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【急募】言葉が通じない異世界に飛ばされた時の対処法
私は思わず脳内でスレッドを立てた。
目の前にはペストマスクをつけてシルクハットを被ったやたら派手な男の人が何か喋っている。
「ここはどこですか?」と聞いても「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」」的な訳の分からない言葉が返ってくるから困ってしまう。
ペストマスクつけてるってことはこの人医者?中世なの?
日本じゃないよね。この図書室らしき空間は明らかに西洋風だし、何なら多分次元も違う気がする。だって私がいた世界は本はふわふわ浮かないもの。
ひょっとして最近流行りのなろう系?異世界転生的な?この場合はトリップか。
「あの……」
「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」」
うーんわからない。どこかで聞いたことがある発音なんだけど。
やたらいい声で喚くその人の発音をよく聞いてみると、「What」という単語が聞こえた。
「What」といえばみんなお馴染み。中学から始まるあの魔の科目。我が宿敵の英語である。
マジかここ英語圏か。無理。本当に無理。
なんせ私、あまりにも英語が出来なさすぎて普通の高校に受からず、仕方なく誰でも入れる通信制高校へ進学することが決まっていたのである。
つまり英語は我が生涯最大の敵。日本語なら出来るのに。
「えーっと……」
英検3級にすら合格できない奴が、ネイティブスピーカーの高速イングリッシュを聞き取れるわけもない。
私は叫んだ。
「アイキャントスピークイングリッシュ!!」
これだけは覚えた。私は英語を喋れません!
理解もできません!
「oh......」
通じたか?
「Really?」
わからん!
けどとりあえず頷く。文脈的には多分「マジ?」とかそんな感じっしょ。
「Oh......No……」
嘆いてらっしゃる。
「%~*~%#¥+♡☆&?」
理解できません。
ところで「理解できない」って英語でなんて言うの?
ペストマスクの男の人が、不意に私の耳に手を伸ばした。
「言語変換魔法をかけました」
「おお?!」
聞こえる!日本語に翻訳されてる!
え、今魔法って言った?
魔法?ハリポタとかディズニーとかのアレ?
「それでこちらの言っていることは理解できますね?」
「はい!」
思わず元気に頷いてしまう。
「まず、あなたのお名前は?」
「大和 都と申します」
「ヤマト…… ミヤコ?聞かない名前ですね。ミヤコというのがファーストネームですか?」
「はい」
あちらもどうやら日本語を理解できるようにしたみたいだ。会話がスムーズに進む。
「ご出身は?」
「日本という国なんですけど……」
十中八九ここは異世界だ。
日本なんて言っても通じないだろう。
「それはどこの国のことですか?聞いたことがない地名なのですが」
「ですよね……」
多分、存在してないんだろうな。
「多分、こことは違う世界にある国です……東洋の、小さな島国なんですけど」
「ほう、つまりあなたは異世界からきたと?」
「はい、多分。私がいた世界には魔法がないので」
「おやおや……」
「あの、私はなんでここにいるんでしょうか?」
「ああ、そうですね。まずこちらのことを説明しないと……」
その人はディア・クロウリーと名乗った。
私達が今いるのはツイステッドワンダーランドという世界にある、ナイトレイヴンカレッジという全寮制の魔法士育成学校(男子校)。
今日は入学式の日で、私は他の新入生と同じように、棺桶に入れられた状態で運ばれてきたという。
「闇の鏡」に魂の素質を見抜かれないと入学出来ないシステムだとかそれぞれの資質によって7つの寮に振り分けられるとか云々。
つまり男子校版ハ○ポタね、と私は自分を納得させた。
「一応闇の鏡に振り分け聞いてみます?」ということでご立派な空間に浮かぶ喋る鏡の前に立ったものの、結論は「こいつに合う寮ないし、どこから来たかも分からんよ」、とのことで。
