DbD短編
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どうしよう…
どうしよう…
狭いロッカーの中、ネムリはガタガタと震えてしまう自分の体をきつく抱き竦めて縮こまっていた。
また一人、仲間の命の火が消えた。
発電機は、残り5つ
一つも発電機が回らない中、生存者は私と、後もう一人…。
何とかしなくちゃ…!
心音が聞こえないことをしつこいくらい確認してから、そっと扉を開ける。
息を殺して歩き出そうとしたとき
空気をつんざくようなおぞましい悲鳴があたりに響き渡った。
恐ろしい処刑用の肉フックに、哀れな生贄が供物として掲げられた時の声だ。
踏み出した足から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。
せっかく振り絞ったかけなしの勇気は、もうネムリには残っていなかった。
再び体が震えだしてしまう。
どうしよう!?
どうしたら…そう、そうだ、助けなきゃ!
這いつくばってでも向かおうとしたその頭上、見上げた空に見えたのは、不吉の象徴のような暗雲と、そこから湧き出る何本もの醜い蜘蛛のような異形の脚…
「あっ…あ、あ…そんな…」
物合わぬ死体になった仲間がゆっくりと空中で待ち構える邪神の脚に絡めとられ、天へと登っていく。
ネムリは震えた。
勝手に涙がこぼれ出し、歯がカチカチと音を立てる。
薄暗い森の中、助かる見込みの限りなく低い今の状況で、ネムリは一人ぼっちになってしまったのだ。
いや、正確には、一人じゃあない。
がさり、と何かが近寄ってくる気配を感じる。
弾かれたように顔を上げた先、白い仮面を被った大柄の男が、こちらを見て佇んでいた。
「やっ…あっ…う…」
体が震えてうまく力が入らない。
後ずさろうにも、腰が抜けてしまってうまく動けない。
ゆっくりと、男はこちらに近づいてくる。
か細い月の光を受けて、手に持った血濡れた刃が鈍く光る。
ぴちゃん、と赤い滴が落ちる音が、嫌に鮮明に響いた。
「……なぁ」
殺人鬼、トラッパーが何か言いたげに口を開いた。
落ち着いた低い男の声。
怖い。怖い怖い怖い!
何を言われるか、何をしようとしているかなんて、ネムリに考える余裕などなかった。
ただ、火事場の馬鹿力というものは、どうやらネムリの身体にも備わっていたらしい。
「やっ…ッいやぁああああ」
叫ぶと同時に脚が地面を蹴り上げ、走り出す。
渾身の全力疾走でその場から駆け出していく。
「あ、おい!待てっ!」
若干慌てたような声が後ろから追いかけてくる。
ネムリは脇目も振らずに一心不乱で走り続けた。
ハッチを!とにかくハッチを探さないと!!
周りを見渡そうとするものの、走るだけで精一杯で中々足元を見ることができない。
目の前の木を避けようと右に足を踏み出した時だった。
「あっ…」
木の陰で見えなかったが、ネムリの踏み出した足の先、あと一歩分前で、大きな狩猟用のトラバサミが大きく口を開けて獲物を待ち構えていた。
「やっ…あっ!?」
勢いの乗った足は、ネムリの意思で止めることなど出来もしなかった。
まるで足に磁石でも付いているかのように、左足は真っ直ぐに、ギラギラと輝く鋭い刃の中へと吸い込まれるように向かっていく。
あっ…もう、だめ…
迫りくる刃に、ネムリはすぐに訪れるであろう激痛に耐えようと、ギュッと目を瞑った。
「ッ危ねぇっ!!!!!」
「ッ!?えっ…」
急に体を後ろに引かれ、そのままどさりと何かにぶつかった。
硬い感触がネムリの頬に当たる。
何が起きたのかよくわからない。
耳元ではぁ、と誰かのため息が聞こえた。
「あっぶねぇ…おい、無事か?」
気遣わしげな低い男の声。
「え?あ、あぁうん。はい…」
いまいち状況がわからず、ネムリは目を瞬かせて立ち尽くしていた。
いまだ体勢は不安定なまま、もたれかかる姿勢のままだ。
手首は見慣れないゴツゴツとした男の手がしっかりと掴んでいる。
「怪我は?」
「え?あぁえと、無いです…多分…」
「多分って…ちょっと見せてみろ。」
体がくるりと反転させられる。
その時初めて相手をしっかりと見た。
「なっ!?え!?と、トラッパー!?」
「それ以外の誰がいるってんだ?」
目を丸くして自身を見上げてくるネムリに、トラッパーは苦笑を浮かべる。
「だ、だって…助けられて。え?あれ?追いかけてたんじゃ…」
「お前が話も聞かずに逃げたからな」
「だって殺すつもりならそりゃ逃げるでしょ」
「ねぇよ」
不思議なくらい、ネムリは落ち着いた状態でトラッパーと話せていた。
トラッパーが、まるで守るようにネムリを抱きしめ続けているからかもしれない。
それとも、恐怖の連続に気が動転しているのかもしれない。
じっと見上げてくるネムリに、トラッパーの方がなんだか気まずそうに目線を泳がせた。
「まぁ、その、なんだ。怖がらせるつもりはなかったんだが。すまん。」
