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短編

 遠流が出演していた紅白を見終わり、流れで見ていた行く年来る年を眺めている二人の間に流れる時間はひどく穏やかだ。
 諸々のくびきからやっとのことで解放された比鷺が、自身の望む寝正月を心の底から満喫できる目処が立ったのは、くしくも二十五歳を迎えた次に来る正月であった。これまでの人生、九条家の一員として必要最低限従事しなければいけなかったことが、何ひとつ一切ない! まさしく快挙である。
 これはもうオールで配信するっきゃない! とも思っていたが、なんと萬燈も三が日の予定を空けてあるという。ていうか空けられるもんなの? 萬燈夜帳が? 俄には信じられない話だった。聞いてしばらく悩んだ結果、オールで配信の予定は取り止めにした。だってこんな機会滅多になくない? くじょたんにだってプライベートはあるんですー!
「ね、ほんとによかったの? 俺と寝正月」
「構わねえからこうしてるんだろうが」
 萬燈手製の年越し蕎麦を食べたあと、片付ける萬燈の後を追いながら、食器などを運ぶ。萬燈とオツキアイめいたものを始めて数年になるが、こんな正月を過ごす日が来るなんて考えたことがなかった。ぶっちゃけ嬉しいしすごく楽しい、だけどそわそわとして落ち着かない。
「もうじき年越しだな」
「ほんとだ」
 こっちに来い、と手招きされるがまま、比鷺は素直に萬燈のもとへ向かう。テレビから聞こえる人々のざわめきが、一瞬、聞こえなくなる。
「な、な、な!?」
 年越しの瞬間、触れるだけの口づけを施された比鷺の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
「……明けたな。我が恋人殿におかれましては、本年も宜しくお引き立てを賜りますよう」
「あ、え、うん……明けましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。……って、え、さ、さっきのなに、もしかして酔ってる!?」
 大仰な挨拶に思わず返礼をした比鷺ではあるが、それでも聞かずにはいられなかった。このひと酔ってんじゃないの!? 至近距離で見つめてくる藤色の瞳は、いつも通りに澄んでいるし、萬燈が酒に強いことは知っているのだけれど!
「あれしきの晩酌で酔うと思うか? この俺が?」
「いや、思わないよ? 思わないけど! 思わないけどびっくりしたじゃん!」
「驚かせたかったからな」
 くつくつと笑う萬燈が、妙に楽しそうだ。酔ってはいないのかもしれないが、やけに浮かれているような。比鷺は、思いついた考えをおっかなびっくり聞いてみる。
「もしかして、なんだけど、ご機嫌な感じ?」
「ほう、分かるか」
「分かるって!」
「そいつは重畳」
 萬燈が比鷺の腰に手を回した。互いの頬をすり合わせて抱き締めてくる。リビングでこんなにも情熱的な抱擁は初めてだった。耳元で囁かれた「しーっ」という吐息混じりの甘い叱責に、比鷺は身体を竦ませたくなる。なのに、萬燈の腕がそれを赦さない。
「こ、こんどはなに!?」
「何も。ただ、お前を放したくないと思っているだけだ。この三日は、この俺がお前だけの萬燈夜帳であるように、お前もまた俺だけの九条比鷺になる。……なんとも贅沢な話じゃねえか。なあ?」
 肉食獣の獰猛さもかくやという、喉の奥から聞こえる低い声に、比鷺は三が日にひとつだけあったはずの予定を思い出す。
「えっあれ、四人が遊びに来るかもって話は……」
「…………」
「ちょっと待って断っちゃったの!?」
「四日に変更しただけだ。全員の了解は取ってある」
「なんでそこまで……」
「そこまで、なんだ?」
「お、俺のこと……すき、みたいな……」
 ごにょごにょと言葉を濁す比鷺の唇を、萬燈が親指でなぞる。
「今さら何言ってんだ。それに良い機会だと思ってな。俺の思いの丈をお前に知ってもらうには」
「……ひゃ、ひゃい」
「ふ、良い子だ」
 気付けば暗さを増した藤色に見据えられていて、どきりとしてしまうけれど、そんな比鷺を萬燈は宣言通り放さずに強く抱き締めたままだ。なんだか萬燈に甘えられているようにも感じて、比鷺の胸もぎゅうっと熱くなる。俺だって、と比鷺からも抱き締めかえすと、いっそう強く抱き締められた。
 比鷺は幸せだった。萬燈もそうであればいいと思う。そして願う。今年だけじゃなくて、来年も再来年も、それからずっと先も、一緒に幸せでいられますように、と。
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