【クレ海+イーグル】の棚
『クランチチョコレートは砕けない』
「一緒にお菓子づくりしませんか?」
クレフの執務室に入室するやいなや、イーグルが女子みたいなことを言い出した。
彼の両手は数冊の本で塞がっている。
オートザム語のレシピ本のようだ。
クレフは、本を置くためのスペースを空けた。
「すまないが茶は出せない。湯の使用を禁じられているところでな」
「お湯を? ええ、結構です。そんなことよりさっきの話なんですが、二人で何かおいしい物を作って、ウミとジェオにプレゼントしませんか?」
クレフは作業卓の上に視線を移す。
暦表を確認するまでもなかった。この時期のことは、否も応もなく把握している。
『今年はどんなチョコレートがいいかしら? 皆にはブラウニーを作ろうと思ってるんだけど……クレフはあまり甘くない物のほうがいいでしょ? それに、ブラウニーより少しは凝ったもののほうがいいわよね。ね?ね?』
春には桜が咲くように、冬には海が騒ぐ。
結局彼女は、『今年はシュヴァルツヴェルダーキルシュトルテにするわ!』と、クレフの意見を聞くことなく自己完結的に結論を出した。
なので、今年はその『シュヴァルツヴェルダーキルシュトルテ』なるものを頂けるのだろう。どんな菓子なのか見当もつかないが、ひそかに楽しみにしている。
クレフがまだ見ぬ『シュヴァルツヴェルダーキルシュトルテ』に想いを馳せていると、イーグルがレシピ本を一冊かかげて「どうです? ご一緒に」と再び尋ねた。
「断る。そもそも、渡すのではなく[[rb:もらう日 > ・・・・]]だったと記憶しているが」
「だから、今年はサプライズですよ。男性から渡したらいけないなんて決まりはないでしょう」
「いずれにせよ、その話には乗れん」
「どうしてですか? ウミ、絶対に喜びますよ」
イーグルも食い下がる。
「どうしてもだ。それに、相手の得意分野に安易に踏み込みたくない」
「安易だなんて。だから二人で協力して作ろうと─」
「私は作らん。作らんと言ったら作らん」
「……頑固老人」
「聞こえているぞ」
長期の[[rb:療養 > スリープ]]を経たイーグルは、どこか『憑き物』が落ちたようだった。
彼の人間らしい戯言を、クレフは友人用の不機嫌顔で流した。
「ウミも喜ぶと思うんですけどねえ」
彼女の名前を強調してみても、クレフの反応は変わらない。
「……そんなふうに慢心していたら、いつかウミに心変わりされちゃいますよ」
「それはない」
断じてない。
クレフがあまりにきっぱりと言うので、イーグルはわずかにたじろいだ。
「まさか『ウミは私にベタ惚れだからな』なんて言い出さないですよね」
イーグルが言うと、クレフは足をくんで椅子に深くもたれかかった。必要以上にくつろいだ様子は、むしろクレフの気まずさのようにも見えた。
「もしかして…………図星、ですか?」
イーグルの問いに、クレフは沈黙を選んだ。
「うらやましいです」
そう呟いてイーグルは視線を落とした。
「……ぼくは時々不安になります。ジェオがいつまでそばにいてくれるのか。この通り、体はずいぶん良くなりましたけど。立場や同情や優しさで一緒にいてくれるだけなんじゃないか──とか……なぁんて、ちょっとセンチメンタルが過ぎましたね。忘れてください」
イーグルは気まずそうにはにかんだ。
「ならばいっそ籍でも入れたらどうだ。ジェオは断らない」
「プロポーズしろと? 『それは命令か?』なんて聞き返されたら、ぼく立ち直れないですよ」
クレフは笑いかけたが、イーグルの表情を見ると笑みも引っ込んだ。
恋の病は、相手への認識も歪ませるのだろうか。ジェオがそんな無粋な返答をするわけがないのに。
神妙な表情の友人を見て、クレフはフ、と息を零した。
「…………調理場を貸してやる。自信がないのならウミに手伝ってもらえ」
「え、いいんですか?」
クレフの提言にイーグルは目を丸くした。
「お前の気のすむようにやるといい。当たって砕けろ、だ」
「それ、振られちゃってるじゃないですか」
イーグルはクスクスと声を零した。
そして、レシピ本をめくりながら
「このクランチチョコレートっていうお菓子、おいしそうですね」
と言って、本の端に折り目を付けた。
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end
おまけエピローグ
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「と、いうわけで。よろしくお願いします。ウミ先生」
「任せて! とびっきりおいしいのを作りましょ! じゃあ、さっそくチョコレートを溶かしていきましょうか」
海は手際よく二つのボウルを用意した。
一つには湯、もう一つには刻んだチョコレートが入っている。
「お湯には気を付けてね。この前もヤケドで大変だったんだから」
「珍しいですね。ウミがお菓子作りで怪我なんて」
「あ、ううん。ヤケドしたのは私じゃなくて……とにかく、慣れない人がすると危ないから」
言いながら、海は不自然に視線を泳がせた。
イーグルは深くは追わず、湯を張ったボウルの上に、そっとチョコレートを浮かばせた。
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3年前に書いたイー海(クレ海・ジェオイ)作品
👇
『シュガーソングとビターステップ』
→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20194838
当時のまま手直ししていませんが、よかったら。
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