【Kingsman】Beautiful Lady【エグジー】【キングスマン】
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閉店時間の九時に喫茶店は閉まるとユー・ポリー・チャップリンは急ぎ足で高級紳士服店が立ち並ぶサヴィル・ロウへ向かい着く。教えられた十一番地のお店を彼女は走り探していると歩道に光を差しているお店を見つけ近寄った。覗き込むと照明のきらびやかな明るさでショーウインドーに展示されているトルソーの着付けられた良質なスーツが豪華に披露されユーは感嘆の声を上げる。
──“Kingsman”
金色の文字でそう書かれた店名とお店の入口の上にある「11」の番地を見て彼女は心の底から喜んだ。街灯の光だけが燻らせているサヴィル・ロウの連なる店舗は静かに明かりを落とし、ユーは心を弾ませて入口の階段を上がった。乱れた息を整え彼女はダークブラウンのドアを押した。
中へ入るとクラシックな配色の廊下に出会い、周囲を見渡すとKingsmanと記されたガラスドアに気付いた。ガラスドアの奥をユーは窺って見ればソファーに寛 いでお酒を嗜んでいるエグジーがいた。ユーはドクンと高鳴った反動で姿勢を改め慎重に店内へ入る。
華やかなシャンデリアがポツポツと陳列されているスーツを照らし位の高い顧客を抱えるビスポーク・テイラーであること雰囲気で示された空間にユーは釘付けになった。エグジーは物珍しげに周りを見渡すユーに微笑みながらウィスキーグラスをテーブルに置き立ち上がる。
「やあ、待ってたよ。ユー」
「遅れてしまってごめんなさい、エグジー」
「謝ることじゃないよ、喫茶店の営業時間はちゃんと知った上でのお誘いだからね」
「それでも礼儀ですから」
そう言う彼女をエグジーは微笑みを浮かべたまま頷き、ユーの手を取った。彼女は一瞬だけビクつくがエグジーに手を引かれるままに複数の賞状を納めた額縁と絵画が壁に飾られた通路を通って試着室のドアを開けた。エグジーに鏡の前を立たされたユーは自らの姿を目にする。
「何が見える?」
「えっと、サヴィル・ロウで勤める貴方です」
「俺に見えるのは、礼儀正しく知識のある頭脳を誇り、有望な人格と確実な将来を握っている美しい淑女だ」
エグジーは鏡に映る彼女の姿をなるべく目に焼き付かせた。目立たない配色のシャツブラウスとクラシックスカートを着込み、ロングブーツを履いた彼女の服装は数ヶ月に及ぶ訓練を乗り越えれば、立派なスーツを身につけた素晴らしい淑女のユーだろうとエグジーは思い描く。
「君は“マイ・フェア・レディ”という映画を見たことある?」
「いいえ」
「“大逆転”は?」
「初めて知りました」
「“ニキーター”は?」
「題名程度なら」
「なら、“プリティ・ウーマン”は?」
「どれも見聞きしていなくて、ごめんなさい」
話が進まないことに焦らされ、少々困り果てている現状にエグジーは彼女を目の前にして肩で溜め息をつかせてしまう。エグジーを呆れさせていると思ったユーは鏡を真っ直ぐに見つめて幼い頃に母に聞かされていた一つの題名を口にした。
「でも“ミー・アンド・マイガール”なら知ってます」
「“ミー・アンド・マイガール”?」
「とある名門貴族である伯爵家の当主が跡継ぎを残さず死去し、当主の落とし子であるビルを遺言執行人の公爵夫人マリアが紳士に仕立てる物語です。当主の遺言は落とし子であるビルを捜し出し貴族相応ならば地位も財産も全て継がせ、そうでなければ隠居させろと遺されます。捜し出されたビルはロンドンの下町のランベスで育った無教養で品がない青年であった為、跡継ぎに賛同者はおらず公爵夫人マリアはそんなビルをサリーという恋人と共に紳士淑女へ変えていくミュージカルです」
「面白そうなミュージカルだ。君に言いたいのは、生まれの貧しさでは人生は決まらない。学ぶ意欲さえあれば、変われるんだよ」
鏡を通してエグジーは不安げな表情で反応に戸惑うユーを見る。何も声を上げられない彼女は理解できずにエグジーの話を必死に耳を傾ける。エグジーは小首を傾げたユーにハリーと同様な説明を聞かせ始めた。
