ナイトメアとシンパシー




『ナイトメアとシンパシー』




恐ろしい夢で飛び起きた。
半身を起こし、自分の体をぎゅうと抱く。
全身は汗だくなのに腕にくい込んだ指先から体の芯までは、凍えそうなほど冷えている。

喉がひりひりと乾いて痛む。
夢の続きの涙がぼろぼろと零れる。

胸に刃を刺す感覚。自分たちの叫び声。
穏やかな笑顔と、少女の声。

夢ならどれほどよかったか。

東京で何度も何度も、何度も何度も見た夢をこの国でも見るなんて。
目的も、誰がしたのかもわからない。
けれど、再び召喚されたからには自分たちなりにこの国を守りたい、自分自身のために戦いたいと決心をした。

はずだった――

忘れられない。忘れられるわけがない。私たちのしたことは。
「こっちが夢だったらよかったのに」
昔つぶやいた、そんな言葉が零れる。


その時、背中に手が触れた。
温かい、子供のような小さな手。
そっと撫でる手つきは優しく、けれど元々起きていたのかと思うほどに力強かった。
「ウミ、大丈夫か」
尋ねた声は寝起き特有の掠れ方をしていた。
「大丈夫よ。ごめんなさい、起こしちゃったわね」
「温かいものを入れようか」
と、クレフが言った。


クレフが部屋の厨でお湯を沸かしてくれている間、汗で濡れてしまった服を着替えることにした。
一応断りをいれてから寝室の隅にある衣装棚を引き開ける。
私用に少しだけ空けてもらっている段の中から新しいネグリジェと下着を取り出し、その場で着替えてベッドに戻った。



眠れない夜。
薬湯をもらいにいくことが増えて、それからは成り行きだった。

クレフが体に応えてくれたのは同情と優しさと、なんというか〝お世話〟みたいなものなんだと思う。
抱かれている時はとても気持ち良いし幸せな気持ちになれる。
全ての肌をさらしてしまうくせに体が冷えないようにお腹には毛布をかけてくれるし、枕に巻き込んだ髪の毛をはらう仕草はまるで幼い子供をあやすよう。
なのに、声を殺そうと自分の指を噛むことは許してくれない。
クレフは、とても優しく私を抱いてくれた。


「こんなことしてる場合じゃないって、軽蔑した?」
「軽蔑などするものか。それに……そうだとしても同罪のようなものだろう」
初めての夜、慰めるみたいに私の髪を梳いてクレフは言った。
髪を撫でる指先も、体に触れる息遣いも。
あの日、私の手を包んでくれた〝導師クレフ〟とはまるで違う人みたいだった。
クレフが、こんなに男の人の顔をするなんて知らなかった。


それからは、夜に私がクレフの寝室を訪ねて身体を重ねることが習慣のようになっていった。
二人で愚かなのと一人で愚かなのはどっちがマシなんだろう。
こんなことをしている時間があるなら、もっとセフィーロのためにできることがあるのではないか。
クレフの時間を奪ってしまっていることが、それすなわちセフィーロの〝損失〟になっているのではないか。
抱かれた後に感じるのは、いつも少しの罪悪感と寂しさだ。





おでこに触れた何かが、私の仄暗い思考をパッと弾いた。
それがクレフが手に持っている茶器だったことに気付き私は彼の顔を見返す。
クレフは横隣に座ると、私の頭の中を見透かすように私のことをじっと見つめた。

「つまらない考え事をするな」
温かい湯気のたつ茶器を私に手渡しながら、クレフが苦い顔で言った。

「クレフって、人の心が読めたりするの?」
「顔を見ればわかる。お前が何か良からぬことを考えていることくらい」
「良からぬことって」
「とにかく、夜中に考え事はするな。どうせ考えるのならば少しでも気が浮くこと」
「気が浮くこと?」
「明日の茶菓子は何にしようとかそういったことだ」
私は一瞬呆けてしまった。何回かの瞬きをした後、私はやっと言葉を発することができた。

「クレフって普段からそんなにかわいいことを考えてるの?」
「ものの例えだ」
「それでも色々考えちゃうときは?」
「話せることなら話してみろ」
「話せないわ」
言うと、今度はクレフが面食らった顔をした。
私は慌てて「じゃあ、他の悩みごとを聞いてもらおうかしら」と、言葉を足した。
「私でいいなら」
とクレフは言った。

「あなたにしか聞けないことよ。あ、でも…」
「なんだ、もったいぶらないで言ってみろ」
「だって、この国のこととかじゃないの。もっと小さくて、ずるくて、つまらないこと。クレフ、呆れちゃうかも」
「呆れるかどうかは聞いてから決める」