「え?あ、うん…いや、まぁ、お仕事?ですもんね?」
首を傾げながらネムリが答えると、トラッパーは一瞬目を見開いて、そしてまた目を逸らした。
暗闇でうっすらと見えるトラッパーの耳が赤くなっていることに、気付くものはこの場にはいない。
「まぁ、そうなんだが、その、お前にだけは危害を加えるつもりは一切ない。」
「え?…本当に?」
つい疑うようにじと、っとトラッパーを見てしまう。
「しねぇよ。絶対に。まぁ、殺人鬼の言うことが信用ならねぇのは分かる。だが、信じて欲しい。」
白い仮面がじっとこちらを見つめている。
まじまじとトラッパーを見るのははじめてだったが、どことなく、愛嬌があるように見える仮面だった。
「まぁ…ええと、じゃあとりあえず信じます」
そういうと、目の前のトラッパーはどこかホッとしたように肩を落とした。
「でも、一体なぜ私だけ?」
「あ、…いや、それは」
途端気まずそうに口籠るトラッパー。
頬に当たる部分の仮面を指で掻くような仕草をして、微妙にネムリから目を逸らす。
「どうかしたんです?」
「その、俺はずっとお前のことを見ててだな」
「え?トラッパーにも凝視能力ってありましたっけ?」
「いや!そうじゃなくてだな…ええい!いいか?一度しか言わねぇ!!俺はだな!!お前のことがっ!!」
ぐっと両手を握られ、ずいと巨体が詰め寄ってきた。
びっくりして固まっていると、
ゴーン…ゴーン…
「え?うそ!コラプス!?」
腹の奥底にずっしりと響くような重苦しい鐘の音が響いた。
すぐ近くの発電機に不気味な黒い物体が絡みつく。
「…はぁ」
トラッパーは大きくため息をつき、ガッカリとうなだれた。
脳内でエンティティが愉快そうに笑っている。
本懐を遂げたくば、より多くの供物を捧げよ
と。
不愉快極まりないが、死のカウントダウンはもう始まってしまった。
トラッパーはネムリの手を掴んで、そのまま歩きだした。
「ええ!?ちょ、トラッパー!どこいくの?」
「コラプスが発動しちまったんだ。早く出ないとやばいだろ」
足元に散らばる自身の罠を煩わしげに足で蹴飛ばし、ネムリの進む道を作っていく。
「ええ??い、いいの?見逃して」
「元々俺はお前を傷つけるつもりや、ましてや殺すつもりなんてないからな」
「え?優しい…あ、ありがとう!」
殺人鬼に向かって優しいというのも、変かもしれないが、ネムリはにっこりと笑って言った。
ネムリの笑顔に、トラッパーは仮面の中で緩む口元を誤魔化そうと、大きく咳払いをした。
「んん!まぁ、今度からも儀式で会う時は、俺はお前だけは手にかけない。だから、今日みたいに自分から罠にかかるようなマネはすんなよ?いいな?」
「うーん。掛かりたいわけじゃなかったんだけど、まぁうん、気をつけます!」
へへへと笑って、ネムリはトラッパーの手を握り返した。
そのまましばらく歩いて、すぐにゲートへとたどり着く。
トラッパーが乱暴にゲートの配電盤を叩くと、すぐにゲートは開いた。
「わ!はやっ!もうずっとトラッパーにゲート解放してもらいたいや」
「なんだよそれ」
ふっ、とトラッパーが笑ったような気がした。
ゴーン、ゴーンと何度目かわからない鐘がなる。
「時間だな。早く行きな」
トンッ、と優しく背中を押された。
頷いて歩き出す。
「なぁ」
あと一歩でゲートから出るところで、トラッパーがネムリを呼び止めた。
「なんですか?」
振り返った先では、トラッパーがこちらをじっと見つめている。
「…お前の名前は?」
「私?私はネムリって言います」
「ネムリ…か。いい名前だな。」
なんとなく、トラッパーが笑ったような気がして、釣られてネムリも笑った。
「ネムリ…っ…またなっ!」
トラッパーが手を振る。
ぶっきらぼうな、それでいて優しい無骨な感じが滲み出ている仕草だった。
「うん!トラッパーにはまた会いたい!またね!!」
ネムリも笑顔で手を振り返す。
コラプスが発動し、制限時間も迫る中、トラッパーは早く行きな、と呟いた。
脱出直前にネムリがくるりと振り返る。
「今度会う時は、素顔見せてね!トラッパー!」
明るく手を振って駆け出すネムリの背が、次第に小さくなっていく。
トラッパーだけになったゲート。
手を振った状態のまま固まってしまったトラッパーが、自身の仮面に手を掛ける。
かしゃん、という音とともに白い仮面が地面に当たる。
「…まいった」
口元を覆う手が熱い。
恐らく、自分でも驚くほど赤面している事だろう。
まだようやく顔見知りになった程度だが、確かな進展に俺は顔がにやけるのが抑えられなかった。
ネムリが笑顔で走り去ったゲートの先を見つめる。
「…絶対に、逃がさねぇ。」
ネムリに意図は無いにしても、この俺がネムリに心を捉えられちまったんだ。
やられっぱなしは俺らしくない。
今度は俺が捕える番だ。
「待ってろよ、ネムリ」
決意を胸に地面に落とした仮面と武器を拾い上げ、トラッパーも歩を進めた。