闇の感覚〜after〜
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リビングのテーブルに突っ伏すようにネムリは倒れ込んでいた。
うー、うーとサイレンのような唸り声が、もたれかかった頭とテーブルの隙間から溢れる。
その顔色は少し青白く、眉間にシワが寄っている様子から、余り具合が良くないことが窺えた。
ネムリの顔を照らすリビングの明かりが青白いこともあって、より彼女が苦しんでいるように見えてしまう。
すぐ側にいたマイケルは、オロオロとネムリの周囲を歩き回り、そっとネムリの顔を覗き込んでいる。
「んー…マイケル。平気だから、そっとしておいて…」
眉間にシワを寄せながら、ネムリがマイケルに視線だけ向けて、また机に顔を伏せてしまう。
寝かせた方がいいのではないかと思ったマイケルは、すぐにネムリを抱き上げようと背中に手を回した。
その手をネムリはバシリと叩く。
驚き固まるマイケルに、うつ伏せのまま隙間からジロリと見上げた。
「放って置いて」
マイケルは、今まで感じたことのないような感覚を味わっていた。
視界が真っ暗になって、自分が何もない空間に放り出されたような、暗闇の一部に同化したような、そんな気分だった。
メアリーから包丁で刺され、至近距離でショットガンを撃たれた時ですら、こんな感覚になったことはなかった。
そう、それは一言で表せば、絶望だった。
人生で初めて自分の愛を受け入れ、愛してくれた人からの拒絶に、ハロウィンの申し子シェイプ・ザ・キラーは絶望のどん底に叩き落とされたのであった。
ショックのあまりその場で固まるマイケルのことなど気に留めていないのか、ネムリはやっぱ無理…と一言溢して、亡霊のようにふらりと立ち上がった。
マイケルはネムリのふらつく様子に咄嗟に支えようと手を出しかけたが、脳内にネムリの、放って置いて、がフラッシュバックして硬直してしまう。
今までかいたことのない冷たく気持ち悪い汗が身体を伝う。
凍りつくマイケルに、ネムリはどんよりと落ち込んだ色の目を向けた。
「マイケル…ちょっとナースさんのとこいってくるね…」
フラフラと歩き出したネムリは椅子に掛けた薄手のカーディガンを手に取るとゆっくりと階段を登っていった。
はっとしてマイケルは、階段の方へと走り出し、出入り口を塞ぐチェストをどかして、無意識にネムリの手を掴んで優しく外へと連れ出した。
そこまでしてからマイケルはハッと気づいたようにネムリの手を離す。
脳裏にまたあのネムリの姿がよぎり、大男なのにまるで子犬のように震えてしまっていた。
「ありがと。マイケル…多分1、2時間くらいで帰ってくるよ。行ってきます…」
恐れていたのとは正反対の優しい、けれど少し青白い顔でネムリは微笑んでいた。
力なくひらりと手を振って家の外へと歩き出していった。
その後ろ姿をマイケルは呆然としたまま眺め続けていた。
それが、朝方の話だったそうだ。
普段はマイケルとネムリしか立ち入らない部屋の中で、4人の若者たちはそれぞれ考え込んでいた。
「んー…なるほどなぁ。それでシェイプさん見たことねぇくらい沈んでたワケねぇ」
椅子に座って背伸びをしながら、フランクはうんうんと頷いた。
「そりゃあ、びっくりもするよね。だってネムリさんとシェイプさんって仲良し夫婦って感じで、喧嘩とかイメージできないもん」
スージーもうんうんと頷く。
「まぁ、そのなんだ。別に別れるとかじゃないんだし大丈夫だろ。元気出して下さいよシェイプさん…」
ソファの影で小さく(体格的に全く小さくないし隠れてない)蹲って俯くマイケルの側で、ジョーはあれこれと話しかけるが、当のマイケルは墓石にでもなったようにじっと動かない。
フランクの思いつきで「シェイプ夫婦んとこでお茶しようぜ!」とやってきたものの、見たことがないほど落ち込んでいるマイケルを目撃し、度肝を抜かれたのがつい先程のこと。
話を聞いてあれやこれや話したり、励ましたりする中、ずっと黙り込んでいたジュリーが口を開いた。
「…ねぇ、もしかしてネムリさん…妊娠したとか…?」
ジュリーの声に、へ?とかの抜けた声でスージーが答える中、男3人、特にマイケルが大袈裟なくらい仰け反った。
「なっば!?ジュリーバッカお前っな、何を根拠にそんなっ」
「なにキョドッてんのよバーカ。そうっぽくない?って言っただけじゃない。具合悪そうで、本人体調不良の原因わかってそうで、ナース姉さんのとこ行ったんでしょ?可能性としてはあると思うけど」
あからさまに動揺するフランクを冷ややかに見ながら、ジュリーは理由を並べていく。
ふんふんと納得したように、スージーとマイケルが頷く。
訝しげにジョーは腕組みをして首を傾げる。
「いやでもよ?それならシェイプさんに冷たく当たる意味がわからなくないか?第一シェイプさんに身に覚え…」
そこまで言ってリージョン達はジッとマイケルを眺める。
マイケルは少しだけ目線を逸らして頬をかいた。
「あるな」
「あるわね」
「あるね」
「あるみたいだな」
照れ臭そうなマイケルから目線を外して、4人は再び話し始めた。
「妊娠したら体調崩れたみたいになったりすんのよ。吐き気がしたり、しんどくなったり。妊娠を不安に感じて辛く当たっちゃったとかもあり得ない話しじゃないし」
「あ!聞いたことある。マタニティブルーってやつだね」
「マジか…シェイプさん…マジか…羨ましい…」
