DbD短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
命を賭けた儀式が繰り返される、陰鬱極まりない邪神の世界に呼び出されてもう何日経っただろうか。
ネムリは今日も周囲を警戒しながら、目の前の発電機の修理に取り掛かっていた。
呼び出された当初は、時に死に、時には逃げ延びる命がけのやり取りを永遠繰り返し続けるという事実に驚愕し、絶望で咽び泣いたりもしていた。
しかしもう既に、死ぬことにも生きることにも特に何も感じることなく、ただ痛い思いをしたくないと言う理由のみで儀式に臨んでいる。
「よし、あと少し…」
修理の目処がつきそうで、油断したのが不味かった。
つい手を滑らせてしまい、発電機がボカン!と大きな音を立てる。
「あっ!…」
しまった!と思い、慌てて発電機から駆け出し、近くにあったボロ小屋の中に身を隠した。
迂闊だったと自分を叱責する。
慣れてきたからこその油断は命取りになると、何度も経験してきたはずなのに。
蹲み込んで呼吸を整えていると、先ほどまで修理していた発電機の方から、物音がする。
機械を蹴るような音に、バチバチと電気の爆ぜる音。
心臓がドクドクと騒ぎだし、ネムリは細心の注意を払って、物音を立てないように腰を上げる。
しゃがんだ状態のまま、小屋の入り口から外を伺う。
ガサガサと茂みを歩き回る音とともに微かに見えるのは黒い作業着。
後ろ姿だと短髪の男性にも見えるが…
突然、奴はこちらを振り返った。
白いマスクで覆われた顔。感情の伺えない真っ黒な眼下は、どこを見ているのか伺えない。が、奴が確かにこっちをみているのは直感で気づいた。
奴は周囲を見渡し、一度屈んだあと、真っ直ぐにこちらへと進んできた。
今の行動は何?トラップ?
トラッパーでもあるまいし一体…
考える時間が長すぎたのか、気づいた時にはもう小屋のすぐ近くで草をふむ足音がしていた。
まずい!!!
すぐさま駆け出して反対の出口に設置された板を倒す。
ぐぉ!!!
と呻き声がしたのを後ろに聞きながら小屋を飛び出した。
もつれそうになる足をがむしゃらに動かし駆け続ける。
その後ろでバキッ!と板が壊される音が聞こえた。
背中にビリビリと視線を感じる。
一目散に追いかけてきているようだ。
止まりそうになる足を必死に動かし、酸素を求める肺に鞭打って、大きな建物へと駆け込んだ。
少しは距離が離れたか?
走りながらちらりと後ろを見ると、もうほんの数m先くらいにマイケルがいた。
うそでしょ!?
冷たい汗が顔を伝って落ちて行く。
結構な全力で走ったのに、距離が詰められてたことに恐怖よりも衝撃を覚えた。
ひとまず距離を離すために目前の階段を駆け上がる。
あと一段っ!!
これを登り切って目前の窓から外に出れば逃げ切れるかもしれない!
必死で足を動かしあと一段で登りきる、といったところで不意に足が宙を舞っていた。
「えっ…」
景色がスローモーションのように流れて行く。
目前に見えていた窓枠がゆっくりと遠ざかって行く。
最上段を踏むはずだった足は、何もない空中を蹴り上げていた。
踏みとどまろうにも、片足だけで体重を支え切れる訳もない。
あぁ、やらかした。
ネムリは諦めて目を閉じた。
まさか、キラーに処刑されるでもなく、階段から落ちて死ぬことになるなんて。
あぁ、死んだな。
恐らく階下ではマイケルが包丁を向けて哀れな獲物が自ら刺さりにくるのを待ち構えているだろう。
せめて、心臓一突きで余分な苦痛を感じることなく終わって欲しい。
自身の油断を惜しみつつも、ネムリは訪れるであろう痛みに備えて身構えた。
どさり、と大きな落下音と硬いものにぶつかる衝撃。
ぐっと地面に押さえ込まれるような強い重力に、息が詰まった。
しかし、予想していたような激痛は、いつまで経ってもネムリに襲いかかっては来なかった。
恐々目を開けてみると、遥か上に階段の最上段が見えた。
どうやら、階段の下で倒れているらしい。
…助かった?
ゆっくりと身を起こそうとしたが、体が動かない。
これは、よほど頭を強くぶつけてしまったんだろうか?
まさか、このまま麻痺なんてことないよね?