「君にキングスマンになるチャンスを与えよう」
「それは、──仕立て職人 に?」
「いや、──エージェントだ」
「“ジョニー・イングリッシュ”のような?」
「あれはコメディースパイ映画だ。実際は違う」
「ならよかった」
おどけたように返してくれるエグジーに彼女は笑みを零すが、その表情は徐々に曇っていく。きっと母を失い悲しみに嘆く父に何もしてやれないのと同じに私はできないままでいるに違いないとユーは気を揉んでしまう。
「マイ・フェア・レディの“イライザ”のようになりたくない?」
「だって、私が学んだ全ては無駄に終わってしまうんです」
「ミー・アンド・マイガールの“ビル”はどうだった?」
「あれは、主人公を信じる人がいるから」
エグジーは顔を歪ませ自分の存在を徹底的に否定するユーに自暴自棄になっていた過去の自分を重ねてしまう。彼女は救いようがないわけじゃない、ただ彼女自身がそう思い込んでいるだけだ。エグジーは彼女の中で決断させる言葉を吐いた。
「なら俺が信じる。だって、俺が君の推薦者だからな」
「無駄になりませんか?」
「それは君次第だ」
「分かりました。……やらせてください」
自身を絶望視していた彼女は打って変わって強く返事をした。エグジーは心から蝶が飛ぶように喜び強く頷いて鏡に手を当てた。なんだと目を張るユーは一瞬だけ重力を感じ、やがて鏡が離れていくのを確認すると試着室の地面が下がっていることに気付いた。
「1849年以来、この店の顧客は強力な権力者たちだ。1919年の第一次世界大戦で多くの跡継ぎが死に、多額の遺産が宙に浮いた。権力者たちは世界の平和を願い、その資産を善行の為に役立てる決心をする。そして、この店の副業が始まったんだ。我々は秘密裏に活動している国際的な独立諜報機関だ。政府の諜報機関のように政策や、しがらみに影響されない。スーツは現代版の鎧だ、キングスマンは新時代の騎士だ」
「素晴らしい職業ですね」
「だろ?」
自慢げに笑うエグジーの横顔を見つめながら、長い時間を噛み締め奥深く沈んでいく地面の重さを肌で感じる。着くと強い光が二人を出迎えた。エグジーは前へ進みユーは覗き込む姿勢で跡を続くように新しい場所へ踏み入る。広々とした中でラウンジチェアが二つ置かれた銀色のカプセルに似た空間があった。
見たこともないものに目をしばたかせるユーは理解するのに多く時間をかけていた。エグジーはカプセルへ入りラウンジチェアに腰掛け、向かい側のラウンジチェアへ座るよう理解に苦しんでいる彼女を手で促した。促されたラウンジチェアにクラシックスカートを整えながらユーは座り、エグジーと向かい合うように正面を向いた。カプセルの扉はあっと言う間に閉ざされた。
カプセルが動いていることに僅かな振動で彼女は体で感じ取り、それだけは理解できた。エグジーは移動の中で動揺するユーを盗み見る。流れるように事が進まされ言葉を吐き出す余裕すら無くなっていく感覚は痛いほど分かるよ。そんな懐かしい思いを抱きながら、振動が収まるとエグジーは外へ出て行って彼女も表へ出た。
「しまった、遅れてたんだ」
エグジーはそう零し、移り変わっていく環境と目まぐるしい体験にユーは変わらず困惑していた。立ち止まったエグジーに釣られるように彼女も足を止め、横長な窓ガラスの先を目で捉える。広大な施設に様々な乗り物が置かれ、中にはこの歳までお目にかけたことがない乗り物が一列に並んでいた。
「映画の撮影現場を見ている様 です」
「俺もそうだった。それに映画みたいな展開だったら、この先にもっとある」
エグジーは輝く瞳をガラスの向こうへ視線をあげる彼女にそう声をかけた。完全な違う世界に驚愕し同時に全身を奮い立たせていたユーは焦るように一つ一つ根強く乗り物の形状を観察していた目を逸らして、エグジーが開けてくれたドアをユーはくぐって別の場所へ入る。
「アーサーよりも大遅刻だぞ、ガラハッド」
「俺のコードネームだよ。ごめんな、マーリン。でも、それ相応の対価は連れてきたよ」
