【Kingsman】Beautiful Lady【エグジー】【キングスマン】
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ユーはコーギーを連れて回復室のドアをノックした。エグジーに入室の許可が下りるとドアを押しコーギーを中へ入らせて、エグジーの様子を窺うようにユーは回復室へ足を踏み入る。エグジーは笑顔でユーの名前を呼び手を広げて歓迎した。相変わらずの慎ましい仕種をするユーにエグジーは寂しさを覚える一方、嬉しさが心をいっぱいにさせる。
「やあ、ユー!」
「エグジー! 私、教官に会いたいと呼ばれて来たんです」
「そうなんだ。その子、コーギーだろ?」
「その通りです」
エグジーはユーを守るように傍らにいるコーギーを見つめる。コーギーは警戒心を剥き出し威嚇の声を発して唐突にエグジーへ一つ吠えた。コーギーの性質を知り抜いているユーはすぐさまコーギーに鋭く叱咤し、のちに柔らかく窘 める。エグジーは警戒心を緩めないコーギーを躾ける彼女を一目見てから、こう言う。
「その子の訓練は順調?」
「見てて。Hugh 、座りなさい」
ヒューと呼ばれたコーギーはユーの命令に従って座った。ユーの言うことを理解し吠えることもなくなったコーギー に彼女は微笑んでコーギーの頭を撫であげる。躾の成果を見たエグジーは自然と優しい笑顔を見せて、候補者の中にいることを褒めた。
「候補者が君を含めて6人になったって? おめでとう。ユーのテスト結果も俺の予想を超えてたぜ」
「ありがとうございます」
「合格したら君はきっと、学んできた知識は無駄じゃなかったって思えるよ」
「私も、そう望みますよ」
合格できるのかしら。ユーは張り付けた笑みでエグジーの言葉を返事し、背負わされた期待と背負わされたものを振り落とそうとする不安の衝突で身を削がれる感覚からそう思えた。回復室のドアにノックが鳴り、エグジーはどうぞと言うとマーリンが入ってきた。
「おっと、ユー。エグジーと話があるんだ。悪いが退出してくれ」
「別にいいじゃん。観察させてやれよ。ユーは賢いから学ばせてやらなきゃ」
「好きにしろ。これを見てくれ」
マーリンはタブレットを操作し回復室に設置された画面に記録された眼鏡の映像をエグジーとユーに見せる。映像はエグジーがガラニスと嘘の商談をしているものだった。頭皮が見え隠れする白髪と広い額 を持ち、落ち窪 んだ両目をしたガラニスは意味深な言葉を残して頭を撃ち抜かれたところをユーは目にする。
「What the Hell ! なんてことなの!」
あまりにも刺激的な映像にユーは思わず声を上げた。エグジーは強張る表情をしマーリンは片方の眉を上げる。ユーは両手を口に当て声を塞いだ。映像は一時停止しガラニスが撃たれる前に巻き戻される。ユーは口を塞いだ両手を離さず画面に注視していた。
「この映像に映っているガラニスは双子の弟ということがわかった」
「兄の変わりに出たのか」
「そうだが、それは自ら望んだことではない。弟は兄によって薬物蜂蜜 漬けにされていたんだ。本人が知らない間にな。弟は摂取し続けられ精神は崩壊し、自ら判断ができなくなるほどにまで至った。最後はこの映像となる」
「猿芝居に付き合わされた弟は男に撃たれて殺されたって? ガラニスが殺したんだろ!」
声を荒げ感情を剥き出しにしたエグジーは苦虫を噛み潰したような表情でティモン・ガラニスの経歴が記載されている画面を睨みつけた。家族を自らの物としか認識していないガラニスにユーは胃から沸々 と昇って来る不快感の伴った怒りを感じる。気を緩めると口を押さえている指の間から洩れてしまいそうな勢いであった。
「その男もガラニスの遠い親族だった。弟と同様に知らず薬物漬けされてもいた」
