Believe in Magic



1.それはそれは小さな魔法の種



― ずいぶんと賑わっているな
生来騒がしさを忌むはずのその人は、満足気に口の端をそっと上げた。

珍しく手隙となった今日、教え子たちの様子でも見に行くかと足を伸ばした先は、魔法鍛錬場だった。
城からほどない距離に位置するその屋外施設は、各街から魔導士たちが集まり活気強く賑わっている。この国が崩壊の危機に瀕した際に一度は全壊したものの、いまや完全に復興、いや以前よりも活性していた。

訓練用の擬似魔物や精獣はもちろんのこと、未熟な魔導師が魔法を暴発させた際に緊急対応する制御役や回復役などが常駐しており、まさに魔導師たちの楽園とも言えるこの施設は、魔物がほぼいなくなったセフィーロにおいてなお、魔力を研鑽せんとする者たちが集まる場であった。

― あの頃が嘘のようだ

クレフはそう遠くはない、ある青年との鍛錬の日を思い返した。


―――


セフィーロから柱が消滅し、国の消滅の危機に瀕していた頃。
異世界の少女たちが二度目の招喚を受けた日の翌日、その青年は尋ねてきた。

ザガートにくみしていた際には、私よりも小柄な少年姿であった彼は、今や別人といえるほど急速に背丈を伸ばした。漏れ聞こえるところによると、ある少女のためであるというが、私には知るよしもないことだ。

「導師クレフ、折り入ってお願いがあります」

青年は、いつになく真剣な表情をしていた。何かと聞けば、新たに魔法を教えてほしいという。

「アスコット、お前には既にこの城で召喚士としての役割を十分に果たしてもらっている。それに、新しい魔法なら既にいくつか教えただろう。今この状況に、これ以上の魔法を覚えてどうするというのだ」
「教えていただいた魔法はすばらしいものです。僕一人と魔物友達くらいなら十分に守れるでしょう。でも…僕は、魔法騎士を、ウミを守れる魔法が欲しいんです」

その名を聞き、脳が無意識に反応した。
思い出される。昨夜のこと。
久しぶりに再会した彼女はその憔悴を隠しきれるわけもなく、それでも笑顔を見せてくれた。
私を責めもせず、糾弾もせず。
あろうことか謝罪の言葉を口にした。

初めて会った時のことが嘘のように思えた。ずいぶん大人になったものだと驚いた。あの戦いを経てこうならざるを得なかったのだと考えると、胸がまた痛んだ。

そして、気付けばそうしていた。触れた手は、少しだけ冷たかったように思う。


―――

「導師、お願いします!」
叫びにも近い大きな声に、意識が引き戻される。
アスコットが、再び頭を下げた。
「……良いだろう。しかし時間がない。それ相応の辛労と疲弊を伴うことになるが、覚悟はあるか」
膝をついた青年の長い前髪から強いまなざしが覗く。成長したのは体だけではないということは容易に知れた。彼女たちの幸せを願う者は、私だけではないのだと改めて思う。



アスコットに教えるべき魔法……

今までに教えた魔法を加味しても、あれこれと多くの種類の魔法を新たに覚えるよりも、まずは一つ集中して会得したほうがよいだろう。
最も遭遇確率、そして危険性が高いのは、やはり対魔物の戦闘。


思考を進める。

血に染まった少女たちの姿が、脳裏に浮かんだ。
彼女たちが厄災に遭遇する状況は、想像するだけでも精神がすり減り、杖を持つ手に無意識に力がこもる。
血すらにじみそうになるが、思考を放棄するわけにはいかない。


―考えろ。想像し、予測しろ。


殻円防除 クレスタのような防御一辺倒の魔法では、一時的な回避はできても根本の護衛は難しい。
となれば、危害そのものを直接除去することのできる魔法――


衝電破激 アスキスを教えよう」
アスコットが顔を上げた。
「今まで教えた魔法よりも威力は格段に勝るが、その分会得は難しい。しかし、先の通り悠長に教えている時間はない。少々厳しくいくぞ」