ゾッとした。
今まで、死んでは元どおり生き返るが当たり前だったが、死には至らないこの怪我が、後遺症にでもなったりしたら…。
ネムリの目からは恐怖に染まったやけに冷たい涙が流れた。
自身の涙で、頬が凍りつきそうになる。
勝手に体が震えてくる。
怯え固まるネムリの体を、何かが強く抱きしめてきた。
「えっ…?」
抱き竦められる感触に戸惑っていると、不意にネムリの体が起き上がった。
いや、ネムリが自分の意思で体を起こしたわけではない。
ネムリの身体の下、ネムリの下敷きになって、身体を抱きしめていたマイケルが身を起こしたのだ。
「やっ、な、何?なんで?」
いまだに震えの止まらない身体、力の入らない腕でなんとかマイケルを押し返そうとするも、さらにマイケルに抱き竦められてしまう。
最初は恐怖に震えていたネムリだったが、マイケルが背後に回した手で、優しく背中を撫でてきたことに、次第に震えが止まっていった。
まるで、子供をあやすようにネムリの背を撫でるマイケルの手はとても暖かく、彼もまた血の通った人間なのだとネムリは改めて思った。
どうやら、マイケルは今の時点でネムリを殺すつもりはないようだ。
殺すどころか、怯えるネムリを宥めるようにしっかりと抱きしめ、背中を撫でる。
すっかり身体の震えも止まり、まじまじとマイケルを見つめていると、マイケルもネムリが見つめているのに気付いたのか、じっとこちらを見返してきた。
「…ねぇ、助けてくれたの?」
恐る恐る、マスクで落ち窪んだ黒い目を見つめながら尋ねる。
マイケルはゆっくりと頷くと、そっと涙の伝うネムリの頬を拭った。
マイケルは首を傾げながら、腕や肩、背中や腰などを優しく撫でる。
まるで、どこか痛いところはないか?と心配しているみたいに思えた。
「心配してくれるの…?」
マイケルは再び頷いた。
「…怪我は、してない。大丈夫」
マイケルの頭がホッとしたように、軽く揺れた。
大きな手がネムリの頭を優しく撫でる。
「…ねぇ、どうして?」
「…?」
「どうして助けたの?殺すつもりで追ってきた癖に」
困惑で顔を歪めながらネムリが尋ねる。
マイケルはというと、ブンブンと首がもげるんじゃないかという勢いで左右に振り続けていた。
「な、何?」
ポカンとしてマイケルを見ていると、マイケルはつなぎの胸元へと手を差し入れた。
まさか!包丁!?
ビクリと身構えるネムリの目の前に差し出されたのは、小さないくつかの花と、何かを破いたような紙切れだった。
「な、なに?」
「…」
「受け取れってこと…?」
ゆっくりとマイケルが頷く。
急かすように押し付けられたそれらを恐る恐る受け取る。
花は恐らくその場で千切って取ってきたものだろう。
ぱっと見だとただの雑草に見えてしまう。
けれど、この世界にも花が咲くことに、ほんの少し心が慰められたような気がした。
渡された紙切れは何かを破いたものを束にしてあるようだ。
妙に丁寧にホッチキスで止められている。
I KILL YOU
とか書いてあったらどうしよう…
恐る恐る開く。
「なに?…絵?」
開いた紙は、どうやら何かの本をちぎったものらしい。
花のイラストの横に、様々な言葉が書かれている様子から、どうやら花についての図鑑のようだ。
紙に描かれたイラストを元に手元の花を見る。
「赤いアネモネ…ナズナ…」
何故かソワソワしながら、マイケルはこちらの様子を伺っている。
「あっ…四つ葉の…クローバー」
幸運の象徴と言われる四葉のクローバー。
平穏とは程遠いこの世界にも、希望はある。
と言われたような気がした。
「マイケル…もしかして、発電機のそばでしゃがんでたのって、このため?」
マイケルは少しそっぽを向いて小さく頷いた。
照れているような仕草に見えて、この日初めてネムリは顔にほんの少し笑みを浮かべた。
マイケルは、そんなネムリを見て、マスクの奥の目を細めていた。
「ありがとう。元気付けてくれて」
そういうとマイケルは痛いくらい強く手を握りしめ、またも首がもげるくらい激しく、大きく首を横に振っていた。
「ち、ちがう?」
今度は強く縦に頷く。
