第二章 接近する
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やってしまった……
普段刃物を扱う自分が、よりによって自分で研いだ包丁で指を切ってしまうなんて恥ずかしい限りだ。
このところ妙に落ち着かない。
利吉に言われた言葉や、誘いを受けたことが頭の中をぐるぐると支配していた。
このままではだめだと思いながら医務室に向かう。
「失礼します」
医務室の戸を開けると伊作が薬草を仕分けているところだった。
「茶々子さん、どうしました?」
「作業中にごめんね。ちょっと指切っちゃって」
「えっ、見せてください」
伊作が自然に茶々子の手を取り傷を見る。
「良かった。浅いですね。消毒して薬塗りましょう」
そう言うと、てきぱきと治療をおこなっていく。
「善法寺くん、お医者様みたい」
「医者とまではいかないですけど、一応保健委員ですから、これくらいは」
茶々子は治療する伊作の手をじっと見た。
大きくて骨張っていて、自分のものとは違う。
十五歳ってもうこんなに大人の手なのか。
そんなことを思っていると、伊作が両手で茶々子の手を包んできた。小さい自分の手は簡単に隠されてしまう。今、自分は"男の人に手を包まれている"ということを強く意識してしまい、心臓が高鳴った。
「えっと……」
「治療、終わりです。お大事にしてくださいね」
「あ、ありがとう」
「茶々子さん、あの……なにか悩んでますか?僕で良ければ話くらい」
「だっ、大丈夫!!」
言えるわけない。
生まれて初めて殿方のお誘いを承知した自分に戸惑って指を切ったとか、
君の手に包まれてどきっとしましたとか、
絶対に言えない。口が裂けても言えない。
もう二十歳になるというのに、色恋のいの字も知らないなんて。この数日で男女というものを初めて意識しましたとか、恥ずかしすぎる。
「あの、僕では頼りになりませんか?」
伊作がしょんぼりするので、茶々子は語気を強めに言った。
「そんなことない!いつも気を配ってくれて、手当ても上手で、本当に頼りになる人だと思ってる。だから善法寺くんだから言えないとかじゃないの。手を切ったのもちょっとうっかりしちゃって。それが恥ずかしいというか……そんな感じ」
「……わかりました」
気がつけば、伊作はずっと茶々子の手を包んだままだった。
「茶々子さんの手は小さいですね」
「うん。母が小柄だからかな。あんまり大きくならなかった」
「でも、頑張っている手だ」
伊作は茶々子の昔の小さな傷跡や手にできたアカギレを撫でながら言った。
「茶々子さんを見てると、僕ももっと頑張ろうと思えます」
「善法寺くんはいつも頑張ってるよ」
「もっと頑張りたいんです……だから茶々子さん、あの……」
口ごもる伊作を茶々子は窺い見た。
「なあに?」
「僕も、名前で呼んでくれませんか」
思ってもみなかったことで返答に詰まったが、伊作は真剣な顔で答えを待っていた。
「え……あ、うん。い、伊作くん?」
「はい!」
伊作の顔がぱっと明るくなる。
「これで、もっと頑張れます!」
少年のような笑顔を見せた伊作が可愛くて、茶々子はもう一度名前を呼ぶと、今度は顔を赤らめて、照れ臭そうに
「茶々子さん、ありがとうございます」
と何故かお礼を言われた。