咎められたことを気にせずエグジーはマーリンに笑いかけた。何かの意味を含めたエグジーの言葉にマーリンはユーを一瞥すると溜め息のような声がほんの少し聞こえた。彼女はちらりとマーリンのズボンの裾を見ると義足のようなものが目に付く。
「頑張れよ」
「入れ」
マーリンはグレイのドアをタブレットで指し彼女は指されたドアを引く。簡素な構造をした部屋と中央に集まる九人の男女が見えた。服装から見て取ると上流階級出身の人たちであり、彼らに振り向かれるだけでユーは見下された視線と上流階級の威圧感を存分に味わった。
「整列」
重々しい声を出すマーリンが部屋へ入り、ユーたちに命令を出した。素早く整列する上流階級出身たちの隅で縮こまるように彼女は姿勢を正す。
「諸君、私の名はマーリンだ。これから世界で最も危険な仕事の面接を始める。君たちの中で一人だけが次の“パーシヴァル”になれる」
すでに身幅の狭い思いをしているというのにその中で勝ち取れと言うのは労働階級者にとって苦痛ではないか、と彼女はこの場で文句を吐き出したくなる衝動に駆られる。マーリンはパイプベッドに近づき畳まれた何かを手に取って広げ、ユーたちに見せる。
「これが何だか、分かる者はいるか?」
労働階級のユーを除いて上流階級出身たちが一斉に手を挙げた。まるで何かに縋りその上へ立とうとするような錯覚を見せられ彼女はむかむかと湧く胃に嫌気を差した。マーリンが「君」と言って一人の女性上流階級出身者を指す。
「死体袋であります」
「その通り、“ルース”だな?」
「そうであります」
誇り高さを主張するようにルースは顔を上向きにし胸を張りユーを尻目に見た。頭を下げ視線だけ上げる彼女もルースに目をやり逸らした。マーリンは再びユーたちの前に立ち、こう言い放った。
「各自、死体袋を一つ取り自分の名前を書け。最も親しい近親者の名前と一緒に。この仕事は死と隣り合わせだ、しかも秘密厳守が求められ、もし秘密を漏らした場合──袋に名が書いてある本人と近親者がその袋の中へ入る。分かったかね?」
ユーは垂れていた頭を徐々に上げる。パイプベッドに置かれた死体袋に視線をやり近親者がいない彼女にとって、入るのは自分だけであることにゾッと産毛を逆立てる。上流階級出身たちは身を引き締めるように背筋を伸ばしマーリンの言葉に強く頷いた。
「よろしい」
マーリンは上流階級出身たちの反応を窺って満足といったように軽快な声を弾ませ部屋から去った。上流階級出身の人たちは指定のパイプベッドに近寄って死体袋に自らの名前と近親者の名前を書き始める。ひどく重い気分を持ったままユーも自分のパイプベッドに近づいた。自身のパイプベッドの反対側にいた上流階級出身者の女性が彼女に話しかけた。
「どうも、私はアビー・クロスよ」
「どうも、ユー・ポリー・チャップリンです」
「よろしく、チャーリー」
「チャーリー?」
「チャップリンだからチャーリー、貴女の愛称よ」
「愛称だなんて初めて付けてもらえました。ありがとう」
労働階級者とは思えないユーの礼儀正しく大人しい態度にアビーは親愛の思いで彼女を歓迎し握手をする。労働階級者に優しく接してくれる上流階級出身のアビーにユーは心を暖まらせ笑顔で返し愛称を付けてもらったことに喜んだ。会話をしていると一人の男性上流階級出身者がユーに近寄った。
「発音が労働階級出身らしいな。ユーだっけ? よろしくな、俺はビリーだ」
「握手しなくてもいいわよ、チャーリー」
「いえ、礼儀ですので」
「驚いた、礼儀ってのを知ってるんだなあ!」
威圧的な威勢でユーを見定めるような目をするビリーは他の上流階級出身者に聞こえるように大声で言う。ユーはたじろぐも自分が不愉快な気分を味わされているのが理解し反撃の欲望が駆られ始める。アビーを除く上流階級出身者は見下した目で彼女を見やった。
「褒めてくれて、ありがとう。少なくとも初対面で大声を張り上げる貴方よりは礼儀がなってます」
ユーはそう口走り、ビリーはニヤついた表情から怒りの表情に一転した。見下していた上流階級出身者たちも目を見開き驚きをあらわにする。不穏な空気からルースがユーの前にやってきて握手を求めるように手を差し出した。