帰れない寮もない魔法がなきゃ言葉もわからない。そして魔法は使えない。
無い無い尽くしで、しかも性別は女。
「どうしましょう……」
「そうですねえ……」
学園長は少し考えた結果、「よし」と頷いた。
「ついてきてください」
着いた先は学園長室だった。
ふかふかクッションつきの椅子に座らされ、「ここで待っていてください」と言われたので大人しくしておく。
隣の部屋から「ピンポンパンポーン」とお馴染みの放送音が流れ、「緊急会議を開きます。各寮の寮長は早急に学園長室へお越しください。繰り返します。緊急会議を開きます。各寮の寮長は早急に学園長室へお越しください」という声がした。
そこからが凄かった。
目の前にある大きな立派な円卓の前に次々に鏡が現れ、そこからイケメンが続々と出てきたのだ。
まず、大きなツノの生えたイケメン。次に赤毛のイケメン。そしてメガネのイケメン。とんでもないイケメン、ターバン巻いたイケメン、頭燃えてるイケメン、最後にケモ耳のイケメン。
え、イケメンイケメンうるせえよって?仕方ないじゃんこの人達本当にイケメンなんだもん。
さっきの放送の内容からして、各寮の寮長さんだろう。イケメン揃い過ぎやしないか。
「少し解除しますね。あなたの言語、変換に魔力をかなり使うので」
学園長がパチンと指を鳴らすと、再び周りの人の言ってることがわからなくなった。
じーっとケモ耳のイケメンにガン見され、ターバンのイケメンに手をブンブン振られ、メガネのイケメンは笑顔でペラペラと話しかけてくる。何言うとるかわからん。
あとみんななんか近い。パーソナルスペースどうなってんの?唯一離れてるの頭燃えてるイケメンだけだよ。
そして、学園長が何かを言うと全員黙りこくった。
そしてポツポツと言葉が交わされ、全員が席を立って何かを出す。
コインだ。
7人のイケメンがピンっと指でそれを弾く。
なんでこのタイミングでコイントス?
いつの間にか隣に立っていた学園長がパチンと指を鳴らした。
「コイントスをし、裏が出た方が負け。そうして人数を減らしていって、最終的に全部裏を出した寮長があなたを自分の寮に迎え入れ、面倒を見るというルールです」
「そうなんですね……」
ジャンケンと似たような感じか。
最後はメガネのイケメンが残った。
悔しそうな顔でこちらを見る。そんな顔されても困るって。
「では、彼女のことはアーシェングロットくんに任せます。異議はありませんね」
「ありません」
「ねえよ」
「ないわ」
厄介事が降りかかるのを阻止したからか、アーシェングロットと呼ばれたメガネイケメン以外の人達は表情が柔らかい。てかあのとんでもないイケメン、女口調なのね。
「ではアーシェングロットくん、責任を持って彼女の面倒を見るように。こちらの言葉は理解できないようですから、話しかける際はこうして言語変換魔法を使うことをおすすめします。ただ、どこの言語かも分からないものを無理に翻訳しているので、かなり魔力を消費します。そこだけ気をつけてくださいね」
「了解しました。では、ミヤコさん、とおっしゃいましたか。僕の寮へ行きましょう」
パチンと指の鳴る音。
言葉がわからなくなって、アーシェングロットさんに手をとられる。
そこから部屋を出て、タコ足の装飾がされた大きな鏡を通り、海の中へ出た。
「わあっ……」
アーシェングロットさんは唇の端を少し引いて笑い、「Follow me」と再び手をしっかりと握る。
迷子になってはいけないので大人しく従って歩くと、立派な扉の前で止まった。
「This is my room.」
頷いた。さすがにこれは分かる。
そしてその隣のこれまた立派な扉を開くと、彼は私の背中に手を回して、そっと中に導いた。
「Your room.Ok?」
「お、オーケー」
うん、と彼は首を縦に振った。
そして置いてあった机の前に私を座らせ、宝石のついたペンを振る。
ドサドサドサッと目の前に積まれたのは、大量の参考書とノート。辞書らしきものもある。
「え」
