六月六日の放送

🍰



自分が作っているものが、ケーキなのかなんなのかわからなくなってきた。

オートザムの厨房設備。最新鋭の機器を使っていると、これまで自分が思い描いていた〝ケーキ作り〟の概念が根底から覆されるようだ。





「すみません、ジェオは急用が入ってしまって」
イーグルがさほど悪くはなさそうに、笑って言った。

六月六日。今日、年を重ねる当の本人に案内され、厨房の中に入る。
まず装着したのは、三角巾ではなく、まるで電気実験にでも使われそうな金属製のヘルメットの形をした装置だった。

「イメージはできていますか?」
イーグルが尋ねる。海は頷いた。
「しっかり考えてきたわよ。ほら、これ」
海が、東京から持ってきたレシピノートを開いて見せようとすると、イーグルはさりげなく目を伏せ「出来てからの楽しみにしておきます」と笑った。

「集中してイメージしてくださいね。初心者モードにしておきますから」
イーグルが言うと海は目をぎゅっと閉じ、頭の中でデコレーションの完成形を思い浮かべた。
イメージしたのは、シンプルなショートケーキ。
チョコレートケーキやチーズケーキ、フルーツタルトなんかでも良かった。
考えてかんがえて、そして最終的には「Simple is the Best」ということで、王道のショートケーキに決めたのだ。

「一人のほうが集中できる」と海が言うので、イーグルは「何かあったら呼んでください」と言い残し、厨房を出て行った。

先ほど頭の中でイメージしたケーキが、厨房に設置されたモニターパネルに映し出される。
指示された通りに、「YES」「NO」とオートザム語で書かれたボタンや、様々な選択肢を順に触れて選んでいく。
チゼータ語より、ファーレン語より、なぜかこの国の言葉が一番覚えやすい。

――砂糖の量は?
――ナッツは入れますか?
――フルーツの糖度を決めてください
――クリームは固め? やわらかめ? サンプルをどうぞ。

選ぶ、選ぶ、また選ぶ。
選択の連続が〝ケーキ作り〟になるなんて。ちょっと信じられないし、こういってはなんだけど作りがいに欠ける。

アームからもったりとクリームが垂れてきて、ボウルに注ぎ込まれる。味見をしたくて指を伸ばそうとした瞬間に、思考を読み取ったのかハプティックフィードバックによって触感と味が口の中に広がる。

「何よ、ちゃんとおいしいじゃない」

クリームがスポンジ生地に理想通りの(というか自分の技術以上の)デコレーション模様を作る。
どんな味に仕上がっただろうか。そう考えると、頼んでもいないのに完成形の味が脳内に伝わって来た。

悪くはない。けれど最高の出来とも言えない。
海が表情を曇らせると、「どの工程をアンドゥしますか」とモニターが尋ねてきた。
「フルーツの酸味を足して。それから、メインの粉をもう1回振るったことに」


一体、私は何を作ってるんだっけ。
一周回ってちょっと楽しくなってくる。



🏠



「ということがあったのよ」
海が話を締めると、クレフはハハと控えめに笑った。

こうして夕餉の席で今日一日のことを語り合っていると、あの有名な、日曜の夜に放送されるテレビアニメの登場人物になった気分にもなる。

今、目の前にいる「お父さん」的ポジションのクレフは優しくて厳しくて、時々雷を落とすところも妙に似ている。ビジュアルが違いすぎるので想起したと知れたら怒られそうだ。

あのアニメは週末の終わりを告げる象徴だ。月曜日の憂鬱。帰らなきゃ、の切なさ。
けれど今日は家族に外泊許可をもらっているのでそんなブルーは必要ない。

あのメロディが脳内に勝手に流れる。
♪ドシドシド……のあれが。


例のタイトル風に言うなら今日は、

『イーグルの誕生日』
『ハイテクケーキにご用心』
『海、今夜はおとまり』 ――の三本でお送りします。

なんて、ね。



「〝トッピング ニ オモイデノ アジヲ ツイカ シマスカ?〟なんて聞かれたらどうしようかと思ったわ」
ロボットを模した——そのイントネーションの意図はクレフにはきっとわからない——それでも、彼はいたわるようにうなずきながら、「それは大変だったな」と微笑んで言った。

「大変……大変ねえ。そう言われてみると、別に大変というわけではなかったかも。作り方があんまり違うんで戸惑いはしたけど、なかなか楽しかったわ。イーグルにも喜んでもらえたし……作って……よかった」

クレフはじっと海を見つめた。
本当に? そんな意図が視線にこもる。

「お見通しってわけね」
海は苦笑いをして、食後のお茶を一口ふくんだ。
友人に誕生日ケーキを渡して、恋人と夕飯をとって。なのに、心の底から浮かれることができない。

「あのね――」
海がふと声を落とした。
「私、もしかしたらジェオに嫌われちゃったかもしれないの」
「嫌われる? ジェオに?」
クレフが眉をひそめた。

「何かしでかしたのか?」
「そんなことはないと思うんだけど。でも私ってよく人を怒らせちゃうし……」
「詳しく話してみろ」とクレフが心配そうに言うので、海は続けた。

