幽霊とウサギ(ゴスフェ)
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ふと気づいたら、知らない場所にいて、知らない人に見つめられていた。
なんて、物語や映画でよくある話。
タイムスリップや、異世界転生のときに、その世界の住人が親切に声をかけてくれて、冒険がスタートするっていうお決まりの展開。
現実にそんな不思議なことが起こるはずなんてない。
…そう思ってた。昨日までは。
「ん…」
頭がぼーっとする。
モヤがかかったみたいな、うまく意識が浮かび上がってこない感じ。
重たい瞼を、なんとか持ち上げて、目に映ったのは、
「っひゃっ!!」
泣き顔みたいな形の真っ白い仮面に、黒いローブを纏っている人?だった。
こちらを覗き込むような姿勢でぴくりとも動かない。
ただ、見られていることだけは間違いない。
起き上がった動きに合わせて、仮面の首も動く。
人なのか人形なのかわからず、取り敢えずそっと手を伸ばしてみる。
「おはよう子ウサギちゃん。」
仮面越しのくぐもった声が聞こえた。
伸ばした手をぱしりと捉えられ、戯けるように急に動き出した相手に、私はただ固まった。
「あっう……だ、だぁれ?」
おずおずと、相手を伺うように尋ねる。
自分でも微かにこぼれた程度の、何とも情けない声だった。
ローブで覆われた肩が震えている。
ククッと声が聞こえる様子から、どうやら笑っているらしい。
「俺はゴーストフェイス。ゴスフェでいいよ」
「あ、あの…えっと」
声の感じから男の人なのは何となくわかる。
でも、なぜこの人に見つめられているのか、そもそもこの人は誰なのか分からず、怖くて身体が勝手に震える。
「怖がらなくても大丈夫。何も酷いことなんてしやしないよ」
「っあ、あの…わたし…どうして、ここに…?」
おどおどと挙動不審に辺りを見回す仕草は、まさしく小動物のそれだった。
仮面の下、ゴーストフェイスの口元はだらしないくらいにやけていた。
「かわいいなぁ… ネムリ」
「…えっ?…わ、わたし?」」
知らない名前にびくりと体を竦ませる。
この人、今たしかに私を見てネムリって言った…。
「そ。俺の可愛いネムリ…」
仮面の人が手を顔に向けて伸ばしてくる。
真っ黒い手がゆっくりとこちらに迫ってくる。
ひっ、と喉に悲鳴が張り付いた。
「やっ!…ち、ちがう!わたしネムリじゃない!」
払い除ける勇気もなく、震えるままに黒い革手袋に頬を撫でられる。
ひんやりと冷たい感触に背筋が震える。
震えるわたしの頬を、不気味なくらい優しくゆっくりと、仮面の人が遠慮なく撫で回す。
頬をなぞる手が、わたしの耳を撫で、髪を撫で付ける。
「いいや。何も違わない。君はネムリ。俺だけに与えられた、俺の可愛いウサギちゃんだよ」
そっと抱き寄せられて、耳元に囁かれたのは、まるで悪魔の囁きだった。
いいこいいこ、と頭を撫でられながら、ネムリは顔が真っ青になっていった。
「どっ…いうこと…でしょうか?わ、わたしは…わ、たし…は…?」
目を見開く。おかしい…。何かおかしい…。
身体が震えてくる。
間違いなく、わたしは恐怖を感じていた。
なぜ…?