「あー、もう! 俺たちはあいつのクソみたいな猿芝居に翻弄されたのかよ!」
「まだあるぞ。ガラニスは親族を薬物蜂蜜 漬けにさせ、思い通りにしているようだ。対戦者のいないチェッカーの駒さながらにな」
「くそったれ!」
何も厭わず後悔を抱くこともなく易々と家族を手放したガラニスの映像をユーは冷たく見つめていた。口を押さえていた両手は無意識に離され、そっとゆっくりと下へ下ろす。薬物に溺れていても父を家族として愛していたユーの心をガラニスに否定され踏みにじられたような感覚に彼女は襲われた。同時に重荷を背負わないガラニスを羨ましく思え、ユーはさらに自身の爪で心を引っ掻き回される。
「親族と同じように薬物で死んでしまえばいいのに」
そう口に零したユーの言葉は余裕のなさから唯一出てきたものだった。マーリンとエグジーは目を見開き、彼女へ目をやる。ユーの横顔は冷ややかな雰囲気が覗かせ、深い悲しみが彼女の瞳に浮かんでいることをエグジーは気づいた。昔の俺と同じに彼女は何かに心を苦しめられているんじゃないのか。
ユーの様子を窺うマーリンに彼女は落ち着いた口調で自身の失態を丁寧に謝罪した。マーリンはタブレットに向き直り、再び映像を再生する。撃ち抜かれ倒れた弟へ近寄ったところでユーは画面に釘付けになった。彼女は自然とマーリンの横から顔を前に出し死亡した弟の頬が僅か黄色に変色しているのを見て取れた。じりじりとユーは眺め入って、その異変を記憶に焼き付ける。
「エグジー、予定通りにイタリアへ向かいガラニスの夫人と接触しろ」
「クソ野郎の奥さんね。楽勝だな」
「用心しろ。でなければ前と同じことになるぞ」
「悪かったって。マーリン」
軽い冗談を言ったような調子のエグジーにマーリンは溜息を吐き、身につけている腕時計へ目線を送った。試験の時間だと呟き画面に映されていた映像を消して、ユーはマーリンに促されるまま回復室から出て行く。ちらりと父の顔がユーの脳裏に掠められ、ぐんと上がって来る零れそうな涙を彼女はじっと怺 えて廊下を歩いた。
身を投じられた新たな訓練は降下訓練であった。輸送機の振動に体を揺さぶられ、ユーは閉ざしている貨物室ドアを見やった。狭苦しい空間にキングスマンのフライトスーツを着用した候補生たちは素直に腰掛けている。一点を見つめているユーにルースは話しかけた。
「ユーって高いところは嫌い?」
「その逆よ。私、高いところで見渡すの好きだわ」
「どうして?」
「考えてごらん。目に入り切らないほどの空が広がっていて、そこに太陽の光と遠くからやって来るシルクのような風に包み込まれる自分自身を。どう? 欲しいものが手に入らなくても、遠くにある光景を見晴らせば自分は不幸とも幸せともどちらにも傾けることはない。体についていた泥が太陽に乾かされて風に払われて身が軽くなるような心地が、私は好きなの」
ユーの言葉にルーシーは返す言葉を思わず濁した。ふわりと耳に良い語り口と口から出る誠実さが窺える台詞にルースは身を引くこともなく、彼女に惹きつけられる。name1#の横にいたビリーはこっそりと聞き耳を立て、周囲に聞こえない程度にふんと鼻を鳴らす。するとマーリンの声が候補生たちの通信に入り訓練の説明が始まった。
「よく聞け。レーダーに探知されず着陸するのが任務だ。レーダーで感知したり、目標を外せば家に帰ることになる。分かったか? 20秒後に降下地点 が来るぞ」
候補生たちは降下の準備に取り掛かり、立ち上がった。貨物室のドアが開かれ、候補生たちは地面が見えない下へ自然と目を向ける。設置されたランプはビープ音と共に赤色から緑色に変わり、候補生らは次々と輸送機から飛び降りた。ユーとルースは躊躇 うこともなく候補生らの跡に続いて飛び降りる。
