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短編

 意図せず漏れた溜息に、傍らのその人が顔を上げた。しまった。比鷺は素知らぬ顔で、さも自然な風を装って立ち上がろうとしたが……まあ、許される訳もなかった。
「今度はなんだ?」
「ちょ、今度はって、そっちこそ何!」
「何もないならいいんだがな」
「な、何もないけど」
「目が泳いでんぞ」
「泳いでなんかねーし!」
「ほう?」
「う、ぐぐ」
 言うなり萬燈が、ぐぐっと距離を詰めてくる。大ぶりな眼鏡の奥にある藤色が、言葉に詰まる比鷺を見て細められている。面白そうにも、意地悪そうにも見えるその視線に、負けてなるものかと思う。
「後生大事に握ってるようだがスマホがどうかしたのか?」
 言える訳がない! なんとなく横にいる男をパブサしたら、新進気鋭の作家とめちゃめちゃ仲良さそうに対談してる記事が出て来て、それがあんまり楽しそうだったから。 え? 俺も本とか読んだほうが飽きられたりしないってこと? なんて思っちゃったりしちゃったりなんかしたなんて! そんなの絶対言いたくない、言いたくないが萬燈の誘導尋問(というと本人には否定されそうだが)に敵うとも思えない。ど、どうしたらいい……?
「……わかった、言う」
「やけに素直じゃねえか」
「この、これ、対談の記事! めちゃめちゃ仲良さそうだったからヤキモチ焼きました! そんだけ!」
 スマホの画面を突きつけて、宣言する。どうだ、これで恥ずかしいのは俺だけじゃない、は、ず……? あれ? 目の前で萬燈が肩を揺らして笑っている。あまつさえうっすらと頬を染めている、ようにも見える。
「お前、そんなこと考えてたのか。……可愛いな」
「な! な! な!?」
 萬燈にしては直球過ぎる言葉に比鷺の頬も染まる。
 いやいつもだって直球だ。直球ではある。でもなんか、もっとこう、もっとなんか、聞いてるだけでお腹いっぱいになるような感じじゃん? それがなんで今日に限ってこんな、可愛いとかそんな、ひと言で! 一撃で致命傷のどくばり!? 確かにこの男ならば毎回クリティカル出しそうだけれども!
「まあ、座れ」
「う、うん」
 互いに少々予想外な言動に虚を突かれつつも、萬燈は比鷺をソファに座り直させる。
「そこじゃなく、こっちだ」
「え?」
 もとい萬燈の膝に座り直させる。
 ――その後どうしたかなんて野暮なことは語るまでもないだろう。
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