【クレ海+フェリオ】の棚




『風ちゃんの事情聴取』




彼の気が短いのは昨日今日で始まったことではない。
けれど、本日の導師クレフはいつもに増して機嫌が悪かった。

お茶の味もいつもより良くない。茶菓子なら適当に選べと言うので、私室のほうのキッチンから一番高級な菓子箱を持って来てみても、クレフはそれを一瞥するだけで手も伸ばさなかった。

「一体どうしちゃったのよ?」と海は尋ねる。
機嫌を損ねたクレフにこんなふうに気軽に尋ねられる者は限られている。しかし、それを置いても、こうも不機嫌をまき散らすのではやっていられない。

理由を聞いても「なんでもない」としか返さないクレフに、海も徐々に苛立ちを見せ始めていた。二人のピリついた空気を知ってか知らずか、風がクレフの部屋へ入室してきた。

「これは……えーっと…なにごとです?」
緊迫した空気を入れ替えるように(本当に窓をあけて換気を始めた)風が、そう尋ねた。

「見ての通りよ。クレフったら何をこんなにイライラしてるんだか」
「まあ」と風が小さく感嘆する。

「クレフさん、イライラを溜めるのはよくないですわ。高血圧、免疫の低下、自律神経にも悪影響ですし、お体に障ります。話すことで少しは解決することもあるかもしれませんわ」
と風が言った。
「それに、海さんにこんなに心配をかけるのもクレフさんの本意ではないのでは?」

―――――

クレフの話を聞き終えると、海も風も顔を引きつらせた。
「そ、そんなことがあったのね……」
「それはなかなか……」
うーん、と二人がうなる。

「ですが…まあ…フェリオとイーグルさんは最近とても仲が良いようですし、少しくらいのスキンシップなら自然のことかと……」
風が言葉控えめに言った。
「でもそれはさすがにちょーっと度を越してるんじゃあ……」と海が言いかけたので、風は慌てて海の口を両手でふさいだ。

クレフは目撃してしまったという。
セフィーロ城の庭で、何やらあやしげな雰囲気の二人を。楽しそうに会話をしている様子だったので少し近づいてみれば、突然、イーグルがフェリオの顎を片手でつかみ、しばしの間真剣に見つめ合っていた。その現場を
「とはいえ、何か悪意がある感じではなかったのでしょう?」
風が尋ねる。

「悪意がなければ何をしていいというわけではなかろう」
クレフが不機嫌に輪をかけて言った。
「ちょっとクレフ! 不機嫌になるのは勝手だけど、風にまで八つ当たりしないでよね!」
海が叫び、クレフは小さく謝罪の言葉を口にした。

風が取り持つように、努めて明るく言った。
「ちなみに、具体的にはどんなご様子でしたの? その様子がわかれば少しは事情がわかるかもしれませんわ」
これ名案とばかりに風が両手の平を合わせた。その様子をちらりと見てから、クレフはふいに椅子から腰を上げた。

「どうもこうもない」
立ち上がったクレフが、つかつかと早足に歩み出す。
「先ほど話した通り、なにやら談笑をしていたかと思えば突然イーグルが、顎に手をかけて、こうだ」
「ひえっ!」
海の口から間抜けな悲鳴が零れた。
距離にして十数センチ。突然クレフの手に顎を包まれて持ち上げられ、強制的に見つめ合わさせられる。

薄紫色の長いまつげ。
不機嫌をあらわにしても尚、綺麗に輝く青い瞳。
そしてなにより、血色の良い薄桃色の唇。

この近距離において全く動揺することも恥じらうこともなく、綺麗な唇が目の前でパクパクと言葉を放っている。
「何をしていたと尋ねれば、世間話をしていただけだと言うのだ」
「フェリオはフェリオでまるで何もなかったかのようにあっけらかんとしていたのがかえって怪しい」
「こうしないと出来ない世間話などあるか?」
そんなことをペラペラと話し、考察を続けたいのかクレフの手は依然海の顎をつかんだまま、時折海の顔を見たり、風のほうを見たりして、視線を数回往復させながら、自分の思考を次々と言語化していった。