「Study.」
「え」
「Study.」
これで勉強しろということだろう。一番上にある参考書を開くと、リンゴの絵と「Apple」という綴り。ABCの本だ。
アーシェングロットさんがもう一度ペンを振ると、それらは隣にあった本棚にさらりと収納された。ノートは机に備えつけられた引き出しの中に。
そして指を鳴らす。「わかりますか?」と、日本語訳された彼の声が耳に入った。
「は、い」
「参考書は左から順番に勉強してください。わからないところはこちらの付箋をつけて、その日の夜に僕の所に持ってくること。返事は?」
「は、はい」
彼は出入口のドアの裏を示した。そこにはホテルのように寮の見取り図がかいてある。
「ここが僕の部屋、隣があなたの部屋です。そしてこの廊下を右に曲がると談話室、その隣が食堂です。朝食と夕食はここで食べますからね。この後ご案内します」
「はい」
「そして、エントランスを出た通路を左に曲がって道なりに行くと、モストロ・ラウンジという僕が経営しているカフェがあります。用事がある際は従業員に「アーシェングロット」と言って頂ければ、すぐ僕のところに通すようにしておきます」
なんと、私と年が変わらなさそうなのにカフェを経営してるのか。
すげぇなこの人。さっき私を押し付けられたばっかなのに参考書とか揃えてるし説明上手いし、さては相当頭がいいんだな。
「申し遅れました。僕の名前はアズール・アーシェングロットといいます。このオクタヴィネル寮寮長で、現在二年生です。こちらが名刺になります」
名刺を渡される。アルバートルに黒字の筆記体で『Azul Ashengrottn』と電話番号。そして何かの紋章。
「それはオクタヴィネル寮の寮章ですよ」
疑問を先取りしてアーシェングロットさんがいう。
「今後至る所で目にすることになるでしょうから、覚えておくと良いでしょう」
「はい」
「あと、こちらにお名前を書いて頂いてもよろしいですか?母国の言葉で構いませんから」
「あ、はい」
渡された紙にそこにあったペンで『大和 都』と書いて渡す。
「ありがとうございます。夕食は7時からです。10分前にお迎えにあがりますから、それまでここから出ないように。お手洗いとお風呂は部屋に備え付けられてますから」
「はい」
「では、それまでごゆっくりどうぞ」
彼の指が鳴った。
アーシェングロットさんが部屋を出たのを確認してから、私はベッドに座った。
ふかふかだしいい匂いするし大きい。
部屋は一人に与えるにしては結構広くて、ベッドはダブルだし天蓋付きだし、参考書山盛りの机は大きい。立派なドレッサーに本棚、クローゼット。そして窓から見えるのは空ではなく海の中。
完全に異世界だ。
魔法がさっきからさりげなくボンボン使われてるし、本当にイケメンしかいない。
緊急事態だったから耐えられたけど、アーシェングロットさんも恐ろしくイケメンなのだ。澄んだ海の色をした瞳に長い睫毛、柔らかそうな銀髪という見事な二次元カラーリングに、フィギュアのように均整のとれた長い手足。声は心地の良いテノールだ。品の良い香水の香りがまだ部屋に残っている。
イケメンすごい。
「7時にご飯で10分前に迎えにくるってことは、6時50分だよね」
時計は同じでよかった……と私は壁にかかったオシャレなそれを見上げた。現在5時。
「参考書見てみるか……」
英語は宿敵ではあるが、明らかな英語圏に放り込まれた以上仲良くなるしかあるまい。
幸い、アーシェングロットさんはかなり小さい子用の参考書も置いていってくれたようだ。ありがとうございます。
「なんでユニコーンとかマンドラゴラが書いてあるんだろ……」
まさかいるのかな。ここ魔法の世界っぽいし、いてもおかしくはないけども。
久しぶりにまともに英語の勉強したら、めちゃくちゃ疲れた。
よくわかんないモンスターの名前とかあったし。
コンコンコン
「はーい」
6時50分ちょうど。
ドアを開けると、さっきの黒い制服らしきものからオシャレなスーツに帽子を被ったアーシェングロットさんが立っていた。
まさかドレスコードある感じ?
