Believe in Magic

design
イラスト…yumiru様




「だからね、仕上げのキャラメルソースは、あえて不均一にかけるのがコツなのよ」
そうすると食べる箇所ごとに渋味の差を楽しめるでしょ? と海は言った。
ジェオは深く頷き、電子タブレットに忙しなくメモを取る。
彼の手元のタブレットは、海にも持たせたそれと全く同じ型であるにもかかわらず、随分と小さく見えた。

円卓の上、目の前の皿にちょこんと鎮座した繊細な造形のケーキもまた、その大きな体躯には見合わない。しかし、見合う見合わないはジェオにとってはなんら問題ではなかった。目の前の甘味に、ただ情愛をもって視線を注ぎ、ジェオは言った。

「俺はほとんどの工程を電子制御でやってるからな。再現性は高く保てるんだが、この不均一っていう発想はなかったぜ」
「手作業には、そういう利点もあるんですね」

そのジェオの隣、海の真向かいで穏やかに微笑む。
ケーキを一口、口に運んだのはオートザムの元最高司令官だ。
膝元には、車いすでも飲食をしやすいようにとプレセアが特別にあつらえたトレーがある。ザズが、その上におかわり分のティーカップをそっと置くと、イーグルは静かに礼を言った。


今日も今日とて、すっかり恒例となった茶会は、セフィーロ城の中庭いっぱいに広がった円卓にそれぞれが腰掛け、大いに賑わっていた。幸い晴天に恵まれ、几帳面なほどに刈り整えられた芝草が、瑞々しく輝いている。

茶会は、開催国がメインオーガナイザーとなるのだが、最近ではほとんど無礼講状態となっているため、それぞれがそれぞれの方法で楽しみ、用向きがあった時だけ開催国の人間が主に手を動かす、というのが慣例となっていた。開始時刻も閉会時刻も、参加資格も招待状も無い。各国の老若男女が、なんとなしに集まり、ガヤガヤと話を弾ませていた。

そして、海とジェオがケーキ作りという共通の趣味、というよりももはや特技を持つことが判明してからは、茶会のたびに互いの新作やアイディアを披露しあい、研究という名の味見会が開催されるのも、ここ最近の恒例となっていた。

「相っ変わらずモテモテでんなあ」
海たちの卓を遠目に見、カルディナが言った。手の上に軽々と乗せたシルバー色のトレーから一杯の紅茶を差し出す。差し出された紅茶を一口含み、クレフは「なんのことだ?」と言って眉根を寄せた。

今の今まであちらこちらから次々と声をかけられ、目まぐるしく卓を回っていたところだ。そろそろ頃合いかという時に、気の置けない身内、つまりカルディナに声をかけられたのは幸いと言えば幸いだった。この賑わいだ。立ち飲みサボリの一つも許されるだろう。

幹を背にして木陰にもたれる。一つ息を付けば力の入っていた眉間が緩み、目尻はわずかに下がった。あちこちで教示を求められそれに答えていたので、いささか喉が渇いていた。あっという間に一杯目を飲み干すと、カルディナが二杯目を注ぐためポットを傾けた。

「このままやとそのうち『クレフお父さん ウミはオートザムへお嫁に参ります…!』なんてことも…」

クレフは、傾いたポットをやんわりと手で制すると、緩んだばかりの表情を再び険しくし、苦々し気に言った。

「誰がお父さんだ。カルディナ、油を売っている場合か。ほれ、あちらの席の来賓が退屈そうだぞ」
「おお怖ぁー」
カルディナは小さく舌を出すと、茶器の積まれたトレーを軽々と持ち上げ、軽快な足取りでクレフの元を去って行った。



「たしかに、再現性が高いっていうのは魅力的だわ。ケーキを作る日の室温や、季節の素材の水分料によっては、味や口当たりが安定しなくて困ることもあるから……」
「嬢ちゃんは水分含有量も糖度も粘度も計測しないで作ってるんだろ? それでこれだけの仕上がりになるなんて、大したもんだぜ」

メモを取り終えたのか、ジェオはタブレットを胸ポケットにしまい、手元のクロスで指先を丁寧に拭いた。そして、ケーキの乗った皿を持ち上げ、ソースの艶へ賛辞を与えるかのように、まじまじと見つめた。