その日よりアスコットへの教示は始まった。
城を空けるわけにはいかないので、城外すぐのけた地を利用することにする。
岩は波打ち、足場は悪く、けして良い環境とはいえない。しかし、実戦において魔物や敵対する者が、わざわざ整った環境を用意してくれるわけもなく、ある意味、鍛錬には適した場といえた。

「そんなそよ風のような破激では、小石一つ防げないぞ」
「はい!」
「発動が遅すぎる。危機を感じた瞬間には既に魔法陣が出現している意識を持て」
「はい…っ…!」

― 守りたいのだろう?彼女を

声には出さずとも、私が言葉尻に込めたその意を、彼は直感で感じ取っているようだった。
決して易しいとは言えない鍛錬にもアスコットは泣き言一つ言わず驚異の集中力で食らいつき、そのかいあって、実戦に耐えうる技を習得するまでに、そう時間を要さなかった。

「この早さで衝電破激 アスキスを会得するとは、大したものだ」
「導師のお教えのおかげです」
「いや、ひとえにお前の意志の強さゆえだ。しかし、願わくば、その魔法を使うことなく済んでほしいものだが」
「そうですね。でも、戦いが避けられないとなった時には、僕も必ず……」



― 願いがあるものは強い

昔、出来の良い教え子に言った言葉を思い出す。






「アスコット」
「はい」

「私は城の護衛でここを離れられん」
「承知しています」


「大事の際は私がいなくとも、」



― どうか、ウミを



「頼んだぞ」








―――



「導師!ご無沙汰しております!」
「鍛錬場にいらっしゃるとは珍しいですね」

思い耽るクレフを現実に呼び戻したのは、かつて魔法を授け、教示した教え子たちの声だった。

見知った教え子たちに声をかけながらしばらく歩き回っていると、少し先に見慣れた緑色、金色、そして薄水色が見えた。
珍しい取り合わせだ。
風とフェリオが二人で逢瀬を交わしているのは誰もが知るところではあったが、そこに海までいるとは。

一刻ほど前にセフィーロ こちらへ来た気配はあった。いつもならば一目散と言っていいほどすぐに城へ来るというのに、今日は姿が見えないと思えば、こんなところへ来ていたのか。

「あ!クレフ、ちょうどいいところに!」
クレフを発見した海が、手を振り彼を呼んだ。

クレフが彼女たちのもとへ歩を進めると「ちょっと実験台になってくれない?」と青い瞳を輝かせ、海は言った。
「実験台?」

海は、うふふと不穏な笑みを浮かべ、おもむろにクレフの右手を取った。
風とフェリオが「まあ」とか「お?」とか声をあげたが、海はお構い無しにクレフの手の一点を見つめている。

「やっぱりあった!」

クレフもつられて視線をやると、
自身の右手、大きな指輪がはめられた指の第一関節、ちょうど羽の筆記具がよく当たる側面。
慢性化していて自分で治す気にもなっていなかった、痣のように、皮膚が赤く固く腫れた箇所。

「ペンだこ……?でしょうか?」
「これはまたずいぶんと痛そうな……」
風とフェリオまでもがクレフの手をまじまじと覗き込んでいる。
全員の脳裏に、彼の執務室にどっさりと積まれた書類の山が思い浮んだ。

「ずーっと気になってたのよ。どうせ自分で治す気にもなっていなかったんでしょうし」
図星をつかれたのか、クレフは返す言葉もなく瞬きを繰り返す。

海はクレフの手を取ったまま「働きすぎよ」とこぼした。
「だいたい、なんでセフィーロで一番の魔導師がこんなになるまで書き仕事をしなきゃいけないのよ」
「でも海さん、これはちょうどいいかもしれませんね」
「これならいけるんじゃないか?」

