【クレ海】全年齢
Joker Valentine's day in Cefiro
セフィーロから柱制度がなくなり、何度目かの暦がめぐったある冬の日。
城下の街は甘い香りと煌びやかな包装の品々、そしてそれらを楽しそうに、あるいは喧々と物色する多くの女性達で賑わっていた。
甘味、恋愛、そして儲けの匂いとあらば火が着くのは早い。日本でのそれがそうであったように。女性たち、そして食品業を営む者たちは、その異文化の風習に嬉々として食いついた。
さらにセフィーロには日本、いや地球にはない魔法がある。
そのため、たった三人の少女たちが持ち込んだ風習は、圧倒的な早さでこの国にも馴染むこととなった。
少女のうちの一人は「セフィーロでも甘いものがたくさん食べられて嬉しいな!」と、尻尾を振りながら喜んだ。もう一人は「カカオもないのに一体どうやってチョコレートを……」と疑問をあらわにした。
「商売が絡むとこうなるのは、どの世界も同じなのねえ」と残りの一人が苦笑いした。
街が活性化するのは喜ばしいことだ。たとえそれが功利主義であったとしても。
そんなふうに、この国を見守る導師は感じていた。
しかし、諸手を挙げて喜べないこともあった。
一つ二つならありがたいこの贈り物も、何十という数になると嫌気もさすというものだ。
「もらったチョコレートを女の子に持たせるなんてひどい人ね」
「まあそう言うな。あとで少しわけてやるから」
さほど悪気もなさそうに男は言葉を返した。
セフィーロ城、回廊を歩く二人の男女。
二人が持つ紙袋の中には、彼らはむしろ売る側の人間なのではと疑いたくなるばかりの大量の菓子の包みが入っている。もちろん彼らは商人などではない。
一人はこの国最高位の魔導師クレフ。
彼は先の、街の活性を喜ばしく思っている人物でもあり、同時に、何十もの贈り物に嫌気がさしてきている人物でもある。
クレフの隣を歩く海が、口調に少しの嫌味を乗せて言った。
「今年もまあずいぶんともらったのね」
「どこかの誰かがやっかいな異文化を持ち込んだせいでな」
「嬉しいくせに」
いつものように戯言は弾む。しかし、そんな戯言も今日ばかりは「いや」と言うクレフの言葉によって会話はピタリと止まった。
「まだお前からもらっていない」
海の手元から紙袋がドサリと落ちた。
なんとか膝で受け止め、床への落下だけは防ぐ。慌てふためく海をクレフは横目で覗いた。
『そう』なったのは、数年前の戯言の延長から。
海が言うに、せっかくの腕前があるのだからセフィーロでもバレンタインを楽しみたい。けれど、相手がいる人に渡すのもいかがなものか。アスコットに渡そうとすれば「ややこしくなるからやめておけ」とカルディナとラファーガからの制止を受けたと言う。いわく『クレフはちょうど良い』らしい。
それから毎年、海は大義名分をもってしてクレフに『義理』チョコを渡すことができていたし、クレフはクレフで、渡されるチョコレートを堂々と楽しみにしていた。
落としかけた紙袋を整えながら、海が言う。
「欲しいの?」
「ああ、欲しい」
返事は早かった。食い気味ですらあった。
自分の問いにただ肯定の返事が返ってきただけだというのに海はうろたえた。ぎゅうと握る紙袋の持ち手は、体温と手汗によって少しふやけている。
そんな海の様子を見て、クレフは追い討ちとばかりにこう言った。
「毎年、お前の作ったものが一番うまい」
彼女の照れる様子が見られればと思っての発言だったが、まあ、本心ではある。思惑どおり海が顔を赤くし慌てふためくので、クレフは満足そうに口の端をあげた。
海の表情や仕草はどれをとっても可愛らしいと思う。
なにより可愛いのは、海が自分の抱く恋心は密かなものであり、本人に知れているはずがないと思い込んでいるところだ。
こちらとしては伝えさえしてくれればいかようにも、と思っているのだが、彼女の勇気と覚悟を待っている間に早数年が経ってしまった。
