闇の感覚(マイケル)
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儀式が終わった。
なんの意味もない、成果もない、ただの儀式を終えて、僕は1人家に向かう。
ネムリの居ないただの家に。
惰性のような形でただ機械のように歩いていた。
足が重い。自分の足の筈なのに、動かすのが億劫で仕方がない。
足取りは重すぎて、ただ動いているだけだ。
多分、墓石を持って儀式に参加して獲物を追うときよりもとろい動きになっている事だろう。
もう、何もかもどうでもよかった。
ネムリが居ない。
僕のネムリが居ないんだ。
どこにも居ない。連れ去られて、居なくなって、見つけることすらも出来なかった。
首筋がずきりと痛み、僕は首を抑えた。
とても緩慢な動作で抑えたそこは、傷痕があるだけで、もう何も違和感はない、筈だ。
でも、ずきりと痛む。痛み続ける。
痛いのは首なのか、心なのか、一体何なのか。
訳がわからなかった。
僕は多分、絶望しているんだろう。
ネムリが居ない。… ネムリが居ないんだ。
僕の隣に、ネムリが居ない…。
居なくなってしまった。
ふと、先ほどのローリーの言葉が頭をよぎった。
「貴方がどんなに執着しようと、閉じ込めようと、彼女の心だけは、彼女以外にはどうにも出来ないわ」
「貴方を選ぶかどうか、最後に決めるのはネムリ自身よ」
おかしいな。
大切な、目に入れたとしてもちっとも痛くない大好きな妹の筈なのに。
ローリーの言葉が痛くて痛くて仕方がない。
胸が火で炙られたように息苦しい。
脳裏に浮かぶローリーの顔にこの包丁を突き立ててしまいたい。
やめてくれローリー。
言わないでくれ。
そんな事を僕に言わないでくれ。
僕は好きで、大好きで、なによりも愛しているんだ。
愛して愛して愛して愛し尽くして、とびきり大事にしたいだけなんだ。
僕を愛してだなんて、思い上がったことを言うつもりはない。
そんなつもりは微塵も無いんだよ。
強いるつもりも無いんだ。
ネムリ…
ネムリ……
脳裏に浮かぶ愛しいネムリの姿に、僕は胸がえぐられるような感じがした。
僕は…僕はただ……
僕の愛を、受け止めて欲しいだけなんだ。
君を愛していると、何物にも変えがたい宝物なんだと、分かってて欲しいだけなんだ。
「貴方を受け入れる人間がいることを、居もしない神に祈ってあげるわ」
ローリー。
大好きな僕のブー。
可愛い君が憎たらしくて仕方ないよ。
僕に…
僕に……
僕が押し殺して気付かないようにしていた、気付きたくなかった浅ましい願望を、僕に突き付けないでくれ。
僕に気付かせないでくれ。
痛い。痛くて、痛くて仕方ないんだ。
息苦しくて仕方ない胸を掻き毟ってしまいたい。
僕が…
僕が…
……愛されたいだなんて。
僕はネムリを見ているだけで、触れられるだけで、抱きしめられるだけで、それだけで幸せだと思ってた。
でも
ネムリの唇と触れ合う度に
身体の奥深くまで繋がる度に
彼女に僕の渾身の気持ちを込めて愛してるの言葉を伝える度に
…心のどこかで、彼女からも同じ気持ちを抱いていて欲しいなんて、思ってしまったんだ。
叶わない、有り得ない夢なのに。
血の繋がった実の妹ですら、僕から逃げようとするのに。
どんなに気持ちを伝えても、帰ってくるのはガラス片くらいだ。
無い物ねだりをしたところで、虚しくなるのはもう勘弁して欲しいんだ。
僕は、僕の愛を伝えたい。
僕の愛が伝わって欲しい。
ただ、純粋に一点の曇りもなくそう思っていた。
…思おうとしていたんだ。
僕に求める事の残酷さを突きつけた君が、
僕を受け入れる人が居たらいいなど、有り得ない夢を見せるような、叶わない願望を抱かせるようなことを言わないでくれ。
大好きなブー。
君は、なんて残酷で酷い子になってしまったんだ。
ただ、君を大好きなだけの僕に、なんでこんな痛めつけるような仕打ちをしてくるんだ。
僕は、愛してるだけなのに……
それだけなのに…
いつのまにか、我が家についていた。
カボチャのランプがぼんやりと家の入り口を照らしている。
見慣れたカボチャがなんだかバカにしてきているように見えた。
早く視界から消してやりたくて、重たい脚を無理やり引き摺って家の中へと入っていった。
チェストの置いてある部屋だ。
出て行った時となんら変わらず、チェストが階段脇に除けられたままだった。
足が動くままに階段の方へと近づいて行った。
今日はもう、このままソファででも寝てしまおうか。
ネムリが居ない部屋なんかに居る意味なんてない。余計に胸が苦しくなりそうで、居たくなどなかった。
通り過ぎざまに動かした視界の先で、消したはずのランタンの灯りが揺れていた。
ネムリ…?