私はいつの間にか着てた黒地に金の刺繍入りのフードしか持ってないんですけど。ドレッサー見たらスモーキーメイク的な黒一色のメイクされてたし。
私の姿を見たアーシェングロットさんは、今度は手に持っていたステッキを振った。
「え、わ、」
着ていた服が似たようなものに変化した。
紫色のシャツに白い蝶ネクタイ、カマーバンドにズボン、ジャケット、ストールに帽子。
「Follow me」
「はい」
とことことついて行くと、広い空間に出た。
長いテーブルがでん、と置いてあり、そこにたくさんの男子生徒が座っている。みんな、アーシェングロットさんと似たような服装だ。
長テーブルはスルーされ、小さな円卓の前に座らされた。
アーシェングロットさんはパチンと指を鳴らし、小さな声で言う。
「今日は新入生歓迎会です。あなたは対人恐怖症を患っていて、こういう形式でなくては参加出来ないという設定にしています。話しかけられたら怯えるフリをしてください。あと、今日これから提供される料理の中で、得体の知れないもの、少しでも違和感のあったものは全てパスすること。異世界の人間には害があるかもしれません」
「はい」
設定まで組んでもらったのか。本当にアーシェングロットさんには頭が上がらない。
「食事が終わったら交流会がありますが、あなたは速やかに自室に帰ってください。道は覚えていますね?」
「はい」
大丈夫だ。これでも英語以外の記憶力はいい。
「では、僕は行きます。今言ったことを決して忘れないように」
「はい」
パチンという音と共に、周りの声が意味をなくした。
「うっま……」
アーシェングロットさんへ。この世界のご飯めちゃくちゃ美味しいです。
見たところ材料や料理は元いた世界と変わらないようで、私が食べてはいけなさそうなものはなかった。
しかもめっちゃ美味い。あれここ学校だよね?高級レストランじゃないよね?
デザートまでしっかり堪能し、私はそそくさと自室に帰った。
手早く風呂に入り、髪をわしゃわしゃと拭いていると、控えめなノックと指を鳴らす音、そして「ミヤコさん。アーシェングロットです」という声がしたのでお通しする。
「どうでしたか?この世界に来て初めての食事は」
「凄く美味しかったです。見たところ私が食べたら害がありそうなものも無かったし」
「それは良かったです。今日の食事は僕の監修だったんですよ」
「え、凄いですね」
アーシェングロットさんはドヤ顔で頷いた。イケメンなのでウザくない。
「食事に制限は無いようでよかったです。お風呂も済まされたようで」
「はい。結構浴槽大きいんですね」
このヨーロッパ風味の世界観に沿って、お風呂はユニットバスだった。
でも浴槽が結構大きくて深い。湯を溜めて入る日本式では溺れそうだった。
「この寮は人魚が多いからですね。彼らが元の姿に戻った時でも不自由しないように、浴槽は大きめになっています」
「人魚?!」
「ええ。それでも、ウツボやホオジロザメといった大きな人魚にとっては狭いんですよ」
ウツボの人魚っているんだ。
どんなビジュアルしてるんだろう。是非お目にかかりたい。
「アーシェングロットさんも人魚なんですか?」
「さあ、どうでしょう」
悪戯っぽく笑うアーシェングロットさん。イケメンやな……。
多分この人も人魚なんだろうな。この感じだと。
「ちなみに、普段は薬を使って人間に変身しているんですよ」
「へえ、魔法薬的な?」
「ご明察です。その通りですよ」
人間になる魔法薬があるってことは、人魚になる魔法薬もあるんだろうか。
この世界は元の世界とはかなり違うらしいから、英語と並行して常識や魔法についても勉強しないといけないかもしれない。
「では、僕はこれで失礼しますね。明日は7時30分に迎えに来ます。鍵はしっかりと閉めてください」
「わかりました。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
言われた通りに施錠すると、外から何かを唱える声と、明かりが灯るような音、そしてお馴染みの指の鳴る音がした。
「色々あったなあ……」
この世界にいきなり飛ばされて、多分無理矢理アーシェングロットさんが私の面倒を見ることになって、部屋を与えられて、明日から英語の勉強が始まる。
ふかふかの高そうなマットレスに布団を引っ被って、さっさと眠りについた。
私は思わず脳内でスレッドを立てた。
目の前にはペストマスクをつけてシルクハットを被ったやたら派手な男の人が何か喋っている。
「ここはどこですか?」と聞いても「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」」的な訳の分からない言葉が返ってくるから困ってしまう。
ペストマスクつけてるってことはこの人医者?中世なの?
