【番外編】男なんざ!
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泊まりがけの忍務の後、報告を終えて朝一番に城を出た。あの人に少しでも会いたくて、帰路を急ぐ。今日こそは一目でも見られるだろうか。
結婚を期に移り住んだ新居は、こじんまりとしているが、二人で住むには十分な広さだ。タソガレドキ忍者隊の組頭ともなれば、もっと大きな屋敷に女中や下男をつけることも可能だろうが、そうしなかったのはとても彼らしい。
「ただいま戻りました!」
どこにいても聞こえるように、声を張り上げて家に入ったが、中はしぃんと静まり返っていた。
今日も、いない。
志乃は履物を脱いで上がり、昆奈門の存在が感じられるものを探し回った。
着物、笠、布団、枕、手拭い……
あの人が帰ってきたのはいつだろう。
畳まれた布団から少しだけ彼の匂いがして、顔を埋めた。
昨日は帰ってきたんだ。
もう何日会っていないか……
結婚してから共寝をしたのは数えるほど。
こんなことなら、昆奈門さんの言うように早々に仕事をやめて家にいる生活をすれば良かった。
そんなことを思っては首を横に振る。
殿や姫様に対して、梅の香という己の故郷といえる場所に対して無責任なことはできない。
それに、たったひとりで待っているのはもっと辛い。
元々、結婚なんて頭に無かった。たまにでも会えればそれだけで良かったのに、いざ一緒になってしまったら、どんどん欲が出る。数日会えないだけでこの様だ。
志乃は昆奈門の布団を敷いてその上に転がった。あの大きな手で包まれたい。あの深く優しい声で名を呼んで欲しい……
布団にいるからか、志乃はうとうととしてきた。そういえば昨夜は寝ていない。明日は休みだし、とりあえず仮眠しようと目を閉じた。微かに残る昆奈門の匂いに包まれながら志乃は眠りに落ちた。
*****
カラスが巣に帰ろうと互いに呼び掛ける声で目が覚めた。
気がつけば空は黄昏色から闇に変わりそうだ。
寝すぎてしまった。
志乃は夕食を作ろうと身体を起こすと、入り口を叩く音がする。
待ちわびた人が帰ってきたのかもと心踊る。
志乃は身なりも気にせず急いで戸を開けに行った。
「志乃殿、おられるか」
戸を開ける前に声をかけられ、立ち止まる。
この声は……
思い描いた人ではなかったが、志乃は別の意味で胸がざわついた。
「山本さん。今開けます」
志乃はそう返事をして簡単に身なりを整えると、静かに戸を開けた。
忍装束に身を包んだままの山本陣内がそこにいた。
「志乃殿。今すぐ、タソガレドキ城に来られるか?」
「あの人になにか、あったのですか」
「命の危険があるわけではないのでまずは安心してほしい」
志乃の表情を察してか、陣内は安心材料をくれたあと、こう続けた。
「どうか、昆奈門を悪夢から救い出してはくれないだろうか」
*****
これはタソガレドキ忍者としてではなく、山本陣内個人からの依頼であり梅の香城には内密に、と陣内は念を押した。
昆奈門は、多少の怪我を負うことはあっても倒れるほどのことはほとんどないが、ごくまれに高熱を出す。
それが風邪なのか疲労なのか、はたまた心労によるものなのかは分からないが、いざそうなるとひどくうなされるのだ。
火傷を負ったときの記憶がそうさせるのか。
戦で散った友や部下の霊でも見えるのか。
父の死を思い出すのか。
下の者には絶対に見せられない。
特に尊奈門は、心を痛めてしまうだろう。
いつも熱が引けばけろりとするのだが、心休まらぬ立場の彼がせめて悪夢から解放されてくれれば、と願うのは過保護だろうか。それともあいつの父を死なせてしまった自分の罪悪感を拭いたいが為だろうか。
陣内は内密に志乃をタソガレドキ城内へ招き入れる。誰にも見つからないようにと、城内の者でもほとんど知らないような道を通るからと志乃には一応目隠しをして連れていった。
そして、天井裏から昆奈門の居室前に降り立つと見張りを頼んでいた長烈と雑面越しに目が合う。
「山本、お前……」
「この人を通してくれ」
長烈はなにか言いたげだったが、陣内の気迫に押されてか、黙って場所を開けた。
「志乃殿、頼みます」
陣内はそう言って志乃を昆奈門の居室へ入れ、戸を閉めた。
すると長烈が静かに言う。
「組頭の奥方とはいえ、他城のくのいちを勝手に招き入れるなど始末書では済まないぞ」
「分かっている。しかし、私はどうしてもあいつを悪夢から解放してやりたいんだ。それができるのは彼女しかおらん」
*****
志乃は目隠しを外し、昆奈門を見た。
苦しげに首元を爪で引っ掻き、血が滲んでいる。声にならない声で、唇だけが「ころしてくれ」と動いた。
これほど弱っているこの人を、私は見たことがない。
見せまいとしてくれていたのだろうか。
私は貴方の辛い記憶を知らない。貴方の部下たちは知っている苦しい記憶を、私は知らない。
私を、まだ幼い娘だと思っている?
