🏫きんぎょ注意報!🕶🎀(7作)※大工事中
平行四辺形関係
教室の床に広がった空に、白い雲が浮かんだ。
白いペンキをたっぷりと含んだハケが、シュシュと小気味よい音を立て、雲は次第に面積を増していく。
「さすがるみ子ちゃん、すっごく上手ね!」
朱子が言った。
なるほどたしかに。
芸術的とまでは言えなくとも、中学生の学園祭レベルにしてはかなりクオリティの高い「青空パネル」が完成しつつある。
(乾いたら体育館へ運搬して、組み立ては男子に任せるとして)
間もなく帰るところだと言うのに、ついつい今後の段取りを考えてしまう。
初めてだった。
クラスメイトと共に、汗を流しながら学園祭の準備をするなど。
「そんなの、業者にやらせればいいのに」
都会ノ中学のクラスメイトたちなら、きっとそう言うだろう。私もそう思う。思っていた。けれど、この手作り感、一体感。
青春をかじるような、ソワソワと心が躍る感じ。
これは「楽しい」という感情以外の何物でもなかった。
だからこそ、今日、どうしても外せない所用が出来てしまい、作業も半ばだというのに自分一人この教室から帰らなくてはならないことが、たまらなく寂しかった。それに、さっきから「私、帰るからね!」と言っているのに、見向きもしないクラスメイトたちには、腹立たしさすら感じた。
そういえば、先程から北田君の姿がない。わぴこは🐄たちと外装の装飾を担当しているはずだ。葵はといえば、教室の隅。文太君と二人してなにやらバルーンアートらしきものを作っている。しかも、なぜだか異様にうまい。ちゃんとお花や動物の形になっているし、数十分前にチラと見た時よりも完成品の数が倍近くになっている。
「器用貧乏」という言葉が頭に浮かぶ。空気ポンプを器用に扱う様は、それこそ大道芸人のようにも見えた。
「私がいなくても、ちゃんと作業するのよ!」
教室中に響く声で剣幕を立てて言えば、一同は「はーい」と気のない返事をし、すぐに手を動かし始めた。普段なら、こんな集中力はないくせに。彼らも、よほど「楽しい」のだろう。この作業が。
「もう! なんなのよ!」
教室の扉を乱暴に開け、ぴしゃと閉め、必要以上の大股で廊下を歩く。どのクラスも皆賑わっていて、教室からはわいわいとはしゃぐ声が漏れ聞こえた。
靴を履き替え、昇降口を出る。振り返り校舎を仰ぎ見ると、三階の我がクラスの窓からは、風船や青空パネル、ほかにも様々な展示品が覗いた。はしゃぐ声がここからでも聞こえる。突如、わっと一段と大きな歓声が漏れ聞こえた。
気になったものの、わざわざ戻って確かめる気にもならず、そのまま踵を返した。
「何よ、みんなして楽しそうにしちゃって」
呟きながら歩いていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
自分をその役職名で呼ぶのはこの学校で、というか、この世界で一人しかいない。
振り返ると案の定、北田君がこちらへ駆けて来るのが見えた。
一体どこから走ってきたのか、彼の息は少し乱れていた。呼吸は荒く、端正な顔はわずかにゆがんでいる。膝に手をつき、息を整え終えると、北田君は顔を上げた。
元の、端正な顔だ。
「北田くん、どうしたの?」
「溝口先生に呼ばれていて、今戻ったところです」
「そんなに慌てて、私に何か用事?」
「いえ、用というわけでは。せっかくなのでお見送りを、と思って」
北田君は、左手を胸に当てどこか演技じみた恭しさでそう言った。登下校に見送りだなんて聞いたことがない。わぴこ達ならいざ知らず、北田君がこんな冗談を言い出すなんて。
きっと彼も、この「学園祭の空気」に当てられているに違いなかった。
「わざわざ
北田君の、変な演技に付き合ってみる。言いながら、その滑稽さに思わず吹き出してしまった。
「生徒会長、寂しがりだから」
「……え?」
とても冗談には聞こえない。
北田君の放った言葉が、意味を持って脳に伝わると、途端に自分の顔が赤くなるのがわかった。
「な、何言ってるのよ!? 誰が寂しいもんですか!」
図星をつかれたのが気恥ずかしくなり、大袈裟に腕を組んでそっぽを向く。北田君は、相変わらずにこにこと笑っている。
「いや、わかるんですよ。僕も家の用事で早く帰らないと行けないことがあるから。そういう時に限って、放課後わぴこたちが盛り上がってたりして。そんな時に一人だけそこから抜けなきゃいけない。それって、なんとも言えず寂しいものがあるんですよね」
