【番外編】男なんざ!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「"でぇと"ですか?」
「うん。南蛮の言葉で、結婚前の逢瀬?みたいなものらしい。一緒に出掛けたり親睦を深めるものなんだけど、どうだろうか」
「良いですね。嬉しいです!でも、昆奈門さん忙しいんじゃ……」
「いや、殿に言われてね。なにせ結婚が急だったから、恋人としての時間が足りなかったのではないか、ということで有給をもらったんだ」
「それで、"でぇと"ですか?さすが黄昏甚兵衛様は粋な提案をなさいますね」
「ははは、突拍子もないことの方が多いけどね。で、どこか行きたいところはある?」
志乃はしばらく考えた後、少しためらいがちに言った。
「あの、母のもとに花を供えに行きたいのですが、良いでしょうか。墓はありませんが、暮らしていた家のあたりに」
「もちろん、良いよ」
昆奈門が優しく微笑む。
「母が亡くなり、父と暮らしてきて、日々の生活を考え、父がいなくなってからは父を探すことばかりで。一座に拾われてからはもう自分のことでいっぱいで……母のことを考えることがほとんどなかったんです。薄情な娘ですよね。最近やっと母を思い出すことが増えました。結婚の報告くらいはしたいんです」
「それはそうだね。私も君の母君と知らぬ仲ではないし、大事な娘を貰い受けたからにはご挨拶申し上げないといけないな」
*****
「確か……このあたりだったような」
「あんなに小さかったのに、よく覚えてるね」
「なんででしょうね。強烈な印象だったからでしょうか……そういえば、あのとき私は昆奈門さんと一緒に出掛けていたから巻き込まれずに済んだことを思い出しました」
「うん、そうだった。火に飛び込みそうな君を止めるのは大変だったな」
昆奈門は抱えていた花をそっと置くと、志乃と一緒に手を合わせた。ふたりはしばらくの間黙って目を閉じていた。
そして、示し合わせたようにふたりが目を開けて、お互いに目を合わせると、志乃が口を開く。
「昆奈門さん、そういえばなんで樒(しきみ)なんですか?たしかにお寺で良く見るし可愛いけど、実に毒がある花ですよね」
志乃が供えた花を指して言った。花を選んだのは昆奈門だったのだ。
「さすが、梅の香のくのいち。よく知ってるねぇ。ではこの歌は知っている?"奥山の 樒の花の 名のごとや しくしく君に 恋ひわたりなむ"」
「いえ、知りません」
「古い、万葉の歌でね。志乃の母君はこれをよく口ずさんで舞っていた」
「母上が、舞を……?」
「うん。以前の志乃同様、母君は一座で舞をしていた。歌の意味は"奥山の樒の名のごとく何度もあなたを想い続けるでしょう"」
志乃はそれを聞いて樒の花を見つめると何を思ったか懐から扇子を取りだし、パタパタと広げた。
「では母上に私の舞をご覧にいれましょうか」
そう言って志乃は舞い始める。
その姿に、昆奈門は目を奪われた。
かつて見た彼女の母の姿に似ている。
「美しいな……。君は父親似だと思っていたが、こうしてみると母君にも似ている」
「ね、昆奈門さん。貴方は母を好きでした?」
舞を続けながら志乃は言った。
「どうして?」
「貴方の顔を見てたらなんとなくそんな気がしました」
「どうだろう。そうだと言ったら、君は妬いてくれるのかな」
志乃がぴくりと反応し、舞が変化したのが分かった。扇子を畳み、動きが鋭くなる。これは、剣舞だ。
「……妬きます。たとえ母でも。だって、死んだ人には適わない」
剣に見立てた扇子が昆奈門を斬るような動きをする。昆奈門は応えるように間を開け、かわす動きをする。戯れているような本当に戦っているかのような、そんな動きだ。
「それで、どうなのですか?」
志乃はすがるような声で、動きは微塵も変わらずに、言った。
「……うん。好きだった」
そう、昆奈門が答えると同時に、手刀で志乃を斬る動きをすると、志乃はぴたりと動きを止めてしまった。昆奈門は慌てて手を引っ込めると静かに言った。
「……志乃、私はね、あのふたりが一緒にいるところが好きだったんだよ。彼女の舞や樒の歌は荘助殿だけに向けられたものだったし、樒の花を供えるのも荘助殿に託されたからだよ」
志乃は下を向いて何も答えない。
「志乃……?」
昆奈門がかがんで顔を覗き込むと、志乃の目からはらはらと涙がこぼれ落ちるのが見えた。
「弱った。泣かせてしまったか……」
昆奈門が志乃の顔に触れようとしたとき
「!!」
「ふふ、仕留めました」
志乃は扇子を昆奈門の喉元に突きつけた。
「おっと、これはやられたなぁ。空泣きだったか」
昆奈門が苦笑いする。
「私は樒の子(実)ですよ。猛毒です」
「ははは、そうか。でもね、残念ながら私は子供の頃から耐毒訓練を受けているんだよ」
昆奈門が少し後ろに仰け反ったかと思うと足元に屈んで志乃を抱き上げて肩に担いだ。
「あっ!!」
「その程度の毒じゃ、効かない効かない」
「昆奈門さん、降ろして」
志乃が背中をとんとんと叩く。
「嫌だよ。せっかく君を妬かせたと思ったのに、空泣きだったなんて悔しいじゃないか。今日はもうこのまま離さない」
「妬いたのは本当ですっ!私は幼いときからずっと貴方が、貴方だけが好きなのに。昆奈門さんが他の人を好きだったことがあるのは悔しいです。でももちろん、仕方ないとは思ってますよ。何回か縁談もあったと聞いていますし……」
「……志乃はそんなにずっと私のこと好きだったの」
昆奈門がさも意外そうに言った。
「そう、ですよ……」
志乃は気恥ずかしくなったのか声が小さくなった。
「ねぇ、志乃。顔見せて」
昆奈門は彼女を降ろすと、両手で頬を挟んで上を向かせた。彼女の顔は赤らんで、目が潤んでいる。なんて愛しいのだろう。
昆奈門はそのまま顔を近づけて口づけた。
「ねぇ、愛しの奥さん。このあと茶屋でも行って"でぇと"続けようか」
そう言うと志乃は顔を赤らめたままにこりと笑う。
「はい」
互いに手を取り、ふたりは村を後にした。
「樒(しきみ)の花」 終
ーーーーーーーー
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
樒の歌は
万葉集第二十巻 4476番大原真人今城作
です。
この歌は、恋歌ではなく故人を偲ぶ歌であろうとされています。
夢主の母はいつ命を落とすやも知れない忍の夫を想い、父は後に命を落とした妻を想い、樒を供えるように雑渡さんにお願いしたのでした。(妻の死後は幼い夢主と逃亡生活だったので自分では行けなかった)
そんな意味を込めた作ったお話でした。
ちなみに樒は仏事によく使われるらしいです。