闇の感覚(マイケル)
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「んっ…」
まだ眠い、寝ていたい…
寝返りをうって微睡んでいると、じゃらり、と聴き慣れない音がした。
一体なに…?
眠たい目を瞬かせ、ゆっくりと身体を起こす。
体が重くてしんどい。ずきりとした痛みを腰に感じ、反射的に腰を抑えた。
するとまた、じゃらり、と音がする。
音のした方を見ると、私の右足首には、足枷と見慣れない鎖が巻かれていた。
「えっ…?」
恐る恐る足に巻かれた枷に触ってみると、硬く冷たい金属の感触がした。
試しに鎖を引っ張ってみても、足枷の錠前部分を壊そうとしても、びくともしなかった。
ここまでするのか…
動くたびにじゃらじゃらとなる鎖が少し鬱陶しい。
驚いたものの、なんだか簡単に納得できてしまった。
「…どこにも行かないで、か…」
心細いような、なんとも言えない気持ちになって、ベッドの上で膝を抱えた。
マイケルは私に愛していると、離れるなという。
なにが彼をそこまで夢中にさせているのか、正直わからない。
好きになってもらうような出来事も心当たりはない。
…追いかけ回されたり板ぶつけたりしたくらいしか思いつかない。
まさかマゾでもあるまいし、板ぶつけられるのが嬉しくて惚れられたのではないはず…
それなら、メグやネアの方が遥かに多いし。
ぼんやりと考える。
最初は怖かった。
真っ白なマスクのせいで何考えてるのかわからないし、いきなりみんなを殺して、拐われて、こんなところに監禁されるし。
みんなが死体になっていたあの光景は、今でも思い出すだけでゾッとして勝手に身体が震えだす。
でも、あの時の私をみるマイケルの目を思い出すと、恐怖とは別の、なんだかゾクッとくる感覚に襲われる。
ふと天井を見上げる。
もはや見慣れた、古びた木造の天井。
正確にいうとここは地下だから、天井というか、床なんだろうけど。
この地下で暮らすようになって、やっぱり相容れないと思うこともいっぱいあって…
でも、マイケルに触れられるのは、見つめられるのは、なんだかまんざらでもないような、嬉しい、と思えるようになっている。
はぁ、と息がこぼれた。
不意に頭をよぎるマイケルとの日々に、わたしは勝手に頬が緩み顔が少し熱くなるのを感じていた。
私は多分、マイケルのことが、好きなんだろう…異性として。
拉致監禁という特殊な環境のせいかもしれない。
日々寵愛を受けているからかもしれない。
気の迷いとか、吊り橋効果とか、言われたら否定できない。
でも、多分、間違いなく、今の私はマイケルに恋愛感情を持ってしまっている。
もう一度足枷を見る。
硬く繋がれた鎖は、地上には戻れないことを意味している。にも関わらず、わたしはあまり落胆もしなかったし、悲しくもなかった。
彼に必要とされてる、求められていることに、喜んでしまってる自分がいる。
何度も頭の中に、彼の愛の囁きが聞こえる。
このまま、彼とずっと一緒にいられたら…
そっと顔を上げたら、視界の隅にバラバラに散らばって放置されている工具が見えた。
サッと、冷水を浴びせられたように、心が冷えていく。
彼と一緒にいたい。でも、わたしはサバイバーだ…
この世界でキラーのマイケルとは相容れない敵同士。
一緒にいるってことは、私は必死に生き抜こうとしているサバイバーのみんなを裏切ることになる。
目を閉じると、みんなの顔が頭に浮かぶ。
みんな、どうしてるんだろう…
メグやフェンミン、ネアは元気にしてるかな?