「そうね、チョコレートの温度くらいなら計るけど。普通の家庭では糖度計まではあんまり使わないわ。しかもオートザムほど精度の高い器具は地球には存在しないわよ」

四人がそれぞれにケーキの続きを口にする。頬が緩む。
ジェオは膝を叩き、ほとんど叫ぶように言った。

「いやー! 何口食べてもうまい! 特にこのキャラメルムースってやつのなめらかさ! この〝梨〟って果物の独特な舌触りとの相性が抜群だぜ。これもオートザムで育てられればなあ。この前聞いた〝りんご〟はな、種苗は出来たんだ。あとは日照時間をクリア出来ればってところだ。そうだ、後でこのムースの作り方を教えてくれるか?」
「ええ、もちろんよ。キャラメルはりんごの酸味にも合うから。それにしても、やっぱり〝わかる人〟に褒めてもらえると作り甲斐があるわね!」

不自然に強調された、わずかに嫌味を含んだ言葉に三人はきょとんと目を瞬かせた。まさかジェオほど熱烈な感想を言わない自分たちに向けられたわけではあるまい。どういうことかとザズが尋ねれば、待ってましたとばかりに、海は立て板に水を流した。

「クレフなんて、何を食べてもボソっと『うまい』としか言わないのよ。まあ、おいしいって言ってくれるのは嬉しいんだけど……。でもケーキの名前だって全然覚えてくれないし! この前なんて味の感想を聞いたら『疲れた頭に染みわたる』とかジジくさいこと言って、どうせ頭脳労働の糖分補給くらいにしか思ってないんだわ。だったら角砂糖でも食べていればいいのよ」

一息にまくしたてる剣幕と、眉間に皺を寄せ、見えない杖まで持ちクレフの口調を模倣した海の寸劇がおかしかったのか、イーグルがくすくすと笑った。

「だったらジェオは味見役には最適ですね。ジェオもそろそろお嫁さんが欲しいと言っていましたし、趣味も合ってお二人お似合いなんじゃないですか?」
当然冗談のつもりであろうその言葉は、いつもの穏やかさを持ちながらも彼の口調にしては、少々声量が大きいようにも感じた。
「たしかにな、こんなに美人な嬢ちゃんが嫁に来てくれたら俺は嬉しいぜ」

ジェオはジェオで、真に受けた様子は微塵もなく、がはは、と大きく声を上げた。むしろ名も挙がっていないザズのほうが、「嫁さんかぁ」と夢想し、よほど顔を赤くしている。

クレフたちとはまた違う形の大人の余裕だと、海は感じた。
からかわれているのはわかっているけれど、どこか心地よい。
たとえば、父に連れられて参加した社交界で、大人たちに褒められた時のような照れくさい高揚があった。

「導師クレフ」

突然、ジェオが引き締まった声を発した。海が振り返ると、その人は海の座席のすぐ真後ろまで来ていた。芝草を撫でる真白のローブ、大きな杖。サークレットの宝玉は、昼光をキラキラと反射させている。どう見ても十歳前後の少年のような体躯でありながら、彼の放つ威厳と風格は、オートザムの三人全員を足しても敵わないほどだ。

「久しいなジェオ、ザズ」
「ご無沙汰しています」
ザズが脱帽をし、そして二人ともが背筋を伸ばして礼をした。

クレフに着席を促されその通りにした後、ジェオが慇懃に言った。
「いかがしましたか? 今日も随分と囲まれておられたので、ご挨拶も難しいかと思っていたのですが」
「ああ、こちらの席が随分と盛り上がっていたのでな」
「おや、騒がしかったですか、すみません」
真に謝るでもなく、イーグルがのほほんと言った。

「いや、茶会が賑やかなのはいいことだ。それよりも、はしゃぎすぎてうちのウミが何か粗相を働いていないかと見張りに来たのだ」
と言って、クレフが悪戯っぽい笑みを見せた。

「なによそれ! いっつもいっつも人を子供みたいに!」
海がガタと立ち上がったので、卓上の茶が少し揺れた。

「そう言って、前も茶器を一つ駄目にしたろう。お前の小遣いでは何年かかっても賄えない代物を私費で工面したのは誰だと思っている」
海の顔が赤くなり、青くなった。
そこへ、数人の助け船たちがトタトタと駆けて来た。
「どーしさま!」
「これ見て!」
「ぼくもつくったんだよ!」
六歳前後の助け船たちは、両手いっぱいに色とりどりの紙製の花を抱えていた。ふと見れば、あちらのテーブルで光と風による折り紙講座が開かれている。子供だけでなく大人も数名群がっており、ちょっとした人だかりになっていた。日本の折り紙は、外国人にもウケがいいくらいだ。異世界の民相手とあっても例外ではないのだろう。

