(長編)インカレ!

chap5. 小休止 midori-gaoka 四川飯店



「ずっと気になってたの! 付き合ってくれてよかったわ」
けして綺麗ともオシャレとも言えない中華料理屋。
T大の最寄り駅から徒歩三十秒。初めて駅に降りたときから気になっていた。甘いものにも辛いものにも目がない私としては、ここの坦々麺にものすごく興味をひかれていた。

「光も誘ったんだけど、やっぱりここのものは大抵食べられないっていうし、やっぱり持つべきものはよね」
「私もお誘いいただいてうれしいです。でも、こんなに大学が近いのならクレフさんと来ればよろしかったですのに」
「……まだラーメン食べに来るような間柄ではないのよ」
「まだ」
風が、可笑しそうに言った。

「知らない間に、ずいぶん進展なさってたんですね」
「違うのよ、そんなんじゃ…」
私が言うと、風がうかがうような視線を向けてきた。
風には、勝てない。まあ、勝負する気もないのだけれど。
その視線に後押しされ、私は言った。

「正直ね……両思いではあると思うのよ」
「ごちそうさまです」
まだサーブもされていないテーブルで、風が言った。
「来週、臨海公園の水族館に行くの。その時、その……こ、告白しようと思ってて」
「まあ!」
風が口元に手を当て、瞳を輝かせた。

「たった二ヶ月だけど、すごく良くしてくれたから…。せめて告白は、私からって思って…」
「素敵です。とっても海さんらしいですわ」
「なんだか風に言ったら急に緊張してきちゃった」
「告白は確認作業と言いますから」
風がニコリと笑った。

でも、ちょっと気がかりなこともあるのよ。そう言いかけた時、私たちのテーブルへどんぶりが二つサーブされてきた。想像以上の赤さに風も私も少したじろぐ。これはたしかに、光は来なくて正解だったかもしれない。けれど湯気に乗ってくる香草と白ごまのかぐわしさが「いいから食べてごらんなさい」と食欲を誘った。「いただきます」と、二人声を揃え、手を合わせた。




room 2


ベッドの上にうつ伏せに寝転げながら、画面の中の男性の声を聞く。もう決めるようなことなどないのに、明日の確認という名目で今夜は私から発信をした。ここに彼はいないのに、顔と声だけを受信するこの状況がかえって寂しくて、私は明日が待ち遠しくて仕方がなかった。

寝返りをうち、うつ伏せから横向きになる。ベッドの中でクレフの顔を見るとなんだか照れる。画面の中の景色がぐるりと変わった。長い前髪が端正な顔の前にはらりと垂れ、クレフはそれを手ではらった。クレフもベッドへ入ったらしい。横向き同士になって顔を見合わせると、まるで一緒に寝てるかのような気分になってくる。どうにも落ち着かない。けれど、起き上がる気にもならなかった。もうそろそろ、良い子は寝る時間だ。

胸がきゅんと痛くなる。
ねえクレフ。私、本当にあなたに想いを伝えてもいいの?
「探していた人」の話はあれから一度も聞かなかった。聞けなかった。

二ヶ月接してきてわかった。クレフは、人前に出たがるような人では決してない。そんな彼が、モデルなんて仕事に飛び込めるほどに想っている人。そんな人に自分が敵うとはとても思えない。

かと言って、この二ヶ月が私たちにとって無意味なものだったとも思えない。
それに、もう戻れない。
だって、私はもう、こんなにもあなたを好きになってしまったんだもの。

「海?」
クレフの声に、意識が引き戻される。
「あ、ごめんなさい。もう一度言ってくれる?」
無理に笑ったので笑顔が少しひきつった気がする。クレフは小さくあくびをしていて気づかなかったようだ。あくびを終えると、クレフは言った。

「先週四川飯店にいたか? と聞いたんだ」
「え! どうして!?」
思わずガバと起き上がる。クレフは少しけだるそうに薄目を閉じ、片手で宙をはらうような動作をした。横になれ、ということだろうか。再びベッドへ横向きに体を倒すと、クレフは言葉を続けた。

「友人が君を見たと言っていた」
「嘘! なにか言ってた?」
まさか告白の話は聞かれてないわよね? 声量には十分気をつけていた。大丈夫なはずだ。
「いや」
クレフは、少し不機嫌そうだ。

なぜ私を誘わなかった、と言われそうな気がして、私は風にも伝えた言い分をどうクレフに伝えようか考えあぐねる。しかし、クレフの不満の原因は別のところにあった。

「私もまだ見ていないというのに」
「見る? 何を?」
「食事中、髪を……その…結っていたんだろう?」
クレフは少しよどみながら言った。たしかに、ポニーテールに髪を結んでいた。麺類を食べる時は大抵そうする。一体それがどうしたというのか。
それは、十秒前に彼が言った言葉がヒントというか、答えだった。

「もしかして…見たかったの?」
私が言うと、クレフはあからさまに拗ねた表情を見せた。
「あの、なんだったら…今…」
「いや、いいから寝ていろ。それに、見るなら直接がいい」
「でも、明日は寒いから結ばないわよ?」
「ああ、先の楽しみにしておく。明日も冷えるから、暖かい格好で来たほうがいい」
「わかったわ」

クレフの不機嫌の原因が判明して安心した。それに、さっき考えていたモヤモヤも吹き飛んだ。
大丈夫よ。きっと大丈夫。

「ねえ、クレフ」
目を細めたクレフの表情に、また胸がきゅんと痛くなる。
「また明日」
「ああ、また明日」
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