🏫きんぎょ注意報!🕶🎀(7作)※大工事中
「foxy × foxy」
理事長として管理責任を果たさねば、と少女は息巻いた。つまり、今年も今年とて、この催しにのこのこと着いて来た彼女であったが、前回の反省をいかし、遭難だけはすまいと、今回は最初から参加の形をとった。
「お嬢様たるもの、寝袋でなんか寝れないわ!」
と喚いた千歳が用意したテントは、フェスでもやるのだろうかというくらいに広く「暮らせそう」と感想をもらした者までいたほどだ。運搬と設置は、焼きそばパン一人あたり一個でクラスメートたちに手伝わせた。
千歳にとっての誤算は、わぴこが「普通のテントで寝とぅわい」と言って、このテントを出ていってしまったことだ。これには参った。
鬱蒼とした森に、名も知らぬ夜鳥の声が響き、恐怖を助長した。考えないようにしても、先程聞いたばかりの生々しい怪談話が脳内に回ってしまう。外から漏れ聞こえるぴーこやいなちゃんの寝言のような鳴き声ですら、千歳の体を震わせた。
「無理……」
誰か起きている人がいないか、いれば朝まで話し相手になってもらおう。そんな祈りと共にテントのドアスライダーを開け、外へと出た。
「げ」
二人が声を発したのはほとんど同時だった。夜だというのにサングラスをかけた少年と目があった。彼は自分のリュックの中を探ると、ペットボトルを取り出して数口の水を飲んだ。
「どうした?」
ボトルのキャップを閉じながら葵が小声で言った。辺りの地べたには、寝袋にくるまったクラスメートが転がっている。女子たちは、千歳ほどの規模ではないものの各自テントで眠っているのか、転がっているのはほとんど男子だった。
「ね、眠れなくて」
「あれか、枕が変わると寝れねータイプか。お前、生粋の'お嬢様'だもんなー」
葵は寝袋へ戻ることなしに、その場に座ったままケラケラと千歳を嘲笑った。
「葵が怖い話なんかするのがいけないのよ!山に来てるってのに山の怖い話ばっかりするから!」
「それが醍醐味だろうが。お前だって楽しそうに聞いてたろ」
「楽しいわけないでしょ!どうしてくれるのよ。このままじゃ朝まで眠れないわ!責任取ってよね!」
「責任ねえ」
葵は頭をかきながら面倒くさそうに言った。
この際、話し相手は葵でもいい。いくら彼でも朝まで怪談話はしないはずだ。いや、むしろ怪談話でもいい。とにかく一人では、いたくなかった。
「じゃあ、責任取って一緒に寝てやろうか?なーんてな、あはは……は?」
葵の笑い声は、つかまれた袖の感触によってピタリと止まった。袖をつまむ指から視線をずらし、その顔を見やれば、伏し目がちの長いまつ毛には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「お前……まじで言ってんのかよ」
葵は、はああ、と盛大にため息をついた。
「ったく、しゃあねえなあ」
葵様の添い寝は高いぞ、と言いながら葵は千歳のテントの中へとズカズカと入って行った。
「そ!添い寝なんて結構よ!」
「はあ?そんだけ頼んどいて俺だけ地べたで寝せる気かよ。こんなに!豪華な?ベッドが!あるのに?」
言いながら、アウトドア用の簡易ベッドをバンバンと叩いた。
そして「あー、
「わ、わかったわよ!ただし変なことしたら即!追い出すからね!」
「おいおい、追い出したりして困るのはお前だろうがよ」と言って、葵は無遠慮にベッドへと横になった。あくびをひとつ、そしてサングラスを外すと、立ちつくす千歳に「寝ねーの?」と声をかけた。
葵はベッドの端に寄り、狭いながらに一人分のスペースを作っている。千歳にとって、そこへ横になるのは清水の舞台から飛び降りるよりも勇気のいることであった。
いつまでもたじろいでいる千歳に、葵が痺れを切らした。
「いいから早く来いよ。俺がお前みたいな女に手ぇ出すわけねーだろ」
「な!わかってるわよ!ほんと!失礼なやつ!」
千歳は立腹の勢いのまま、葵の隣へほとんど飛び込むように横になった。背を向けれど、背中ごしにその存在感が伝わり、どうしたって心臓がうるさく鼓動してしまう。
(寝られるわけないじゃない!)