クレフの言葉など、もはや頭に入らない。
クレフが少し大きめに口を開けば赤い舌が覗き、横に広げれば白い歯が覗く。
すぼめれば、とがった唇の形に目を奪われる。

クレフの唇が「ア・イ・ウ・エ・オ」の、どの形に動くのか。
それだけが海の脳内を占めていた。

「ウミ、どうだ? 思い当たりがないか? 他国の者同士なにか手掛かりがあるかもしれん。フウも考えてくれ」
変わらず、クレフはぶつぶつと考察を垂れ流す。

「もし人に聞かれたくない話ならば、こう耳元で囁くのが自然だと思うのだが」

言いながら、自分の唇と海の耳でそれを実践してみせた。
その時、海の顔が体ごと崩れ、そのままクレフの上体にぽすんと倒れ込んだ。
「ウミ!?」
しなだれかかる海の上体を反射的に抱き支える。支えた反動でバランスが崩れ、二人して倒れ込みそうになるがその瞬間、クレフは腰の下に長椅子を出現させることで、事なきを得た。



(つっこむのはやめておきましょう)

なし崩し的にクレフは長椅子の上に腰かけた。それはいい。
さすがはセフィーロ最高位の魔導師。突然の海の卒倒に対する保護と回避行動は見事だった。クレフも海もケガ一つない。それはいい。

(むしろツッコミ待ちなのでしょうか。いえ、クレフさんに限ってそんなはずは……)

友人は、真っ赤にのぼせてぐるぐると目を回していた。気を失っている。
卒倒し、崩れ落ちた海の頭がクレフの膝の上に乗った。そこまでは偶然の出来事だった。
けれど、なぜだかこの導師は体をずらすことも、魔法で枕等を出現させることもなく、海の頭を自分の膝に乗せたまま、先程のイーグルとフェリオの密会について、風に助言を求めたり淡々と説明を加えたりしている。
海は海で、気を失ったまま「ウ行の唇が無理……」などとうわごとを言った。

(ウ〝段〟です。海さん)

心の中で思わずツッコミを入れてしまったことにどこか敗北感を感じながら、風は一度咳ばらいをして姿勢を整えた。

「よろしければ、私が一役買いましょうか?」
風が尋ねると、クレフがうーんとうなった。

「ご安心ください。『顎をクイっとしながら世間話をする必要がありました?』なんて、直球で聞いたりはしませんから」


風が退室しようと席を立つと、クレフは膝元の海の頬をペチペチと叩いた。

「おい、いつまで気を失っている」
海は目覚めない。
「もう少し寝かせておいてさしあげては?」
「とは言え私も所用があるのだ、いつまでもこうしているわけにもいかん」
言いながら、クレフは海の頬を再び叩いた。






聴取1:

風が一人で自分に話しかけてきた時点で、イーグル・ビジョンは少しの警戒と疑念―と言っては大げさだが、それに近い感情を抱いた。

「どうしましたか? フウ」
その口調は、先程部屋で話していた超高齢のご老人よりもずいぶん穏やかで、これからなされるであろう〝フウとの対話に積極的である〟ということをノンバーバルに伝えた。

クレフさんもこのくらい余裕があってくださればいいのですが、と風が思ったかどうかは別として、風もイーグルに合わせる。

友人の友人とは言え、他国の最高司令官であり要人のご令息。場所が場所ならこのように二人で会話をすることも叶わないだろう。けれどあえて、風は、慇懃さを少し落とし、尋ねた。


「なるほど。たしかにこの前城の庭で王子とお話しをさせていただきました」
イーグルは風の話を聞き終えると、まず「あなたも大変ですね」と言った。

「それで、クレフさんがものすごく気になさっていて。少し心配が過ぎるかもとは思ったのですけれど、でも、クレフさんにとってフェリ……王子は息子や孫のようなものですから」
と風が言葉を返す。
「このままですと、クレフさんの血圧も心配です」

イーグルは足を組み、膝の上に片手で頬杖をついて風の顔を覗き込んだ。
「フウはやきもちやかないんですか?」
「え?」
「自分の恋人が、どこの馬の骨ともわからない男に狙われているかもしれない。この状況で、あなたはずいぶん冷静ですね」
イーグルが言うと、風はふふ、と笑った。

