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短編

 早ければ三日に、どれだけ遅くとも松ノ内中に。
 例年通り送られてくる九条比鷺からの年賀状を待つのは、萬燈夜帳の人生における楽しみの中でも、いささか趣を異にする類のものだ。
「さて、今年は来るのか来ねえのか」
 のんびりと構えつつも、いざ来なければ自分は少々寂しく思うかもしれない。というぐらいには、あの少年――いや、もう青年か――を気に入っている自覚が萬燈にはあった。
 彼についての情報は多少気を配れば十全に手に入れることが出来る。それらについての所感を書いて送れば、たとえ向こうからすれば義理だとしても返礼の賀状が返ってくるのだから、こちらへの何らかの感情はあると踏んでいる。内容もなんだかんだ旧年の萬燈の活躍について触れられていることが多い。良くも悪くも意識されている証拠だと思う。まあ、この天才を意識しない人間がこの世にいるわけもないと言えば、それまでではあるのだが。そういう話ではなく。
 閑話休題。たとえ天下の萬燈夜帳といえど、毎年のことになりつつあるといえど、現物を目にするまで九分九厘の確信と一厘のよもやで、心持ちが落ち着かないこともある。あの青年は思いもよらないだろうが。信じらんない! とでも叫ばれるかもしれないが。
 そういえば最後に会ってからもう何年になることやら、と少しぼさついた髪の隙間から自分の様子を窺っていた少年の姿を思い出す。同じくらいの身長だったのに、舞奏のとき以外は僅かに上目遣いになっていたあの子どもの背は、もしかしたらとうの昔に自分を抜いてしまったかもしれない。そんなこともあるだろう。数年も会わずにいるのだから。
 いつか、いつか彼からの賀状が、元旦に届く年が来たならば。そうなったなら受け取ったそれを片手に携え直接会いに行ってやろうか。そして、慌てふためくだろう彼の手を取り、初詣へと繰り出してやるのだ。もう覡でもないのだし、もはや敵陣とはいえない浪磯で参拝するのもいい。もちろん、そのあと譜中に連れて戻ったっていい。
 いつか来るかもしれない、けして来ないかもしれない、新年の抱負に似た何か。鬼が笑うどころじゃねえな。と、萬燈は笑みを噛み殺した。だが、不意の思いつきにしては随分と愉快な考えにも思えた。
 まあ、その日をゆっくりと待たせてもらうとしようじゃねえか。なあ。九条比鷺。
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