彼の年齢からすればそんな年月は誤差の範囲であり、待つことにもさほど心労はなかったのだが、それでも日に日に美しくなっていく彼女の姿を見ると、近頃は少し穏やかではいられなくなってきているところでもあった。
「しょうがないわねえ」
言いながら、海は取っ手のふやけた紙袋の中へ何かを埋めるように押し込んだ。
「現役女子高生のチョコは高いわよ」と言いながらくじ引きさながら袋の中をゴソゴソと
気づいた時には遅かった。
海は、クレフへ渡すチョコレートをこの紙袋の中に混ぜ込んだのだ。
「こら、そんなことをしたらどれだか分からなくなるではないか」
「一番おいしいんなら食べたらわかるでしょ」
クレフから一本取ることができた喜びを、海は顔全体で表していた。
「……それはそうだが、分かっていて食べるのと後から分かるのとでは心持ちが違う」
楽しみにしていたのに、とクレフが寂しげに言うので海は何度目かのうろたえを見せた。
しかし、今回ばかりはクレフも海の様子を楽しむ余裕はない。
せめて包み紙だけでも見ておけば後から探せたものを。自分が半歩前を歩いていたのも災いした。こんな歩きしなではなく、後でゆっくりとねだればよかったと後悔する。
「部屋に着いたらどれがお前の品か教えてくれ」
「どうしよっかなー?」
海は紙袋を後ろ手に持ち、くるくると回りながら足を弾ませた。
意地悪く笑う顔も可愛らしいものだな。
そんなことをクレフは思う。
🛍
私室につき、テーブルにどさりと紙袋をおく。
近い内にはこれらの返礼をしなくてはならないので気が重い。
海は「チョコに合う飲み物を持ってきたからいれてあげる!」と言って、クレフの私室奥にあるキッチンへと向かって行った。
「最初からたかる気ではないか」
「いいじゃない。クレフ、コーヒー気に入ってたし。それにどうせひとりじゃ食べきれないでしょ?」
言いながら、東京から持参した荷物を次々にキッチンカウンターの上へ乗せていく。
あのコーヒーという飲み物は、海が持ち込んだ豆をこれまた海が持ち込んだ特殊な器具で挽いて粉にし、ゆっくりと時間をかけて湯を注ぐ手順だったはずだ。おそらく海はしばらくキッチンにこもるだろう。
さて、紛れた海のチョコレートを発掘するかと紙袋を見る。本人に聞かずとも一つずつ確認し対象を絞ればあらかたはわかるはずだと、自分の記憶力に賭ける。
その時、クレフは床に一枚の小さな封筒が落ちているのに気づいた。手のひらより小さい濃紺色の封筒だ。紙袋の中から落ちたのだろうか。拾い上げ封を開けると、カードのような一筆箋が入っていた。
裏返し、そこに書かれた文字を見た瞬間、クレフは反射的にキッチンのほうを振り返った。海は湯をわかしているところで、顔こそこちらを向いているが視線は無い。
突然振り返ったクレフに少々驚いた様子ではあったが、適当にごまかすと海もニコとほほ笑んだ。
さながら、浮気がバレた男はこのような気持ちになるではないかと要らぬ想像をする。とにかく一瞬肝が冷えた。
自分の背を壁にし、一筆箋をよく見る。
明らかに自分への想いを短い文で
師として敬い慕う気持ちと恋心をまぜこぜにする女性が表れるのは珍しいことではない。特に、この姿になってからはその頻度が増えてきたように思う。
直接思いを打ち明けられればその都度断ってはいる。泣く者、食い下がる者、怒る者様々だが、数ヶ月もすれば他所の男と馴れ合っていることがほとんどだ。この手紙も、そういった者が忍ばせたものに違いない。そして、今日チョコレートを渡してきた者たちの中に思い当たる人物がいないでもない。
ふとクレフの脳裏に、この恋文はもしや海の仕業なのではという期待も湧いた。が、それもクレフの思考によって否定された。
まず、海の書くセフィーロ文字はもう少し拙い。
―構造が日本語と違いすぎるのよ、笑わなくてもいいでしょ。
手習いを教えた日、頬を膨らませていた姿を思い出す。
字の拙さではなく、その姿勢が微笑ましく表情に出ただけなのだが。
