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短編

「もしも、もしもだよ。俺に覡としての才能がなかったら、なくっても、萬燈先生は俺のこと、好きになってた?」
 所々どもりながらも発される比鷺の言葉に、萬燈は数度の瞬きをした。
 出会った頃に比べれば、随分と自分に自信を持てるようになったと見える比鷺だが、それでもたまに抑えきれない不安に身を委ねてしまうときがある。不意に訪れるその瞬間を見逃さず、適切に対応し続けることが出来るのは自分ぐらいだろう、という自負が萬燈にはあるのだが。さて、今回は少し難局のようだ。
「それは……正直分からねえな」
 ひくり、と身を竦める青年を見つめながら萬燈は続ける。
「俺がお前に目を留めたのは、知っての通り、お前の才能に依るところが大きい。だから、さっきの質問にはお前が望む答えを言ってやれねえ」
「…………そっか」
「悪いな」
「ううん。……平気、じゃないけど、大丈夫。嘘吐かれるより全然いい」
「そうか」
「うん」
 比鷺の顔色を確かめる。少し青ざめてはいるが、予想よりも落ち着いているように見える。ならば、と萬燈は口を開くことにした。甘やかすことはいくらでも出来る。今日でなくとも。
「お前はどうなんだ?」
「……え?」
「俺が天才の名を恣にする萬燈夜帳でなくても、お前は俺のことを好きになったか?」
「……わ、分かんないよ、そんなの」
「お前も俺に聞いたじゃねえか」
「それはそう、だけど……」
 口ごもり、視線を逸らす比鷺を、しかし萬燈は許さない。
「なら、質問を変えよう。覡としてお前の前に現れなかった俺を、お前は好きになったか?」
「そ、そんなの、好きになるとか自体無理に決まってるじゃん。だって覡じゃなかったら、」
 ――俺達絶対、知り合いにもならなかった。
 続ける比鷺の声が、何かに気付いたように止まる。それでいい。萬燈は頷き、比鷺のうなじに残る化身の名残を撫でる。もはや見ずとも覚えたその場所を。
「そうだ。俺達は出会うべくして出会った。天才たる俺にはお前の才を見抜く目があり、お前には俺の目を引く覡としての才があった。何ひとつ欠けても、今の俺達は存在しない」
 自身の二の腕へと比鷺の手を添わせると、萬燈を真似るように比鷺も化身の名残を撫でてくる。
「もしもに意味はないってこと?」
「ああ。俺達をネタに小説を書くってんでもない限り、仮定に意味はねえ」
 悩み多き、されど理解も早い比鷺の額にキスをして、萬燈は囁いた。
「なんだ、九条比鷺は俺の稼業に興味があるのか?」
「それ、なんか懐かしいね」
 くすくすと笑う比鷺を抱きしめる。すぐ傍で寝転ぶ青年に、あの日、向かいに座っていた少年の面影が重なり、萬燈もかすかな笑みを浮かべた。
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