僕は、弾かれるように階段を駆け下りる。
もどかしくなって途中から飛び降りると、部屋の奥からきゃっ、と可愛い悲鳴が聞こえてきた。
僕は声のする方へ両手を伸ばして走っていた。
ローリーから受け取った鍵のおかげで、私は無事にマイケルの家に帰ってこれた。
初めてつれてこられた時は不気味でしかたなかったジャックオランタンが、なんだか出迎えてくれてるみたいで可愛く思えてしまった。
ギシギシと音を立てる床を踏みながら、住み慣れた地下室へと続く階段を降りていく。
パチリと電気のスイッチを押すと、小さなランタンの光が当たりを暖かく照らしだした。
「わっ!?あぶなっ…」
電気をつけてすぐ、階段の下に散らばる工具と、謎の金属片の山に、ネムリは慌てて踏み出そうとした足を止めた。
よくよく見ると、なんだか見たことがあるような気がする。
これ、私の足につけられてた枷…?
どうしてこんなに粉々に…って、犯人は1人しかいないか…
ぞっとしつつも、ネムリは顔を少し引きつらせて苦笑した。
相変わらず、マイケルの馬鹿力は健在だったようだ。
どうか、怒りの矛先がキャンプのみんなに向かいませんように、と祈りながら、ネムリは散らばった工具と金属片を片付けた。
部屋の中を見渡すと、何か事件でもあったのかというほど、部屋の中はとっ散らかってしまっていた。
物は散乱しているわ、クローゼットやバスルームの扉は開きっぱなし、椅子は床に倒れているわ…
普段散らかさないマイケルが、こんなに部屋をめちゃくちゃにするなんて…
…そんなに必死に、私のことを探していたの?
勝手ににやけてくるほっぺたを抑えて、ネムリは少しだけ喜びを噛み締めていた。
気を取り直して、まずは片付け!と、ネムリはまず手近に散らばった物から拾い始めた。
暫くして片付けが終わった後、私はキッチンにある冷蔵庫を開けた。
最近は私がご飯を作るようになっていたから、食材も調味料もたくさんある。
マイケルがいつも調達して帰ってきてくれるのだ。
冷蔵庫を見ながら今日はオムライスにしようかな?と思いながら材料を取り出し、手際よく準備を進めていく。
材料を炒めながら、ケチャップでハートを描いたら、どんな反応するんだろう?とか、またいつかの初めてご飯を作った日みたいに、抱え上げて回り出すのかなあ?なんて、幸せな空想にふけってしまった。
スープやサラダも準備し、後は食卓に運ぶだけと、一息ついた時だった。
背後からダンッ!!!と、何か重いものを床に叩きつけるような音がした。
びっくりして、その場で悲鳴を上げてしまった。
「きゃっ!?」
何事!?と、振り向くよりも早く、私の体は力強く抱きしめられていた。
ドキドキして、落ち着いて、大好きな人の香りが私を包み込んでいる。
胸がどくんと騒いで、息が詰まりそうだった。
笑顔で出迎えようと、色々と伝えたいこともあったのに、いざとなると何も言葉が出てこない。
抱きしめてくる腕が、背後から体を包み込む温もりが、鼓膜をくすぐるラバーマスク越しの荒い呼吸が、胸を締め付けて目から勝手に涙が溢れてくる。
「っ!……マイケルっ…」
辛うじて口から出たのは、情けなく震えた彼の名前だった。
あぁ、どうしよう。止まらない。
止められない。
涙と一緒に、彼への気持ちが際限なく溢れてきて止められない。
「マイケルっ…マイケル……」
名前を呼ぶと、答えるように何度も抱きしめてくる。
暖かくて、脳の奥がくらりとくる、マイケルの匂いがする。
振り返ろうとすると、離したくないと言わんばかりにまた強く抱き竦められた。
「っマイケル…顔が見たいよ」