マイケルはネムリの手を握り締めたまま、花と紙を交互に指差した。
「こ、この紙にも意味があるってこと?」
マイケルが激しく頷く。
むしろ紙の方が重要だとでもいうように、紙を持つネムリの手を、紙ぐしゃぐしゃになるにもか変わらず強く握りしめてくる。
「わ、わかった!見る!見るから!」
なんとかマイケルに手を離してもらい、ぐしゃぐしゃになった紙を手で伸ばす。
マイケルがじっと見つめてくる中、1枚目の紙に目を通した。
「アネモネ…赤色のアネモネの花言葉、『君を、…愛す』?」
なにを言われているかわからず、マイケルに目線を送ると、マイケルはゆっくりと頷いて、ネムリの目を見つめた。
マスクの奥に、うっすらとマイケルの目が見えた。
愛しいものを見つめる、熱い眼差しが真っ直ぐにネムリに注がれる。
「えっと…」
顔が熱くなってくる。
この世界に来て、こんなふうにまっすぐ気持ちを、ましてや愛情のようなものを向けられたことなんて一度だって無い。
生きるか死ぬか、殺伐とした感覚に浸っていた
ネムリには新鮮すぎる感情で、どう受け止めるべきなのかわからなかった。
混乱で押し黙るネムリに、マイケルは指先で紙を叩く。
1枚目の下に指を差し入れ、ページをめくられた。
「ナズナ…花言葉は、『あなたに、私の全てを、捧げます…』」
そのままマイケルは最後のページをめくった。
「四葉のクローバー…花言葉…『幸運』…」
紙にはもう一つ、花言葉が書かれていた。
もう一つの言葉を読む前に、ネムリは息を飲んで、マイケルの顔色を窺った。
マイケルは小さく首を横に振ると、ネムリが読み上げなかったもう一つの花言葉を指さした。
「…『わたしのものになって』…」
読み上げるネムリの声が震えた。
マイケルがそっとネムリの手を取り両手で包み込むように握りしめた。
君を愛す。
あなたにわたしの全てを捧げます。
わたしのものになって。
ネムリは、目から涙が溢れてきたのがわかった。
先程の冷たい涙ではない。
暖かい、心に満ち溢れてくる熱が、頬を伝って止め処なく流れてくる。
声もなく涙を流し続けるネムリをマイケルは抱きしめた。
マイケルの胸元に頭を埋める。
耳元にどくん、どくんと命を刻む音が聞こえる。
初めて聴いたマイケルの心音は、少し忙しない気がした。
「マイケル…」
頭上でマイケルが覗き込んできているのがわかる。
「わたし、よくわからない。嬉しいのか、自分がどんな気持ちになっているのか」
「…」
「でも、でも」
「…?」
「今、こうしているのは、とても心地いい…気がするの」
マイケルの掌が頬を撫で、そっとネムリの顎に手を添えると、そのまま上を向かせた。
マイケルの目に映るネムリは、目を潤ませながら、頬を染めてマイケルを見上げていた。
マイケルは首を傾げてみせた。
それで?とネムリの言葉の先を促すように見つめ続ける。
「嫌じゃない、と思う。今はただ、側に居てほしい…」
マイケルは頷くと、ネムリの微笑みを浮かべる唇に自身の口元を押し付けた。
ネムリは目を見開く。
口元に触れるゴムの感触が、少しくすぐったかった。
マイケルの胸元をとんとんと軽く叩く。
マイケルは少しだけ顔を離し、首を傾げた。
ネムリは笑うと、マイケルのマスクにそっと手をかけ、そのままマスクをずらしていく。
ネムリのなすがままにされるマイケルのマスクの下から、端正な口元が現れる。
ネムリはマスクごとマイケルの頬を包み込むように手を添えると、そっと唇を寄せた。
マイケルがネムリの後頭部に手を添え、引き寄せる。
柔らかく、唇同士が触れ合い、二人は夢中でお互いを求めあった。
……その様子を、窓の外から覗く3人の影があった。
「ねーねーねーねー!!やばくない?完全に二人の世界じゃない?」
にまにまと笑みを浮かべたファンミンが口元を押さえつつ呟く。
「兄さんロマンチストだとは思ってたけど、まさかこんな告白の仕方って。驚いたわ」
目をキラキラとさせながらローリーも囁く。
「この世界でこんな乙女ゲー展開ってあり?チョー面白い展開ktkrなんですけどぉ!!」