クレフは、子供たちの手から折り紙の花をそれぞれ受け取ると「上手に作ったな」「ありがとう」と言って、一人一人の頭を撫でた。
すると、それを見た子供たちが次々に駆け寄り、群がり、「ぼくも」「わたしも」と、次々にクレフの手に花を渡していった。
「これこれ、順番だ」
色とりどりの折り紙の花が、あっという間にクレフの腕の中に積み上がる。もはや杖を肩に預けなければ持ちきれないほどとなっていた。
円卓は、ティーカップやケーキ類でごちゃついている。紙製の花をそこへ置くのは気が引けるのだろう。少しいびつな花たちを何よりも大切そうに抱えるクレフの笑顔を、海は、直視することができなかった。

子供たちが嵐のように去って行くのを見届けると、イーグルが、円卓に置かれたキャラメル色のケーキを指さした。
「そうだ、導師もウミの新作、召し上がりませんか?」
茶会では給仕されてないものだ。既に四人で試食を済ませているので、もともとホール形のケーキは半円形になっている。イーグルは、先ほどの海の寸劇を、クレフに実演して見せてほしいに違いなかった。

「ちょっと! それ、まだ試作で……!」
慌てる海を、ザズが「超うまいんだから食べてもらおうぜ」と言ってなだめた。ジェオが海にめくばせをし、カットの了承を得ると「今回もかなりいけますよ」と言いながらケーキを切り分けた。

彼の手の大きさにしてみれば、ケーキナイフがおもちゃのように小さく見える。しかし、その手つきは体躯に見合わずやはり繊細で、甘味に対する愛と、作り手に対する敬意を思わせた。

皿に乗ったカットケーキは、ソースもフルーツもちょうど一人分がバランス良く取り分けられている。
ジェオから、海が渋々と皿を受け取る。
「試作だからね」と控えめに言葉を添える。そして、皿をクレフに差し出そうとしたところで、海の手がピタリと止まった。

なにせ、彼は子供たちからの素敵な贈り物によって両手が塞がっているのだ。

「えっと……」
テーブルを片付けるとか、花を一旦預かるとか、方法はいくらでもあった。しかし、海が思考する力を逸したのは、目の前の人物が「あ」の形に小さく口を開いたからだ。

「えっ? あ、あの……」
これが社交界ならばこれほど不作法なことはない。しかし、ここはクレフが先に言った通り、茶会なのだ。騒ぐことも、折り紙講座も、そして、いわゆる「あーん」だって許されるのだろう。
円卓の弧からは、三人の視線が刺さるようだった。
こういうのは意識すればするほどダメだ。
勢いで行ってしまえ。

海は覚悟を決め、一口分をフォークに取り、クレフの口へと運んだ。見ないよう努めてもどうしたって凝視してしまう。手さえ震えてしまいそうになる。形の良い唇から赤い舌が覗き、そしてケーキはクレフの口の中へと消えていった。

クレフがケーキを味わい、嚥下するのを見守る時間は、永遠とも思えた。手に握ったフォークが熱を持っているようだ。この先端にクレフの唇が触れたのだと意識すると、もうどうして良いのかわからなかった。

「お、お味はどう……? 導師様」
わざと子供達の呼称を拝借して茶化せば心のざわめきも少しは落ち着くだろうと、海は踏んだ。するとクレフは、先ほどの海の寸劇よろしく、ボソリと「うまい」と言った。

「ほ、ほんとは生地が馴染んだ頃、明日とかが一番おいしいのよ」
誰に責められたでもなしに、海があわあわと、言い訳のように言う。

「ほう。これより更にうまくなるのか」
するとクレフは、折り紙の花を宙へ飛ばすように、両手をふわりと放った。花たちは地に落下することなく、クレフの周りをふわふわと浮遊している。空いた左手で杖を掴み、右手で印を結ぶと、ケーキは皿ごと小さな球体に包まれ、そして杖の中の宝玉へと吸い込まれていった。

「では、残りは明日頂くとしよう」
言いながら、クレフは再び杖を自身の肩に預け、宙に浮いた花をなんなく摘み取っていく。

(そんなことできるなら最初から……!)