それでも、恐怖に怯えながら一人朝を待つよりはマシだ。千歳は頭の中で素数を数えたり、先程作ったカレーの作り方の手順を反復したりと、とにもかくにも脳内を占める葵の領域を少しでも狭めようと躍起になった。
しかしそれも背面に感じる身じろぎや吐息によって毎度リセットされ、素数は17より大きくはならなかったし、人参を一口大に切る段階で脳内カレー制作は一向に進まなかった。
あげく「おい千歳」と呼ぶその声によって、千歳の肩はびくりと大きく震えた。
「なによ」
「こっち向けよ」
「嫌よ」
「いいから向けって」
(無理に決まってるでしょ!何考えてるの!?)
「狐がいるぞ」
葵の囁きは、まるで獲物を見つけたかのような声質だった。自然豊かな田舎ノ中とはいえ、狐は一度も見たことがなかった。その豊かな尻尾やしなやかな毛並みはさぞ美しかろうと期待とともに体を向けると、千歳の口から「は?」という声が漏れた。
そこにいた'狐'は、ランタンによって照らされテントの天井に映る影絵だった。
葵の長く細い指がコンコン、と動けば、天井の狐もまたコンコン、と愛らしく動いた。
「バッカみたい」
「怖いのを追い出すにはバカやるのが一番なんだよ」
と、葵が笑った。
千歳が、ありがとう、とか、優しいところあるのね、といった言葉を素直に言える性格ならば、とっくに葵に想いを告げているだろう。そうでないのが千歳だった。
あげく、礼のかわりに「ガキね」とあきれたように言葉を投げれば、葵は何を思ったか、怒るでも反発するでもなしに、こう言った。
「中坊なんてどう足掻いたってガキだろ。お前が背伸びしすぎなんだよ」
その瞳は、千歳にとっては数えるほどしか見たことのない、優しい輝きを宿していた。
「葵…」
葵の作る影絵は、鳩だったり犬だったりと次々にその形を変えていく。
お前もやってみな? と葵が言えば、千歳は右手を狐の形にし、そっと頭上へとかかげた。
「コンコン」と声に出せば、そのバカらしさに、日頃の鬱屈とした感情が溶けていくようだった。
しばらく天井で狐を戯れさせていると、視線を天井に集中させすぎたせいか、意図せず、狐を作る葵の指に自分の指が触れた。まるで狐同士が口づけをしたかのような構図になり、千歳の顔へ熱が灯る。
葵は、指が触れたことなど意にも介さないような口調で
「さすが千歳の作る狐だけあって、かわいげがないな」と言った。意地悪そうなその笑顔と、瞳に、吸い込まれそうになる。
いつだって、千歳の心を広い世界へと連れ出したのはわぴこたちだった。彼女たちは、千歳に、転校する前には抱いたことのない感情を数知れずもたらした。
そのうちの一つ、葵だけが千歳にもたらしたもの。
これが恋でなくて、なんだというのか。
ほとんど無意識だった。
「好き」
千歳の口からこぼれた言葉に誰よりも驚いたのは、それを発した張本人だった。途端、千歳は慌てふためき、言い訳がましく言葉を続けた。
「あ、あの…狐…!私、狐、好きなの。品があって、うちで飼ってる動物たちとはワケが違うわよね」
葵の顔が見れない。なんたる失言をしてしまったのだろう。
「俺も好きだぜ」
「えっ?」
葵が少し緊張したような声色で言うので、反射的にその顔を見た。葵の顔が、ほんの少しだけ赤い気がするのは、ランタンのせいだろうか。
「狐。でもよ、世に言う狐のイメージって、釣り目でこズルくて、しかも尻尾もぼわぼわしてるし、なんかちょっとお前みたいだよな」
「こズルい…ぼわぼわ…?」
動揺した頭でも、葵が自分をバカにしているのはわかった。
「葵!」
説教御免とばかりに、葵は、狐の指で千歳の頬へ、つんと口づけをした。
「寝るぞ。明日皆が起きる前に出なきゃなんねーんだからな」
そして、雑な動きで千歳に背を向けた。
「……おやすみなさい…」
葵の背に、小さく言葉をかけると、彼は「おう」とだけ言った。
翌朝、寝過ごした葵と千歳が、クラスメートのからかいの対象になったのは言うまでもないこと。
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