日本じゃないよね。この図書室らしき空間は明らかに西洋風だし、何なら多分次元も違う気がする。だって私がいた世界は本はふわふわ浮かないもの。
ひょっとして最近流行りのなろう系?異世界転生的な?この場合はトリップか。
「あの……」
「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」」
うーんわからない。どこかで聞いたことがある発音なんだけど。
やたらいい声で喚くその人の発音をよく聞いてみると、「What」という単語が聞こえた。
「What」といえばみんなお馴染み。中学から始まるあの魔の科目。我が宿敵の英語である。
マジかここ英語圏か。無理。本当に無理。
なんせ私、あまりにも英語が出来なさすぎて普通の高校に受からず、仕方なく誰でも入れる通信制高校へ進学することが決まっていたのである。
つまり英語は我が生涯最大の敵。日本語なら出来るのに。
「えーっと……」
英検3級にすら合格できない奴が、ネイティブスピーカーの高速イングリッシュを聞き取れるわけもない。
私は叫んだ。
「アイキャントスピークイングリッシュ!!」
これだけは覚えた。私は英語を喋れません!
理解もできません!
「oh......」
通じたか?
「Really?」
わからん!
けどとりあえず頷く。文脈的には多分「マジ?」とかそんな感じっしょ。
「Oh......No……」
嘆いてらっしゃる。
「%~*~%#¥+♡☆&?」
理解できません。
ところで「理解できない」って英語でなんて言うの?
ペストマスクの男の人が、不意に私の耳に手を伸ばした。
「言語変換魔法をかけました」
「おお?!」
聞こえる!日本語に翻訳されてる!
え、今魔法って言った?
魔法?ハリポタとかディズニーとかのアレ?
「それでこちらの言っていることは理解できますね?」
「はい!」
思わず元気に頷いてしまう。
「まず、あなたのお名前は?」
「大和 都と申します」
「ヤマト…… ミヤコ?聞かない名前ですね。ミヤコというのがファーストネームですか?」
「はい」
あちらもどうやら日本語を理解できるようにしたみたいだ。会話がスムーズに進む。
「ご出身は?」
「日本という国なんですけど……」
十中八九ここは異世界だ。
日本なんて言っても通じないだろう。
「それはどこの国のことですか?聞いたことがない地名なのですが」
「ですよね……」
多分、存在してないんだろうな。
「多分、こことは違う世界にある国です……東洋の、小さな島国なんですけど」
「ほう、つまりあなたは異世界からきたと?」
「はい、多分。私がいた世界には魔法がないので」
「おやおや……」
「あの、私はなんでここにいるんでしょうか?」
「ああ、そうですね。まずこちらのことを説明しないと……」
その人はディア・クロウリーと名乗った。
私達が今いるのはツイステッドワンダーランドという世界にある、ナイトレイヴンカレッジという全寮制の魔法士育成学校(男子校)。
今日は入学式の日で、私は他の新入生と同じように、棺桶に入れられた状態で運ばれてきたという。
「闇の鏡」に魂の素質を見抜かれないと入学出来ないシステムだとかそれぞれの資質によって7つの寮に振り分けられるとか云々。
つまり男子校版ハ○ポタね、と私は自分を納得させた。
「一応闇の鏡に振り分け聞いてみます?」ということでご立派な空間に浮かぶ喋る鏡の前に立ったものの、結論は「こいつに合う寮ないし、どこから来たかも分からんよ」、とのことで。
帰れない寮もない魔法がなきゃ言葉もわからない。そして魔法は使えない。
無い無い尽くしで、しかも性別は女。
「どうしましょう……」
「そうですねえ……」
学園長は少し考えた結果、「よし」と頷いた。
「ついてきてください」
着いた先は学園長室だった。