「イーグルさんはどこの馬の骨ではありませんわ」
「できれば後者も否定してほしかったんですが」
イーグルが困ったように笑って、自分の頭を恥ずかしそうにかいた。

「本当に〝狙って〟らっしゃるなら、あなたはもっと……こ、賢い方法を使いそうですから」
「今〝姑息〟って言おうとしました?」
「いえ、まさか」

その時、イーグルが腕に装着している機器がピピと音を立てた。
「すみません、もう行かないと」
イーグルが立ち上がり、風に向かってもう一言を言うと、風は「まあそんなところだろうとは思っていました」と、にこり微笑んだ。

去り際、イーグルが言った。
「あなたとは、いい友人になれそうです」
「まあ、私も同じことを考えていましたわ」
「僕のことは是非〝イーグル〟と呼び捨てで呼んでください」
風は、その名前を一度小さく呟いてから、小さく首を振った。

「お心遣いだけありがたくいただきます、イーグルさん。私にとって〝さん付け〟は親愛の証ですから」



聴取2:

恋人に、同じことを尋ねてみる。

イーグルの言ったとおり、たしかに自分は嫉妬の類の感情を抱いていないようだった。
「世間話をしただけだぞ?」
と、やはりフェリオは言った。

イーグル・ビジョンがフェリオの顎を掴んだのは、庭に吹き込んだ風の悪戯で、フェリオの目にゴミが入ったのを見ただけだと言う。

だいたいの事情はイーグルから聞けていたし、答え合わせというか確かめ算というか。あまり面白みのないフェリオの回答に、風は「そんなことだろうと思ってました」と、イーグルに言ったのと同じ返答をした。

一体なんなんだとフェリオが尋ねるので、風はあの導師の不機嫌を手短に説明した。

「というわけで、クレフさんがいたく心配なさってましたわ」
「導師が? なんでまた?」
「やっぱり、親心としては複雑なんじゃないでしょうか? 客観的な事実としてイーグルさんは眉目秀麗ですし」
「わからん。なんでイーグルの顔が良いと導師が心配になるんだ?」
フェリオは当然の疑問を口にする。続けて
「それに、顔なら導師のほうが断然かっこいいだろ」
とこともなげに言った。
「えっ?」
風が、思わず過度に声を上げた。
「そんなに驚くことか? かっこいいだろう導師は。顔だけじゃない。強いし、優しいし、羽振りも良いし、高い菓子だって気前よく分けてくれるし、この前なんか―」

立て板に水を流すように、導師クレフの長所をペラペラと語る。そんなフェリオの楽しそうな顔を眺めていると、風にも自然と笑みがわいた。

「ちなみに、それをクレフさんにお伝えしたことは?」
「こんなこと恥ずかしくて面と向かって言えるか」
フェリオは少しぞんざいに言った。

「それはそれは、私もヤキモチを焼いてしまいそうですわ」
「フウが? 嫉妬?」
いよいよわからん。そんな様子で天を仰ぐ。

「フェリオがクレフさんにそんな秘めた思いを抱いているなんて、知らなかったですもの」
「秘め……フウ、それはちょっと語弊があるぞ」
フェリオが顔を引きつらせる。

「なあ」
少し改まってフェリオが声を発したので、風は「なんですか?」と言って彼のほうを見た。

「こんなもんじゃないぞ」

フェリオの言葉の意図がわからず、風は小首をかしげる。

彼の顔が少し赤い。
ああ、この人はこれから少し照れるようなことを言うのかもしれない。
風がそんなふうに冷静な判断と予測をできたのはここまでで、それからは、立て板どころではなく滝のように流れる愛の言葉を、彼以上に顔を赤くしながら、どうにか叫ばずに聞くので精一杯だった。




報告:

「なんともベタな結果ではあるのですが」

風はそんな前置きをして、クレフにありのままを伝えた。もちろん一部伏せた内容はあるが、嘘偽りなく。
その報告を聞いて、クレフはまず礼を言い、謝罪をして、それから、東京では見たことのない不思議なジェル状の物体、しいて言えば透明のカードのようなものを風に手渡した。