名前が……思い出せない。
ドッと冷たい汗が噴き出す。
冷や汗が止まらない。
身体の震えは、ガタガタと音を立てるほど激しくなっていた。
思い出して…
わたしは、わたし。
日本生まれで、お父さんお母さんもいて、友達もいて…
可愛いものが好きで、読書が好きで…
好きなものも、ことも、今まで生きてきた思い出も、家族や友人の顔も思い出せる。
でも…でもっ…
息が荒くなってくる。
どんなにどんなにどんなに考えても、
…自分の名前だけが思い出せない。
寝ぼけているとか、ど忘れしてるとか、そういう感じじゃない。
嘘…ッ…嫌ッ…
わたしの名前だけ…元からなかったみたいに頭から抜け落ちている…
視界がぐらつく。
自分の存在が、揺らぐ恐怖。
不安と心細さでどうにかなってしまいそうだ。
震える身体を、力ない腕で抱きしめる。
それでも震えは止まらない。
「あっ…ッ…は…ぅ…」
不安と恐怖で、胸が溜まりそうだ。
呼吸をしているはずなのに、息がうまく吸えない。
酸素が脳に回らない。何度も息を吸おうとしても、身体に空気が取り込まれている感覚がない。
カタカタと身体が震えだす。
手足が痺れて感覚が抜けていく。
頭が、視界が白くなっていく。
だ、め…こ、わい…
浅い呼吸と共にだんだん視界が明滅していく。
わたし……は…だれ…
くらり、身体が倒れそうになった。
「落ち着いてネムリ」
ブラックアウトの寸前に、首筋に感じた誰かの吐息と、柔らかい感触。
ギュッと抱きしめられる身体。冷えた身体が温もりに包まれる。
「ハッ…ハァ…ぁ……あ…ぅ…」
「大丈夫。何も怖くない。ほら、大丈夫。ゆっくり息吸って…吐いて…そう。いい子だ…」
耳元で聞こえる囁きの命ずるままに、ゆっくりと息を吸って…吐いてを繰り返す。
鼻腔に感じる痺れるような、怪しい魅力に満ちた香り。
落ち着くような、頭が痺れるような…よくわからない感覚に、身体が侵されていく。
暫くすると、ネムリの身体はすっかり強張りが解け、完全にゴーストフェイスに身を預けていた。
ゴーストフェイスも、自身が抱きしめるネムリの身体が、柔らかく自分の手に馴染んでいることに、内心で歓喜の悲鳴を上げていた。
「大丈夫かい?ネムリ」
「あ、ぅ…は、はい…なん、とか…」
「よーし。いいこいいこ。何も怖くないよ。安心して」
不思議…。
さっきまで怯えてたはずなのに、この人の手で頭を撫でられると、とても、安心する…。
ネムリが、自分に頭を撫でられながら、うっとりと目を細めている。
ゴーストフェイスは、抱きしめ尽くしたくて仕方なかったが、怯えさせないようにと、必死に理性で自身の欲を押さえつけていた。
「あ、の…」
ネムリが口を開く。先程よりはしっかりとした声だ。
「ん?何だい?」
「わ、わたし…自分の名前だけ、わからないんです…」
「んー。それがどうかした?」
「えっ…?だって…名前が、わからないんです…」
不安げに眉を寄せ、ネムリはゴーストフェイスを見上げる。
心細そうな、か弱い、可愛いウサギ。
ゴーストフェイスはまた仮面の下で笑った。
「そんなの心配しなくていいよ。君は君、君の名前はネムリだよ。それでいいでしょ?」
優しい囁き。それでいいや…と、思わせてしまうくらい、安心感に満ちた、穏やかな声。
頭の片隅に、違う、という自分もいる。
でも、この人に抱きしめられて、頭を撫でられていたら、どうでもいいと、だんだん思えてきてしまった。
「わたし…」
「君はネムリ。俺だけのネムリだよ。大丈夫。ずっと俺がそばに居るから。何も怖くないよ。大丈夫…」
暖かい腕の中、ネムリはそっと目を瞑ってうなずく。
ゴーストフェイスの服の裾を、縋り付くようにネムリの手がそっと掴む。
あぁ…本当に堪らない…!
ゴーストフェイスはもう自分の衝動を抑えられなかった。
抱きしめたネムリの身体をそっとベッドへと横たえる。
ネムリの瞳が不安そうにゴーストフェイスを見上げる。
「本っ当に可愛いなネムリ…。」
はぁ、とゴーストフェイスの仮面の下に吐息が溢れる。
「…あ…の…」
再び怯えたようにネムリが身体を震わせる。
「大丈夫。ネムリを思いっきり愛したいだけ。何も酷いことはしないから。」
「あ…ぅ…」
二人分の体重を受けて、ベッドが軋む。
どこまでも優しい声音で、穏やかに、宥めるようにゴーストフェイスは囁き続ける。
「愛しくて堪らないんだ。俺に、ネムリの全てに触れさせて?」
ゴーストフェイスがネムリの手を取り、仮面の下へと導いて、その細い指先に口付ける。
柔らかく、暖かい。
ゴーストフェイスの唇が触れた指先が、熱を浴びる。
「あ……の」
ネムリの声は震えていた。
微かに甘い雰囲気と、頬に朱がさしている。
その様子には不安と共に、愛されることへの期待が伺える。
あぁ…本当に最高だこの子。
愛されることを、本能的に求めてる。
ゴーストフェイスは期待と興奮に身体を震わせ、そっと仮面に手をかけた。
「愛してるよ。ネムリ。」
カラン、と画面が地面に落ちる音と共に、二人の影が重なった。