🏫きんぎょ注意報!🕶🎀(7作)※大工事中



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左手が、燃えるみたいに熱い。

「あと5分か」
私の手首をしっかりとつかんだまま、少し疲れた様子で葵が呟いた。
少なくともあと5分はこうしているのだという事実が私の体をさらに熱くする。

葵がシュレディンガーを知ってるなんて意外すぎた。
きっと北田君に聞いて「なんかかっこいーから」なんて理由で覚えていただけだろうけど。

校庭わきの薄暗い倉庫の中で、私はこの時が過ぎるのをただ待つことしかできなかった。





「シュレディンガーのリング」




言い出したのはわぴこだった。
「お願いごとが叶うんだって!」と弾む笑顔で。
昨日の昼休み。いつものように教室の隅で四人でおしゃべりをした時だった。
わぴこは、四本の紐のようなものを手に持っていた。
私、葵、北田君の順に「はいどーぞ!」と言って時計回りに手渡し、最後に残った桃色の一本を満足そうに眺めた。

今流行りのプロミスリングのことを、全員が知っていた。
手渡されたということは、着けろということだ。

「願いったってよお」
くだらね、と呟きながらも拒否権も断る理由もなく。

北田君が葵に、葵が北田君に。
私がわぴこに、わぴこが私に。
それぞれ手首に巻き付け、固く結ぶ。

「何をお願いしようかしら」
そういえば、この前デパートで素敵なショルダーバッグを見つけた。少し手の届かない値段だったのでその時は諦めたけれど、「願い」という言葉を聞けば、そのバッグの存在が脳裏にありありと浮かんだ。

葵も似たようなことを考えたようで、私と葵の頭上には俗世的煩悩の塊のようなモヤが浮かび上がる。それをわぴこが両手でかき回して散らした。

「だーめ!」
我に返った私と葵を、わぴこが少し怒ったような顔で見た。

北田君も少しあきれ顔をしている。
「せっかく願いをかけるなら、もう少し夢のあるほうがいいんじゃないか?」
わぴこが同調し、何度も大きく頷いた。

「夢ねえ」
葵は左手に巻き付いた緑色の紐を眺めながら、頬づえをついて言った。
脳裏には、さっき思い浮かべたお菓子やらなんやらがまだ消えていないようだった。

「『学業成就』」
北田君が言った。
「真面目かよ。『交通安全』」
「お守りじゃないんだから! 『美人薄命』」
「縁起が悪いですよ」
三人でごちゃごちゃとやり合っていると、わぴこがピンと指を立て「ひらめいちった!」と言った。
そして北田君、葵、私の手をぐいぐいと引っ張り、それぞれの左手と右手を取り合わせた。左手に私、右手に北田君の手を握った葵が「うげ」と苦い顔をしている。私もだいたい同じような顔をした。
四人が円を描くように手を取り合うと、わぴこは満足そうに笑って言った。

「『みんなず~~っと仲良しでいられますように!』」

三人が同じタイミングで瞬きをして、それから同じタイミングで吹き出した。わぴこにはかなわない。

それぞれが静かに手を離し、円が解かれる。
「24時間以内に切れちゃうと願いは絶っ対に叶わないんだって。気をつけてね!」
わぴこが言った。
24時間どころか、自然に切れるまでどれだけの時間がかかるかわからない。
下手をしたら卒業までかかるかもしれない。
それほど、リングは固く固く結ばれていた。



翌日、4時間目の体育の終わりに、使ったボールだったりゴールネットだったりを片付けている時だった。
カゴにたっぷりと詰まったボールは、女子一人で持つにはなかなか重い。葵が器用にリフティングをしながら倉庫へ向かうところだったので呼び止めると「自分でやれよ」とか「なんで俺が」とか言いながら、非常に快く荷物持ちを引き受けてくれた。

倉庫の中へボールをしまいこんでいると、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った。昼の購買競争に出遅れたと葵が文句を言った。無視をする。

ボールを片付け終え、倉庫を出ようかと振り返った
「痛っ……」
突然手首に鋭い痛みが走り、私は思わず手を抑えた。
葵が少し慌てて駆け寄って来て、私の手元を覗き見た。
手首に滲んだ血。
倉庫の中に積まれた、廃品回収待ちの束ねられた木の枝が私の左手をかすめたらしかった。

それよりも、もう一つの事実に私は瞠目した。
枝がかすったプロミスリングが、今にも千切れそうになっていたのだ。
「嘘……」

その時、突然葵が私の左手を掴んだ。
驚く私に「悪りぃ」と葵は言った。謝っても、手を離すことはない。
葵の手のひらが傷口に触れて少しの痛みが走る。けれどそんなことは全く気にならなかった。