ふかふかクッションつきの椅子に座らされ、「ここで待っていてください」と言われたので大人しくしておく。
隣の部屋から「ピンポンパンポーン」とお馴染みの放送音が流れ、「緊急会議を開きます。各寮の寮長は早急に学園長室へお越しください。繰り返します。緊急会議を開きます。各寮の寮長は早急に学園長室へお越しください」という声がした。
そこからが凄かった。
目の前にある大きな立派な円卓の前に次々に鏡が現れ、そこからイケメンが続々と出てきたのだ。
まず、大きなツノの生えたイケメン。次に赤毛のイケメン。そしてメガネのイケメン。とんでもないイケメン、ターバン巻いたイケメン、頭燃えてるイケメン、最後にケモ耳のイケメン。
え、イケメンイケメンうるせえよって?仕方ないじゃんこの人達本当にイケメンなんだもん。
さっきの放送の内容からして、各寮の寮長さんだろう。イケメン揃い過ぎやしないか。
「少し解除しますね。あなたの言語、変換に魔力をかなり使うので」
学園長がパチンと指を鳴らすと、再び周りの人の言ってることがわからなくなった。
じーっとケモ耳のイケメンにガン見され、ターバンのイケメンに手をブンブン振られ、メガネのイケメンは笑顔でペラペラと話しかけてくる。何言うとるかわからん。
あとみんななんか近い。パーソナルスペースどうなってんの?唯一離れてるの頭燃えてるイケメンだけだよ。
そして、学園長が何かを言うと全員黙りこくった。
そしてポツポツと言葉が交わされ、全員が席を立って何かを出す。
コインだ。
7人のイケメンがピンっと指でそれを弾く。
なんでこのタイミングでコイントス?
いつの間にか隣に立っていた学園長がパチンと指を鳴らした。
「コイントスをし、裏が出た方が負け。そうして人数を減らしていって、最終的に全部裏を出した寮長があなたを自分の寮に迎え入れ、面倒を見るというルールです」
「そうなんですね……」
ジャンケンと似たような感じか。
最後はメガネのイケメンが残った。
悔しそうな顔でこちらを見る。そんな顔されても困るって。
「では、彼女のことはアーシェングロットくんに任せます。異議はありませんね」
「ありません」
「ねえよ」
「ないわ」
厄介事が降りかかるのを阻止したからか、アーシェングロットと呼ばれたメガネイケメン以外の人達は表情が柔らかい。てかあのとんでもないイケメン、女口調なのね。
「ではアーシェングロットくん、責任を持って彼女の面倒を見るように。こちらの言葉は理解できないようですから、話しかける際はこうして言語変換魔法を使うことをおすすめします。ただ、どこの言語かも分からないものを無理に翻訳しているので、かなり魔力を消費します。そこだけ気をつけてくださいね」
「了解しました。では、ミヤコさん、とおっしゃいましたか。僕の寮へ行きましょう」
パチンと指の鳴る音。
言葉がわからなくなって、アーシェングロットさんに手をとられる。
そこから部屋を出て、タコ足の装飾がされた大きな鏡を通り、海の中へ出た。
「わあっ……」
アーシェングロットさんは唇の端を少し引いて笑い、「Follow me」と再び手をしっかりと握る。
迷子になってはいけないので大人しく従って歩くと、立派な扉の前で止まった。
「This is my room.」
頷いた。さすがにこれは分かる。
そしてその隣のこれまた立派な扉を開くと、彼は私の背中に手を回して、そっと中に導いた。
「Your room.Ok?」
「お、オーケー」
うん、と彼は首を縦に振った。
そして置いてあった机の前に私を座らせ、宝石のついたペンを振る。
ドサドサドサッと目の前に積まれたのは、大量の参考書とノート。辞書らしきものもある。
「え」
「Study.」
「え」
「Study.」
これで勉強しろということだろう。一番上にある参考書を開くと、リンゴの絵と「Apple」という綴り。ABCの本だ。