父を亡くした私を憐れんで、夫だけでなく父としても振る舞おうとしてくれていた?
「昆奈門さん……」
志乃は静かに声をかけ、昆奈門の顔に触れた。尚も苦しそうに昆奈門はもがく。志乃は手を握り声を強めて名を呼んだ。
「昆奈門さん!」
昆奈門がハッとして、虚ろな目で志乃を見た。
「志乃……?」
名を呼ばれたかと思ったら、昆奈門に強く掻き抱かれた。肩に爪が食い込むほど強く、志乃は痛みを感じたが、黙ってされるがままにしていた。すると昆奈門がさらに力を込める。
「志乃行ってはだめだ!!」
「すまない、すまない」
と昆奈門は繰り返し呟いたあと、
「許してくれ。君だけは絶対に守るから」
夢と現の狭間にあって記憶が混同しているのか。
彼の口から漏れる言葉は、母を亡くしたあの日、言われたような記憶が微かにあった。
この人は本当に様々なものを背負って生きているのに、私の過去まで背負っていたのか。
「こなもんさん」
志乃はあえて昔の呼び方をした。
「志乃は貴方に守られて大人になりました」
昆奈門の背中に手を回し、赤子をあやすようにぽんぽんと叩く。
「今度は私が貴方を守って差し上げます。貴方が背負うものを代わってはあげられませんが、悪夢を見るなら必ず呼び戻します、何度でも」
志乃はそう言って昆奈門の背中を優しく撫でると、きつく抱き締めていた手がふと緩んだ。
「志乃……あれ???なんでいるの?」
昆奈門は志乃から離れて顔を確かめる。
「会いたくて来ちゃいました」
志乃が答えると、昆奈門は戸の方を見て、
「……陣内かな」
と言った。
「いいえ」
志乃は頭を振って笑った。
「寂しいから夜這いに来たんです。忍び込んでごめんなさい。でも貴方は熱があるし、今日のところは看病して帰ります」
みえみえの嘘に、昆奈門は笑いながら志乃の耳元に口を寄せる。
「……もう元気だからこのまま君を抱かせてくれないか」
「だめです」
「久しぶりに会えたのに。おあずけなんて拷問だよ」
「なに言ってるんですか。熱あるんですから、横になってください」
そう言っても昆奈門は志乃を無理矢理に抱き締める。
「じゃ、我慢するからもう少しこうしてて」
「少しだけですよ」
「志乃、君の頬は冷たくて気持ちが良い」
「昆奈門さんが熱いんです」
*****
長烈がふぅと息を吐き、面が揺れる。
「志乃殿の機転で我々は不問に付してもらえそうかな」
「どうだろうか。それに我々と言うが、罰は私ひとりで十分だろう」
「なに、わかっていて居室へ通したのは私だ。さてさて、組頭もお目覚めだし、私は薬湯でも持ってこよう」
長烈が離れると、陣内はその場に腰を下ろして目を閉じた。そして祈るように呟く。
雑渡様……
見ておられますか。聞いておられますか。
ご子息を。この安心しきった声を。
昆奈門はとても素晴らしい伴侶を得ることができました。
もしや貴方の計らいか。
どうかどうかこの先も長くお見守りください。
あぁ、やはり……
それはお前の役目だろう、と仰せになりますか。
「夢か現か」終
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【あとがき】
読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっと長くなってしまいました。
