◆まとめ◆クレ海&ジェオイ



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舌ざわりの悪いチョコレートムースに、イーグルは一瞬顔をしかめた。
朗らかに笑んでいた表情が突然ゆがんだので、「どうしたの?」と海が声をかける。
「あ、いえ。すみません」
そう言って、イーグルはざらりとした砂を奥歯でかみつぶした。

海はたしか〝ザラメ〟と言っていただろうか。こんな風に、わざと砂糖の触感を残すスイーツも多く存在するのだと聞いていたから、これもおそらくそんな趣旨だろうと砂糖の粒を飲み込み、さすがに飲み切れなかった分はコーヒーで流した。
まあ、こういうものだと思えば食べられなくもない。

「ねえ、そっちのタルトももらっていい?」
と言って、海がチョコレートムースタルトに手を伸ばす。
カットしようとナイフに触れた手を、イーグルがパシと掴んだ。
「えっ?」
イーグルの突然の挙動に海はたじろぐ。
「あ、すみません」
イーグルは困ったように微笑むと、海の手元からナイフをそっと預かった。

「あの、ウミ」
どこか自信なく、イーグルはそう声をかけた。
なあに? と無垢に返すこの少女に、これをどう伝えたものか。
結局はどうにも言葉が出ず、「ぼくが切りますよ」と言ってナイフをタルトに入れる。

切り分けたチョコレートムースタルトを前に、海はキラキラと目を輝かせた。
やっぱりこの艶出しはお見事。温度管理は完璧ね。今度オートザムの厨房で一度作ってみたいわ。
そんなことを言いながら、一口口に運ぶ。

ザラリ。

〝砂を噛んだような〟とはまさにこのことをいうのだろう。
先程の自分とほとんど同じ表情を浮かべた海を見て、イーグルは眉尻を下げた。
「なんだか、すみません」
「なんでイーグルが謝るのよ」

海がコーヒーを口に運び、言った。
「言っておくけど、私こんな作り方は教えてないわよ」
どこかプライドのような色を混ぜ、海が言った。
「わかっていますよ」
「どうしちゃったのかしら。ジェオ」
作り手の名があがり、イーグルの手元がピクリと止まった。

しばらくの沈黙が漂い、それをイーグルが破った。
「ウミもします? こういう………その……」

「失敗」

イーグルがためらい言い含んだ単語を、海はあえて明瞭な滑舌で言った。
それはもちろん意地の悪さでも、怒りやそういった類の感情によるものでもなく、ジェオと自分は〝友人〟を越え互いに〝ケーキ作り仲間〟として、結束した関係であると自負していたからこその発言だった。
「はい、失敗」
海につられ、イーグルもその単語を口にする。

「するわよ。全然するわ。部屋が寒すぎて卵液が冷えちゃったとか、オーブンの癖を把握しきれてなくて生焼けと焦げ過ぎが混ざったりとか。そんなの日常茶飯事よ」
ムースタルトを口に運び、口の中でザリザリと音を立てながら「ザラメ」と海は呟いた。

「でも、オートザムの厨房設備ではミスするほうが難しいんじゃないかしら。計量や材料を間違えたか、よっぽどぼうっとしていたか……」
と言って海は言葉を止めた。

「そういえばジェオ、最近ちょっと様子が変よね」

確信をついた言葉に、イーグルはわずかな動揺を見せた。
「変というと?」
平然を装い、尋ねる。

「なんていうか、そうね。例えが難しいけど、〝恋する乙女〟みたいな」
「乙女ですか」
イーグルが吹き出した。口元を抑え、肩を小さく震わせるイーグルに、海は更に言った。
「だって、本当にそんな感じなんだもの。まるで光や風を見ているみたいだわ。妙に浮足立ったと思ったらしょんぼりしてみたり。そうよきっと」

「あなたも同じようなものですよ」とは言わず、イーグルは「そうですか」とだけ言った。

「ジェオ、恋してるんじゃないかしら」

と、海は言った。
「その心は?」
イーグルが尋ねる。

「失敗する時って、だいたい決まっているのよ。もちろんさっき言った気温や環境によるものもあるけれど。そうじゃなくて、もっと根本的な」
「根本的な?」

「ケーキって」
海は言った。
「一人じゃ作れないの」

イーグルが首をかしげる。どうやら二人いないと作れないとかそういう直接的な意味合いではないらしい。海は、言葉を整理することもなく、流れるままとりとめもなく言った。

「作る人と、食べる人」

「食べてほしいって思う人がいて」

「この甘さは口に合うかしらとか、あなたの好きなフルーツを少し多めに入れたことに気付いてくれるかしらとか、喜んでくれるかなって。そんな想いをたくさん込めて作るのよ」

「もちろん想いを込めたぶんだけおいしくなるなんてことないわ。ケーキ作りって実際はほとんどが科学だもの。あなたたちの得意分野でしょ? 条件があって手順があって、それ通りにトレースして作ったほうがおいしくなるに決まってるわ」

だから、こんな感情、ほんとは邪魔なのよ。
と海は言った。

「邪魔、ですか」
美麗な見た目にそぐわない攻撃的な言葉に、イーグルはついに言葉を挟んだ。

「好きにならなきゃよかった。寂しい、切ない、苦しい。そんな想いの塊が」
最後の一口を頬張り、かみ砕き、飲み込み終えると海は言った。
「この砂糖ね」


「あなたも、そうなんですか?」
先程は言わなかった問いをイーグルが投げかける。

海は、小さく頷いた。


「苦しいですね」
そう言って、イーグルは海の頭をポンと軽く撫でた。

「気持ちは、伝えないんですか?」
「迷惑になるから。今のままでいいの」
「そんなことないんじゃないですかね」
「そんなことあるから言えないのよ。あなただって」

たとえばもし、このケーキのざらつきが自分へ向けられた感情だったら困るでしょ? そう海は尋ねた。

「そうですね」
とイーグルは答えた。

ほらね。と海が呟く。

「困るというか」


「ぼくのことが好きなら、こんな回りくどいことをしないで真正面から伝えろ、くらいは思ってしまうかもしれません」

と言って、イーグルも最後の一口を頬張った。
ザラザラと砂糖をかみ砕く音。そして、海の顔がにわかに赤くなる。
そういうことね、と呟いた後、海は言った。

「私、あなたのこと好きになればよかったわ」

冗談交じりに海が言えば、イーグルはフフと笑みを零した。
「すみません、先約があるので」





来週は、私もタルトを作ろうかしら。
とびきり甘くて、滑らかな舌当たりのチョコレートムースタルトを。

クレフよりも先に、ジェオに渡そう。
〝ぼうっとしてる場合じゃないわよ。チャンスなんだから〟

そんな思いを込めて。



シュガーソングとビターステップ
end





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えっ、なんかこの二人を結構かわいく切なく書けたのでは💙💚
嬉しい😊 海ちゃんもがんばって!


似たような作品→03.その糖度、計測不能🎨
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