人の手をあげつらえて〝これは〟〝'これなら〟 とは無礼な。
一体なんなのだと問うべく吸った息は、海の「よし!」という声によって行き場をなくした。

海が地に膝をつく。目線の高さが合っても、目が合う間もない。海は瞳を閉じ、深呼吸を始めた。

彼女の周りの空気が変わるのを、クレフは感じた。
自身の内から沸く言葉を待っているようだった。危機に瀕した時に熱く浮かぶそれとは違う。まるで自分の中にあらかじめ用意されているその言葉を温めているような。

(魔法詠唱か)

クレフが気付いたその時――

呼吸に混じり、聴き逃してしまいそうなほどに小さな囁き。


― 還す咲霧 ―


瞬間、突如出現した水晶大の霧がクレフの手を包んだ。その霧がクレフの手へひんやりとした心地よい感触を与えるやいなや、さらに細かい粒子となって赤く腫れた個所へ集まり、そして凝縮し、組織と皮膚を再生した。



「……驚いたな」


心の内がそのまま声に出た。

目の前の少女もまた、自分の成したことに驚いている様子だった。しかし、数秒後遅れて徐々に実感が湧いてきたのか、「やったわ!」とクレフの手を掴んだまま諸手を挙げた。

「海さんおめでとうございます!」
「初めての相手が導師とは贅沢なもんだな」
と、風とフェリオも嬉しそうに声を上げた。どうやら、本当に魔法の実験台にされたらしい。被験者であり当事者でありながら、どことない疎外感に、クレフは苦笑いを浮かべ、「これは?」と海に訊ねた。

「戦うことはほとんどなくなったけど、けがはするでしょう? だから次は絶対に回復魔法を覚える!って決めていたのよ」
満面の笑みを浮かべた後で、海は照れくさそうに続けた。
「とはいっても、まだほんの小さな傷くらいしか治せなそうだけどね」

水を利用した回復魔法は理論としては古くより成り立っており使い手も少なくはない。しかし、それを風の助力を借りたとはいえ自力で会得したとなると、相当の努力と研究を要しただろう。

「私も魔導師の端くれ。お前がこの魔法を会得した過程がどれほど価値のあることかは十分わかっている」
がんばったな、と言ってクレフが頭をポンと撫でると、海は顔を赤くして俯いた。

「こ、こんな小さい魔法でそんなに褒めてもらったら子供みたいでなんだか恥ずかしいわ。でも嬉しい!風も本当にありがとう!」
「海さん、がんばってらっしゃいましたからね」
「俺も、何度もフウを取られたかいがあったってもんだぜ」
フェリオが皮肉気に笑うと「毎回デートのお邪魔してごめんなさいね」と海も笑った。

「もっと練習して、どんな大怪我でも治せるようになるわよ!」
「あらあら海さん、縁起でもないことを」
盛り上がる三人をよそに、クレフは先程から気になっていた疑問を口にした。

「しかし、自力で覚えたのは立派だが、私を頼ろうとは思わなかったのか?」
「ふふ。海さん、完成してからクレフさんにお見せしたかったんですって」
「ちょっと!風!」
顔を赤くした海が、風の口をガバと塞いだ。年相応にはしゃぐ二人の様子に、クレフの口角が自然と上がる。さきほど感じた疎外感が溶けていく気がした。

「そうか、それは良いものを見せてもらってしまったな」
クレフが呟くと、二人はじゃれるのをピタリと止め、ふふ、と微笑み合うと、互いに手をパン、と合わせた。
たしかあれは、〝ハイタッチ〟と言って、互いの健闘を称え合う時に行う動作だったはず、と、クレフは以前少女たちから教わった記憶を呼び起こした。


「それにしても」

治癒を受けた手を空にかざす。

― 早く 私にも魔法教えて!
― さー好き勝手絶頂に使うわよ!