ユーは通信を通して聞こえる候補生の思いが滲ませた声を聞く。気分が高まり楽しそうに笑う候補生や威勢が弱々しくなっていく候補生など混ざり、ユーは感嘆を含んだ笑い声でカラカラと笑った。下から来る風が彼女を楽しませ、自身の体で風を切っていく音が血を興奮させる。
「私の訓練生たちは元気がいいな。だが、そんな簡単なことだと思っていたのか? どんな馬鹿でもヘッドアップディスプレイは読めるんだ。キングスマンはプレッシャーの中で問題を解決する能力が必要だ。パラシュートがない時の対処法とかな」
マーリンの放った言葉に候補生たちは愕然 の声をあげた。落下と浮遊の体感を楽しんでいたユーは笑っていた口をすんと閉じ、現状の理解に追われる。ぐるりと円 の体制を取っていた候補生たちは心の中で駆け走る不安を抱き、マーリンの助言染みた台詞に全員は耳を傾ける。
「言っただろう。目標を狙え。レーダーの下に潜り込め。誰かと擦り寄らないことを願っているぞ。しかし、もしもお前たちが目標の中にいたら私が感銘すると思ってくれ」
平然と候補生たちの焦りを退けるようなマーリンの口調にユーは汚い言葉を吐き出しかける。ビリーは想像もしなかった事態に頭の中は真っ白に塗り変えられ、何も考えることができないまま小さく怯 んだ声を漏らした。茫然 へ陥りられそうになる周囲にルースは必死の形相と声を荒げる。
「ペアを組みなさい! 一番近くにいる人の手を掴むの! ほら、ユー!」
伸ばされたルースの手をユーは掴み、お互いに握る力を強めた。ビリーは理性を少し取り戻してルースの言う通りに傍らにいた候補生へ手を伸ばすが、混乱へとっくに陥っていた候補生はパラシュートを開きビリーの手は雲を掴むような姿勢になった。ビリーは唖然と口を開いて怒りと焦りの混じった悪態をつく。
「おい、嘘だろ! この野郎!」
ビリーの悲痛染みた声を聞いたユーはふっと振り向き、いつもの威勢がなくなった彼の姿を捉える。ビリーは伸ばした手をしばらく見つめて拳を作った。ルースは臆病から抜けた候補生がいる上へ睨みつけ、こう言った。
「奇数になったわ。なら、円 の体制になるわよ!」
ルースは他の候補生二人へ手を伸ばしユーは片方の手をビリーへ伸ばす。ビリーは恐怖に歪んだ表情で彼女の手を掴み、五人の候補生は握り合って円 の体制を保てさせる。ルースは迫っていく地面に注意を向けながら、候補生たちに考えついた自身の計画を声を震わせて伝える。
「一人ずつパラシュートのコードを引っ張りなさい! 誰が開かないのか分かったら右側の人がその人を掴んであげるの! そうすればなんとか!」
切羽詰まったルースの言葉を耳に入れながら、ユーは真横にいるビリーへ目を向けた。少量の脂汗を垂らし明らかに正常な状態を失っていたビリーをユーは眺め入る。候補生たちの通信にマーリンがルースの考えを褒め、残りの時間を言い渡された。
「いい考えだ。ルース。あと30秒だぞ。さあ、急ぐんだ」
あまりにも短い残り時間を聞かされた他の候補生二人はそれぞれルースの手を振り払い、パラシュートのコードに触れてそして開いた。自分が大事というような憎たらしい顔を浮かべて候補生二人は上空へ引っ張られ、ルースは顔を歪めた。三人と残されたことを理解したユーはルースに話しかける。
「ルース、この試験は降下地点に着陸すればいいのよね!」
「そうだけど、どうしてこんなときに聞くの! 貴方は馬鹿じゃないでしょ!?」
「いいえ、私は馬鹿よ。ルース、自分のパラシュートを開いて! そして上手く着陸してね!」
「なに言ってんの。意味がわからない!」
ユーの突飛な発言にルースは驚いて叫んだ。ユーは下を向きヘッドアップディスプレイは警告音を鋭く鳴らす。近づく地面にユーはルースへ急接近して彼女のコードを引っ張った。ルースは彼女にパラシュートを開かれ、目を見開いて悲鳴をあげながら上へと上がった。