受け取ると透明のカードは水のように風の手のひらに溶けていく。クレフが教えるとおりに手のひらを宙にかざしてみれば、街の(それも、今まで一度も行ったことのないハイソサエティエリアの)食事処の画が十枚程、風の周りにぐるりと浮き出された。
風が目を丸くすると、クレフは穏やかな笑みを浮かべ「フェリオとうまいものでも食べてきてくれ」と言った。

風が丁重に礼を言い、部屋を去って行った。




「やっぱりね! そんなことだろうと思ったわ」
入れ替わるようにして部屋へ入ってきた海が、クレフから事情を聞くと得意気にふんぞり返った。

「ねえ!」
勢いよく、クレフのローブをぐいと掴む。
「風ばっかりずるい!」

海は両手の平を広げて、クレフの前に差し出した。
「んふふ」と声をもらし、にんまりとたくらむような笑顔は、大きな宝玉のついた杖による打撃によって一瞬で涙顔に変わる。

「みっともない」
ムッと顔をしかめ「フウにやったのは礼の品だ。今回お前は何もしていないだろう」とクレフは言った。

「そ、それはそうだけど! でも私だってクレフの不機嫌に何十分も付き合ってあげたじゃない! 私がいなかったら一人で勝手にイライラして、風も来なくて、もしかしたらほんとに高血圧で倒れちゃってたかも!」
ここまで言い切ると、海は頭を抑えて第二撃に備えた。無駄にパッサリエールのステップで後退してしまった。フェンシングの神さまに怒られる。でも目の前の人物は、神さまよりももっと怖いのだから仕方がない。

クレフは、第二撃どころか叱咤の声もあげず、あごに手を当ててなにやら考えこんでいた。
「クレフ?」

「食事に行こう」

唐突に、クレフが言った。

海に有無も言わさず、杖を一振るいすると、海とクレフの体が、セフィーロでの正装をまとった姿となった。
「な、な、なにこれ!」
海は目を輝かせ、自分とクレフに視線を何度も往復させる。

本当に、お食事に連れていってくれるの?
それも、こんなオメカシをしていくようなお店に?
しかも、ふたふたふ、二人きりで?

海が両頬に手を当てあたふたとしていると、クレフが言った。
「フウたちが店を決めたようだ」
「え?」
「偵察に行く。お前も付き合え。王子がきちんと女性を付き添いエスコートできるか、この目で見届けねば」

そんなことを真剣な顔で言ってのけるクレフに唖然としながらも、海は気づいた。
ドレスアップした自分の装いの中、白いグローブの手の甲に、クレフのサークレットの装飾と類似した、ひし形の小さな青い宝玉がはめ込まれていることに。
クレフが自分にこの宝玉を貸すということは「それなりの」場所に行くということだ。

クレフが来い来いと指で海を招く。
海は「親バカ」と吐き捨てながら隣に立った。
クレフが左肘を少し浮かせたので、照れる前に、腰と腕の間に出来た隙間に右手を通した。

社交界では普通のことだしこれはこれ、だ。
このひし形の宝玉を授かったからには、ジタバタと照れ回るほうがよっぽど恥ずかしいことだから。


「ねえ、ちょっとは子離れしたほうがいいんじゃないかしら」
腕を組み、クレフを横目に見ながら海が言うと「なんのことだ?」と彼は返した。
大きな杖が、移動魔法を発動するための形に振られる。

「無自覚こわい」
二人を包んだ光が、そんな言葉と共に部屋から消えて行った。







『風ちゃんの事情聴取』
end

ありがとうございます🙌🏻
色々と目をつぶっていただきたいところだらけではありますが、楽しかったです😊𓂃𓈒໒꒱ 𓏸*˚笑
LAKI様ありがとうございました💜💙💚💚💚
LAKI様pixiv(フェリオ総愛されまとめ8枚)


特大追記…!!!!!!4/22

頼んだら書いてくれた😭🙏
かわいすぎるありがたすぎる……
本当にありがとうございました…!

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