闇の感覚(マイケル)
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「ネムリ!!!よかったぁ!!」
珍しく泣きそうな顔のフェンミンが抱きついてきた。
私もフェンミンの背に手を回して抱きしめ返す。
「ネムリ、どこも怪我はしてないの?本当に大丈夫?」
メグも心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「帰ってきてくれてよかったよ!おかえりネムリ」
ドワイトが優しく肩を叩いてくれる。
「悪かったな。守ってやれなくて。」
ジェイクがぶっきらぼうに目を逸らしながら頭を下げてくる。
その肩をデイビッドが格好つけてんじゃねぇよ!と小突き、ジェイクが思い切りデイビッドを睨んだ。
今まで通りの、少し懐かしい仲間たちのやりとり。
本来なら笑顔になれたはずなのに、ネムリの顔は曇ったままだった。
「…うん。何ともないよ。心配かけてごめんね」
何とか目と口を動かして、笑顔を作る。
話しかけてきたみんなの顔が曇るのがわかった。
空元気なのは丸わかりだろう。心配をかけて申し訳ないなあ、と思うけれど、どうしても、心からの笑顔を浮かべられなかった。
「ともかく、無事でよかったよ。疲れてんだろ?取り敢えずゆっくり休みな」
ネアが微笑んで頭を優しく撫でてくれた。
「…うん。ありがとう、ネア。」
一人にしようとしてくれている心遣いが、とてもありがたかった。
心の隅にチラつく白いマスクの殺人鬼に、会いたくて仕方なかった。
落ちそうになるため息を堪えて、重い足取りで馴染んだテントに向かう。
一人テントに向かうネムリの背中をじっとローリーだけが見つめていた。
自分のテントは、おそらくみんなが手入れをしてくれていたんだろう。
マイケルに連れ去られる前のままだった。
見慣れていたはずの寝袋も、部屋の片隅に置いてある救急箱や工具箱も、何か見知らぬ、どうでもいいものにしか見えない。
寝袋の枕元に置いたランタンがか細い光を放っている。
「ランタン…」
チカチカと明滅する頼りない光は、あの地下室で見慣れた灯りによく似ていた。
そっとランタンを撫でる。
目を閉じると、彼の顔が頭に浮かんだ。
私に触れる手が、抱きしめてくれる温もりが、いつも囁いてくれる愛してるの言葉が、恋しくて堪らない。
目を開けるとランタンの灯りがぼやけて見えた。
唇が震え、頬を冷たい滴が伝い落ちていく。
「…マイケル…」
やっぱり、たとえ間違っているとしても、仲間のみんなに、後ろ指刺されることになっても、それでも、マイケルのことを忘れることなんて、離れることなんてできないと、連れ戻されて思い知らされた。
「……マイケル…」
「そんなに兄さんがいいの?」
呟いた一言に、背後から凛とした声がかかる。
とっさに涙を拭って振り返ると、テントの入り口にローリーが立っていた。
腕組みをして冷ややかな目でネムリを見据えている。
「…ローリー」
「正気とは思えないわ。なぜ泣くほど兄さんに執着できるの?」
ローリーがテントの中に入ってきた。
ネムリの前で立ち止まると、今にも涙が溢れそうな目元をそっと拭う。
ローリーの指が冷たく濡れた。
「あなた自身、目の前で仲間を殺され、連れ去られ、暗い地下室に監禁されて、トラウマになりかねない経験をさせられた。奴が相手だもの。命の危機だってあったはずよ?」
ローリーの目はネムリを心配する気持ちがありありと浮かんでいた。
それがわかるからこそ、ネムリは目を伏せるしか無かった。
「奴の執着は異常よ。まともじゃないし、常識なんかじゃ測れない。いっときの気の迷いや、それこそ吊り橋効果なんじゃない?」
「っ!それはっ、違うっ!!」
自分が思っているよりもハッキリと、大きな声が口から飛び出た。
ネムリ自身も驚き、ローリーも驚いて目を見開く。
二人して少し固まってしまった。
気まずさを感じながらも、ネムリはおずおずと、口を開いた。
「さ、最初はすごく怖かった。今でも、みんなが…みんなが殺された時の光景は忘れられないし、ゾッとしてる…でも、でも…」
ぐっ、と言葉に詰まってしまう。
マイケルのことが好き、ただそれだけを伝えるだけなのに、この一言を言ったら、取り返しがつかなくなる予感がしている。
怖気付くネムリの背を、ローリーが押してくれた。
優しい眼差しで、ゆっくりと頷き、ネムリの言葉を促す。
途端堰を切ったように感情のまま言葉が溢れ出した。
「っ…私に、優しく触れてくれて!抱きしめて、くれて!…愛してるって言ってくれて…!っ!!イカれてるかもしれない!おかしいのかもしれないけど!でも、でも!!私っ、…わたしっ…」