クレフは、まだ中身の残っている私の茶器を摘み上げ、ベッドサイドに置いた。
言わざるを得ない雰囲気をあっという間に作られ、私には逃げ場がなくなる。それとも、逃げ場のないところまで追い込んでほしかったのか。
自分でもよくわからない。

「ちょっと、考えただけ。クレフ……他の女の人が夜中に来ても、同じようにするのかなって」

言ってから、クレフがあまりに長い沈黙を作るので私は自分の発言を猛烈に後悔した。
顔がカアっと赤くなるのがわかる。
恋愛感情の照れくささとか、そんなものではない。

何を勘違いしていたんだろう。
一体、私はどんな答えをもらえると思っていたんだろう。
特別扱いされたような錯覚を――私の辞書の中では〝優越感〟という言葉が最も近い――、一気に恥じる。

私が特別な女の子なわけじゃない。
だって、クレフが優しいこういう人だからこそ私は今ここにいられるんじゃない。

「ごめんなさい! 忘れて! やっぱり呆れたでしょ? なんていうか、こういう小悪魔?的な女子が今流行ってるのよ。ちょっと真似してみただけ。びっくりした? びっくりしたわよね。私が一番びっくりしてるもの」
取り繕うように早口でまくし立てる。
クレフはゆっくりと瞬いた後で、「それでいいのか?」と聞いてきた。

それでいいのか? どういうこと?
視線で尋ね返す。

「その答えを私はかろうじて持っている。ただし、うまく伝えられる自信はない。なのでお前が答えを〝やはりいらない〟とするのならば私も好都合だ。だから、それでいいのか?と聞いた」

禅問答かと思った。
理路が成りたっているようで微妙に噛み合っていない。
けれどクレフの表情は真剣そのもので、私一人で慌てふためいているのが馬鹿みたいに思えてくる。

見た目は男の子の、このお坊さんみたいな人を前に私は正座に座り直して向き合った。
「い、一応お聞かせ願おうじゃないの」
クレフは何故だか私と同じ座り方に座り直してから「まず」と口を開いた。

「まず、こういう状況になったのが初めてのことなので」
言いながら、クレフは枕をトントンと指で叩いた。
「『同じようにするのか』という問いについては『したことがない』としか答えようがない。もしも『今後』という意味合いの問いであるなら……そうだな、他の女性…か…」

うまく伝えられる自信はないと言っただけあってクレフの言葉は少ししどろもどろで、言葉を整理しながら話しているみたいだった。

「たとえば、ヒカルやフウがこの部屋を訪れたとして、茶や薬湯ならきっと出すだろうな。だがその先は……いや、あまり想像ができない。したくない、というか。お前をその……受け入れたのは、つまり…すまない、やはり説明が難しい」

クレフの拙い言葉は続いた。
私が〝やっぱりいらない〟と答えていたら彼の口の外には出ないはずだった言葉を、私は一生懸命聞く。

「あの日、お前たちが再び召喚され、ウミが私のもとへ来た夜。私はお前の手に触れた。あの感情にも、すまない。説明がつかないのだ」
「え!」
思わず大きな声が出た。

私にとっては、あの夜のクレフの感情のほうがよほど想像ができた。
優しさ。導師としてのふるまい。

あの日私の手を包んだ小さな手は、私を抱く〝男の人〟ではない。
それははっきりわかる。
なのにクレフが、今この場であの夜のことまで言及しだしたので私は驚いた。

「私の中に、この気持ちを的確に言い表す言葉がない」

言われ、私はしばらく呆けてしまった。
返す言葉が見つからない。

「ウミだけだ」とか「お前しか抱かない」とか、そんな言葉よりもずっと。
誠実という言葉が今の私たちの状況にふさわしいとは思わない。それでも、クレフの〝問答〟からはそういったものを感じた。

クレフが沈黙を作り、私もそれに乗る形となる。
けれどいつまでも無言でいるのも不誠実・・・なので
「そうですか」と、裏返った声でどうにか返した。
「まるでフウのような言葉遣いだ」
クレフが小さく肩を揺らす。子供のような笑顔に、胸がキュンと痛くなる。

順番がすっかり逆になってしまった。
けれど、自覚してしまった気持ちを伝えずにいるなんて、私にはどうしてもできなかった。
「クレフ、――」

もう一度抱いてもらうために必要そうな言葉を言う。
クレフは「ああ」としか返さない。
けれど、触れあった唇はいつもより少し温度が高い気がした。






end


書いといてなんですが、クレ→海の感情は薬湯時点ではまだないほうが美味しい気がしています。
(まあなんでも美味しく頂くんですけどね🤤💜💙)

海ちゃんもアニメと真逆の性格にしちゃいました😌
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