短編
「ねー、俺達ってなんでこんなことになっちゃってる訳?」
設えのいいソファでだらりと寛ぐ比鷺の呟きを、隣に座る萬燈が拾う。タブレットを触りながらも、横目で比鷺を確認することは忘れなかった。
「袖すり合うもってやつじゃねえか?」
「他生の縁でここまでなっちゃうって?」
「そういうときもあるだろう。急にどうした。気付くには遅すぎる気もするがな」
そーかもだけど、と口を尖らせる比鷺に、今度は萬燈が問う。いつもとは少し違う、気になる絡み方だと直感が囁いたからだ。
「不満か?」
「ってより疑問。なんで俺? みたいな。……だってこんなの、愛じゃなくない?」
ほう、と萬燈が軽く頷く。前を向いたままの比鷺は一向にこちらに視線を寄越さない。髪に隠れた横顔に見え隠れするのは、不安に怯え、だろうか。
「愛、ときたか。だがな、これは愛でこれは愛じゃない、なんて簡単に仕分けられるのか? なにより愛に定型はねえよ」
「うわ断言」
比鷺が自分の体を抱きしめるように座り直す。萬燈はその動作を見て、タブレットをスリープにした。音を立てないようにローテーブルに置き、朗々と語りかける。
「愛していると口に出せば、そこに必ず愛があるってことになるのか。ひと言も口に出さないからって、そこには絶対に愛はないのか。そんな訳はねえ。噛み砕いて言やあ、この世に同じ人間が一人としていないように、この世に同じ愛もひとつとしてないだろう。どこもかしこも定まらない感情で溢れている。俺とお前の間にある、もしくはないものが、愛でも愛じゃなくても、ここにこうして互いの存在が在るってのが、それだけじゃ答えにならねえのか?」
「それ、詭弁ってやつじゃない?」
「いいや、真理ってやつだ」
「また断言」
「嫌か?」
「……別に」
ただ、と比鷺が膝に顔を埋めてもごもごと呻く。更なる防御態勢まで好ましく思えてしまうのは、いささか度が過ぎるだろうか。
「俺は愛じゃないかもって思ってて、そっちは愛って思ってるみたいで、そういうのってなんか、落ち着かない。……ていうかいま愛じゃなくてもって言ったよね! やっぱ愛じゃないんじゃん!」
「それは言葉の綾だ」
「ずるくない!?」
「狡くもなる。機嫌を取りたいからな」
「へっ?」
「何を悩んでるのかは、まあ察しがつく。が、お前が直接言わないことに、俺が口を出すのは野暮ってもんだろう。なら、俺に出来ることは何か。機嫌を取るってのが気に入らないなら、こんな風に言い換えてもいい」
萬燈が組んでいた足を下ろし、防御万全とばかりに体を縮こまらせている比鷺に向き直る。
「俺はお前がここに存在する幸いを、お前相手にだって譲る気はねえ」
比鷺の両手を掴み、緩く解きながら、距離を詰めて告げる。あわあわと口を震わせる様に、頬が緩みそうになったが、真面目な表情を保つことは萬燈にとって容易かった。
「理解できたか?」
「え、あ、うん……あれ? なんかすごいこと言われた気がするんだけど」
「言ったからな」
「衝撃的過ぎてよく覚えてないんですけどー!」
「そいつは残念だ」
言って萬燈は、比鷺の髪をくしゃりと混ぜた。不安でも、怯えでも、いくらでも感じればいい。もちろん、自分で立ち直れるようになるのが、本人の為にも良いだろうから、最終的にはそうなることを望みはするけれど。何度でも引き戻す自信がなくて、懐に入れた訳ではないのだから。
設えのいいソファでだらりと寛ぐ比鷺の呟きを、隣に座る萬燈が拾う。タブレットを触りながらも、横目で比鷺を確認することは忘れなかった。
「袖すり合うもってやつじゃねえか?」
「他生の縁でここまでなっちゃうって?」
「そういうときもあるだろう。急にどうした。気付くには遅すぎる気もするがな」
そーかもだけど、と口を尖らせる比鷺に、今度は萬燈が問う。いつもとは少し違う、気になる絡み方だと直感が囁いたからだ。
「不満か?」
「ってより疑問。なんで俺? みたいな。……だってこんなの、愛じゃなくない?」
ほう、と萬燈が軽く頷く。前を向いたままの比鷺は一向にこちらに視線を寄越さない。髪に隠れた横顔に見え隠れするのは、不安に怯え、だろうか。
「愛、ときたか。だがな、これは愛でこれは愛じゃない、なんて簡単に仕分けられるのか? なにより愛に定型はねえよ」
「うわ断言」
比鷺が自分の体を抱きしめるように座り直す。萬燈はその動作を見て、タブレットをスリープにした。音を立てないようにローテーブルに置き、朗々と語りかける。
「愛していると口に出せば、そこに必ず愛があるってことになるのか。ひと言も口に出さないからって、そこには絶対に愛はないのか。そんな訳はねえ。噛み砕いて言やあ、この世に同じ人間が一人としていないように、この世に同じ愛もひとつとしてないだろう。どこもかしこも定まらない感情で溢れている。俺とお前の間にある、もしくはないものが、愛でも愛じゃなくても、ここにこうして互いの存在が在るってのが、それだけじゃ答えにならねえのか?」
「それ、詭弁ってやつじゃない?」
「いいや、真理ってやつだ」
「また断言」
「嫌か?」
「……別に」
ただ、と比鷺が膝に顔を埋めてもごもごと呻く。更なる防御態勢まで好ましく思えてしまうのは、いささか度が過ぎるだろうか。
「俺は愛じゃないかもって思ってて、そっちは愛って思ってるみたいで、そういうのってなんか、落ち着かない。……ていうかいま愛じゃなくてもって言ったよね! やっぱ愛じゃないんじゃん!」
「それは言葉の綾だ」
「ずるくない!?」
「狡くもなる。機嫌を取りたいからな」
「へっ?」
「何を悩んでるのかは、まあ察しがつく。が、お前が直接言わないことに、俺が口を出すのは野暮ってもんだろう。なら、俺に出来ることは何か。機嫌を取るってのが気に入らないなら、こんな風に言い換えてもいい」
萬燈が組んでいた足を下ろし、防御万全とばかりに体を縮こまらせている比鷺に向き直る。
「俺はお前がここに存在する幸いを、お前相手にだって譲る気はねえ」
比鷺の両手を掴み、緩く解きながら、距離を詰めて告げる。あわあわと口を震わせる様に、頬が緩みそうになったが、真面目な表情を保つことは萬燈にとって容易かった。
「理解できたか?」
「え、あ、うん……あれ? なんかすごいこと言われた気がするんだけど」
「言ったからな」
「衝撃的過ぎてよく覚えてないんですけどー!」
「そいつは残念だ」
言って萬燈は、比鷺の髪をくしゃりと混ぜた。不安でも、怯えでも、いくらでも感じればいい。もちろん、自分で立ち直れるようになるのが、本人の為にも良いだろうから、最終的にはそうなることを望みはするけれど。何度でも引き戻す自信がなくて、懐に入れた訳ではないのだから。