マスク越しに息を飲む気配が伝わってきた。
私を抱きしめる腕が震えている。
少しだけ力が緩んだ腕の中、それでも以前として腕からは抜けられない程度に抱きしめられたまま、私はもぞもぞとなんとか動いてマイケルと見つめあった。
マイケルは、いつもと同じ白いマスクで、暗い眼窩からじっとこちらを見ていた。
でも、いつもと違うのは、疲れ切ったような、怯えたような蒼い目がこちらを覗いていたことだ。
ネムリは、そんなマイケルの目を見つめ返す。
なんだか泣き出してしまいそうなマイケルの目に、ネムリは胸の奥がぐっと締め付けられたような気がした。
「マイケル…急に出て行ってごめんなさい」
マイケルは何も言わずに、またネムリを抱きしめる力を強めた。
離すまいと、1ミリも離れまいと身体がぴたりとくっつく。
少し息苦しいけど、でも、私ももう1ミリたりとも離れたくなかった。
「っあのね…わたし、私ね、悩んでた。マイケルとのこと、キラーとサバイバーのこと…」
抱きしめるマイケルの手が、震えていた。
マイケルは聞きたくないというようにネムリの肩口に顔を埋める。
ネムリは、そんなマイケルの背に両手を回して、しっかりと抱きしめ返した。
腕の中で、自分より遥かに大きい人が震えている。
ぎゅ、と抱きしめて頬をすり寄せる。
「でもね、離れてわかったの。立場とか、そんなのどうでもいいから…私、マイケルから離れたくないって」
「…っ!?……」
マイケルの力が少し緩んだ。
ネムリはマイケルの耳元へと口を近づける。
たった一言伝えたいだけなのに、今まで感じたことがないくらい、体が震えて緊張してしまう。
どうか、彼に届きますように。
伝わりますように。
気持ちを伝えるのって、こんなにも体が震えてしまうものなんだ。
いつも、何度も何度も伝えてくれていたマイケルを、すごいなぁなんて思ったりもした。
どくどくと煩い心臓を押し退けて、ネムリは緊張で震える声で呟く。
「私もね、マイケル……誰よりも愛してる。もう離れたくないの」
まだ、体が震える。
顔が熱い。
マイケルの反応が、少し怖い。
そっと伺うようにマイケルを見上げてみると、マイケルは硬直して立ち尽くしていた。
そして急に手を上げたかと思うと、自分の頬を抓っていた。
痛かったんだろう、少しだけくぐもった唸り声が聞こえた。
「ま、マイケル…?大丈夫?」
そっとマイケルの頬に手を添える。
マイケルはされるがまま、じっとこちらを見つめてきていた。
マスクからこちらを伺っている目が、不安げに揺れている。
何処にも行かないでと言っていた、あの時とよく似ていた。
こんなに身体の大きい男の人なのに、なんだか小さな子供みたいに見えた。
ネムリは宥めるようにマイケルの頭を撫で、そっと両頬に手を添え、見つめ合う。
「夢なんかじゃないよ…夢になんてしないで。私は、本当にマイケルを愛してるの。もう、離れたくないの。…ずっと、そばに居させて?」
耳元にマイケルが口を寄せてくる。
私は目を閉じて、鼓膜を震わせてくるマイケルの声を全身で受け止める。
ー……本当に?…本当にこの僕を愛していると…?ー
ー…僕が君を愛しているのと同じくらいに…?ー
ー……本当に?ー
手は逃さないとばかりにしっかりと掴んでいるのに、マイケルの言葉はとても臆病で、震えていて、なんだか可愛く思えて少し笑ってしまった。
「私、ここに帰ってきたんだよ?自分の意思で、ここに居たかったから帰ってきたの。貴方と、愛し合いたいから」
私の頬にマイケルの大きな手が触れる。
ゆっくりと首を傾げて、私の目をじっと覗き込んでくる。