「私、今の貴方が気に入ったわ。ルースよ、よろしく」
「あれだけは我慢がならなかったものですから。仲良くしましょう」
ルースは見下していた彼女のささやかな反撃に見直しユーを賞賛した。ビリーはハッキリと物を言った彼女から離れ、睨みつける。ユーは友達ができたことにようやく余裕が持ち、荒々しかった感情が安らいだ。
──“Kingsman”
金色の文字でそう書かれた店名とお店の入口の上にある「11」の番地を見て彼女は心の底から喜んだ。街灯の光だけが燻らせているサヴィル・ロウの連なる店舗は静かに明かりを落とし、ユーは心を弾ませて入口の階段を上がった。乱れた息を整え彼女はダークブラウンのドアを押した。
中へ入るとクラシックな配色の廊下に出会い、周囲を見渡すとKingsmanと記されたガラスドアに気付いた。ガラスドアの奥をユーは窺って見ればソファーに
華やかなシャンデリアがポツポツと陳列されているスーツを照らし位の高い顧客を抱えるビスポーク・テイラーであること雰囲気で示された空間にユーは釘付けになった。エグジーは物珍しげに周りを見渡すユーに微笑みながらウィスキーグラスをテーブルに置き立ち上がる。
「やあ、待ってたよ。ユー」
「遅れてしまってごめんなさい、エグジー」
「謝ることじゃないよ、喫茶店の営業時間はちゃんと知った上でのお誘いだからね」
「それでも礼儀ですから」
そう言う彼女をエグジーは微笑みを浮かべたまま頷き、ユーの手を取った。彼女は一瞬だけビクつくがエグジーに手を引かれるままに複数の賞状を納めた額縁と絵画が壁に飾られた通路を通って試着室のドアを開けた。エグジーに鏡の前を立たされたユーは自らの姿を目にする。
「何が見える?」
「えっと、サヴィル・ロウで勤める貴方です」
「俺に見えるのは、礼儀正しく知識のある頭脳を誇り、有望な人格と確実な将来を握っている美しい淑女だ」
エグジーは鏡に映る彼女の姿をなるべく目に焼き付かせた。目立たない配色のシャツブラウスとクラシックスカートを着込み、ロングブーツを履いた彼女の服装は数ヶ月に及ぶ訓練を乗り越えれば、立派なスーツを身につけた素晴らしい淑女のユーだろうとエグジーは思い描く。
「君は“マイ・フェア・レディ”という映画を見たことある?」
「いいえ」
「“大逆転”は?」
「初めて知りました」
「“ニキーター”は?」
「題名程度なら」
「なら、“プリティ・ウーマン”は?」
「どれも見聞きしていなくて、ごめんなさい」
話が進まないことに焦らされ、少々困り果てている現状にエグジーは彼女を目の前にして肩で溜め息をつかせてしまう。エグジーを呆れさせていると思ったユーは鏡を真っ直ぐに見つめて幼い頃に母に聞かされていた一つの題名を口にした。
「でも“ミー・アンド・マイガール”なら知ってます」
「“ミー・アンド・マイガール”?」
「とある名門貴族である伯爵家の当主が跡継ぎを残さず死去し、当主の落とし子であるビルを遺言執行人の公爵夫人マリアが紳士に仕立てる物語です。当主の遺言は落とし子であるビルを捜し出し貴族相応ならば地位も財産も全て継がせ、そうでなければ隠居させろと遺されます。捜し出されたビルはロンドンの下町のランベスで育った無教養で品がない青年であった為、跡継ぎに賛同者はおらず公爵夫人マリアはそんなビルをサリーという恋人と共に紳士淑女へ変えていくミュージカルです」
「面白そうなミュージカルだ。君に言いたいのは、生まれの貧しさでは人生は決まらない。学ぶ意欲さえあれば、変われるんだよ」
鏡を通してエグジーは不安げな表情で反応に戸惑うユーを見る。何も声を上げられない彼女は理解できずにエグジーの話を必死に耳を傾ける。エグジーは小首を傾げたユーにハリーと同様な説明を聞かせ始めた。
「君にキングスマンになるチャンスを与えよう」
「それは、──
「いや、──エージェントだ」
「“ジョニー・イングリッシュ”のような?」
「あれはコメディースパイ映画だ。実際は違う」
「ならよかった」
