運命の人
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陣内左衛門の思い浮かべた人とはタソガレくのいちであった。なんのはずみだったか、一度だけ交わり、その後は互いに何事もなかったかのように過ごしていた。
元から陣内左衛門という男は後腐れのないこざっぱりした性格のため気にはしなかった。相手がそれ以上を望まぬのであれば、踏み込むことはしない。人にも物にも執着することはほとんどないのだ。組頭である雑渡昆奈門に対しては別だが、これは執着ではなく尊敬の延長に過ぎない。
ただ、タソガレくのいちと交わったあの一夜は、陣内左衛門にとって忘れられないものだった。甘美な夢のようであれほどの充足感を得たのは後にも先にもなかった。
つまり彼女は陣内左衛門にとっては"心に残る唯一の女"というと言っても良い。しかし結婚となるとよくわからない。彼女はずっと独り身だ。あの美しさにあの色気では男は放っておかないはずだ。潜入先でも城内でも何度か口説かれるのを見たことがある。しかし彼女は決して応えようとしなかった。
この日を境に、陣内左衛門は関係をもって以来、再びタソガレくのいちを目で追うようになった。
彼女の方も視線に気付いては笑顔で返してくれる。陣内左衛門はそれを嬉しく感じるようになっていた。
*****
ある日の夜寝る前に稽古を、と外で棒を振っていると、どこからともなくタソガレくのいちが現れた。
陣内左衛門は手を止めようと速さを緩めたが、
「そのまま続けて」
と制された。
「タソガレくのいちさんは、忍務帰りですか」
陣内左衛門は動きながら言った。
「んーん、これからかな」
声が少し沈んで聞こえる。
「なにか難しい忍務なのでしょうか」
「どうかな……ねえ、高坂さん。あなたとっても絵になるわね。きれい」
タソガレくのいちがちょうど良い大きさの岩に腰かけて言った。
「貴女にきれいだと言われても嬉しくはありません」
陣内左衛門は六尺ほどある棒を下ろしてタソガレくのいちの前に立って見つめた。
「タソガレドキ城内で貴女よりきれいな人はいないでしょう」
「あら、ありがと。ところで高坂さん、お見合い話は進んでるの?」
タソガレくのいちは陣内左衛門の視線を避けるようにして話題を変えた。
「私は、結婚するなら貴女が良いと思っています」
タソガレくのいちは一度目を見開いて、それから目線を落として首を横に振った。
「それは無理よ」
「何故です。あの夜、私に至らぬところがありましたか。あの後の貴女の態度を見て、無かったことにしたいのではないかと思い、私も特に動くことはしませんでしたが、それが非礼であったのであれば……」
あの夜とは関係を持ったあのときを言っているのだろうことはすぐにわかった。
「違うの。貴方のせいとかじゃないの。私は、殿に召されるようになったのよ」
陣内左衛門は胆が冷えた。
まさか自分は殿の女に手をつけてしまったのか。
「あ、誤解しないでね。召されるようになったのは貴方と関係した日よりも後だから。あの日私は貴方に惹かれて、一晩過ごしたの。これは本当よ」
彼女はそう言うが、もう手が届かぬ人なのは変わりない。陣内左衛門は静かに拳を握った。
彼女はそのまま話を続ける。
「それに、私は高坂さんに相応しくないわ」
「何故」
「子を産めない身体なの。貴方の望むものを私は与えてあげられない」
彼女は寂しそうに言った。これがずっと結婚をしなかった理由なのだろうか。
「そんな顔しないで、ね?同情はいらないわ。これでもね、私には都合が良いのよ。殿の子を身籠ることはないから、跡目争いも避けられる。奥方からの恨みを買うこともない」
それを聞いても陣内左衛門は腑に落ちなかった。
「ただ抱かれるだけなど、辛くはないですか。その、都合良く扱われているのでは……」
「高坂さんは誤解してる。私はね、タソガレドキの全てが好きなのよ。その主と繋がれるなんて幸せなことだわ。殿も大切に扱ってくださるし。私は一生この城に尽くすと決めたの」
そうはっきりと言う彼女の目には輝きがあった。決して強がりなどでないだろうというのがわかった。
「だからね、高坂さん。見合い、早く受けなさい。山本小頭なら良い方紹介してくださるでしょうし、貴方の相手はくのいち以外が良いと思う。貴方の無事を祈って、帰りを待っていてくれるような女性が、きっといるわ」
「……そうでしょうか」
「いるわよ、心から想い合える運命の人というのが。組頭にとっての彼女みたいな人がね。じゃぁ、私はこのあと私の"運命の人"に呼ばれているから」
タソガレくのいちは艶っぽい笑みを見せると闇夜に消えていった。
*****
「山本の父上……」
あれから数日後、陣内左衛門は陣内に声をかけた。
「どうした、陣内左衛門。城内でお前が父と呼ぶのは久しぶりだな」
「あの、お願いがありまして。先日の件ですが、本気で結婚を考えることにしました。どなたか良い相手を紹介いただけますか?」
陣内はものすごく嬉しそうに笑った。
「そうかそうか!うんうん、すぐにでも話をつけるから待っていろ」
「は、はい」
「まぁ、そんなに重く考えずに何人かに会ってみると良い。相手方の気持ちもあるし、何より陣内左衛門の気持ちが一番大事だからな」
この烏帽子親は自分のことをとても大切にしてくれている。この人が紹介する人に悪い人などいないのではないかと思う。
なんとなく、この人の奥方もきっと"運命の人"なのだろうなと陣内左衛門は感じた。
「ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
「運命の人」終
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【あとがき】
読んでいただきありがとうございます。
烏帽子親ってなんか良いですよね。