「フランク、お前は何にショック受けてんだよ…」
男性陣女性陣でそれぞれ話が盛り上がっていく中、頭上に位置する、部屋の入り口付近からガタン、と物音がした。
4人が驚いたように頭上を見上げる中、普段の儀式中に見たことがないほど迅速に階段を駆け上がり、部屋を飛び出していくマイケルの姿があった。
ガタガタと音がした後、うわぁ!?何事!?と聴き慣れた女性の悲鳴が聞こえた。
四人共顔を見合わせると、マイケルの後に続いて部屋の出口に向かっていった。
「もぉ何!?どうしたのマイケル?く、るしいってば!」
部屋を出た先では、腕の中に閉じ込めるように、ぎゅうぎゅうとネムリを抱きしめるマイケルと、そんなマイケルをなんとか引き剥がそうとしているネムリの姿があった。
ボソボソと、聞き覚えのない低い低音が微かに聞こえてくる。
四人がその様子を眺めていると、四人に気づいたネムリが声をかけてきた。
「あ、リージョンのみんな!ねぇちょっとマイケル剥がすの手伝ってくれない?さっきから二人とも幸せにするとか一生守るからとかよくわかんないこと言って離してくれないの!」
「あ、この低音シェイプさんの声?うわ、てかシェイプさん話せたんだ…」
「フランク、多分驚くとこそこじゃないぞ」
「そ、そうだね!とにかく早くネムリさん助けないと!お腹の子が潰れちゃう!」
スージーの声にハッとしたようにマイケルが慌ててネムリを離し、今度は逆に心配するようにオロオロとお腹や背中を優しく撫で始めた。
撫でられてるネムリは目をパチクリとさせ、首を傾げた。
「へ?お腹の子…?何のこと…?」
ネムリを除く5人の空気が凍りついた。
「っあっはははははっ!!!なぁんだ!そんな事になってたの?っあはははは!!!」
部屋に入った後、全員分の飲み物を用意してからマイケルの隣に腰掛けたネムリは、話を聞いて大声で笑った。
ネムリ以外のリージョン達は驚いたようにお互い顔を見合わせ、マイケルは先ほどよりはマシにはなったものの、まだしょんぼりと項垂れている。
そんなマイケルの頭をよしよしと撫で、ネムリは笑いながら話し始めた。
「ごめんねみんな。心配かけて。妊娠じゃなくて、ただの偏頭痛。あんまりにもキツくてナースさんにお薬貰いに行ったのよ。」
ネムリの説明にジュリーとスージーの二人はなるほど、と言ったように頷いた。ジョーと、特にフランクは納得出来てないようで訝しがな顔をしている。
「で、でもよぉ?それならシェイプさんの手叩いたのは何でなんだよ?なんとかイエローになってたんじゃないのか?」
「フランク、ブルーな。マタニティブルー」
呆れたようにジョーが訂正する様子も、ネムリは楽しそうに笑って見ていた。
「あぁ…あれは私が悪いの。…ごめんなさい。マイケル。私本当にしんどくて身動きするのも嫌で…なのにその…いつもみたいにベッドに連れ込まれるのかとおもっちゃって、今は流石に死んじゃうと思って……でも、心配してくれたのに、勘違いでキツく当たってごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに、悲しげな表情で俯くネムリを、励ましたいのかオロオロとするマイケルに、冷たい視線が突き刺さる。
「シェイプさん…最低…」
「無理やりはちょっと…」
「気持ちは分からなくもないが…いや、羨ましいわ…マジで…」
「フランク、ちょっと黙ろうぜ。な?」
男性陣と女性陣それぞれに違う目線を受けながら、マイケルもまたしゅん、と落ち込んだ。
その後、何事もなかったかのようにみんなで夕食を共にし、リージョン達は帰って行った。
帰り際女性陣に「ネムリさんを大事に!!」とマイケルは釘を刺され、また少ししゅん、としてしまった。
部屋に戻り、二人きりになってから、マイケルはネムリを後ろから優しく抱きしめた。
自分の身体に回された手を、ネムリはそっと握り返す。
ー…ごめんネムリ…無理させてた…ー
「んーん。私こそ、ごめんね。ちゃんと言えばよかったのに、酷いことして…」
ー…これからは、もっと言葉にする。努力、する…ー
しゅんとした様子のマイケルに、ネムリは小さく笑った。
抱きしめる腕をトントンと叩いて、力を緩めてもらって振り返る。
マスク越しに不安げな目がちらりと見えた。
「私も、ちゃんと言葉にするね…それと、」
少し顔を赤らめてから、ネムリは、つっとマイケルの耳元へと口を寄せた。
「…やじゃないよ…ベッドに運ばれるの…」
ちゅ、と可愛らしいリップ音が頬の辺りからした。
驚いてマイケルが顔を向けると、ネムリは、へへ、とはにかんだ。
「次は本当にしたいね、パパ…なぁ〜んちゃってぇえ!?」
気づいた時には身体が宙を浮き、慌てて伸ばした手はマイケルの首の後ろに回されていた。
目を瞬かせて、マイケルに抱き上げられた事実を理解したときには、もう遅かった。
今度はマイケルがネムリの耳元へと口を寄せる。
ーネムリ…抱くね…ー
瞬間ネムリの顔は真っ赤に染まる。
口をパクパクさせるネムリの頬に口づけを落とし、マイケルは軽い足取りで寝室へと向かっていく。
「なっ!?まっ!?ち、違うっ!!言葉にするってそういう意味じゃっ!?やぁああ」
ネムリの悲鳴は、マイケルと共にドアの向こうへと吸い込まれるように消えて行った。
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