ドワイトやジェイク達は怪我してないだろうか…
デイビッドは…
脳裏に蘇る痛々しい姿のデイビッドに、ネムリは眉を寄せて俯く。
仲間のみんなを思うなら、マイケルを受け入れるわけには行かない。
でも…
でも…
どうしたらいいのか、わからない…。
ネムリは目をぎゅっと瞑って、胸の中に渦巻く黒いモヤに苦しんでいた。
かたん…
音にハッとして顔を上げた。
そこには、いつかと同じ朝食を机に並べてこちらを見つめているマイケルがいた。
「…マイケル」
呟くように彼の名前を呼ぶと、彼はスッと音もなくこちらにやってきて、わたしの額にマスク越しにそっと口付ける。
じっと、至近距離で見つめ合う。
「…ん」
ネムリは自分からマイケルの背中に手を回し、目を瞑って唇を差し出す。
わたしの身体をマイケルの逞しい腕が抱きしめ、唇に、先ほどとは違う暖かい感触が柔らかく触れる。
何度も啄むように、角度を変えて触れ合う。
そっと目を開けると、マスクの奥、一瞬だけ綺麗な蒼い目が見えた。
もっと見たくて、彼のマスクに手を伸ばす。
「……!」
ぱしり!と音を立てて、マスクへと伸ばした手が掴まれる。
なんだか、少し慌てたような感じだ。
「……素顔は、やっぱり見せてくれないの?」
マイケルはなにも答えない。
首を傾げて、そっとネムリを抱きしめてから身体を離した。
まるで、ごめん、と謝られてるみたい。
心の奥底までは繋がりきれないような寂しさに、ネムリは目を伏せた。
そんなネムリをマイケルがそっと抱き上げ、朝食の並んだテーブルへと運んで行った。
朝食を終え、階段の下までマイケルを見送りに行く。
鎖の長さのせいで、ネムリは階段の下までしか動くことができない。
腕を広げるマイケルの胸の中に飛び込み、彼をギュッと抱きしめる。
彼も、きつくきつくわたしの身体を抱きしめる。
1ミリの隙間もないくらいくっつきながら、マイケルと口付けを交わす。
唇が離れた時、寂しくて、とても名残惜しくて、もう一度自分から彼の唇にそっと口付けた。
彼の腕の力が一瞬強くなる。
何かを堪えるように身体を震わせて、そっと私の額に、今度は素の唇で触れる。
マイケルの大きな手が、ネムリの頬を優しく撫でる。
名残を惜しむように、ゆっくりと手が離れ、彼が背中を向けて階段を登っていく。
頭上に一瞬だけ外の光が差し込み、彼がこちらを見る。
「…いってらっしゃい」
私の呟きは届いたのか、届かなかったのか。
彼はまた一瞬首を傾げてから、入り口を塞ぐチェストを動かし、すぐに彼は見えなくなった。
一人残された地下室。
あまり動く気にもなれず、ぼんやりと階段の下で佇んでいた。
足元に散らばる工具をみて、そうだ、片付けないと…と、のろのろと動こうとした。
しゃがんだ拍子に、急に上からガタンと物音がした。
「えっ…?」
見上げた階段の先。
か細い光が降り注いでくる。
呆然と光を見つめていると、その光は徐々にではあるが、段々太くなって、階段全体を照らしていく。
「ま、マイケル?マイケルなの?」
今まで出かけた後に戻ってくるなんてことは一度もなかった。
ネムリは勝手に高鳴る胸を押さえて、頭上に声をかける。
現れたシルエットに、ネムリは息を飲んだ。
「大丈夫よネムリ。待たせてごめんなさい」
頼もしい、凛とした女性の声がした。
美しい金髪の、クールな雰囲気を持つ美女、そしてマイケルの実の妹。
「ろ、ローリー…!」
階段を足早に降りてきたローリーが、呆然としたままのネムリをしっかりと抱きしめる。
マイケルとは違う、柔らかい感触と、彼とよく似た暖かさがネムリを包み込む。
「無事で良かったわ。どうやら、怪我はなさそうね」
ネムリの様子を見て、ローリーはホッとしたように目元を細める。
そして、ネムリの右足の枷に気づくと、その美しい顔が厳しく引き締まった。
「兄さん…相変わらずね。」
「おーい!俺のこと無視すんじゃねぇ!!ネムリは無事なんだな?」
荒っぽい声と共に、どすどすと音を立てて、また一人地下に降り立った。
「っ!!デイビッド!…無事だったんだね?」
反射的に目から涙が出てきてしまった。
急に泣き出したネムリにデイビッドは驚いて慌てた。
「なっ!泣くな泣くな!もう何ともねぇよ!儀式済んじまえばなんもねぇからよ!だから泣くなって!な?」
慌てふためくデイビッドをローリーがネムリを抱きしめながら冷たい目で睨む。
「さて、筋肉バカは放っておいて、一先ずここを出ましょう。」
「えっ…」
ここから、出る…?
マイケルの元から…去る…?
ネムリの顔が強張る。
その様子に、ローリーだけが一瞬眉を潜めた。
デイビッドは階段の上を伺いながら、早く出ようぜと声をかける。
「とりあえず、これを外さなきゃいけないわね。幸い工具はあるみたいだし。少しじっとしてて」
「あっ…ろ、ローリー…わたしっ…」
「話は一度、キャンプに戻ってからにしましょう。いいわね?」
それだけ言うと、ローリーはかちゃかちゃと工具を用いてネムリの足枷を外しに掛かる。
度々デイビッドからまだか!?と急かされ、その都度ローリーが煩い。と冷たく返すやりとりが暫く続いた。
どうしよう…外れたら帰らなくちゃ
でも、でも帰ったら…マイケルが…
マイケルと離れちゃう…
かちゃかちゃという音に、ネムリはどうか外れないでと、心の中で祈った。
かちゃん…
けれど、カタンと地面に落ちる音を立てながら、あっさりと足枷は外れてしまった。
「あっ…」
名残惜しげに声が溢れた。
ローリーはそっとため息を吐き、ネムリの手を掴んで階段を登っていく。
「さぁ。行きましょう。…どちらにせよ、一度キャンプに戻るべきだわ」
ローリーに手を引かれるままに、ネムリは地上への階段を登っていく。
その頬を一筋の涙が伝い落ちていったことに、気づくものは居なかった。