「ちょっと後で詳しく話聞きたいわね!特に兄さん」
「お前ら…発電機回せよ」
キャッキャと騒ぐ女子二人に、工具箱を抱えたジェイクが深いため息をついた。
ネムリは今日も周囲を警戒しながら、目の前の発電機の修理に取り掛かっていた。
呼び出された当初は、時に死に、時には逃げ延びる命がけのやり取りを永遠繰り返し続けるという事実に驚愕し、絶望で咽び泣いたりもしていた。
しかしもう既に、死ぬことにも生きることにも特に何も感じることなく、ただ痛い思いをしたくないと言う理由のみで儀式に臨んでいる。
「よし、あと少し…」
修理の目処がつきそうで、油断したのが不味かった。
つい手を滑らせてしまい、発電機がボカン!と大きな音を立てる。
「あっ!…」
しまった!と思い、慌てて発電機から駆け出し、近くにあったボロ小屋の中に身を隠した。
迂闊だったと自分を叱責する。
慣れてきたからこその油断は命取りになると、何度も経験してきたはずなのに。
蹲み込んで呼吸を整えていると、先ほどまで修理していた発電機の方から、物音がする。
機械を蹴るような音に、バチバチと電気の爆ぜる音。
心臓がドクドクと騒ぎだし、ネムリは細心の注意を払って、物音を立てないように腰を上げる。
しゃがんだ状態のまま、小屋の入り口から外を伺う。
ガサガサと茂みを歩き回る音とともに微かに見えるのは黒い作業着。
後ろ姿だと短髪の男性にも見えるが…
突然、奴はこちらを振り返った。
白いマスクで覆われた顔。感情の伺えない真っ黒な眼下は、どこを見ているのか伺えない。が、奴が確かにこっちをみているのは直感で気づいた。
奴は周囲を見渡し、一度屈んだあと、真っ直ぐにこちらへと進んできた。
今の行動は何?トラップ?
トラッパーでもあるまいし一体…
考える時間が長すぎたのか、気づいた時にはもう小屋のすぐ近くで草をふむ足音がしていた。
まずい!!!
すぐさま駆け出して反対の出口に設置された板を倒す。
ぐぉ!!!
と呻き声がしたのを後ろに聞きながら小屋を飛び出した。
もつれそうになる足をがむしゃらに動かし駆け続ける。
その後ろでバキッ!と板が壊される音が聞こえた。
背中にビリビリと視線を感じる。
一目散に追いかけてきているようだ。
止まりそうになる足を必死に動かし、酸素を求める肺に鞭打って、大きな建物へと駆け込んだ。
少しは距離が離れたか?
走りながらちらりと後ろを見ると、もうほんの数m先くらいにマイケルがいた。
うそでしょ!?
冷たい汗が顔を伝って落ちて行く。
結構な全力で走ったのに、距離が詰められてたことに恐怖よりも衝撃を覚えた。
ひとまず距離を離すために目前の階段を駆け上がる。
あと一段っ!!
これを登り切って目前の窓から外に出れば逃げ切れるかもしれない!
必死で足を動かしあと一段で登りきる、といったところで不意に足が宙を舞っていた。
「えっ…」
景色がスローモーションのように流れて行く。
目前に見えていた窓枠がゆっくりと遠ざかって行く。
最上段を踏むはずだった足は、何もない空中を蹴り上げていた。
踏みとどまろうにも、片足だけで体重を支え切れる訳もない。
あぁ、やらかした。
ネムリは諦めて目を閉じた。
まさか、キラーに処刑されるでもなく、階段から落ちて死ぬことになるなんて。
あぁ、死んだな。
恐らく階下ではマイケルが包丁を向けて哀れな獲物が自ら刺さりにくるのを待ち構えているだろう。
せめて、心臓一突きで余分な苦痛を感じることなく終わって欲しい。
自身の油断を惜しみつつも、ネムリは訪れるであろう痛みに備えて身構えた。
どさり、と大きな落下音と硬いものにぶつかる衝撃。
ぐっと地面に押さえ込まれるような強い重力に、息が詰まった。
しかし、予想していたような激痛は、いつまで経ってもネムリに襲いかかっては来なかった。
恐々目を開けてみると、遥か上に階段の最上段が見えた。
どうやら、階段の下で倒れているらしい。
…助かった?
ゆっくりと身を起こそうとしたが、体が動かない。
これは、よほど頭を強くぶつけてしまったんだろうか?
まさか、このまま麻痺なんてことないよね?