「ビリー、命が惜しいんならプライドを捨て去って私に任せなさい!」
いつしか聞いたことのあるユーの語気にビリーは圧倒され、ただ何も言うことができないまま素直に頷いた。ユーは少し青ざめながら、震える手でビリーのコードを手探りで捜す。彼女はひやりと体が鳥肌を立たつのを自覚すると地面がすぐ間近だと察知し、捜し当てたコードを強く外へ引いた。離れかけたユーの体をビリーが支え、二人は強い浮遊感に襲われつつ降下地点のKへ降り立つ。
「くそ、死ぬかと思った」
「私は楽しかったわ。滅多に見れない光景を見れたもの」
「俺の無様さをか?」
「私は人の失態を嘲笑する趣味はないの。貴方と違ってね」
混沌の道を渡った二人は深く呼吸した。ユーはすでに冷静さを持ち、無限に広がっていた空を思い出す。未だに垂れる頭を上げないビリーを彼女は横目で見て、そっと彼の肩を撫でた。ビリーは少し落ち着きを取り戻した表情で、撫でられていたユーの手をそっと払った。
やがて、候補生たちは降下地点であったKへ集められ整列する。マーリンは候補生たちを一瞥し、不合格者の名前を口にしてペンを不合格者へ差す。不合格点をつらつらと述べるマーリンは眼光を鋭くし厳しく指摘し終えると、ペンを横へ真っ直ぐ差した。
「ナイジェル、オリー、Kに着地していなかったぞ。アルフレッド、開くのが早すぎたな。レーダーの向こう側にいたぞ。三人とも荷物をまとめて帰れ」
恨めしそうに見せる不合格者たちはその場から立ち去り、マーリンはユーとビリーに目を向けた。ビリーは苦々しい思いを焦がしユーは無表情に教官 を見つめ返す。マーリンは淡々と平坦な声で試験に合格した三人を歓迎した。ふっと静かに吐くユーを集中にマーリンは嫌味の入った喋りで話し始める。
「ユー、ビリー、 おめでとう。新記録を樹立したんだ。まさか300フィートで開くとは、なかなかの度胸だ。“別の任務”を完了したな。では、解散しろ」
マーリンはユーを視線から外さず、ビリーとルースは離れることを促された。心配そうに振り向くルースとちらりと覗き見るビリーにユーは微笑みかける。そしてユーはマーリンに向き直り背筋を伸ばして、腕を後ろへ組むと目線を乱れることなく謝罪をした。
「申し訳ありませんでした。教官 。ですが、どうして私がパラシュートを無しにされたのでしょうか」
「いやいや、ユー。文句があるならここに来て、私の耳元で囁け」
「いいえ、違います! 文句ではありません、教官!」
ユーは“疑問”を“文句”と置き換えられると否定の声を張り上げて、マーリンへ近づいた。言葉遣いを間違えたかとユーはひどく焦り、自身の晒してしまった醜態に対して苛立ちを覚える。マーリンは慌てながら何かを訴える彼女を見下ろし、耳元へ口を寄せた。
「君の推薦者も候補生の時には、肩にチップを乗せていた。だが、君はチップを肩に乗せていないければ“埃 ”すらもない。君はそれを誇りとして持ってもいいんだ」
マーリンは地面を這うような低い声で推薦者 はチップ が乗っていた と明かしてから、ユーのコードを引っ張る。油断をしていたユーは一気に広がるパラシュートによって後ろへ飛ばされ、少し引きずられた。マーリンは呻く彼女から去り、一人に残されたユーは僅かながら見えた希望を空へ見て確信する。
「やあ、ユー!」
「エグジー! 私、教官に会いたいと呼ばれて来たんです」
「そうなんだ。その子、コーギーだろ?」
「その通りです」
エグジーはユーを守るように傍らにいるコーギーを見つめる。コーギーは警戒心を剥き出し威嚇の声を発して唐突にエグジーへ一つ吠えた。コーギーの性質を知り抜いているユーはすぐさまコーギーに鋭く叱咤し、のちに柔らかく
「その子の訓練は順調?」
「見てて。
ヒューと呼ばれたコーギーはユーの命令に従って座った。ユーの言うことを理解し吠えることもなくなった
