【クレ海】ショート作品




『会いたい人』




ひんやりするほど清潔な匂いのシーツの上で、ツンと足を伸ばした。
上質な布地を、爪先がすべる。

控えめなフロアライトが、三人部屋の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
眠ったつもりはなかったのに、気づけば光も風も寝室からいなくなっていた。
明日「昨日はどこに行っていたの?」と聞けば、きっと二人とも顔を赤くして まごまごするだろう。
想像するとかわいくて、ついからかいたくなる。けれど、少しむなしくもなった。
三人用のベッドは、私一人には広すぎる。

窓の外に目をやる。
雲が流れ、映った月影が動くたびに、私の心は焦れるようにソワソワと揺れた。


幼い頃、パパがいない夜のことを思い出した。
「パパが帰ってくるまで待ってる!」なんて我儘を言ってママを困らせたっけ。
結局、夜中まで起きていられなくて、翌朝、半分しか開いていない目でパパにおかえりとおはようを言った。

今、十六になった私は、こんな真夜中まで起きていられる。
なのに──クレフは帰ってこない。



「こんなことなら今週は遊びに来なきゃよかった」
そう言葉にしてしまってから、すぐに心の中で打ち消した。
違うのよ。昼は別。だってセフィーロこっちにはゲームもテレビもないし。だったら……どうせ一人で夜を過ごすなら、東京にいたほうが少しはマシでしょ。そういう意味。
そんな言い訳をしながら目を閉じた。

〝セフィーロに来ること〟 と〝クレフに会うこと〟 が同義になりかけてしまっていることが、自分でも少し怖かった。

明日の朝、東京に帰る前に一目でも会えたら。
クレフは夜、誰より遅くに帰ってきて、朝、誰より早くお城を出る。そんな日もめずらしくない。
この国最高位の魔導師は、きっと私のパパよりも忙しいんだろう。


薄目を開けて、もう一度窓から夜空を見上げた。
雲が流れ、月影が動き、心が揺れる。
もしかしたら、グリフォンかフューラに乗って空を飛び、今にもクレフが城へ帰ってくるかもしれない。
ここが東京なら、こんな期待をしないで済むのに。

泣いてしまえればいっそ楽なのに。涙は出そうで出ない。
「寂しい」なんて言えるような間柄でもないし。


帰ってきたら、部屋に置いてきたパウンドケーキを食べてくれるかしら。
「そろそろショートケーキかチーズケーキが食べたい」と、昼にフェリオやカルディナたちが言っていたけれど、ごめんね。生ケーキは日持ちがしないから。

クレフのためだけに特別に一つ作る勇気もないくせに、どうしても食べてほしい気持ちは抑えきれなくて、毎回焼き菓子や常温のケーキを人数分作ってきてしまう自分がいじらしいと思う。
そんなことを考えていると、ようやく少しうとうとしてきて、私はほっとした。

眠れば、この寂しさも忘れられるから──








──ウミ

低い声がして、バッと跳ね起きた。
起きた・・・ ということは、眠っていたんだろう。

夢にしてはリアルすぎる声だった。
部屋を見回してみても、誰も居ない。

じゃあ、今の声は?

その時、ノックの音。そして、
「ウミ」
と、控えめな声が聞こえた。
扉の外からだ。

魔法で繋がった時の、心に流れこんでくる声とは違う。
まるで人間みたいな。いや、人間なんだけど。
耳に届く──本物の声。

裸足でそろりと床を踏み、扉の前に立った。
私の気配が伝わっているのか、それ以上ノックの音はしなかった。扉の前から去る様子もない。

おそるおそる扉に耳を近づけると、
「私だ」
と、低い声が聞こえた。

「クレフ」
名前を呼んだ瞬間、扉が勝手に開いた。私の意志・・に反応してしまったらしい。
廊下の灯りの眩しさに、思わず目を細める。
まぶたが思うように開かなくて眉間に力が入り、変な顔になっていないか心配になった。

「クレフ、こんな時間にどうしたの?」
「今帰ったので、少し寄った」
「少し寄ったって……いったい今何時だと思ってるのよ」
私はわざと怒った声で言った。そうでもしないと、顔がにやけそうだったから。

「今帰った」と、クレフは繰り返した。
「ええ、それは聞いたわ」
「いま、かえった」
三度目。
まるで子供か外国人に言葉を教えるみたいに、大げさなほどゆったりとした口調だった。

「だから?……あ、おかえりなさい?」
私が首をかしげながら言うと、クレフは腕を組んでうんうんと頷いた。
わけがわからない。私の返答はどうやら正解だったみたいだけど。


「…………ねえ、もしかして酔ってるの?」

クレフのお仕事・・・の中には、お酒が出る席に参加する、という類のものもままあるらしい。
パパでいうところの社交の場みたいなものかしら、と想像してみたことがある。

この人が酔っているところは見たことがない。どういう酔い方をするかも知らない。
顔は赤くないし、お酒の匂いもしない。
けれど、腕を組んで部屋の戸枠にもたれかかり、そのまま寝てしまいそうなくらいに重心を後ろに下げた姿は、やっぱり〝酔っている〟 と見たほうがよさそうだった。

「それにしたって酔っぱらってレディの部屋に忍び込むなんて、非常識すぎるわ」
「忍び込んではいないだろう」
そう言って、クレフは靴で床をコツコツと鳴らした。なるほど、たしかに両足は部屋のにある。
クレフは、酔っていることは否定しなかった。

「そういう問題じゃないでしょ、まったく」
「お前はいつも怒ってばかりだな」
言葉に反して、クレフはにんまりと顔をほころばせていた。意外に笑い上戸なのかしら。ニヤニヤしっぱなしのクレフの様子に、私も肩の力が抜けてしまう。
「もう、誰のせいで怒ってると思ってるのよ。なんなの一体、酔っぱらいってやぁね」
私もクレフと同じく腕を組む格好をして、茶化すように言った。

「あら、そういえば杖はどうしたの? まさか置いて帰ってきちゃったんじゃないでしょうね」
「そんなわけがなかろう。今日はもう魔法は使わんから」と、クレフは答えた。

そして、
「ウミ、今日はあるのか? 例のあれは」と、尋ねてきた。
「あれ? あ、ケーキのこと? あるわよ。部屋のテーブルに置いてあったでしょ?」
「そうか。戻ったら頂くことにする。ありがとう」
「今から食べるの? え、ちょっと待って、あなたまだ部屋に戻ってなかったの?」
「ああ」
「どういうこと? 自分の部屋にも戻らないでここに来──」
「顔が見たかった」
「はい?」
「明日も朝が早いから見送りは出来ん。光と風にもよろしく伝えておいてくれ。では、おやすみ。怒った顔でも一目見られて良かった。起こして悪かったな」

とんでもない台詞と当たり障りのない挨拶を同じトーンでスラッと言い放つと、クレフは廊下の向こうへ去って行った。

腰から力が抜けて、私はその場に座り込んだ。
体が内側から燃えるみたいだった。
自惚れが体を熱くする。
気のせいだと思いたいのに、ひんやりと触れる床の冷たさが、そうはさせてくれなかった。






──end──


タイトルは矢井田瞳の曲です。
歌詞がちょっとだけアニメ軸のクレ海ちゃんっぽい。


この後の展開として。
①「ちょっと足元がフラフラじゃない。部屋まで送って言ってあげるわよ」パターンと
②「酔い覚ましに少し付き合ってくれ」パターンと
③「油断が過ぎるな。男を部屋に招き入れるということはこういうことだぞ」パターンがあります。

全部おいしそう。だれか作って~。作れや。
(③は何個か書いたね)

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