ケーキを作り終えたあと、どうにか満足いくものに仕上がったのでイーグルの部屋に届けた。 すると部屋にはイーグルと、仕事を終えたばかりのジェオがいた。

出来たてのケーキを手渡すとイーグルはとても喜んでくれた。 ジェオも感心した様子で「よくあの機材を使いこなせたな」と言うので、少し鼻が高くなる。それからしばらく、三人で和気あいあいと色々な話をした。

話の合間に「僕、海のケーキをワンホール食べるのが夢だったんですよ」 と、イーグルがジェオに言った。
それからだ。
ジェオの表情がみるみる曇っていったのは。返事も曖昧で覇気がない。笑顔も、どこか取り繕うようなものに変わっていった。





「これは私の憶測だが」
茶器を置き、クレフが言った。

「ジェオにも欲が出てきたのかもしれないな」
「欲……?」
「好いた人を独占したいとか、祝うのは自分一人だけでいいとか、そういった類の」
「えっ!? やきもちってこと!? っていうか、ジェオとイーグルって、そういう関係……!?」
「さあ。憶測だ」
「でも、たしかにそうだわ。イーグルってかっこいいし誰にでも優しいから。ああいうタイプの人を好きになるとちょっと大変かもしれないわね」

そういえば、数か月前、自分もクレフとイーグルの関係が怪しいと男同士の浮気を怪しんだことがあった。
イーグルは自分が知っている男友達の中でも群を抜いて〝全方向モテ〟するタイプの人間だ。もし地球にこんな男の人がいたらさぞかし面倒なことになるだろう。

風と話した隕石と宝くじのことを思い返しながら、たとえば自分が浮気相手として疑われていたとしたら……と想像してみる。

――待ってジェオ。誤解だし、誤解だし、誤解よ。


「イーグルはたしかにかっこいいし友達としては好きだけど。そもそも私はクレフとお、お……付き合いしてるんだし……。とにかくジェオの恋敵になろうなんて思ってもないわよ」
すぐに連絡して誤解を解かなきゃ。立ち上がった海の手をクレフがつかんで引いた。

「もう時間も遅い。それにこんな日の夜に連絡をいれたら余計に怒らせることになるぞ」
クレフが言う。

三月三日──今日の日付をちょうど半分にした日の夜、クレフが自分の通信回路を完全に遮断したので、あとからプレセアやフェリオたちに死ぬほど叱られていたことを思い出した。








夕食を終え、風呂も済ませた後、大きな寝台に寝転びながら海が言った。

「それにしても、ジェオってもう少しおおらかに人を愛するタイプだと思ってたわ」
私の勝手なイメージだけど。続けて海は言う。

「やきもちを焼く人には見えないもの。好きな人が幸せならそれでいい、みたいな。何か心境の変化でもあったのかしら」

艶のある長い髪が、白い枕の上に流れる。
それを指先でつまみながら「さあな」と、クレフは曖昧に答えた。

「言ってみたらクレフもそっちのタイプよね」
「ん?」
「だってクレフも、好きな人が幸せになるなら相手が自分じゃなくてもいいって思っちゃうタイプでしょ? 人には幸せになってほしいって思うくせに自分の幸せのことは考えてないのよ。うーん。ちょっと違うわね。人の幸せに自分がどれほどかわってるかがわかってないの。幸せの作り方が自分よがりっていうか、自己犠牲的っていうか。みんな少しずつ似た者同士ってわけね」
ひと息でそこまで言ってから、海は続けた。

「私はあなたとじゃなきゃ幸せになれないのに。人の気持ちも知らないで」
むくれながらなかなかの落とし文句を言ってのけた海に、クレフは面食らって、それから笑って言った。
「お前は、男心というものを全くわかっていないな」

「どういうこと?」
今度は海が面食らう番だった。
海が尋ねてもクレフは何も言わない。言葉のかわりに熱のこもった瞳でじっと見つめられ、海はたじろいだ。

そして、取り直すように口を開いた。
「それにしてもジェオってばどうして。だって三人で話していた時は普通だったのよ。それをイーグルがケーキをワンホール――」
「ウミ、お前はそんな話を延々とするために寝室ここに来たのか?」

いつまでも別の男の話に夢中になっている恋人にしびれを切らしたクレフは身を乗り出し、少し強引な方法で海の言葉と酸素を奪った。

思考がすべて奪われる。
甘い。甘すぎる。

最新の糖度計が必要だ。





🫧‪





後日、ジェオ本人に聞いてわかったことがある。
彼がムッとしていた(ように見えた)のは、実のところイーグルの血糖値を心配していただけだった。
ケーキをホールで食べるならディナーのプランを見直さないと、とか、サラダを追加して俺の分のケーキは後に回そう、とか。
あの瞬間、ジェオの頭の中ではそんな現実的な計算が高速で繰り広げられていたらしい。

クレフの憶測はハズレってわけ。

それから、二人がお付き合いしているかどうかはトップシークレットなんですって。
「トップシークレットって、もうそれ答えみたいなものじゃない」
と私が言うと、「じゃあトップシークレットだってことを内緒にしておいてくれ」とジェオは笑って言った。
ややこしいわ。

あの時、不機嫌な様子になっていた自覚もなかったらしく「すまなかった」「聞いてくれてよかった」と、ジェオは言った。

「なあんだ。そうだったの」
私はほっと息をつく。


六月六日の放送は、きっとこんな感じ。

『イーグルの誕生日』
『夢のホールケーキ』
『副司令官は心配症』

なんて、ね。





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