【クレ海+イーグル】の棚



「爪」






FTO廃材の回収。


それが、司令官となったジェオ・メトロの初めての大きな指揮となった。

廃材一つにしろ大変な価値がある。〝素材〟としてだけではない。
成分解析をすれば、どれほどの重要な情報が出てくることか知れない。
ザズは手を動かしてくれるだろうか。
いや、やってもらわなくては困る。
彼の残した意志を、自分たちが継がなくてどうするか。

〝あの〟戦いが終わり、およそ一週間が過ぎた頃だった。


なにか遺品でも拾えれば御の字だ。
だが、それを見つけたい気持ちと、見つけたくない気持ちが混在しているのも確かだった。
兵士たちも同じ面持ちなのだろう。どこか、ためらうようにがれきをめくったり、岩の影を控えめに覗いたりしている。

―いてほしい
―いてほしくない

そんな思いを、オートザムの全兵士が共有していた。

ジェオは、捜索を続ける兵士たちから少し離れ、一人荒れ地を歩いた。
特に荒廃の著しい場所。地が抉れ、めくれ上がった土が黒く焦げ付いている。

おそらくここが、
イーグルの 最期の――

ほんのわずか、ジェオはほっと安堵した自分にためらった。
イーグルが、まったくの痕跡も残さず消えたことに。
安堵の気持ちを自分の中にしかと認めると、ジェオの目からはぽたりと涙が、零れ落ちた。

ごく、ごく自然に、なんの前触れもなく。
あの日から、毎夜毎晩のように流れるので、ジェオの涙腺はほとんど機能していないに等しかった。
兵士たちは遠く、がれきの山を依然として巡回している。今ここには誰もいない。

ジェオは地に膝をつき、涙を流したまま祈りの手を組んだ。
気を使ったのか、焦土に膝をつく司令官のそばへ寄る兵士は一人もいない。
一体どれほどそうしていたか、

涙をぬぐい顔を上げると、がれきの隙間。
わずかに覗く黒色の物体があった。

あの眩いほどの白色の面影は、まるでない。
けれど、わかる。

「F…TO……」

おもわず口をついた。

とっさに駆け寄り、背の高さほどもあるがれきをどかすと、驚くべきことに、FTOのアーム部分が、丸々ひとつ残っていた。機体は焦げ付き、土よりもよほど黒い色をしている。

〝廃材〟と呼ぶにはあまりに美しい。

爆熱に黒ずんでも尚―
「あいかわらず綺麗な造形をしてやがる」そんな風に思う。

よく見ると、不思議なことにFTOの三本の爪は、強く握りしめられていた。
その力強さは、まるで『覚悟』

さらに見やれば、爪にはアイボリー色の布地がはさまっている。

心臓が、どくんと跳ねる。


―確かめたい。確かめたくない
―いてほしい。いてほしくない


あの日、彼の死を目の当たりにした。
あの爆破の閃光を俺は一生忘れることができないだろう。
ジェオはそんなふうに思っていた。

そして今、ここで亡骸となった〝彼〟と対面すれば
自分の精神がどうなってしまうか。

いや、そんなことよりも。
ジェオは恐れていた。
二度も、彼の死を受け入れることを。


けれど、ジェオがたちまちに爪を両腕で押し広げたのは

「生体反応……?」

あの強烈な爆破をこの目で見た。
きっと虫や小動物が彼の血をすすっているだけ。

イーグルを汚すな!
けちらすように爪を開く。

ジェオは息を飲んだ。
血に染まる、眠る体。

彼の体には、虫も小動物もたかっていなかった。
震える手で、首筋に触れる。

「医療班を!」

ジェオは、叫んだ。


まさか。そんなわけがない。

けれど今ここで全力で動かなければ、自分は一生の後悔を再び背負うことになる。
無駄でもいい。気が触れたと思われてもいい。

だから指に触れたかすかな脈を、ジェオは信じた。





✼✼✼


「すみません。早くお見せしたく、急ぎ翻訳にかけたもので内容が少し……」
「いや、いい」
「よろしければ、お読みしましょうか?」
「お前のその勇ましい声で音読してもらっても内容が頭に入らなそうだ」
と言って、クレフは苦笑いをした。
自室の椅子に腰かけ、足を組むことも肘をつくこともなく、クレフは目の前に展開されたスクリーンを眺めた。

―――

以下は、ザズ・トルクの報告書(セフィーロ語オート翻訳)

【前提】

科学技術を基盤とする本国そしてNSXにおいて、当報告書の内容に疑念を抱かれる方も多いだろう。しかし、我が国がこうして技術大国として繁栄した影には、そんな〝疑念〟の中にも希望を目指し続けた先人たちの、並々ならぬ労苦、挑戦、試行のかいがあってからこそのものであることには一遍の疑いの余地もない。
それゆえに、本戦艦の元最高司令官『イーグル・ビジョン』の生還にかかわる一連について、私ザズ・トルクは[[rb:一 > いち]]メカニックとして、そして一国民として事実を書き記しておかなければならない。
この報告書はその目的を持つ。

【本論】
オートザム製戦闘機FTOは先の戦闘(略称〝セフィーロ裏・デボネア戦〟)において、壊滅的な破損を被った。機体の消失は体積にして92%、重量にして82%を失い、[図]の通り左アーム部分以外は熱風爆風により溶解、消失している。
第一発見者であるメトロ司令官の証言を元にすれば、FTOの左アームは搭乗者イーグル・ビジョンを握り包むように爪を曲げていたとのこと。
また、同アームからはオートザムには存在しないエネルギーが検収された。
成分構成の解析は不可。
しかし波長の分析により、ある二つのエネルギーと酷似する性質があった。
一.三体の魔神(特に〝炎神レイアース〟の波長を強く検出している。別紙にて後述)
二.セフィーロ城を包んでいたバリア(これは〝魔法〟によるもの。別紙にて後述)