アーシェングロットさんがもう一度ペンを振ると、それらは隣にあった本棚にさらりと収納された。ノートは机に備えつけられた引き出しの中に。
そして指を鳴らす。「わかりますか?」と、日本語訳された彼の声が耳に入った。
「は、い」
「参考書は左から順番に勉強してください。わからないところはこちらの付箋をつけて、その日の夜に僕の所に持ってくること。返事は?」
「は、はい」
彼は出入口のドアの裏を示した。そこにはホテルのように寮の見取り図がかいてある。
「ここが僕の部屋、隣があなたの部屋です。そしてこの廊下を右に曲がると談話室、その隣が食堂です。朝食と夕食はここで食べますからね。この後ご案内します」
「はい」
「そして、エントランスを出た通路を左に曲がって道なりに行くと、モストロ・ラウンジという僕が経営しているカフェがあります。用事がある際は従業員に「アーシェングロット」と言って頂ければ、すぐ僕のところに通すようにしておきます」
なんと、私と年が変わらなさそうなのにカフェを経営してるのか。
すげぇなこの人。さっき私を押し付けられたばっかなのに参考書とか揃えてるし説明上手いし、さては相当頭がいいんだな。
「申し遅れました。僕の名前はアズール・アーシェングロットといいます。このオクタヴィネル寮寮長で、現在二年生です。こちらが名刺になります」
名刺を渡される。アルバートルに黒字の筆記体で『Azul Ashengrottn』と電話番号。そして何かの紋章。
「それはオクタヴィネル寮の寮章ですよ」
疑問を先取りしてアーシェングロットさんがいう。
「今後至る所で目にすることになるでしょうから、覚えておくと良いでしょう」
「はい」
「あと、こちらにお名前を書いて頂いてもよろしいですか?母国の言葉で構いませんから」
「あ、はい」
渡された紙にそこにあったペンで『大和 都』と書いて渡す。
「ありがとうございます。夕食は7時からです。10分前にお迎えにあがりますから、それまでここから出ないように。お手洗いとお風呂は部屋に備え付けられてますから」
「はい」
「では、それまでごゆっくりどうぞ」
彼の指が鳴った。
アーシェングロットさんが部屋を出たのを確認してから、私はベッドに座った。
ふかふかだしいい匂いするし大きい。
部屋は一人に与えるにしては結構広くて、ベッドはダブルだし天蓋付きだし、参考書山盛りの机は大きい。立派なドレッサーに本棚、クローゼット。そして窓から見えるのは空ではなく海の中。
完全に異世界だ。
魔法がさっきからさりげなくボンボン使われてるし、本当にイケメンしかいない。
緊急事態だったから耐えられたけど、アーシェングロットさんも恐ろしくイケメンなのだ。澄んだ海の色をした瞳に長い睫毛、柔らかそうな銀髪という見事な二次元カラーリングに、フィギュアのように均整のとれた長い手足。声は心地の良いテノールだ。品の良い香水の香りがまだ部屋に残っている。
イケメンすごい。
「7時にご飯で10分前に迎えにくるってことは、6時50分だよね」
時計は同じでよかった……と私は壁にかかったオシャレなそれを見上げた。現在5時。
「参考書見てみるか……」
英語は宿敵ではあるが、明らかな英語圏に放り込まれた以上仲良くなるしかあるまい。
幸い、アーシェングロットさんはかなり小さい子用の参考書も置いていってくれたようだ。ありがとうございます。
「なんでユニコーンとかマンドラゴラが書いてあるんだろ……」
まさかいるのかな。ここ魔法の世界っぽいし、いてもおかしくはないけども。
久しぶりにまともに英語の勉強したら、めちゃくちゃ疲れた。
よくわかんないモンスターの名前とかあったし。
コンコンコン
「はーい」
6時50分ちょうど。
ドアを開けると、さっきの黒い制服らしきものからオシャレなスーツに帽子を被ったアーシェングロットさんが立っていた。
まさかドレスコードある感じ?
