いていた華音であったが、唐突に自分の事を呼ばれて戸惑いつつも、青年の元へと進み出た。
「少しだけ頭を下げて頂けますか?」
言われるがままに頭を垂れると、小振りな竹細工の首飾りが首元にかけられる。
「これは、神族家の庭先で唯一幾千年という時を生きてきた竹の一部で作ったものです。先祖代々受け継がれてきたその竹には魔除けの力も備わっています」
「何故、私に?」
「あなたの身に危機が迫る時、竹に宿る霊力があなたが持つ楽器と共鳴する事でしょう。万が一の時は、迷わず楽器を盾になさい。盾に、とは言っても案ずる事はありません…楽器が壊れてしまう事はありませんから。
竹細工はその為の御守でもあるのです」
話の途中で一抹の不安に駆られたものの、最後まで話を聞いて安心する。
先読みの力に長けているという彼――紫玉。
二胡が壊れる事はないと分かっても、出来る事ならば、大切にしているこの二胡を盾にするような事態は免れたい。
だが、そうも言っていられない場所へと華音たちは行かねばならないのだ。
華音は二胡をぎゅっと抱きしめた。
**§**
まだ朝の陽も昇らぬ早朝。
華音たちは愈蘭と紫玉に見送られ、双子のように連なっている嶺のうち、東側に位置する岩山へ向かった。
紫玉が先読みの力として夢で見た、朱色の光が落ちたという洞窟。
その洞窟は山腹にあるという。
頂上ではない事はまだ幸いであったが、たとえ山腹までの道のりとはいえども、岩山というだけあってその道は険しい。
「美朱、足元気をつけろよ」
「う、うん」
歩いている道の左手側は崖。
ゴツゴツとした大き目の石が足元に転がる山道を上り始めて、そんなには距離を稼いでいないように感じても、高さは既に村を見下ろせる程にまでなっていた。
カランっ…コッ、コン―――…。
時折、足に弾かれた石が岩肌を滑り落ちていく。
足元に注意しながら、黙々と歩を進めた。
夕闇が迫る時間となっても、この日は洞窟へ辿り着く事は叶わなかった。
暗がりの中を歩くのは非常に危険を伴うものと判断し、今まで歩いてきた道より少しでも広めの空間が確保できた所で、一夜を明かす事となった。
そして明くる日。
かかること半日、漸く目的の洞窟と思われる場所へと辿り着く。
「…より強い力の気配を感じる。ここで間違いない」
星宿が、洞窟の入り口の岩肌に手を重ねるようにしながら頷いた。
力の気配を感じ取れる星宿を先頭に、一人ずつ洞窟の中へ足を踏み入れていく。
華音もまた、洞窟の中に最初の一歩を踏み入れたその瞬間。
ぞくり―――…。
背筋に嫌な感覚が走り、咄嗟にすぐ前にいた美朱に自分のその身を寄せた。
「華音さん?どうかしたの?」
巫女である彼女は、特に何も感じていない様子だった。
気のせい、なのだろうか。
「…いえ、ごめんなさい、何でもないの」
確かに、一瞬妙な感じがしただけで、今は別段、何も感じるものはない。
それでも、胸の内に広がった不安が完全に掻き消える事はなく、そのまま美朱に寄り添うように歩いた。
洞窟に足を踏み入れてから、どれ程の時間が経ったのか―――…。
皆それぞれの身体に疲労が見え隠れし始めてきた頃。
永遠に続くのではないかと思われた道も、おそらくここが最奥部なのであろう…一行の前に岩の壁が立ち塞がる。
「もうこれ以上は進めそうにねぇな」
「――という事は、星宿様の宝珠もこの近くにあるのかしら…?」
「あぁ、すぐ近くで力の気配を感じる」
「ほんと!?じゃあ、皆で手分けして探そっ!」
美朱の言葉に、皆がそれぞれ違う方向へと足を向けた。
星宿は、力の気配を辿りながら周囲を歩き回り、最も気配を強く感じられる部分を探している様であった。
柳宿は、星宿が探している近辺の壁部分を中心に。
軫宿と張宿は南側を、翼宿と井宿は東の方角を、そして魏と美朱と華音は北側を中心に捜索にあたった。
そんな中…。
不意に、薄暗い洞窟内にぽぉ…ぽぉ…と、青色をした火の玉が一つ二つ…と浮かびあがる。
「何やこれ…?」
次第にその火の玉は数を増していき、華音たちを囲むようにして一つの大きな輪が出来上がっていく。
誰からともなく七星士らが、華音と美朱を護るかの如く囲み、静かに戦闘態勢に入った次の瞬間。
――グオォォォォォォォ!!――
まるで地響きのような、それでいて何かの唸り声の様な音が辺りに響き渡る。
それと同時に、火の玉たちが火力を増す様に、火の揺らめきは上へ上へと伸び、大きくなっていった。
「…くっ、何なんだこの音は!」
「頭が割れそうや!!」
「美朱、華音っ…大丈夫か?!」
――くくっ…。皆の者、久し振りに客が来たぞ。しかもとても美味そうな生気が揃っておる――
大きな音に混じり、地の底を這うような、おぞましく低い声が耳に響く。
轟音ともいえる凄まじい音を、少しでも耳に入れまいと両手で耳を塞ぐものの、当然防ぎきれるものではなく。
鳴り響き続けるその音に耐え切れず、早くも身体が崩れ落ちそうになる。
どうする事も出来ず、目を瞑り、必死の思いで堪えていると、不意にふっと音が遠のいた。