ゾッとした。
今まで、死んでは元どおり生き返るが当たり前だったが、死には至らないこの怪我が、後遺症にでもなったりしたら…。
ネムリの目からは恐怖に染まったやけに冷たい涙が流れた。
自身の涙で、頬が凍りつきそうになる。
勝手に体が震えてくる。
怯え固まるネムリの体を、何かが強く抱きしめてきた。
「えっ…?」
抱き竦められる感触に戸惑っていると、不意にネムリの体が起き上がった。
いや、ネムリが自分の意思で体を起こしたわけではない。
ネムリの身体の下、ネムリの下敷きになって、身体を抱きしめていたマイケルが身を起こしたのだ。
「やっ、な、何?なんで?」
いまだに震えの止まらない身体、力の入らない腕でなんとかマイケルを押し返そうとするも、さらにマイケルに抱き竦められてしまう。
最初は恐怖に震えていたネムリだったが、マイケルが背後に回した手で、優しく背中を撫でてきたことに、次第に震えが止まっていった。
まるで、子供をあやすようにネムリの背を撫でるマイケルの手はとても暖かく、彼もまた血の通った人間なのだとネムリは改めて思った。
どうやら、マイケルは今の時点でネムリを殺すつもりはないようだ。
殺すどころか、怯えるネムリを宥めるようにしっかりと抱きしめ、背中を撫でる。
すっかり身体の震えも止まり、まじまじとマイケルを見つめていると、マイケルもネムリが見つめているのに気付いたのか、じっとこちらを見返してきた。
「…ねぇ、助けてくれたの?」
恐る恐る、マスクで落ち窪んだ黒い目を見つめながら尋ねる。
マイケルはゆっくりと頷くと、そっと涙の伝うネムリの頬を拭った。
マイケルは首を傾げながら、腕や肩、背中や腰などを優しく撫でる。
まるで、どこか痛いところはないか?と心配しているみたいに思えた。
「心配してくれるの…?」
マイケルは再び頷いた。
「…怪我は、してない。大丈夫」
マイケルの頭がホッとしたように、軽く揺れた。
大きな手がネムリの頭を優しく撫でる。
「…ねぇ、どうして?」
「…?」
「どうして助けたの?殺すつもりで追ってきた癖に」
困惑で顔を歪めながらネムリが尋ねる。
マイケルはというと、ブンブンと首がもげるんじゃないかという勢いで左右に振り続けていた。
「な、何?」
ポカンとしてマイケルを見ていると、マイケルはつなぎの胸元へと手を差し入れた。
まさか!包丁!?
ビクリと身構えるネムリの目の前に差し出されたのは、小さないくつかの花と、何かを破いたような紙切れだった。
「な、なに?」
「…」
「受け取れってこと…?」
ゆっくりとマイケルが頷く。
急かすように押し付けられたそれらを恐る恐る受け取る。
花は恐らくその場で千切って取ってきたものだろう。
ぱっと見だとただの雑草に見えてしまう。
けれど、この世界にも花が咲くことに、ほんの少し心が慰められたような気がした。
渡された紙切れは何かを破いたものを束にしてあるようだ。
妙に丁寧にホッチキスで止められている。
I KILL YOU
とか書いてあったらどうしよう…
恐る恐る開く。
「なに?…絵?」
開いた紙は、どうやら何かの本をちぎったものらしい。
花のイラストの横に、様々な言葉が書かれている様子から、どうやら花についての図鑑のようだ。
紙に描かれたイラストを元に手元の花を見る。
「赤いアネモネ…ナズナ…」
何故かソワソワしながら、マイケルはこちらの様子を伺っている。
「あっ…四つ葉の…クローバー」
幸運の象徴と言われる四葉のクローバー。
平穏とは程遠いこの世界にも、希望はある。
と言われたような気がした。
「マイケル…もしかして、発電機のそばでしゃがんでたのって、このため?」
マイケルは少しそっぽを向いて小さく頷いた。
照れているような仕草に見えて、この日初めてネムリは顔にほんの少し笑みを浮かべた。
マイケルは、そんなネムリを見て、マスクの奥の目を細めていた。
「ありがとう。元気付けてくれて」
そういうとマイケルは痛いくらい強く手を握りしめ、またも首がもげるくらい激しく、大きく首を横に振っていた。
「ち、ちがう?」
今度は強く縦に頷く。