おどけたように返してくれるエグジーに彼女は笑みを零すが、その表情は徐々に曇っていく。きっと母を失い悲しみに嘆く父に何もしてやれないのと同じに私はできないままでいるに違いないとユーは気を揉んでしまう。
「マイ・フェア・レディの“イライザ”のようになりたくない?」
「だって、私が学んだ全ては無駄に終わってしまうんです」
「ミー・アンド・マイガールの“ビル”はどうだった?」
「あれは、主人公を信じる人がいるから」
エグジーは顔を歪ませ自分の存在を徹底的に否定するユーに自暴自棄になっていた過去の自分を重ねてしまう。彼女は救いようがないわけじゃない、ただ彼女自身がそう思い込んでいるだけだ。エグジーは彼女の中で決断させる言葉を吐いた。
「なら俺が信じる。だって、俺が君の推薦者だからな」
「無駄になりませんか?」
「それは君次第だ」
「分かりました。……やらせてください」
自身を絶望視していた彼女は打って変わって強く返事をした。エグジーは心から蝶が飛ぶように喜び強く頷いて鏡に手を当てた。なんだと目を張るユーは一瞬だけ重力を感じ、やがて鏡が離れていくのを確認すると試着室の地面が下がっていることに気付いた。
「1849年以来、この店の顧客は強力な権力者たちだ。1919年の第一次世界大戦で多くの跡継ぎが死に、多額の遺産が宙に浮いた。権力者たちは世界の平和を願い、その資産を善行の為に役立てる決心をする。そして、この店の副業が始まったんだ。我々は秘密裏に活動している国際的な独立諜報機関だ。政府の諜報機関のように政策や、しがらみに影響されない。スーツは現代版の鎧だ、キングスマンは新時代の騎士だ」
「素晴らしい職業ですね」
「だろ?」
自慢げに笑うエグジーの横顔を見つめながら、長い時間を噛み締め奥深く沈んでいく地面の重さを肌で感じる。着くと強い光が二人を出迎えた。エグジーは前へ進みユーは覗き込む姿勢で跡を続くように新しい場所へ踏み入る。広々とした中でラウンジチェアが二つ置かれた銀色のカプセルに似た空間があった。
見たこともないものに目をしばたかせるユーは理解するのに多く時間をかけていた。エグジーはカプセルへ入りラウンジチェアに腰掛け、向かい側のラウンジチェアへ座るよう理解に苦しんでいる彼女を手で促した。促されたラウンジチェアにクラシックスカートを整えながらユーは座り、エグジーと向かい合うように正面を向いた。カプセルの扉はあっと言う間に閉ざされた。
カプセルが動いていることに僅かな振動で彼女は体で感じ取り、それだけは理解できた。エグジーは移動の中で動揺するユーを盗み見る。流れるように事が進まされ言葉を吐き出す余裕すら無くなっていく感覚は痛いほど分かるよ。そんな懐かしい思いを抱きながら、振動が収まるとエグジーは外へ出て行って彼女も表へ出た。
「しまった、遅れてたんだ」
エグジーはそう零し、移り変わっていく環境と目まぐるしい体験にユーは変わらず困惑していた。立ち止まったエグジーに釣られるように彼女も足を止め、横長な窓ガラスの先を目で捉える。広大な施設に様々な乗り物が置かれ、中にはこの歳までお目にかけたことがない乗り物が一列に並んでいた。
「映画の撮影現場を見ている
「俺もそうだった。それに映画みたいな展開だったら、この先にもっとある」
エグジーは輝く瞳をガラスの向こうへ視線をあげる彼女にそう声をかけた。完全な違う世界に驚愕し同時に全身を奮い立たせていたユーは焦るように一つ一つ根強く乗り物の形状を観察していた目を逸らして、エグジーが開けてくれたドアをユーはくぐって別の場所へ入る。
「アーサーよりも大遅刻だぞ、ガラハッド」
「俺のコードネームだよ。ごめんな、マーリン。でも、それ相応の対価は連れてきたよ」
咎められたことを気にせずエグジーはマーリンに笑いかけた。何かの意味を含めたエグジーの言葉にマーリンはユーを一瞥すると溜め息のような声がほんの少し聞こえた。彼女はちらりとマーリンのズボンの裾を見ると義足のようなものが目に付く。
「頑張れよ」
「入れ」
マーリンはグレイのドアをタブレットで指し彼女は指されたドアを引く。簡素な構造をした部屋と中央に集まる九人の男女が見えた。服装から見て取ると上流階級出身の人たちであり、彼らに振り向かれるだけでユーは見下された視線と上流階級の威圧感を存分に味わった。
