愛も囁いてあげられない自分の事を思うとどうしてもあと一歩が踏み出せなかった狗巻は、彼女に彼氏が出来たと聞いて絶望した。
呪いたくなる衝動を必死に抑え、生きていく日々。
彼女との接触は自然と途絶え、狗巻自身、彼女の事を避けるようになっていた。

そんな時だ。彼女が泣いているのを見かけたのは。

「おかか？」
「！　狗巻さん…………あ、はは、お久しぶりですね」

すみません、と慌てて涙を拭う彼女の手を掴み、見つめる狗巻。
暫く見つめ合った後、彼女は伏し目がちに話を始めた。

「付き合っていた人に、やっぱり普通の女の子が良いって、言われてしまいまして……」
「…………」
「ほら、最近忙しかったじゃないですか！　それで私も、つい連絡取れなかったりして……それで」

グッと下唇を噛む彼女。
彼女の目の前には、まだ恋人の残影があるのだろうと、狗巻は湧き上がる黒い感情を必死に抑え付けながら思った。

忘れろ。その一言が言えれば、どれだけ楽だろうか。
しかし、呪いで彼女を縛った所で、自分自身は満足出来ないだろう事を狗巻は察していた。
呪いで言わせるだけでは駄目なのだ。狗巻は、彼女の本心から全てが欲しかった。

けれども、慰める言葉さえ掛けられない狗巻には、今はただ、彼女を抱きしめる事しか出来なかった。

「だ、い、じょ、う、ぶ」

呪いにならない程度の、精一杯の声掛けをする狗巻。
今はまだ言えないが、今度こそは誰にも渡さないのだと、泣く彼女を抱きしめる腕に力を込める狗巻だった。