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短編

「……その声、〝くじょたん〟だな」
「は? え? 誰?」
 オフラインで呼ばれるはずのない名前に、比鷺はびびっと体を震わせる。〝くじょたん〟というハンネは、幼馴染み以外には明かしていない秘密の名前だというのに、一体全体何が起こった!
「〝くじょたん〟だろう、実況者の」
「ぎゃー! なんのことだかわたくしさっぱりですわ!? ていうか誰!?」
 大ぶりな眼鏡の奥にある瞳で真正面から見据えてきた男は、比鷺の必死の抵抗を意にも介さず言葉を続ける。
「確かに自称するだけあって魅力的な声をしている。キュートと言っていいだろう」
「ひえっ」
 純然たる事実として述べたのだろう。男の低い声に揶揄の気配はなく、日頃叩かれ勝ちな比鷺にとっては棚からぼた餅的唐突な褒め言葉だ。しかし、嬉しいとか照れるとかの前に恐怖しか感じない。比鷺はちょっとした恐慌状態に陥る。
 目の前の男が自分の熱狂的なファンでもアンチでも、今すぐとにかく消えてほしい。こんな風にリアルにポップアップしないでほしい。
「度重なる炎上も、耳目を集める才の一つと言える。気にするこったねえよ」
「なんでいきなりdisられてんの!? そんで励まされてんの!? ていうかだから誰!?」
 ツッコミなのか悲鳴なのか分からない比鷺の叫び声に、男は器用に片方の眉を上げる。
「ほう。俺に見覚えがないってのか? 本当に、ただの一度も?」
 傲岸不遜な物言いが、妙にサマになる男だ。怯えのあまりほぼ瞑っていた目を恐る恐る開いてみると、何処かで見たことがある、気がしてきた。
 大ぶりの眼鏡、特徴的な髪型。背丈は自分と同じくらい、だろうか。脳裏に浮かんだ人物の正確な身長なんて、比鷺は知らないのだけれど。
「も、もしかして、萬燈、夜帳……?」
「御名答!」
 そう言うと男――萬燈夜帳は、さも愉しげに笑ってみせた。
「なに、所謂〝初めまして〟ってやつだよ、櫛魂衆のエンターテイナー」
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