顔を赤らめる海に構うことなく、クレフが尋ねた。

「今の〝ケーキ〟の名前は?」
「え、えっと、キャラメルムースタルトよ。クレフが今食べた果物は、洋梨をシロップで煮詰めたもので…」
「相変わらず、呪文のような名前だな」
クレフは、くしゃと子供のような笑みを見せると「ごちそうさま」と言って、ローブを柔らかくひるがえし、次に自分を呼ぶテーブルへと向かっていった。


「ウミ……飲んどくか?」
ザズが、小さな茶色の瓶を差し出す。
「……一口頂くわ」
海が黄金色に波立つティーカップを差し出すと、ザズは「そうこなきゃ」と言って酒瓶をパキと開栓し、数滴を注いだ。
海は、ほんの香り付け程度のティーロワイヤルを一気に飲み干すと、恨みがましく「クレフのバカ」と呟いた。

その赤く染まった顔を見、三人は顔を見合わせてニヤ、と笑った。
イーグルが最後の一口を口へ運ぶ。
「ウミの物真似、あんまり似てませんでしたね」




夕刻、海がクレフの部屋を訪れたのは、イーグルが『渡し忘れた』と言う薬の礼を、替わりに渡すためだった。普段ぼんやりとしている彼ではあるが、それでも礼節に関する事柄を失念するとは珍しい、と海は思った。

「はー、楽しかったわ! ケーキ作りの話となるとつい盛り上がっちゃって」
小さな台の上で、水色の折り紙を四角、三角、三角に折りながら海が言った。腰掛けから降りた長い足は、機嫌よくパタパタと揺れている。

「ウミ姫殿は随分とモテモテ人気者のようだったな」
カルディナの言葉を借り、クレフが冗談めいて言うと、海もクスクスと笑った。
せっかく折った紙を海がほどくので、手順でも間違えたのかとクレフが不思議そうに海の手元を眺める。しかし、それは、一度折り目を付けることで次の手順を円滑に進めるためだと気づき、クレフは感心したように、なるほど、と呟いた。

海は、形成の完了したそれを親指とひとさし指の爪でなぞり、折り目をならした。
「クレフには負けるわよ」
と言って海が指さした先には、先ほどの折り紙の花がふわふわと浮遊している。まるで、見えない観葉植物に咲き誇る花々のようだった。
花には先ほどまでには無かった、何か文字のようなものが刻印されている。クレフの計らいか。キラキラと光るその文字は、きっと子供たち一人一人の名前に違いなかった。

「私は、求婚まではされていないからな」
「聞いてたの? やーね、求婚って。あんなの冗談に決まってるじゃない。ジェオだって私みたいなのは絶対タイプじゃないわよ。見てたらわかるでしょ?」

完成したばかりの紙飛行機を、花のほうへ放る。
二人の視線が自然と飛行機を追った。

飛行機はふわりと数メートルほど滑空し、地に触れる寸前で重力を無視してクンと上昇した。クレフの指が緩慢に宙をなぞる。くるくると動く彼の指の動きに合わせて、紙飛行機も花の周りをふわふわと旋回した。

「…お前は?」
「え?」
「お前のほうはどうなんだ」
言いながら、クレフは指の動きを止め、そのまま放るような仕草で海を指さした。

紙飛行機の操縦権を投げられたのだと気づき、海は慌てて指を立てる。たどたどしくクレフの指の動きを真似ると、紙飛行機は花の束の周りをぐるぐるとせわしなく旋回した。もしも乗客が乗っていたとしたら、目が回ったでは済まない。

(なんだか、今日はやけに絡むじゃない)

臨戦態勢に入りかけた海は、気丈に口を開いた。
「私だって、失礼は重々承知だけどジェオみたいな体の大きい人はあんまり好みじゃないのよ。もちろんお話すれば楽しいし、人としては大好きよ。でも見た目のタイプなら逆ね。どっちかっていうと、私はもっと線が細い人のほうが……」
「線が、細い……?」
独特の表現が理解しがたかったのか、クレフは海の言葉を反復した。