なにより、彼女はを認めて告白するようなしとやかな柄ではない。それは「海の恋心を数年間見守り続けてきた張本人」という特異な関係だからこそわかることであった。
もしも海がそんな彼女らしからぬ慎ましやかなことをしたとあらば、その恥じらいを少しは請け負って、その体を抱きしめるくらいのことはしてしまうだろうな、とバカなことを考える。
かくにも、やはり字の技巧から見てもこれは彼女の仕業ではないという結論に帰結し、そうなると面倒だぞとクレフは舌を打った。
あけすけに好きだと告げてくる者よりも、こうして密やかに思いを告げてくる者のほうが
好いた人がいる、ときっぱり言っておくのも優しさだろう。嘘ではないし。しかし、差出人がわからないとあっては対処のしようがない。
海に知られたらややこしいことになるだろうな。ため息がもれる。機嫌の悪くなった海にあれやこれやと手を焼く自分の姿が容易に想像できた。彼女が嫉妬する姿はかわいらしく愛着ももちろんあるのだが、時に怒り、時には涙目になり、しばらく口をきかなくなることすらあった。ただでさえ少ないこちらへの滞在時間をそのような心持ちで過ごすのはお互いに建設的ではない。
しかし、だからと言って二人の間の名前のない関係性において『心配するな』とか『私にはお前だけだ』などと言うのもはばかられ、『早く想いを告げてくれれば良いのに』と自分本位な考えを巡らせる始末であった。
―だって、私はクレフの恋人でもなんでもないもの
そんなことを言い出した日には、よほどこちらから想いを告げてしまおうかとも思った。
今日とて、本当ならこの有難迷惑な贈り物を、海の目に入らない場所にさっさと隠してしまおうと思っていたのだ。しかし、急ぎ部屋へ戻っている途中で海に遭遇してしまった。
とっさに海に荷の半分を持たせたのは、クレフの老獪さゆえの策略だった。
そうすることで「もらったチョコレートのことなどなんとも思っていない」ということを表したかったが彼女はそれを感じ取ってくれたろうか。海の機嫌を見るに、このやり口は失敗というわけではなさそうだ。
しかし、せっかく楽しみにしていた海からのチョコレートも、この山に埋もれてしまった。
遠慮も名前もない手紙。それに、この山のようなチョコレート。いらだちすら湧いてきた。
海の様子をちらりと見る。何を手間取っているのか、まだ豆も挽いていないようだからきっともうしばらくかかるだろう。
気を取り直して、海のチョコレートを探すことにする。先程考えた方法の通り、一つずつ確認すればある程度は絞れるだろう。
紙袋から包みをひとつひとつ取り上げ、今日会った女性たちと照らし合わせる。
何だか嫌な作業だな、と思う。さながら、以前海たちから教わったカードゲームのように、チョコレートと人物が脳内で一致すれば、除外していく。
幸い、返礼を確かなものにするためか記名のあるものが多い。除外作業は次第にペースアップし、調査対象が次々と減っていく。
最後、全く覚えのない包みが一つ残った。
カードゲームであればその状態は本来『負け』だ。
しかし、クレフは顔を綻ばせた。
―スイーツの味は視覚から始まるのよ
海が菓子やケーキを提供する時、口癖のように言う言葉。
毎年、海のチョコレートは中身だけでなく装飾も大変凝ったものであった。
包装紙と色を合わせないことなど、きっと彼女の美意識に反するのだろう。
封筒と同じ濃紺色の包みを見、クレフは思わず片手で目元を抑えた。
―そう来たか
振り返ると、海は完全に手を止めてこちらの様子をハラハラとうかがっている。
コーヒーなど最初から淹れるつもりがなかったのかもしれない。
一筆箋を二本指ではさみ、海の方へ掲げる。
「随分と筆記が上達したな、ウミ」
言いながら歩みを寄せると、海は顔をトレーで隠した。
そんなふうにかわいらしく恥じらいを見せられては。
果たして、抱きしめるくらいで済むだろうか。
そんなバカなことを考える。
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