「候補者が君を含めて6人になったって? おめでとう。ユーのテスト結果も俺の予想を超えてたぜ」
「ありがとうございます」
「合格したら君はきっと、学んできた知識は無駄じゃなかったって思えるよ」
「私も、そう望みますよ」
合格できるのかしら。ユーは張り付けた笑みでエグジーの言葉を返事し、背負わされた期待と背負わされたものを振り落とそうとする不安の衝突で身を削がれる感覚からそう思えた。回復室のドアにノックが鳴り、エグジーはどうぞと言うとマーリンが入ってきた。
「おっと、ユー。エグジーと話があるんだ。悪いが退出してくれ」
「別にいいじゃん。観察させてやれよ。ユーは賢いから学ばせてやらなきゃ」
「好きにしろ。これを見てくれ」
マーリンはタブレットを操作し回復室に設置された画面に記録された眼鏡の映像をエグジーとユーに見せる。映像はエグジーがガラニスと嘘の商談をしているものだった。頭皮が見え隠れする白髪と広い
「
あまりにも刺激的な映像にユーは思わず声を上げた。エグジーは強張る表情をしマーリンは片方の眉を上げる。ユーは両手を口に当て声を塞いだ。映像は一時停止しガラニスが撃たれる前に巻き戻される。ユーは口を塞いだ両手を離さず画面に注視していた。
「この映像に映っているガラニスは双子の弟ということがわかった」
「兄の変わりに出たのか」
「そうだが、それは自ら望んだことではない。弟は兄によって
「猿芝居に付き合わされた弟は男に撃たれて殺されたって? ガラニスが殺したんだろ!」
声を荒げ感情を剥き出しにしたエグジーは苦虫を噛み潰したような表情でティモン・ガラニスの経歴が記載されている画面を睨みつけた。家族を自らの物としか認識していないガラニスにユーは胃から
「その男もガラニスの遠い親族だった。弟と同様に知らず薬物漬けされてもいた」
「あー、もう! 俺たちはあいつのクソみたいな猿芝居に翻弄されたのかよ!」
「まだあるぞ。ガラニスは親族を
「くそったれ!」
何も厭わず後悔を抱くこともなく易々と家族を手放したガラニスの映像をユーは冷たく見つめていた。口を押さえていた両手は無意識に離され、そっとゆっくりと下へ下ろす。薬物に溺れていても父を家族として愛していたユーの心をガラニスに否定され踏みにじられたような感覚に彼女は襲われた。同時に重荷を背負わないガラニスを羨ましく思え、ユーはさらに自身の爪で心を引っ掻き回される。
「親族と同じように薬物で死んでしまえばいいのに」
そう口に零したユーの言葉は余裕のなさから唯一出てきたものだった。マーリンとエグジーは目を見開き、彼女へ目をやる。ユーの横顔は冷ややかな雰囲気が覗かせ、深い悲しみが彼女の瞳に浮かんでいることをエグジーは気づいた。昔の俺と同じに彼女は何かに心を苦しめられているんじゃないのか。
ユーの様子を窺うマーリンに彼女は落ち着いた口調で自身の失態を丁寧に謝罪した。マーリンはタブレットに向き直り、再び映像を再生する。撃ち抜かれ倒れた弟へ近寄ったところでユーは画面に釘付けになった。彼女は自然とマーリンの横から顔を前に出し死亡した弟の頬が僅か黄色に変色しているのを見て取れた。じりじりとユーは眺め入って、その異変を記憶に焼き付ける。
「エグジー、予定通りにイタリアへ向かいガラニスの夫人と接触しろ」
「クソ野郎の奥さんね。楽勝だな」
「用心しろ。でなければ前と同じことになるぞ」
「悪かったって。マーリン」
軽い冗談を言ったような調子のエグジーにマーリンは溜息を吐き、身につけている腕時計へ目線を送った。試験の時間だと呟き画面に映されていた映像を消して、ユーはマーリンに促されるまま回復室から出て行く。ちらりと父の顔がユーの脳裏に掠められ、ぐんと上がって来る零れそうな涙を彼女はじっと