私の心の奥の奥まで覗き込もうとするかのようにこちらにグッと顔を近づけて私の目を凝視する。
私は、近づいてきたマイケルの顔に手を添え、マスクをずらした。
びくりとマイケルが身体を竦める。
でも、いつものようにマスクから慌てて私を引き剥がそうとはしなかった。
白いマスクの下にあった、マイケルの素の唇に、私は自分の唇を重ね合わせた。
最初は固まっていたマイケルの唇が、次第に私の唇を食むように何度も啄んでくる。
頬に添えられていた手が、いつのまにか私の後頭部に添えられ、もう一方の手が私の腰を掴んでぐっと引き寄せている。
初めてのキスってわけでもないのに、とても熱くて、柔らかく触れ合う唇から、体が溶けて行ってしまいそうなくらい心地よかった。
私はそっと、自分からマイケルの唇を舌でペロリと舐めあげる。
一瞬だけマイケルが固まった隙に、ネムリは再びマイケルのマスクに手を添えた。
マイケルが息を飲む気配がする。
「ねぇ。マイケル。…お願い。マスク外してもいい?…マイケルの全部を見たいの…。…お願い。何の隔たりもなく、貴方の全部を受け止めたいの…」
度々身体を重ねるごとに、顔を見せるのを拒まれて、不思議と踏み込み切れない領域のようなものが出来ていて、私は悔しくて、悲しかった。
今ならわかる。
私を愛してくれるマイケルと同じように、私にマイケルを愛させてくれないことが、切なくて、苦しかった。
マイケルが私の全部を求めたように、私もいつのまにかマイケルの全てが欲しくなってしまっていた。
だから、お願い…どうか拒まないで。
マイケルのマスクを掴む両手が震えた。
祈りながらマイケルを見つめていると、マスクを掴むネムリの手をマイケルがそっと掴んでマスクから外した。
ネムリの顔が、泣きそうに歪んでいく。
今にも涙をこぼしそうな潤んだ目元にマイケルは、そっと口付けると、自身のマスクに自ら手をかけた。
ゆっくりと、ネムリの目の前で、見慣れたマイケルのマスクが剥がされていく。
口、鼻と整った色白のパーツが現れてくる。
いつもマスク越しにこちらを見ていた、透き通った氷のような綺麗な蒼色の瞳から、視線が逸らせない。
いつもと違うランタンの光を受けてキラキラと輝く金色の髪が、マイケルの首元に纏わりついている。
いつものマスクと同じような無表情だったけど、こちらを射抜くように見つめる目に微かな不安が揺れているのも見えた。
マイケルの頬にそっと手を伸ばす。
マスクと少し違うけど、ひんやりとした冷たい素肌だった。
顔の凹凸に沿って、マイケルの素肌に触れていく。
マイケルはじっとこちらを見つめたまま、形を確かめるようにベタベタと触る私の好きにさせてくれていた。
マスクをしてる時も、してない時もどちらも胸が熱くなってうるさいくらい騒いで、抱きしめ合いたくて堪らなくなる。
込み上げる喜びが、ぽろりと目の端から溢れていった。
「…やっと、マイケルの全部に触れられた。マイケル、私も、マイケルが欲しい。マイケルを全部愛し尽くしたい。マイケル…愛して」
最後の言葉は、噛み付くように口付けてきたマイケルの口に塞がれて、うまく言葉にならずに消えていった。
2人揃って合間に溢す熱い吐息と、深く求め合い、絡まり合う舌が奏でる水音が、静かな2人だけの世界に響く。
独りよがりでしかなかった、愛に飢えた殺人鬼と、殺人鬼の愛で目覚めた生存者の2人の物語は、まだ始まったばかりだ。
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