【短編】
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"一目惚れ"というのを初めてした。
それは忍務帰りに長次と立ち寄った茶屋だった。いつもの店でいつもの団子と茶を頼んだが、運んできた者がいつもの店主のおやじではなかった。
「お待たせしました。どうぞ」
初々しく団子と茶を運んできた彼女は、自分とそう年も変わらないように見える。くりっとした丸い目に小振りな口、やや癖のあるふわっとした柔らかそうな髪。頬はほんのり桜色でまるで小動物のような愛らしさがあった。
「かわいい!!」
思ったことがついそのまま口に出てしまい、彼女を驚かせてしまったようで、一時目が合ったかと思うと彼女はそそくさと店の奥に引っ込んでしまった。
「あー、行っちゃった」
「小平太は声がうるさすぎる……」
「えぇー、そうかあ?でもさぁ長次、あの子ほんとかわいかったな」
長次がこくりと頷く。
「だよな!娘さんかな?名前なんて言うんだろう?」
長次の言うように小平太の声があまりに大きくて良く通るので、全部店の中でも聞こえていたらしく、いつものおやじが出てきた。
「いや、あれは知人の娘です。妻が腰をやってしまったもんで、しばらくの間手伝いに来てもらうことになりましてね」
「はぁー、なるほど」
「気の利く質ではあるんですが、ちょっと内気な子なもんで失礼をいたしました」
「いや、小平太が悪い」
ぼそ、と長次が言うので、小平太はしかたなかくぺこりと軽く頭を下げた。
「驚かせてしまったみたいで、すみません」
そう言うと、店の奥からちらと顔だけ覗かせた彼女が首を振るのが見えた。やはり可愛い。
「名前………いいや、また来たときに教えてもらおう!」
先程のやりとりから、いきなりずけずけと入り込むのは良くないと思い直した小平太は勢い良く団子を頬張り、茶で流し込んだ。
「長次、行こう!」
長次は急かされても気にせずゆっくりと団子と茶を味わっている。これがふたりのいつものペースなのか、小平太も特に気にすることなく時おり店内をちらりと見やりながら待っていた。
長次は食べ終わると、勘定を置いて小平太に声をかけた。
「もう、いいのか」
恐らく店内の彼女のことを言っているのだろう。少し話していきたいのではないか、と長次なりに気を遣っているようだった。
「いい。体力が有り余り過ぎて、なにかやらかしそうだから、今日は帰る」
長次は意外だったようで軽く目を見開いた。何事にも突っ走っていく小平太が、自制している。
「なんだ、長次。その顔。私だってこういうときはあるぞ」
「……そうか」
「よし、走って帰るぞ!ご馳走さまでしたー!」
小平太が店に向かって大きく手を振ると、店主と彼女が頭を下げるのが見えた。
*****
あれから、小平太は暇や休みがあれば茶屋に通った。それもマラソンやバレー、塹壕堀で体力を削った後、さらに匍匐前進で行く。
こうでもしないと、なにか失言をしてしまいそうで怖かったのだ。
茶店の彼女も小平太の怪奇な行動に最初は驚いていたが、通っているうちにすっかり慣れ、今では笑顔で出迎えてくれるまでになった。
が…………
肝心の名前が今だに聞けていないのだった。
小平太は彼女に会うとそれだけで胸がいっぱいになり、他に客がいないときは他愛のない話を聞かせ、いるときは茶を飲みながら彼女の仕事ぶりを見学し、帰る。その帰路で名前を聞きそびれたことに気がつく。行く前は今度こそと思うのに、なぜか会うとすっぽりと抜け落ちてしまうのだ。
今日も今日とて名前を聞かないまま雑談をしていると、ふいに彼女が言った。
「あの……小平太さん」
名を呼ばれた小平太は驚愕した。まさか彼女が自分の名前を知っているとは思わなかったのだ。
「!!わ、私の名前!!知ってるの!?」
「え、あ……以前お連れ様が呼んでいたのを聞いたので」
「えー!君、長次の声聞こえたの?耳良いんだ」
「そうなんです。けっこう敏感な方で……そのかわり大きな声には驚いてしまって。初めてお会いしたときは逃げてしまってごめんなさい」
「ううん、ううん!あれは私が悪かったんだ。でも、嬉しいなあ。君が私の名前覚えてくれてるなんて……」
そこで小平太ははた、と気がついた。そういえば彼女の名前を……
「茶々子です。私の名前。呼んでもらえると嬉しいです」
少し恥じらいながら彼女が言った。小平太はからだの内側からぶわっと何かの感情が沸き上がるのを感じた。
「茶々子ちゃん!ははっ、君に似合いのかわいい名前だ」
「小平太さんも、良い名前」
「小平太で良いよ。年、変わらないでしょ?」
「私、15です」
「うん。私も同じ」
「じゃあ……小平太くん」
「うん、茶々子ちゃん!」
次の客が来るまでしばらくふたりは嬉しそうに互いの名前を呼び合っていた。
「君の名前」終
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【あとがき】
読んでいただきありがとうございます。
いけいけどんどんな小平太の恋は急速に進むかと思いきや、ゆっくり一歩ずつだと良い……と思いながら書きました。
楽しんでいただけたら幸いです。