紫陽花とオードパルファムと長い初恋
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四月。
私は制服に腕を通し、鏡の前でくるりと回る。
アズールが行ってしまった。
出発する日、駅でお別れをした時のことを思い出す。
「ちゃんと毎日連絡はしますし、休みには帰ってきます。永遠の別れじゃないんですから」と言われたけど、やっぱり私は泣いてしまった。
「そんなに泣かないで」
とん、と目尻に唇が落ちて、ようやくそこで泣き止んだ。
「あなたに渡したい物があるんです」
アズールは持っていたバッグの中から小瓶を取りだした。
「なにこれ?」
「オードパルファムです。僕とお揃いの」
彼は笑って私にそれを渡す。
「これで少しは寂しさも紛れるでしょう。あなたはどうやら、これの香りをよく覚えているようですから」
私は手の中の香水瓶を見つめた。
綺麗な青い小瓶。光に翳すとキラキラと乱反射する。
「綺麗だね」
「ええ」
アズールは指で私の耳の後ろから項をつうっとなぞった。
「ひゃっ?!」
そこから肘の内側、手首、最後に胸元にとんっと触れる。
「今なぞったところに、少量をつけてください。決して服にはつけないように」
「う、うん……」
完全に固まってしまった私を見て、彼はくすくすと笑う。
こういうところに年の差を感じるなあ。
「じゃあ、僕はもう行きますね」
そろそろ電車の時間だった。
私は貰った瓶をトートバッグにしまって、最後にちゃんと笑顔を作る。
しばらく会えなくなるなら、やっぱり笑って見送らないと。
大丈夫。寂しいけど、私はきっと大丈夫。
そう言い聞かせる。
「ああそうだ」
アズールがこちらを向いた。
「どしたの?」
「忘れ物を回収しないと」
「え?」
ふわりと視界が銀色にぼやける。
あ、と思った時にはもう、唇は離れていた。
「僕がいない間、他の男に靡くようなことがないようにしてくださいね」
「そ、そりゃそうするよ」
私には、初めからあなたしかいないのに。
聞こえないように呟いた。
ガタンゴトン、と電車の音が響く。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ちゃんと笑えた。
彼も笑って、待ち合い室を出ていった。
制服のリボンを結ぶ。
アズールに練習をしろと言われてその通りにしたから、今はもうちゃんと結べる。
艶のある黒地に金のライン、白黒リボンのセーラー服。
あの日の彼が着ていた服の、女性版だ。
細い指でなぞられた通りの場所に、オードパルファムをつけて一回転。スカートの裾が翻る。
「……あ」
覚えのある香りが鼻を掠めた。
「ぅあ……」
ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
脳内をあの日の映像が駆け巡る。
甘いテノール、髪を梳く私より大きな手、低めの体温、記憶に残るほど触れた、唇の熱さと柔らかさ。
全てを纏ったあの香りだ。
「うう……」
今思い出してしまうなんて。
恥ずかしい。あの時のどろどろに溶けた熱さが、まだ体を蝕むようだ。
「毬花ー、時間よー!」
「はーい!」
階下からお母さんが呼ぶ。
今日は入学式だ。
年上の恋人がいた学校に、私も行く。
私は立ち上がって、部屋を出た。
彼がいない日々の始まりは、思ったよりもずっと寂しくなかった。
私は制服に腕を通し、鏡の前でくるりと回る。
アズールが行ってしまった。
出発する日、駅でお別れをした時のことを思い出す。
「ちゃんと毎日連絡はしますし、休みには帰ってきます。永遠の別れじゃないんですから」と言われたけど、やっぱり私は泣いてしまった。
「そんなに泣かないで」
とん、と目尻に唇が落ちて、ようやくそこで泣き止んだ。
「あなたに渡したい物があるんです」
アズールは持っていたバッグの中から小瓶を取りだした。
「なにこれ?」
「オードパルファムです。僕とお揃いの」
彼は笑って私にそれを渡す。
「これで少しは寂しさも紛れるでしょう。あなたはどうやら、これの香りをよく覚えているようですから」
私は手の中の香水瓶を見つめた。
綺麗な青い小瓶。光に翳すとキラキラと乱反射する。
「綺麗だね」
「ええ」
アズールは指で私の耳の後ろから項をつうっとなぞった。
「ひゃっ?!」
そこから肘の内側、手首、最後に胸元にとんっと触れる。
「今なぞったところに、少量をつけてください。決して服にはつけないように」
「う、うん……」
完全に固まってしまった私を見て、彼はくすくすと笑う。
こういうところに年の差を感じるなあ。
「じゃあ、僕はもう行きますね」
そろそろ電車の時間だった。
私は貰った瓶をトートバッグにしまって、最後にちゃんと笑顔を作る。
しばらく会えなくなるなら、やっぱり笑って見送らないと。
大丈夫。寂しいけど、私はきっと大丈夫。
そう言い聞かせる。
「ああそうだ」
アズールがこちらを向いた。
「どしたの?」
「忘れ物を回収しないと」
「え?」
ふわりと視界が銀色にぼやける。
あ、と思った時にはもう、唇は離れていた。
「僕がいない間、他の男に靡くようなことがないようにしてくださいね」
「そ、そりゃそうするよ」
私には、初めからあなたしかいないのに。
聞こえないように呟いた。
ガタンゴトン、と電車の音が響く。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ちゃんと笑えた。
彼も笑って、待ち合い室を出ていった。
制服のリボンを結ぶ。
アズールに練習をしろと言われてその通りにしたから、今はもうちゃんと結べる。
艶のある黒地に金のライン、白黒リボンのセーラー服。
あの日の彼が着ていた服の、女性版だ。
細い指でなぞられた通りの場所に、オードパルファムをつけて一回転。スカートの裾が翻る。
「……あ」
覚えのある香りが鼻を掠めた。
「ぅあ……」
ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
脳内をあの日の映像が駆け巡る。
甘いテノール、髪を梳く私より大きな手、低めの体温、記憶に残るほど触れた、唇の熱さと柔らかさ。
全てを纏ったあの香りだ。
「うう……」
今思い出してしまうなんて。
恥ずかしい。あの時のどろどろに溶けた熱さが、まだ体を蝕むようだ。
「毬花ー、時間よー!」
「はーい!」
階下からお母さんが呼ぶ。
今日は入学式だ。
年上の恋人がいた学校に、私も行く。
私は立ち上がって、部屋を出た。
彼がいない日々の始まりは、思ったよりもずっと寂しくなかった。