短編
広いベッドの持ち主を起こさないよう、気を遣って静かに上掛け布団に潜り込んでから、どれぐらい経っただろうか。
あんなに眠かったのにベッドに入ったら目が冴えるんだよなあ。
比鷺は幾度目かの寝返りを打つ。もう完全に眠る気でいたからスマホも充電器にさしてしまっていたし、手持ち無沙汰にも程がある。
すぐそこにあることだし、手だけで取ろうと落としてしまっても困るし、さっと出て取りに行っちゃおうかな。エゴサするんでもいいし、ネサフするんでもいいし、なにかしら画面を見ていたら目が疲れてきて眠くなるかもしれないし!
ブルーライトの弊害を知らない訳でもないけれど、これって名案じゃん、と、にやついた比鷺は、そろっと布団の端を持ち上げて、先に眠っているもう一人を起こさないように抜け出そうと――
「わ!」
したところを、横から伸びてきた腕にぐいっと引き寄せられた。
「寝ろ」
少し眠気の残る声で萬燈が囁く。夜の深さを含んだその声音に、比鷺の脈拍が僅かばかり早くなる。こんなのいきなり聞かされるなんて、心臓にわるいったらない。
「お、起こしちゃった? ごめん。あの、スマホ取りに行くだけだから」
「明日にしろ」
小声で謝ったのにむべもない。寝ているところを起こされると、流石の萬燈でも機嫌が悪くなるのだろうか?
「えと、すぐ戻るから。そと寒いし!」
言い添えた言葉は本当だ。短い秋が終わり、冬の気配が色濃い今夜。好んで寒さに身をさらしたい訳でもない。ただ、眠れるまでの暇つぶしがしたいだけだ。
「寒いなら、これでいいんじゃねえか?」
そのまま向かい合わせで抱きしめられて、比鷺はまるで抱き枕だ。
「ちょ、なに、ねえって」
押したり引いたりなんとか逃れようと、ひとしきり抵抗してみたところで、ウエイトの分が不利になり、簡単には離れられなかった。……まあ、離れたく、なかっただけなのかもしれないけれど。
「だいたい、なんでスマホなんだ」
くあ、と欠伸をした萬燈の声が、さっきよりも随分近くから聞こえる。ちょっとずつ落ち着いてきた心音が、萬燈のものと重なっていく気がしてくすぐったい。
「ね、寝付けなくって……」
奮闘のせいで上がった息を整えながら比鷺が答えると、萬燈が低く笑った。
「だったら、俺に言えばよかっただろう」
「……寝てたじゃん」
「起こせばいい」
「ええー……」
「即興話でも子守歌でも、俺は何でもござれだぞ」
「……萬燈夜帳の、子守歌?」
「ああ、お前が望むならな」
とんだ甘やかし発言、いやいっそ宣言? の連打に、比鷺は閉口してしまう。どうして恥ずかしげもなくこんなことが言えるのだろう。
「あのさ、それってめちゃくちゃレアなんじゃないかなーって思うんだけど」
「かもしれんな。試すか?」
遠回しな照れ隠しをものともせず、気軽な調子で問いかける萬燈を見やり、比鷺は首を横に振る。
「……んーん、いい」
「ほう?」
そして、萬燈の胸元にぐりぐりと頭をこすりつけて、内緒話をするみたいに小さく呟いた。
「これだけぬくぬくだったらさ、多分もう大丈夫だから。……だから、いい」
「そうか」
「……うん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
あんなに眠かったのにベッドに入ったら目が冴えるんだよなあ。
比鷺は幾度目かの寝返りを打つ。もう完全に眠る気でいたからスマホも充電器にさしてしまっていたし、手持ち無沙汰にも程がある。
すぐそこにあることだし、手だけで取ろうと落としてしまっても困るし、さっと出て取りに行っちゃおうかな。エゴサするんでもいいし、ネサフするんでもいいし、なにかしら画面を見ていたら目が疲れてきて眠くなるかもしれないし!
ブルーライトの弊害を知らない訳でもないけれど、これって名案じゃん、と、にやついた比鷺は、そろっと布団の端を持ち上げて、先に眠っているもう一人を起こさないように抜け出そうと――
「わ!」
したところを、横から伸びてきた腕にぐいっと引き寄せられた。
「寝ろ」
少し眠気の残る声で萬燈が囁く。夜の深さを含んだその声音に、比鷺の脈拍が僅かばかり早くなる。こんなのいきなり聞かされるなんて、心臓にわるいったらない。
「お、起こしちゃった? ごめん。あの、スマホ取りに行くだけだから」
「明日にしろ」
小声で謝ったのにむべもない。寝ているところを起こされると、流石の萬燈でも機嫌が悪くなるのだろうか?
「えと、すぐ戻るから。そと寒いし!」
言い添えた言葉は本当だ。短い秋が終わり、冬の気配が色濃い今夜。好んで寒さに身をさらしたい訳でもない。ただ、眠れるまでの暇つぶしがしたいだけだ。
「寒いなら、これでいいんじゃねえか?」
そのまま向かい合わせで抱きしめられて、比鷺はまるで抱き枕だ。
「ちょ、なに、ねえって」
押したり引いたりなんとか逃れようと、ひとしきり抵抗してみたところで、ウエイトの分が不利になり、簡単には離れられなかった。……まあ、離れたく、なかっただけなのかもしれないけれど。
「だいたい、なんでスマホなんだ」
くあ、と欠伸をした萬燈の声が、さっきよりも随分近くから聞こえる。ちょっとずつ落ち着いてきた心音が、萬燈のものと重なっていく気がしてくすぐったい。
「ね、寝付けなくって……」
奮闘のせいで上がった息を整えながら比鷺が答えると、萬燈が低く笑った。
「だったら、俺に言えばよかっただろう」
「……寝てたじゃん」
「起こせばいい」
「ええー……」
「即興話でも子守歌でも、俺は何でもござれだぞ」
「……萬燈夜帳の、子守歌?」
「ああ、お前が望むならな」
とんだ甘やかし発言、いやいっそ宣言? の連打に、比鷺は閉口してしまう。どうして恥ずかしげもなくこんなことが言えるのだろう。
「あのさ、それってめちゃくちゃレアなんじゃないかなーって思うんだけど」
「かもしれんな。試すか?」
遠回しな照れ隠しをものともせず、気軽な調子で問いかける萬燈を見やり、比鷺は首を横に振る。
「……んーん、いい」
「ほう?」
そして、萬燈の胸元にぐりぐりと頭をこすりつけて、内緒話をするみたいに小さく呟いた。
「これだけぬくぬくだったらさ、多分もう大丈夫だから。……だから、いい」
「そうか」
「……うん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」