私はいつの間にか着てた黒地に金の刺繍入りのフードしか持ってないんですけど。ドレッサー見たらスモーキーメイク的な黒一色のメイクされてたし。
私の姿を見たアーシェングロットさんは、今度は手に持っていたステッキを振った。
「え、わ、」
着ていた服が似たようなものに変化した。
紫色のシャツに白い蝶ネクタイ、カマーバンドにズボン、ジャケット、ストールに帽子。
「Follow me」
「はい」
とことことついて行くと、広い空間に出た。
長いテーブルがでん、と置いてあり、そこにたくさんの男子生徒が座っている。みんな、アーシェングロットさんと似たような服装だ。
長テーブルはスルーされ、小さな円卓の前に座らされた。
アーシェングロットさんはパチンと指を鳴らし、小さな声で言う。
「今日は新入生歓迎会です。あなたは対人恐怖症を患っていて、こういう形式でなくては参加出来ないという設定にしています。話しかけられたら怯えるフリをしてください。あと、今日これから提供される料理の中で、得体の知れないもの、少しでも違和感のあったものは全てパスすること。異世界の人間には害があるかもしれません」
「はい」
設定まで組んでもらったのか。本当にアーシェングロットさんには頭が上がらない。
「食事が終わったら交流会がありますが、あなたは速やかに自室に帰ってください。道は覚えていますね?」
「はい」
大丈夫だ。これでも英語以外の記憶力はいい。
「では、僕は行きます。今言ったことを決して忘れないように」
「はい」
パチンという音と共に、周りの声が意味をなくした。
「うっま……」
アーシェングロットさんへ。この世界のご飯めちゃくちゃ美味しいです。
見たところ材料や料理は元いた世界と変わらないようで、私が食べてはいけなさそうなものはなかった。
しかもめっちゃ美味い。あれここ学校だよね?高級レストランじゃないよね?
デザートまでしっかり堪能し、私はそそくさと自室に帰った。
手早く風呂に入り、髪をわしゃわしゃと拭いていると、控えめなノックと指を鳴らす音、そして「ミヤコさん。アーシェングロットです」という声がしたのでお通しする。
「どうでしたか?この世界に来て初めての食事は」
「凄く美味しかったです。見たところ私が食べたら害がありそうなものも無かったし」
「それは良かったです。今日の食事は僕の監修だったんですよ」
「え、凄いですね」
アーシェングロットさんはドヤ顔で頷いた。イケメンなのでウザくない。
「食事に制限は無いようでよかったです。お風呂も済まされたようで」
「はい。結構浴槽大きいんですね」
このヨーロッパ風味の世界観に沿って、お風呂はユニットバスだった。
でも浴槽が結構大きくて深い。湯を溜めて入る日本式では溺れそうだった。
「この寮は人魚が多いからですね。彼らが元の姿に戻った時でも不自由しないように、浴槽は大きめになっています」
「人魚?!」
「ええ。それでも、ウツボやホオジロザメといった大きな人魚にとっては狭いんですよ」
ウツボの人魚っているんだ。
どんなビジュアルしてるんだろう。是非お目にかかりたい。
「アーシェングロットさんも人魚なんですか?」
「さあ、どうでしょう」
悪戯っぽく笑うアーシェングロットさん。イケメンやな……。
多分この人も人魚なんだろうな。この感じだと。
「ちなみに、普段は薬を使って人間に変身しているんですよ」
「へえ、魔法薬的な?」
「ご明察です。その通りですよ」
人間になる魔法薬があるってことは、人魚になる魔法薬もあるんだろうか。
この世界は元の世界とはかなり違うらしいから、英語と並行して常識や魔法についても勉強しないといけないかもしれない。
「では、僕はこれで失礼しますね。明日は7時30分に迎えに来ます。鍵はしっかりと閉めてください」
「わかりました。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
言われた通りに施錠すると、外から何かを唱える声と、明かりが灯るような音、そしてお馴染みの指の鳴る音がした。
「色々あったなあ……」
この世界にいきなり飛ばされて、多分無理矢理アーシェングロットさんが私の面倒を見ることになって、部屋を与えられて、明日から英語の勉強が始まる。
ふかふかの高そうなマットレスに布団を引っ被って、さっさと眠りについた。
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