「整列」
重々しい声を出すマーリンが部屋へ入り、ユーたちに命令を出した。素早く整列する上流階級出身たちの隅で縮こまるように彼女は姿勢を正す。
「諸君、私の名はマーリンだ。これから世界で最も危険な仕事の面接を始める。君たちの中で一人だけが次の“パーシヴァル”になれる」
すでに身幅の狭い思いをしているというのにその中で勝ち取れと言うのは労働階級者にとって苦痛ではないか、と彼女はこの場で文句を吐き出したくなる衝動に駆られる。マーリンはパイプベッドに近づき畳まれた何かを手に取って広げ、ユーたちに見せる。
「これが何だか、分かる者はいるか?」
労働階級のユーを除いて上流階級出身たちが一斉に手を挙げた。まるで何かに縋りその上へ立とうとするような錯覚を見せられ彼女はむかむかと湧く胃に嫌気を差した。マーリンが「君」と言って一人の女性上流階級出身者を指す。
「死体袋であります」
「その通り、“ルース”だな?」
「そうであります」
誇り高さを主張するようにルースは顔を上向きにし胸を張りユーを尻目に見た。頭を下げ視線だけ上げる彼女もルースに目をやり逸らした。マーリンは再びユーたちの前に立ち、こう言い放った。
「各自、死体袋を一つ取り自分の名前を書け。最も親しい近親者の名前と一緒に。この仕事は死と隣り合わせだ、しかも秘密厳守が求められ、もし秘密を漏らした場合──袋に名が書いてある本人と近親者がその袋の中へ入る。分かったかね?」
ユーは垂れていた頭を徐々に上げる。パイプベッドに置かれた死体袋に視線をやり近親者がいない彼女にとって、入るのは自分だけであることにゾッと産毛を逆立てる。上流階級出身たちは身を引き締めるように背筋を伸ばしマーリンの言葉に強く頷いた。
「よろしい」
マーリンは上流階級出身たちの反応を窺って満足といったように軽快な声を弾ませ部屋から去った。上流階級出身の人たちは指定のパイプベッドに近寄って死体袋に自らの名前と近親者の名前を書き始める。ひどく重い気分を持ったままユーも自分のパイプベッドに近づいた。自身のパイプベッドの反対側にいた上流階級出身者の女性が彼女に話しかけた。
「どうも、私はアビー・クロスよ」
「どうも、ユー・ポリー・チャップリンです」
「よろしく、チャーリー」
「チャーリー?」
「チャップリンだからチャーリー、貴女の愛称よ」
「愛称だなんて初めて付けてもらえました。ありがとう」
労働階級者とは思えないユーの礼儀正しく大人しい態度にアビーは親愛の思いで彼女を歓迎し握手をする。労働階級者に優しく接してくれる上流階級出身のアビーにユーは心を暖まらせ笑顔で返し愛称を付けてもらったことに喜んだ。会話をしていると一人の男性上流階級出身者がユーに近寄った。
「発音が労働階級出身らしいな。ユーだっけ? よろしくな、俺はビリーだ」
「握手しなくてもいいわよ、チャーリー」
「いえ、礼儀ですので」
「驚いた、礼儀ってのを知ってるんだなあ!」
威圧的な威勢でユーを見定めるような目をするビリーは他の上流階級出身者に聞こえるように大声で言う。ユーはたじろぐも自分が不愉快な気分を味わされているのが理解し反撃の欲望が駆られ始める。アビーを除く上流階級出身者は見下した目で彼女を見やった。
「褒めてくれて、ありがとう。少なくとも初対面で大声を張り上げる貴方よりは礼儀がなってます」
ユーはそう口走り、ビリーはニヤついた表情から怒りの表情に一転した。見下していた上流階級出身者たちも目を見開き驚きをあらわにする。不穏な空気からルースがユーの前にやってきて握手を求めるように手を差し出した。
「私、今の貴方が気に入ったわ。ルースよ、よろしく」
「あれだけは我慢がならなかったものですから。仲良くしましょう」
ルースは見下していた彼女のささやかな反撃に見直しユーを賞賛した。ビリーはハッキリと物を言った彼女から離れ、睨みつける。ユーは友達ができたことにようやく余裕が持ち、荒々しかった感情が安らいだ。