あの頃を思い出すと少し可笑しい。
本当に、成長したものだと感慨深くなる。

「どうしたのよ、一人でニヤニヤしちゃって」
海が、クレフを見て言った。

「いや、人から魔法を施されたのは実に久しいが、不思議な感覚だ」

魔法の余韻か、霧の冷たさに反して 手には得も言われぬ温かみ、そして心には充足感があった。

「これは、なかなかに嬉しいものだな。また次も頼む」
ありがとう、とクレフが微笑みかけると、海の顔は更に赤くなった。
「そ、それよりも! そんなになるまで働かなくてすむような努力をしてほしいわ!せっかくこっちに来てもクレフとなかなか会えないって、あの…えーっと……ひ、光がすねてたんだから!」

魔法に集中したから暑くなった。そう言って自分の顔を仰ぐ海を見て、風がおかしそうに笑い、手をかざし、かぜを当ててやった。

「ヒカルが? そうか。では努めよう。ちょうど今日は手隙だったのだが……」
「光はランティスとおでかけしちゃったわよ」
「そうか。ではウミ、お前たちも付き合え。良い茶菓子がある」
「しょ、しょうがないわね。そこまで言うならご馳走になろうかしら。ね? 風?」

「せっかくですが私たちはここで失礼いたしますわ」
「失礼します、導師。じゃあなウミ!礼はそのうちでいいぜ!」
と二人は疾風さながら去っていった。
「え!ちょっと!風…!フェリオ…!!」

大いに動揺する海を横目に、クレフは振り返り歩を進めた。海に気付かれないよう、自身の手をそっと見やる。

少し熱を持っている気がする。
魔法の反動を疑うが、刹那、自身で否定した。

彼女の囁くような詠唱が、残響として脳に響く。

美しい魔法だった、
と思う。



(…………?)



クレフは、手の熱と、自身の感情の正体に気づくと
まずは戸惑い、そして、体が沸き立つような感覚を覚えた。




(これは……参ったな……)



指の熱を種に、クレフの中に何かが芽生え、彼もまた背丈を伸ばしたのはまだ少し先の話――。



―――



この部屋で、クレフと二人きりになったのは久しぶりだ。そわそわしながらお茶をいただいていると、少しこわい顔をして、クレフが言った。

クレフの部屋で、そわそわしながらお茶をいただいていると、クレフが少しこわい顔をして私に言った。

「先程の回復魔法だがな」
「な、なに……?」
恐る恐る聞き返す。

どこか変だったかしら?
それとも効果が弱すぎるとか?

クレフは口元に手を当て、何やら深刻に考え込んでいる。言うか言うまいか悩んでいる様子だ。

「な、なによ! 言いたいことがあるなら言ってよね! 私だって、あの魔法はまだ完璧だなんて全然思ってないし……!」

「いや、あの回復魔法は良い出来だった。しかし……なるべく、私以外の者には試すな」
「えっ?どうして?」
「なんでもだ。特に男には」
「なんで?理由を教えてよ」
「だめなものはだめだ。とにかく、緊急時以外は禁止だ、わかったな?」
「わかんないわよ!理由を言ってくれなきゃ」

「ウミ、あまりしつこいと」
クレフは、少しムッとしながら指を立て、私の目の前のお菓子を一粒、魔法で操った。それは私の手の届かない高さまであっという間に飛んでいく。没収されてしまったお菓子は、それは優雅に宙を舞っていた。

「わぁ、すごい!さすがクレフね…!……じゃなくて!もー。わかったわよ。言うこと聞きます、導師様!」

せめて嫌味っぽく伝える。
クレフがくるりと指を回すと、没収されかけたお菓子が私の口元、唇に当たりそうな距離までフワフワと飛んでやって来た。
少しお行儀が悪いかしらとも思ったけど。でも、これはつまりきっとこういうことなのだろう。手を使わずにそのままパクつくと、クレフが、可笑しそうに笑った。

この時はまだ知る由もなかった、修行の足りない導師様の嫉妬深さを知ることになるのはもう少し先の話。




『それはそれは小さな魔法』
end





―――




🌟続き(第2話)→

grass on your hair, but [and] i love you



海ちゃんの魔法きっかけでクレフが恋に落ちるパターンがあってもいいんじゃないかと。
うちのクレフはチョロいので笑。

(ちなみに還す咲霧 かえすさぎりと読みます。)

シリーズ化!感謝(ㅅ´ ˘ `)
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