医療ベッドに横たわるエグジーはゆっくりと目を開いた。意識が鮮明になっていくと天井の照明の眩しさに顔を顰める。顔を左右に向け掛け布団の上に置かれていた黄色のコールボタンを弱々しく押し、エグジーは助かったと自覚すると張っていた緊張は剥がれ自然と安息する。

　コールを聞き届いたマーリンは小走りでキングスマンの回復室へ入る。エグジーは入室したマーリンに向け、良好といったように歯を見せて笑みを浮かべ迎えた。エグジーの容態を目視で確認したマーリンはわざとらしく溜息を吐き、エグジーへ近寄る。

「見たことがあるような光景だ、エグジー」
「そう？　気のせいだろ」

　マーリンの嫌味めいた言葉を生意気な顔で返すエグジーの体には傷口と衝撃を塞ぐ包帯が数箇所と巻かれていた。爆発は半数の招待客を死亡させ、エグジーはガーデンテーブルを盾にしたことにより“重体”ではなく“重傷”で事を終えた。危機対応能力が働いた末に賢明な判断を下せたエグジーをマーリンは褒めると、エグジーは陽気さを披露する。

「さて、お前の意識が戻ったところで報告する」
「頼むよ、マーリン」
「お前が受けた爆発はガラニスを殺害した男の銃が招いたものだった」
「嘘だろ」

　エグジーは驚嘆（きょうたん）し、考え込むように目を細めた。マーリンは持っていたタブレットを操作し、当時の映像をエグジーに見せる。ガーデンテーブルの下に隠れるように捨てられた銃がキングスマンの眼鏡（グラス）に捉えられ銃を集中に拡大すると、エグジーの目に映ったのは鮮明に小さく赤く点滅している爆弾であった。

「どうして銃に超小型爆弾を仕込んだのか、気にならないか」
「さっきからそれを思い詰めてたよ」
「なら答えてやろう。ガラニスはお前を抹殺するつもりだった」
「でも、ガラニスは死んだぜ？」

　エグジーは手を広げ首を少し傾げ、理解不明と遠回しに言った。マーリンはエグジーの反応を見て強く頷き、タブレットを手元に戻す。静かな回復室は重々しく空気が生み始め、エグジーとマーリンに深刻な状況と緊張感を感じ取る。マーリンははっきりとした口調でエグジーの疑問を返した。

「それが、ガラニスは死亡していない」
「嗚呼！　くそったれ！」

　エグジーは頭を枕に叩きつけ、低くそして激しく唸らせ手を上から下へ振り下ろした。眉間を寄せエグジーは嵌められたことに自分の犯した痛手を悉（ことごと）く反省する。死亡したガラニスは完全な偽物であったとマーリンはエグジーに聞かせ話を続けた。

「あの場で死んだのはガラニスの偽物だ。そして偽物を殺した男はガラニスの命令に従った薬物常習犯に過ぎん。ガラニスはお前の正体をすでに知っていた。だからこそガラニスは自分が死んだように見せかけた小細工をし、小型爆弾が仕込まれた銃でお前の口止めを謀ったと予想される」
「くそ野郎が。で、薬物常習犯はどうなるんだ？　野放しにするわけないんじゃない？」
「その通り。お前はあの時、会場が騒然としていると言ったな。あれは薬物常習犯が射殺されたんだ、あの場で」
「ハッ、招待客への見せしめか。バラしたらこうなるってね」

　製造者を嘲（あざけ）るような態度を見せるエグジーにマーリンはガラニスの居場所と現在の行動を事細やかに表示されたタブレットの液晶画面に目をやる。ガラニスはイタリア共和国領のパレルモ県チェファル市で薬物蜂蜜の製造地を増やし、イタリア国内に向けて売買の準備に取り掛かっているとマーリンは読み上げた。

「いつ出ればいい？」
「二週間後だ」
「わかった、それまでには体調を整えておくよ」
「シャワーでも浴びてきたらどうだ？　かつてのガラハッドのように」

　ニヤリと笑うマーリンにエグジーは腕を組み、軽く睨み付けた。落ち着き払った物腰を一切崩すことなく心を読むことができない笑みを浮かべたまま、試験の準備があるとマーリンは回復室から退出して行った。エグジーは試験と聞けば、自然とユーのことが連想させられる。

　階級を理由に差別的な環境は免れないだろうとエグジーは三年前の候補生時代が刻まれた記憶を甦（よみがえ）らせて、ユーに対する居（い）た堪（たま）れない思いをせずにいられなかった。階級で当て擦（こす）るチャーリーのような奴も、階級を無視して仲良くするロキシーのような人も候補生の中にいるに違いないと経験から来る確信をエグジーは抱く。

　深く思い悩ましていた頭を枕に沈んでいたところに回復室のドアにノックが鳴った。エグジーはドアへ注視し誰なのかと目を張りマーリンの顔が現れて再び気を緩める。しかしマーリンの後ろに何かいるのを捉えるとエグジーは少し体を傾け確認した。後ろにいたのは訓練服を身に包んだユーでエグジーは飛び起き、驚きの声を荒げてしまう。

「ユー！　なんで」
「せがまれたんだ。まったく、お前に似ている」

　マーリンは胃が痛むような表情を浮かべ、そう言った。せがまれただって？　彼女がか？　マーリンの発言に呆気に取られていたエグジーは無意識になお体を傾け、ユーの姿をしっかりと焼き付けようと試みる。マーリンの後ろに控えていた彼女は自らエグジーへ駆け寄り、不安そうな顔を見せた。

「ずっと胸騒ぎが止まなくて、いても立ってもいられず教官にお願いしたんです」
「なんで？」
「エグジーに会いたくて。エグジーに何かあったんじゃないかと思って。ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ？　俺、嬉しいよ」

　“会いたくて”と彼女の口から飛び出てきたことにエグジーは照れ隠しの為、ユーに笑いかけた。笑いかけられた彼女も例の笑顔で返し、安心感をあらわにする。エグジーは拗らせていた恋心によって唐突にもっとユーと話したいと呼び起こされ、口を開きかける。

「試験の時間だ」
「わかりました。エグジー、また会いましょう」

　マーリンが刺を刺すような声でエグジーとユーに言い放つ。ユーはエグジーの掛け布団に添えていた手を離し、エグジーは彼女と別れることに眉尻を下げて悲しそうな表情をした。ドアを開けたマーリンの横を彼女は通り過ぎてからマーリンはエグジーに一瞥（いちべつ）し跡に続いてドアを閉めた。

　西洋建築の廊下を歩き、ユーは高鳴る鼓動を認識していた。冷えない体の熱と込み上げる愛おしさの感覚から、これは恋だと彼女は気づかされた。私はエグジーに恋をしてる。惑わされ、伏し目がちになっていたユーをマーリンは見やって話しかける。

「忍耐力が必要だな、ユー。いいか？　私が君の立場だったら訓練に集中する。テストを乗り切るんだ、彼の誇りとなるように」

　マーリンは優しくユーにそう言い聞かせると、彼女は与えられた言葉を重く受け止め頷いて見せた。誇りになればエグジーは振り向いて（・・・・・）褒めてくれるかもしれない。気づけた恋心を糧（かて）に脱落しないようユーは訓練へ精を出すことにして教場のドアに手をかけたマーリンと共に入る。