「線が細いっていうのは…こう…そうね、難しいわ。…えっと、たとえば、たとえば…」
「たとえば?」

知識欲をもってするクレフの純粋で真剣な眼差しに、海の顔がみるみる赤く染まっていく。まさか、目の前の人物がまさにそうである、とは口が裂けても言えなかった。
「な、なんでもないわよ!」
海の指の動きが止まり、紙飛行機がポトリと着地した。

明らかに動揺した海の様子を、クレフが怪訝な顔で睨めば、今度の助け舟は「ポン」という電子音を立てて現れた。海はポケットを探り、それを取り出す。話の反らし先が見つかったと、安堵のため息をもらした。

「オートザムのみんな、国に着いたって」
唐突に海が言うので、クレフは不思議そうに眉根を寄せた。おもむろに取り出した海の手元の機器が気になる。
「あ、これ? イーグルが貸してくれたのよ。セフィーロにいる時しか使えないけど、ジェオにレシピを送ったり、こうやってみんなに写真……えっと、極めて鮮明な絵みたいなものも送れるの」

ジェオ達から送られてきたお礼の文面とケーキの画像を見せつけるように、海はそのタブレットをクレフの眼前に差し出した。

「魔法が使えない人達の叡智の結晶ね」

タブレットがポンポンと次々に音を立てる。
ジェオからのお礼のメッセージや次の新作のアイディアだったり、ザズからは「ヒカルはどっちが好きだと思う?」と、かわいらしい服やアクセサリーの写真が続々と届いていた。

次から次に通知音が鳴るので、最初こそオートザムの技術に感心していたクレフも、次第に、眉間にシワを寄せた。
「ウミ、落ち着かん。よそでやってくれ」
「ごめんなさい、今切るわ!」
タブレットを操作しようと画面を覗いた瞬間、

「……!?」

息が詰まり、思わず小さく声が漏れた。急速に顔が赤くなるのが自分でもわかった。

「どうした?」
「ななななんでもない!」
「それほど動揺しておいて、なんでもないということはないだろう」
「なんでもないってば! あ! ジェオ! ジェオから、私のケーキ好きだからまた食べたいって連絡が来ただけ!」
苦し紛れに言うと、海はタブレットを電源ごと落とし、ポケットへしまった。

(これはもう、無理!)

海が腰掛けからガタリと立ち上がった瞬間、
その腕を、クレフがパシと掴んだ。

なに?と聞く隙もなかった。
「好きだ」
「……は?」

海が聞き返したのは、ほとんど反射だった。
するとクレフは、フイと、顔ごと視線を外して言った。

「いや……その…私も、好きだ。…ウミが作る〝ケーキ〟が。今日の〝キャラメルムースタルト〟も、前回の〝タルトフレーズ〟も、その前の〝グラサージュショコラ〟も〝ケークオランジェ〟も……全て、全部好きだ」
「い……いきなり、なんなのよ!」

クレフが列挙したケーキの名前は、たしかに、彼の言う通り呪文のようだった。
「常々、好きだと言っているつもりだったがあまり伝わっていなかったようなので」
「な、なによ…! ややこしくて名前なんか覚えてられないって言ってたくせに!」
「覚えておかなければ催促リクエストできんからな」
「…そんなの……ずるいわ」
海の言葉をどう受け取ったのか「ああ、すまない」と言って、クレフは掴んだ手をそっと放した。

「も、行くわ」
「ああ」
「ケーキ、食べてね」
「わかった」
「正式名称は、『キャラメルムースタルト・コンポートドポワールを添えて』だから」
「手厳しいな」
ふふ、と空気が溶ける。「また来るわ」と言って、海はクレフの執務室をあとにした。


城の回廊に出ると、海は、ずるずると崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

(無理…しんどい…)

ポケットから取り出したタブレットを起動し、先ほど電源を切る直前に届いたメッセージを開く。

『角砂糖では、この笑顔は引き出せないと思いますよ。ごちそうさまです』

直視することができず、薄目でその画像を覗く。

「いつの間に、こんなの……」
タルトフレーズが写っているということは先週か。アングルから見るに、十中八九隠し撮りだろう。イーグルから送られた画像には、至福の笑みで海お手製のケーキを口にするクレフの姿が写っていた。

(無理…かわいすぎでしょ……)

画面に額を押し当てる。
今までに見たこともないそのとろけそうな柔和な笑顔を、どうにかして東京に持ち帰れないものか。オートザムの技術をもってしても、それは難しい。


end
3/7ページ