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短編

 十二月三日。世間一般には特筆すべきことのないこの日だけれど、今日は二人が付き合い(という定義が適切かは今もって若干疑問が残るが)出して、初めて迎える比鷺の誕生日だった。期待しないといえば嘘になる。何を? 勿論すべてを!
 萬燈手製のフルコースを食し、二人で片付けも終えた午後八時半。ソファで隣り合って座っていた萬燈がおもむろに口を開いた。

「せっかくの誕生日だ。お前だけに何か特別なことを言ってやろう、なんでもいいぞ」と。

 あの萬燈夜帳が! 俺だけに? プレゼントは別で貰っていて、ディナーまで御馳走になっていて、この上さらに? と思う気持ちがないではないけれど、ここまでの特別扱いは正直めちゃくちゃに嬉しい! 
 俺だけに特別なこと……。せっかくだから萬燈先生が言わなさそうなことがいいな。「お前はまさしく天才だな」とか? や、一応恋人だったりするわけだから、ここは恋愛系、かな。そういえば「愛してる」とか、言われたことってない気がする。でも「お前は俺の天使だ」とかそっち系でもいいかもしれない。「可愛いな、俺の比鷺は」とかそういうのもいいかも。
 ていうか萬燈先生って頑なに俺のことフルネームで呼ぶの、そろそろやめて欲しいんだけど。あっ、それにしようかな。でもでもいきなり「比鷺」なんて呼ばれたら俺がヤバいかもしんない。うわこれ思ったより難しい。どうしよう!
「決まったか?」
「ま、まだ」
「随分と百面相はしていたみてえだが」
「み、見てたの? 趣味悪!」
「そりゃまあな。俺が俺の恋人を見ていて何か問題があるか?」
「ひえ」
「あのな、そろそろ慣れちゃくれねえか?」
「む、むりれしゅ……」
「じゃあ、もっと言って慣れさせるしかねえってことになるが。……構わねえな?」
 ふしゅる、と白い肌を真っ赤に染めた比鷺が、ソファからずれ落ちていく。半分ラグに寝そべってしまった比鷺を、萬燈が軽々と抱き上げ自分の膝の上で横抱きにした。
「あ、あの、」
「なんだ?」
「ち、近いって」
「だが離れていかれても困るんでな。『特別なこと』が浮かぶまでこのままでいるってのはどうだ?」
「ど、どうだって言われても……」
「制限時間はない、と言ってやりたいところだが、出来れば日付が変わるまでに頼む」
「……なんで?」
「今日がお前の誕生日だからだろうが」
「あ、そっか。そーでした」
「決まったら言え。俺はこのまま待たせてもらおう」
「う、うん……ぎゃああ!」
「どうした?」
「どうしたじゃないって! なんでそんな、手とか、つ、繋ぐの」
「そこに手があるからだな」
「はああ?」
「手だけで済むと思うか?」
「え。」
「安心しろ。脱がせるのは後の楽しみだ」
「全ッ然、安心出来ないんですけどー!」
「ほら、『特別なこと』考えねえのか?」
「こんなんじゃ集中できないって!」
「ほう? なら俺に一切お前に触れるなと?」
「う、それは。お、お手柔らかにお願いします……」
「承知した」
 お手柔らかに、という嘆願が効いたのか、にやりと笑んだ萬燈は、比鷺の手や頬や髪を撫でるに留めていた。けして、膝の上から下ろしはしなかったけれど。

 そうしているうち、ついに比鷺の覚悟が決まった。萬燈の胸元をゆるく引っ張り、身体を縮こませた比鷺がおずおずと切り出す。
「あの」
「おう」
「俺のこと、『好き』って言って」
「それだけでいいのか?」
「えっと、あい……とか、沢山、考えたんだけど、俺、まだよくわかんねーし。俺が聞いていい言葉かどうかとかも、だから――」
 考え考え告げていた言葉は、萬燈によって途中で遮られた。抱きしめた比鷺の耳元に萬燈が口を寄せる。

「――好きだ」

 それはとても優しい、春のひなたを思わせる穏やかな声だった。あるいは、熱く激しい、燃えさかる炎のように情熱的な声だった。そして、慈愛に溢れたやわらかな声だった。ひと度聞くだけで身体が泡立つ官能的な声だった。
 ありとあらゆる感情を込めて、繰り返し何度も。萬燈は比鷺にただひと言、「好きだ」と重ねて伝えてくる。その「好き」の奔流が比鷺の胸いっぱいに満ちる。比鷺が求める以上のものを、萬燈はいつも易々と比鷺に与えるのだ。こんなの、かなわない。繰り返されるひと言に、比鷺はもう溶けてしまいそうだった。
「もっと、欲しいか?」
 熱っぽく萬燈が囁く。比鷺は頷くことしか出来ない。横抱きのまま抱え上げられた比鷺を、萬燈が迷いのない足で寝室に運び、そのドアを閉めた。比鷺だけに与えられる特別なただひと言を、星の数ほど囁きながら。
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