ギリシャ共和国領タソス島でエグジーは養蜂（ようほう）家が主催したガーデン・パーティーに出席していた。青黒い夜空に星が浮かび、群がる招待客はハチミツ料理を食して談笑と一緒に気分を弾ませている。エグジーは受け取ったハチミツの入ったワイングラスを口にせず揺らし主催者の姿を捜していた。

　ギリシャ人の養蜂家である“ティモン・ガラニス”は蜜蜂に危険ドラッグの成分を含ませた人工の花の蜜を吸わせ自殺へ促すハチミツをギリシャ共和国の市場へ売り出していた。新種の危険薬物であるハチミツは一般的な瓶に詰められ購入者とするのは常習犯と一般人である。摂取した人間は薬物中毒に陥り、やがて自決の運命を迎える。

　摂取者の中にはギリシャの政府関係者すらも含まれ最後は自殺していた。ギリシャ政府はこの事態を対処しようにも国の財産と国の破綻を恐れ動かずにいると、イタリア共和国のシチリア・マフィアがガラニスの庇護をすれば金の援助してやると取引を持ち掛けた。ギリシャ政府は危険薬物の対処ではなく金を優先し取引を引き受け、こうしてガラニスは鉄の盾を持った。

　シチリア・マフィアはガラニスを契りの兄弟としていた。大規模な金で世界の政府を言う通りにさせることを掲げるシチリア・マフィアと一生の幸福を願うガラニスは共鳴し、ハチミツで各国の支配権を握る計画をギリシャ共和国で実行した。正義の為とするキングスマンは養蜂家（ターゲット）の抹殺と薬物蜂蜜（ドラッグハニー）の養蜂場を殲滅することがエグジーに与えられた任務であった。

　危険ドラッグの常習犯である招待客は薬物塗れの料理を絶品と謳い、口へ運び続けている。手先は震え血走った目を剥き出し、周りを見渡す招待客らは主催者の登場を待ち望んでいた。すると一つの両開きドアが開いたことにエグジーは気づいた。悠々と笑みを浮かべ室内から出てきたガラニスを招待客は一気に賑わして狂った歓声を上げ、場は拍手喝采に見舞われる。

「マーリン、常習犯ってこんなもんなの？」
「いかれてるだろ、エグジー」
「クソいかれてる」
「同意しよう。手筈通りにやるんだ」
「了解」
「これは各国の国家に関わる最重要任務だ。失敗も、死ぬことも許されないぞ」

　マーリンは任務の重要性を訴え、エグジーは目を鋭くした。招待客が巻いた歓喜の渦でガラニスは手を振り一人ずつ招待客と雑談を始める。群がる常習犯たちを眺めながらエグジーは接触の機会を見定めていた。青白い顔で愛想を振り撒き駄弁（だべ）るガラニスは、ときおり熱狂的な常習犯を突き飛ばすような仕種をする。

「嗚呼、Mr.ガラニス。どうして、わたくしとの関わりを切りたいのですか。お金だって申し分ないはずでしょう？」
「なぜって？　君が嫌いだからだよ」
「ますますわからない！」
「君が薬漬けされた豚に見えるからだ」

　禿げあがったふくよかな老紳士は彼の謗（そし）り言に尻込みし、老紳士に恥辱を与えたガラニスは冷酷さを顔に滲み出していた。周りの招待客も忍び笑いをしガラニスと似たような心の無い表情で見下げる。エグジーは顔を歪め、ひどい見世物を見せられたと溜息をついた。

「しかし、我がMr.ガラニス。私は貴方の犬で」
「君を招待したのは、これが最後になるからだ。私の滅多にない慈悲なんだよ、感謝しろよ」
「そんな、嫌です。Mr.ガラニス！」
「では、皆さん。パーティーを楽しんでくれ」

　ガラニスは手を広げ招待客に言うとガラニスに寄っていた招待客はいなくなった。接触の機会が見えたエグジーはすぐに動き出し、ガラニスに接近する。愉快というように赤黒いワインを飲み上げ、誰かが近付いていることに察知したガラニスはエグジーを見た。

「失礼、Mr.ガラニス。私は貴方のハチミツを買い取りたいとお申し出をさせて頂きましたローレンス・リチャーズです」
「よくぞお越し下さいました、Mr.リチャーズ」
「とても素晴らしいパーティーですね、Mr.ガラニス」
「どうやらあの豚にも最後の最後には役立てたようで何よりだ」

　パーティーに入れるのは招待された招待客に限られる。マーリンは開催の前日に薬物蜂蜜の商談をガラニスに勧め、エグジーは手配された商談の担当者としてパーティーの招待を獲得した。正式であり不自然ではない手筈にエグジーはマーリンを心から賞賛した。

「Mr.ガラニス、一つだけお聞きしてもよろしいかな？」
「ええ、なんでしょう」
「ここに調教師はいらっしゃいますか」
「それは一体、どういった意味で？」

　人を蔑むことが好むガラニスを観察したエグジーはガラニスと同様に人を低く見做す演技をしなければならないと判断した。招待客に目線をやり調教師と強調してガラニスに問いかけると疑問の表情になる。

「商談をやってみるとわかるんですよ、薬に噛みつく野良犬は金にも噛みつくってね」
「最高な言葉だ、気に入った！」
「恐縮です、Mr.ガラニス」
「ここから陰になっている場所があるんです、そこで商談をしよう」

　エグジーに信頼を持ったガラニスはガーデン・パーティーを抜け、木々で隠れ招待客から視角になっている場所へ移動した。暗く淀んだ海辺が見えエグジーはガラニスに促されたガーデンチェアへ座る。腰掛けたガラニスはガーデンテーブルに身を乗り出しエグジーは偽りの商談を始めた。

「貴方のハチミツを十七万ユーロで買いたい」
「ずいぶんと高額だ」
「もっと、上げましょうか」
「そんな」
「二十万ユーロです」
「Mr.リチャーズ、貴方は何者だ」

　易々と莫大な金額を言い放ち、どうだとエグジーはお得意の笑みを浮かべた。ガラニスは顔を俯き手を口に当て悩むよう素振りを見せるが、押し当てた手の隙間から徐々に高笑いが聞こえてきた。顔を上げご満悦した顔で立ち上がったガラニスはエグジーに不審な言葉を言う。

「Mr.リチャーズ、私が死んでも悔やまないでくれよ」
「なに？」

　ガラニスはその言葉と同時に頭を撃ち抜かれ倒れた。エグジーはガーデンチェアから離れガラニスが撃ち抜かれた方向に目線をやった。その方向には緩やかな風に煽られ、怒りで顔を真っ赤にした老紳士がサプレッサー付きの銃を構えていた。老紳士は真っ赤に染め上げていた顔色を今度は青ざめて、握っていた銃を離し逃げ出した。

「マーリン」
「ガラニスの脈を取れ」

　エグジーは頭部に穴を作り石畳の上で血を濡らしているガラニスを見下げてから手首の脈を測った。ガラニスの死亡を確認したエグジーはマーリンに伝え、人が来ていないか周囲に気を配る。ガラニスの屋敷の明かりに老紳士が捨てた銃が鈍く反射していた。

「パーティーが騒然としてる」
「都合がいい、それが引き付ける」
「任務は続行かな」
「養蜂場へ向かえ、場所は覚えてるな？」

　エグジーはキングスマン仕様に施された“トカレフTT‐30”を構えた。ガラニスの養蜂場へ向かおうと走り出すと、老紳士が捨てた銃が爆発しエグジーは巻き込まれる。オペレーター室でマーリンは爆発音と爆風による映像の乱れを見て、すべてを理解した。