私の手首を包んでも余る、大きな手。
陽の光の入らない薄暗い倉庫に二人きり。
心臓がうるさいくらいに高鳴って、それはきっと葵にも聞こえているに違いなかった。

「昨日わぴこがこれ結んだの何時だったか覚えてるか?」
と葵が尋ねた。
「12時……35分」
私は答える。
昨日は左手に腕時計をしていたのではっきり覚えていた。
「あと30分か」と葵が言った。

そして私の手を引いて、体操マットの上に横隣りに腰かけた。
「なんなのよ」
照れを隠すように投げやりに言うと、葵は「シュレディンガーのねこ」と呟いた。
「え?」
思わず聞き返す。
言葉の意味がわからなかったからではない。
なぜ今葵がその話を持ち出したのかがわからなかったからだ。

あと30分。
このままプロミスリングを隠し続けていれば、切れているどうかはわからない。12時35分を過ぎたら手を離す。
たとえ切れていたとしても
「24時間経ってりゃいいんだろ?」
と葵は言った。

葵がシュレディンガーを知ってるなんて意外すぎた。
きっと北田君に聞いて「なんか語呂がかっこいーから」なんて理由でなんとなく覚えていたんだろう。


「別に仲良くしたいわけじゃねえけど」
捨て鉢に前置きを言った後、
「お前と喧嘩すんの結構だりぃからな」と葵は言った。
葵は、いつの間にかいつものサングラスをかけていた。

「あの……」

ありがとう。と私は言った。
それ以外の言葉が、思い浮かばなかった。


「あと5分か」と葵が言ってから、おおよそ5分が経った。
私の手首と葵の手のひらはほとんど同じ温度になっていた。

「離すぞ」
疲れたのか、葵の声は少し掠れていた。
聞いたことのない声質に思わずドキッとする。
私が小さく頷くと、葵がそっと右手を開いた。

リングは、細い細い糸で私の手首にぶら下がっていた。

「もしかして」
葵が言った。

リングは切れていなかった。

もしかしなくても。
葵が手首を隠している必要はきっと無かった。
葵が、がっくりとうなだれた。
30分間の努力が徒労と化したのだから無理もない。

徒労?

それは違うんじゃないかしら。
気付けば私は、クスクスと笑っていた。
葵が怪訝そうな顔で私を見た。

藤色の紐がマットの上にぽとりと落ちる。
12時35分を、少し過ぎた頃だった。

拾い上げ、葵に手渡す。
「ねえ、結び直してよ」
「そんなことしていいのかよ?」
葵は少し面食らって、たたりや罰当たりを恐れるような複雑な表情を浮かべた。
「きっと平気よ。私だけ何もつけてないなんて嫌だもの」
私が言うと、葵は少し考えこんだ後、紐を手に取った。


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私の手首に藤色を結びつけながら、葵が言った。
「こっちの願いは何にすんだ?」
「え、二つも願っていいの?」
今度は私が面食らってしまう。
さすがにそれは罰当たりというか、願い過ぎではなかろうか。

リングを結び終えると、サングラスの奥の瞳が悪戯っぽく輝いた。
嫌な予感がした時には遅かった。

覚悟も準備もないまま。
葵に手を引かれ、私の顎が葵の肩口にぶつかる。
「何を願うんだ?」
葵が、もう一度尋ねた。
耳元に降った言葉に私の体はすっかり固まってしまった。
「俺としてはもう少し仲良く・・・してやってもいいんだぜ? ちーちゃんよぉ」





結局、昼休みは全てつぶれてしまった。
私は手首の消毒に。
葵は、頬に出来た赤い手形を冷やすために。

保健室から教室に戻ると、わぴこと北田君がきょとんとした顔で私たちを見て、それから目を合わせて笑った。








「シュレディンガーのリング」
end

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ぎゃあああああああああ
挿絵が…! いやほんとかわいくなあああい???
葵ちゃんの照れる顔、翼の中ではこれがもう正解なんですよw
めくったジャージも大正解なんですよ!
頬染めつつ照れるの我慢してるちーちゃんもほんとかわいい。


葵ちゃんがシュレディンガーとかいうのがキャラ違い過ぎて、最初ちょっと悩んでたのですが(いっそ秀x千にしちゃおうかとかw)
葵ちーにして大正解でしたあぁあああああ!!!優勝🏆✨

「書いてくだちゃい💚💜」と超強引にお願いしてしまったにもかかわらず爆速でこんなに書きあげてくださったかえ様には本当に感謝の言葉もありません🙏本当にありがとうございました!


お気に入りのシーンは願い事をゴチャゴチャやりあう三人です😇
リーダー格なイケわぴが好きなんよ。
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