身を投じられた新たな訓練は降下訓練であった。輸送機の振動に体を揺さぶられ、ユーは閉ざしている貨物室ドアを見やった。狭苦しい空間にキングスマンのフライトスーツを着用した候補生たちは素直に腰掛けている。一点を見つめているユーにルースは話しかけた。
「ユーって高いところは嫌い?」
「その逆よ。私、高いところで見渡すの好きだわ」
「どうして?」
「考えてごらん。目に入り切らないほどの空が広がっていて、そこに太陽の光と遠くからやって来るシルクのような風に包み込まれる自分自身を。どう? 欲しいものが手に入らなくても、遠くにある光景を見晴らせば自分は不幸とも幸せともどちらにも傾けることはない。体についていた泥が太陽に乾かされて風に払われて身が軽くなるような心地が、私は好きなの」
ユーの言葉にルーシーは返す言葉を思わず濁した。ふわりと耳に良い語り口と口から出る誠実さが窺える台詞にルースは身を引くこともなく、彼女に惹きつけられる。name1#の横にいたビリーはこっそりと聞き耳を立て、周囲に聞こえない程度にふんと鼻を鳴らす。するとマーリンの声が候補生たちの通信に入り訓練の説明が始まった。
「よく聞け。レーダーに探知されず着陸するのが任務だ。レーダーで感知したり、目標を外せば家に帰ることになる。分かったか? 20秒後に
候補生たちは降下の準備に取り掛かり、立ち上がった。貨物室のドアが開かれ、候補生たちは地面が見えない下へ自然と目を向ける。設置されたランプはビープ音と共に赤色から緑色に変わり、候補生らは次々と輸送機から飛び降りた。ユーとルースは
ユーは通信を通して聞こえる候補生の思いが滲ませた声を聞く。気分が高まり楽しそうに笑う候補生や威勢が弱々しくなっていく候補生など混ざり、ユーは感嘆を含んだ笑い声でカラカラと笑った。下から来る風が彼女を楽しませ、自身の体で風を切っていく音が血を興奮させる。
「私の訓練生たちは元気がいいな。だが、そんな簡単なことだと思っていたのか? どんな馬鹿でもヘッドアップディスプレイは読めるんだ。キングスマンはプレッシャーの中で問題を解決する能力が必要だ。パラシュートがない時の対処法とかな」
マーリンの放った言葉に候補生たちは
「言っただろう。目標を狙え。レーダーの下に潜り込め。誰かと擦り寄らないことを願っているぞ。しかし、もしもお前たちが目標の中にいたら私が感銘すると思ってくれ」
平然と候補生たちの焦りを退けるようなマーリンの口調にユーは汚い言葉を吐き出しかける。ビリーは想像もしなかった事態に頭の中は真っ白に塗り変えられ、何も考えることができないまま小さく
「ペアを組みなさい! 一番近くにいる人の手を掴むの! ほら、ユー!」
伸ばされたルースの手をユーは掴み、お互いに握る力を強めた。ビリーは理性を少し取り戻してルースの言う通りに傍らにいた候補生へ手を伸ばすが、混乱へとっくに陥っていた候補生はパラシュートを開きビリーの手は雲を掴むような姿勢になった。ビリーは唖然と口を開いて怒りと焦りの混じった悪態をつく。
「おい、嘘だろ! この野郎!」
ビリーの悲痛染みた声を聞いたユーはふっと振り向き、いつもの威勢がなくなった彼の姿を捉える。ビリーは伸ばした手をしばらく見つめて拳を作った。ルースは臆病から抜けた候補生がいる上へ睨みつけ、こう言った。
「奇数になったわ。なら、
ルースは他の候補生二人へ手を伸ばしユーは片方の手をビリーへ伸ばす。ビリーは恐怖に歪んだ表情で彼女の手を掴み、五人の候補生は握り合って
「一人ずつパラシュートのコードを引っ張りなさい! 誰が開かないのか分かったら右側の人がその人を掴んであげるの! そうすればなんとか!」
