(長編)インカレ!


epilogue

講堂入口の長机に積まれたシラバスを一冊手に取る。階段を上がり、窓際から光、海、風の順に座った。我が校で最も収容人数の多い大講堂はガヤガヤと賑わっている。迫る、いや既にもう迫っている就職活動の話をしている学生も多い。


大学 楽園にいられるのもあと一年だ。現実から目をそらしたくもなる。とはいえ三人とも薄目程度には行く先を見定めていた。
「だけど、四年生になっても一つくらいは同じ授業を取りたいな」光が言うと、私も風も頷いた。

机に広げたシラバスを眺めていると、カバンの中でスマートフォンが震えた。送られてきたのは一枚の写真だった。T大キャンパスに咲き誇る遅咲きの桜に、思わず口の端が上がる。

『綺麗ね🌸』手短に返信すると、頬杖をついた光がニヤニヤした顔でこちらを見ていた。
「なによ光」
「海ちゃんの真似」
と言って指を使って大げさにたれ目を作るので、桃色の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「私そんなにニヤニヤしてないでしょ!」
私が言うと「ラブラブでうらやましいですわ」と風も便乗してきた。
「ちょっと! 風まで!」
教壇に立った事務員がマイクテストを始めたので私は言葉を飲み込む。

クレフとお付き合いを始めて早四ヶ月。
クレフは予定通り院に進んだ。「進むべき道はそのうち考える」と前に言っていたものの、彼の中ではそれはもうとっくに決まっている様子だった。

それから、クレフは私を「君」ではなく「お前」と呼ぶようになった。良い意味でも悪い意味でも、私にあまり気を使わなくなってきたような気がする。その強引さに振り回される今日この頃だ。

この前なんて、お泊まりデートがしたいなどとシレッと言い出したので非常に慌てた。その件についてはまだ勇気が出ず、先延ばしにしてもらっている。

クレフがあまりに拗ねるので、私が「他のことなら」と折衷案を打診すると、「一緒に写真が撮りたい」と彼は言った。私も大概だけれど、クレフもなにかと写真を撮る人だ。
研究室のフューラに、公園の野鳥に、私に。そういえばお付き合いする前もよく撮っていたなあ、と思う。

それまでツーショットを撮らなかったのは、私のせいだ。「元モデルとツーショットなんてハードルが高すぎる」とか「並んだら顔の大きさの違いがバレる」とか持論を展開する私に、クレフもそのうちに諦めた様子だった。けれど、その実、クレフは全然諦めてなんかいなかった。

自分で折衷案を打診した手前、今度こそ無下に断ることもできず、私は首を縦に振った。クレフは、嬉しそうに微笑むとポケットからスマートフォンを取り出し、太陽の位置だったり、池沿いに生える常緑樹の位置だったりを確認しだした。長い腕がすらりと伸びて、画面の中に二人の顔が映りこむ。

クレフの撮影ディレクションは完璧だった。さすがは元プロ。人はどうすればどういう表情になるのかを、彼は知り尽くしていた。おかげで、最初はこわばっていた私の表情も次第に柔らかくなっていった。

シャッターボタンを何度か押した後、クレフは「かわいいかわいい」と何度も言いながら満足げに頷き、その写真を私に送ってくれた。たしかに、自分でもびっくりするくらいの写りだった。これなら「お似合い」と言えるのではないかと浮かれてしまうほどだ。



マイクのハウリング音が講堂に響き、私の意識は教壇のほうへと引き戻される。学生たちのざわめきがやんで、事務員が「説明会を始めます」と言った。

スマートフォンをカバンにしまおうとして、少し考えて、それから、私はもう一通を送信した。


『桜、見に行ってもいい?』


膝の上で、スマートフォンが震えた。







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『インカレ!』

end






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