視界が歪む。
優しい眼差しでこちらを見つめるローリーがぼやけて見える。
それでも、頷いてくれているのは見えた。
ネムリは思いの丈を叫んだ。
「…マイケルを、愛してる…!っかれのっ、そばに居たいのっ…」
嘘偽りのない本心を告げたのに、胸が苦しくて仕方なかった。
苦しい。思っていることに偽りはないのに、胸が詰まってどうしようもない。
涙腺が壊れたのかと思うくらい、涙がボロボロと溢れてくる。
そんなネムリをローリーは静かに眺めていた。
マイケルを選ぶということは、今まで一緒にいた、命をかけて共に歩いてきた仲間のみんなを裏切ることだ。
命懸けで助けに来てくれたローリーを、デイビッドの苦労を足蹴にしたのと同じだ。
この世界に迷い込んでから、いろんなことがあった。
助けたり、助けられたり。
一緒に涙して、苦しんで、怒って、笑って。
この絶望的な世界で共に過ごした、大切なみんなとサヨナラするってことだ。
申し訳なくて、別れが辛くて、離れ難いのに。
でも、この気持ちを止められない。
マイケルを忘れるなんて、絶対に出来ない。
苦しい胸を抑えながら、ネムリは嗚咽を洩らしつつ俯く。
「っごめんなさい…ごめんなさいっ!ローリー…ごめん…」
泣きじゃくるネムリの耳に、はぁ、とため息が聞こえた。叱られるのを怯える子供のように、ネムリはびくりと体を震わせる。
そんなネムリを、ローリーがそっと抱きしめた。
マイケルとよく似た、暖かく優しい温もりに、ネムリは目を見開く。
「私の方こそ。ごめんなさい。苦しい告白をさせてしまったわね。貴方を苦しめるつもりじゃなかったのよ。」
「っそんな!だって、私が勝手に」
「いいのよ。…なんとなく、分かってはいたの。あの地下室で貴方の目を見た時。私みたいな怯えの色なんか微塵も無かったんだもの。それくらいわかるわ。私だって経験者なんだし」
このテントを訪れて、初めてローリーが悪戯っぽく笑った。
いつも大人びている印象のローリーが、なんだかとても可愛く見えた。
「私は兄さんを拒んだけれど、貴方は違うのね。心の底から受け入れてくれているのね。…ありがとうネムリ」
「っそんなっ!私、お礼を言われるようなことなんて何も、それに、みんなを裏切ることに」
「裏切りなんかじゃないわよ。貴方別に私たちの情報を流したり、ましてや、罠に嵌めようと画策して動いたりもしてないじゃない」
「それはっ…そうだけど…でも」
俯くネムリにローリーは優しく語りかける。
「誰を思うかは自由よ。もちろん、同じキャンプの中には裏切りととる人もいるでしょう。でも、貴方が私たちを大切に思ってくれているのなら、裏切りなんかじゃ無いわよ。勝手に裏切りだと言わせておけばいい。私は貴方を信じてる」
ローリーの言葉に、また涙が際限なく流れ出てくる。
顔をぐしゃぐしゃにして、ネムリはローリーに抱きついた。
「っろーりぃい!」
「っもう!貴方こんなに泣き虫だった?まるで妹でも出来たみたいよ。…義理姉さんなのにね?」
愉快そうにローリーが笑った。
一瞬ぽかん、としてしまったものの、泣き顔のネムリの頬にそっと朱が差した。
「えっ!?や、なんでっ!?そんな」
「あら?だってそうでしょう?兄さんの妻ってことは、私にとっては義理姉になるじゃない」
「やっその!ま、まだ、そんな決まったわけじゃ」
わたわたと慌てふためくネムリを見て、またローリーはふふ、と笑った。
「決まってるようなものよ。よく分かってるでしょ?兄さんが一度でも執着したら、ましてや愛したりなんかしたら、何があろうと離すわけが無いってこと」
ぐうっと言葉に詰まって変な声が出た。
ずっと追いかけ回されて、拐われ続けていたローリーが語ると説得力しかない。
ローリーがふと、寂しげな眼差しをした。
思わず息を飲んで、ネムリはローリーを見つめた。
「私には、どうしても受け入れ難かった。兄さんから向けられる愛情は、恐怖しか感じないもの。でも、それでも血の繋がった兄妹、心の底から拒むことも、嫌いになることも出来ないわ。…受け入れられないのにね」
「ローリー…」
フッと自嘲気味にローリーが笑う。
寂しげな様子のローリーに、ネムリは胸が締め付けられるような気持ちになった。
「でも、嬉しいわ。兄さんを受け止めて、愛してくれる人がいるのが分かって。不出来でどうしようもない兄だけど、どうかよろしくね。ネムリ」
優しくローリーが頭を撫でてくれた。
彼とよく似た、暖かい掌と、優しく細められた蒼色の目。
ネムリがまた涙を浮かべると、ローリーが揶揄うように泣き虫な義理姉さん、と笑った。