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連作:出られない部屋

「なんなのこの部屋、なんかの企画? 俺なにも聞いてないんだけど!」
 目が覚めたら何故か萬燈夜帳と二人きりで、扉がひとつきりあるだけの部屋にいた。インターネットを主戦場にしている比鷺は知っている。これ、セ出ら部屋ってやつじゃない!? ベッドも何もないからセーフかもしんないけど!
「ぎゃー! 三言ー! 遠流ー! 助けてー!」
「起きたか、九条比鷺。落ち着け。手を繋ぎゃ出られるとよ」
 読んでいた本を閉じ、【手を繋がないと出られない部屋】と書かれたプレートを指差す萬燈が、どうしてこんなに冷静なのかわからない。わからないけれど、出る条件が思ったより容易なものだったことに比鷺は胸をなで下ろした。これなら、騒ぎ立てることもなかったかもしれない。
「え? あ、ほんとだ……」
「ほら」
 差し出される萬燈の手に、比鷺は縋りつくように手を重ねる。ぎゅっと握りしめた手の乾いた感触が、少しだけ心強い。気がした。
「じゃあ、これで――」
『それは握手です』
 どこからともなく聞こえる機械音声。駄目押しとばかりに『ブブー!』とブザーの音まで流されて、比鷺は両肩を落とす。うっそだろ、おい。
「握手も立派な手繋ぎだと思うんだがな」
「うええ、これどーすんの。萬燈先生……」
「こうなりゃひとつ策はある」
「ほんと!?」
「ああ。やって構わねえか?」
「手、繋ぐだけでしょ。いいよいいよ。俺、早く帰りたい」
「なら、遠慮なく」
 二人の繋がっていた手が解かれる。え、と間抜けた声が出る前に、萬燈の左手が比鷺の右手を捕らえた。指と指の隙間を、しっかりと密着させる……俗に言う恋人繋ぎで。しかも萬燈はその状態で腕を上げ、どこかで見ている何者かへのアピールまでしてみせる。
「うわあああ!?」
『ピンポーン!』
 比鷺の悲鳴と合格のチャイムが鳴るのは同時だった。おまけに扉が薄く開いてもいる。出られる、ようになったらしい。
「さっきと大した違いはねえと思うんだがな。まあいい。出るぞ、九条比鷺」
「あの……」
「どうした?」
「手、まだ繋いでなきゃダメ?」
「この部屋を完全に出るまでは、念の為繋いでおくほうがいいだろう。出たらすぐ離す」
「そ、それなら。うん……」
 確かに手を離した瞬間に、扉が閉まってしまっても困る。出口までの十数歩ぐらい、萬燈夜帳と恋人繋ぎをしていたって、問題はないだろう。


 しかしこのときの比鷺は知らなかった。次の部屋の壁に【ハグしないと出られない部屋】と書かれたプレートがあることを。
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