【仮定】
体積の92%を失う爆撃に巻き込まれながら、搭乗者イーグル・ビジョンが生還したことについては、オートザムの現在の科学分析技術では説明のつかない力が作用したと言うほかない。その力の要因の一つとして、先に述べた〝魔神〟そして〝魔法〟の力を想定する。

イーグル・ビジョンは一連の戦闘にて、三体の魔神と接触および戦闘をしている。特に〝炎神レイアース〟の搭乗者であるシドウ・ヒカルとは他2名よりも長時間の接触の機会があった。また、イーグル・ビジョンはセフィーロ城内に潜伏中、城のバリアの生成者である導師クレフとも接触・会話をしていることも申し添える。

―――
唐突に出現した自分の名にクレフは一度瞬きをしたが、それでもまたすぐに文書を読み進めた。
―――

これにより、FTOは〝魔神〟そして〝魔法〟の影響を少なからず受けていたものと仮定できる。同時に、搭乗者の意志とは別に、搭乗者を加護したことにも説明がつく。
FTOは爆発の寸前、搭乗員を爪の中へ隠し〝守った〟と、表現するのが妥当と考える。

【結論】
オートザムの戦闘機は、搭乗員の精神エネルギーによってのみ稼働力を得る。
本来、搭乗員の意志に背くことも、命令外のことをすることもない。
仮定が正しければ、FTOイーグル・ビジョンの生還という何事にも代えがたい成果をあげた一方で、アンコントロールの挙動をしたとも言える。
FTOの未知の挙動について、今後も検証を行う必要がある。

オートザム NSX メカニック 
ザズ・トルク

―――







「最終項は…」
クレフは再び苦笑いを浮かべて言った。
「ザズの葛藤を感じるな」
「おっしゃる通りです」

ジェオがマシンを操作すると、スクリーンは音もなく消えた。




✼✼✼







医療班をここへ連れてこなかったことは、誰の非でもなかった。
まさかこんなことは誰に想像できることでもない。

なぜ生きている。
あの日、強烈な爆破によって失われた命。
それが今は、血の一滴ずつと共に、静かに、零れるように失われていく。

医療班の到着までどれほどの時間がかかるか。
最低限の止血をしようにも限度がある。
今この一瞬ごとにイーグルが〝再び〟死に近づいていることにジェオは焦り、怒り、震える手で止血を施すことしかできなかった。

その時、一体の大きな鳥が、荒れ地の空を切って現れた。
茶色の羽を持つ、目の鋭い鷹のような鳥。
その背に乗る人物を見て、ジェオの張り詰めたものが一気にゆるみかけた。
膝から崩れ落ちそうになり、涙腺が再び緩む。
が、ジェオはどうにかこらえ、その名を呼んだ。

「導師クレフ」

名を呼ばれた男は、鳥の背から地にスタと舞い降りると、ジェオの腕の中に横たわるイーグルの姿を見て目を丸くした。
ジェオが何の説明も問いもする前に、クレフは杖を掲げイーグルへと光の導きを施した。

神々しいとすら、感じた。
これが、魔法。

魔法とは、これほどに美しいものだったのか。

なにも初めて見たわけというではない。
彼が施した―城を守ったあのバリアを以前この目でみた。

自分達が破ろうとしたあのバリア。
それと同じ力で、クレフはイーグルを救っている。

魔法では病の類は治せないとランティスが言っていたが、
あるいはこの御仁ならそれを果たしてくれるのではという期待すら湧くほどだった。

クレフは一通りを終えると大きく息をつき、ふらりと揺れる体を杖で支えた。
「すまないが、私の力ではこれが限界だ」
あとは自国の医療を。と、クレフは言った。

「う」
とくぐもるような声が、ジェオの腕の中から漏れた。
「イーグル!」
薄っすらと目が開き、
黄褐色の瞳がゆっくりとジェオを見た。

セフィーロの地に降り立つホバーの群れ。
イーグルの姿を見た誰もが目を丸くし、そして涙を浮かべた。
が、ジェオが一声を上げれば、それぞれの兵士が慌ただしく、それでも冷静に仕事を進めていった。
搬送用ホバーにイーグルが担ぎこまれると、ジェオはクレフの元へ駆け寄り、地に着くほどに深く頭を下げた。
「療養を終えたら茶でも飲みに来い」
と、クレフはそれだけを言った。


ジェオは、ホバーの中に横たわるイーグルのかたわらに腰を掛け、彼の顔を覗きこんだ。
「今度こそ医務室にこもってもらうぞ」
ジェオが言うと、イーグルが出ない声で何かを言いかけた。
「拒否権はない。これは[[rb:司令官 > コマンダー]]命令だ」

全権任せるっつったのはお前だろ。
ジェオが言うとイーグルは微笑み、そして小さく唇を動かした。
イーグルの口元に、ジェオは耳を寄せる。
囁き声は、謝罪と礼。そして、

「帰ったら、お菓子が食べたいです。ジェオと、ザズと一緒に」
「ああ、いくらでも食えるさそんなもんは」
ぞんざいな声は、涙に滲んでいる。

ジェオが顔をそむけたのは、イーグルにとっても幸いだった。
イーグルは微笑み、薄らと濡れた目尻を人知れず拭った。



『爪』
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