そういえば。思い返してみる。
「家業の都合で」とか「父に呼ばれている」とか、そんなようなことを言って北田君が一人で帰って行った日は、少なくない。けれど、その度彼がこんなに寂しい思いをしていたなんて考えもしなかった。
しかも、自分では寂しいだなんて言ったことがないくせに、私の時だけは、この寂しさに触れてくれるなんて。
そんなの-
「北田くんって、良い人よね」
私が言うと、彼は打って変わって意地の悪い笑みを見せた。
「良い人、ね」と、私の言葉を反復したその声がいつもの彼とは思えないほど低く鋭かったので、背にゾクリとした冷たさが走る。
「千歳さん」
名を呼ばれるのとほとんど同時に、北田君の右手が私の頬に触れた。
そのまま彼がわずかにかがみこんだので、私の視界は北田君の眉目秀麗な顔で占拠される。鳶色の瞳には、赤面した私だけが映っていた。
「な、な、何っ!?」
混乱する私の頭をパチリと覚醒させたのは、「おーい」という気の抜けた声だった。声の出処を、つまり上方を見上げる。三階の窓からは山吹色がかった金髪がひょこりと覗いていた。
「公衆の面前でイチャついてんじゃねーぞ」
気だるそうな声の主は、紫色の風船の結び目を指でつまみ、ぶんぶんと雑に振り回しながらこちらを見下ろしている。
北田君は私の頬から手を離すと、今度は両手の平を広げ、大げさに頭上に掲げてみせた。その仕草は、まるで自らの潔白を示すようでもあった。
「頬にペンキが付いてたから、取っていただけだよ」
「んなん、付けときゃいーんだよ」
元々ブスなんだから、と葵は続けた。
「な、葵! 聞こえてるわよ!」
「千歳、わすれもん」
葵が言うと、紫色の風船が自由落下に近い速度で落ちて来た。反射的に受け止める。風船の糸の先には紙パックのジュースが結んであった。
「今校長が来た。差し入れだとよ」
「あ、ありがと…」
北田君の顔が見れない。気まずさのあまり、葵がしていたように風船の結び目をつまんで振ってみる。帰るタイミングをすっかり逃してしまった。
その時、
「ちぃちゃーーん!!」
見ずともわかる、声の主。助け船とは、まさにこのことだ。🐄を従えながら、ちびっこいピンク色が猛烈な速さでこちらへ駆けて来た。駆ける足取りは、芝生をぐるぐると巻き込んでいる。まるで、彼女の足元だけが、局地的な竜巻のようだ。
「ちーちゃん! 帰っちゃうの?」
私の目の前でブレーキをかけたわぴこが、泣きつくように言った。
「ええ、今日は用事があるのよ。ごめんなさいね」
「やだやだ! わぴこちーちゃんと一緒にペンキ塗りしたーい!」
わぴこは私にガバと抱きつき、頭をぶんぶんと振ってだだをこね始めた。
これは、公衆の面前でイチャついていることになるのかしら。三階を見上げてみる。窓枠に頬杖を着いた葵は、なぜだか北田君を見ていた。目線の先、つまり北田君に目をやると、彼もまた葵を見て苦笑いをしていた。
一体なんなの? いぶかしんでいると、わぴこがこちらを見上げ「明日も来る?」と聞いてきた。うるうると涙ぐんだ大きな瞳と、子供みたいな様子になんだか胸がいっぱいになる。無性にぎゅうと抱きしめたくなったので、そうした。
「なによそれ。来るに決まってるでしょ?今生の別れじゃあるまいし」
頭をぽんぽんと撫でると、わぴこはニコと花のように笑った。
「じゃあまた明日だね!」
「ええ、また明日」
三人それぞれに手を振り、校門へと歩く。
歩きしな、紫色の風船をぶんぶんと降ってみる。
鳶色の瞳を思い出す。
「 ペンキ……」
振り返ると、嘘つきの隣でピンク色の髪の毛がピョコピョコと跳ねている。わぴこが、私に向けてまだ手を振っていた。
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「なあ秀一」
「ん?」
「千歳は、服が汚れるのが嫌だからってペンキを使う作業はしてねーんだわ」
秀一は、葵の睨みには動ぜず、したたかに微笑んだ。
「それにしても葵、ちょっと作りすぎじゃないか?」
教室には、溢れんばかりのバルーンアートが山積みになっている。
「心頭滅却」
葵が、面白くなさそうに、言った。
『平行四辺形関係』
end
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総受けってこんなんで合ってます…?(急な不安)