切羽詰まったルースの言葉を耳に入れながら、ユーは真横にいるビリーへ目を向けた。少量の脂汗を垂らし明らかに正常な状態を失っていたビリーをユーは眺め入る。候補生たちの通信にマーリンがルースの考えを褒め、残りの時間を言い渡された。
「いい考えだ。ルース。あと30秒だぞ。さあ、急ぐんだ」
あまりにも短い残り時間を聞かされた他の候補生二人はそれぞれルースの手を振り払い、パラシュートのコードに触れてそして開いた。自分が大事というような憎たらしい顔を浮かべて候補生二人は上空へ引っ張られ、ルースは顔を歪めた。三人と残されたことを理解したユーはルースに話しかける。
「ルース、この試験は降下地点に着陸すればいいのよね!」
「そうだけど、どうしてこんなときに聞くの! 貴方は馬鹿じゃないでしょ!?」
「いいえ、私は馬鹿よ。ルース、自分のパラシュートを開いて! そして上手く着陸してね!」
「なに言ってんの。意味がわからない!」
ユーの突飛な発言にルースは驚いて叫んだ。ユーは下を向きヘッドアップディスプレイは警告音を鋭く鳴らす。近づく地面にユーはルースへ急接近して彼女のコードを引っ張った。ルースは彼女にパラシュートを開かれ、目を見開いて悲鳴をあげながら上へと上がった。
「ビリー、命が惜しいんならプライドを捨て去って私に任せなさい!」
いつしか聞いたことのあるユーの語気にビリーは圧倒され、ただ何も言うことができないまま素直に頷いた。ユーは少し青ざめながら、震える手でビリーのコードを手探りで捜す。彼女はひやりと体が鳥肌を立たつのを自覚すると地面がすぐ間近だと察知し、捜し当てたコードを強く外へ引いた。離れかけたユーの体をビリーが支え、二人は強い浮遊感に襲われつつ降下地点のKへ降り立つ。
「くそ、死ぬかと思った」
「私は楽しかったわ。滅多に見れない光景を見れたもの」
「俺の無様さをか?」
「私は人の失態を嘲笑する趣味はないの。貴方と違ってね」
混沌の道を渡った二人は深く呼吸した。ユーはすでに冷静さを持ち、無限に広がっていた空を思い出す。未だに垂れる頭を上げないビリーを彼女は横目で見て、そっと彼の肩を撫でた。ビリーは少し落ち着きを取り戻した表情で、撫でられていたユーの手をそっと払った。
やがて、候補生たちは降下地点であったKへ集められ整列する。マーリンは候補生たちを一瞥し、不合格者の名前を口にしてペンを不合格者へ差す。不合格点をつらつらと述べるマーリンは眼光を鋭くし厳しく指摘し終えると、ペンを横へ真っ直ぐ差した。
「ナイジェル、オリー、Kに着地していなかったぞ。アルフレッド、開くのが早すぎたな。レーダーの向こう側にいたぞ。三人とも荷物をまとめて帰れ」
恨めしそうに見せる不合格者たちはその場から立ち去り、マーリンはユーとビリーに目を向けた。ビリーは苦々しい思いを焦がしユーは無表情に
「ユー、ビリー、 おめでとう。新記録を樹立したんだ。まさか300フィートで開くとは、なかなかの度胸だ。“別の任務”を完了したな。では、解散しろ」
マーリンはユーを視線から外さず、ビリーとルースは離れることを促された。心配そうに振り向くルースとちらりと覗き見るビリーにユーは微笑みかける。そしてユーはマーリンに向き直り背筋を伸ばして、腕を後ろへ組むと目線を乱れることなく謝罪をした。
「申し訳ありませんでした。
「いやいや、ユー。文句があるならここに来て、私の耳元で囁け」
「いいえ、違います! 文句ではありません、教官!」
ユーは“疑問”を“文句”と置き換えられると否定の声を張り上げて、マーリンへ近づいた。言葉遣いを間違えたかとユーはひどく焦り、自身の晒してしまった醜態に対して苛立ちを覚える。マーリンは慌てながら何かを訴える彼女を見下ろし、耳元へ口を寄せた。
「君の推薦者も候補生の時には、肩にチップを乗せていた。だが、君はチップを肩に乗せていないければ“
マーリンは地面を這うような低い声で