マイケルはネムリの手を握り締めたまま、花と紙を交互に指差した。
「こ、この紙にも意味があるってこと?」
マイケルが激しく頷く。
むしろ紙の方が重要だとでもいうように、紙を持つネムリの手を、紙ぐしゃぐしゃになるにもか変わらず強く握りしめてくる。
「わ、わかった!見る!見るから!」
なんとかマイケルに手を離してもらい、ぐしゃぐしゃになった紙を手で伸ばす。
マイケルがじっと見つめてくる中、1枚目の紙に目を通した。
「アネモネ…赤色のアネモネの花言葉、『君を、…愛す』?」
なにを言われているかわからず、マイケルに目線を送ると、マイケルはゆっくりと頷いて、ネムリの目を見つめた。
マスクの奥に、うっすらとマイケルの目が見えた。
愛しいものを見つめる、熱い眼差しが真っ直ぐにネムリに注がれる。
「えっと…」
顔が熱くなってくる。
この世界に来て、こんなふうにまっすぐ気持ちを、ましてや愛情のようなものを向けられたことなんて一度だって無い。
生きるか死ぬか、殺伐とした感覚に浸っていた
ネムリには新鮮すぎる感情で、どう受け止めるべきなのかわからなかった。
混乱で押し黙るネムリに、マイケルは指先で紙を叩く。
1枚目の下に指を差し入れ、ページをめくられた。
「ナズナ…花言葉は、『あなたに、私の全てを、捧げます…』」
そのままマイケルは最後のページをめくった。
「四葉のクローバー…花言葉…『幸運』…」
紙にはもう一つ、花言葉が書かれていた。
もう一つの言葉を読む前に、ネムリは息を飲んで、マイケルの顔色を窺った。
マイケルは小さく首を横に振ると、ネムリが読み上げなかったもう一つの花言葉を指さした。
「…『わたしのものになって』…」
読み上げるネムリの声が震えた。
マイケルがそっとネムリの手を取り両手で包み込むように握りしめた。
君を愛す。
あなたにわたしの全てを捧げます。
わたしのものになって。
ネムリは、目から涙が溢れてきたのがわかった。
先程の冷たい涙ではない。
暖かい、心に満ち溢れてくる熱が、頬を伝って止め処なく流れてくる。
声もなく涙を流し続けるネムリをマイケルは抱きしめた。
マイケルの胸元に頭を埋める。
耳元にどくん、どくんと命を刻む音が聞こえる。
初めて聴いたマイケルの心音は、少し忙しない気がした。
「マイケル…」
頭上でマイケルが覗き込んできているのがわかる。
「わたし、よくわからない。嬉しいのか、自分がどんな気持ちになっているのか」
「…」
「でも、でも」
「…?」
「今、こうしているのは、とても心地いい…気がするの」
マイケルの掌が頬を撫で、そっとネムリの顎に手を添えると、そのまま上を向かせた。
マイケルの目に映るネムリは、目を潤ませながら、頬を染めてマイケルを見上げていた。
マイケルは首を傾げてみせた。
それで?とネムリの言葉の先を促すように見つめ続ける。
「嫌じゃない、と思う。今はただ、側に居てほしい…」
マイケルは頷くと、ネムリの微笑みを浮かべる唇に自身の口元を押し付けた。
ネムリは目を見開く。
口元に触れるゴムの感触が、少しくすぐったかった。
マイケルの胸元をとんとんと軽く叩く。
マイケルは少しだけ顔を離し、首を傾げた。
ネムリは笑うと、マイケルのマスクにそっと手をかけ、そのままマスクをずらしていく。
ネムリのなすがままにされるマイケルのマスクの下から、端正な口元が現れる。
ネムリはマスクごとマイケルの頬を包み込むように手を添えると、そっと唇を寄せた。
マイケルがネムリの後頭部に手を添え、引き寄せる。
柔らかく、唇同士が触れ合い、二人は夢中でお互いを求めあった。
……その様子を、窓の外から覗く3人の影があった。
「ねーねーねーねー!!やばくない?完全に二人の世界じゃない?」
にまにまと笑みを浮かべたファンミンが口元を押さえつつ呟く。
「兄さんロマンチストだとは思ってたけど、まさかこんな告白の仕方って。驚いたわ」
目をキラキラとさせながらローリーも囁く。
「この世界でこんな乙女ゲー展開ってあり?チョー面白い展開ktkrなんですけどぉ!!」
「ちょっと後で詳しく話聞きたいわね!特に兄さん」
「お前ら…発電機回せよ」
キャッキャと騒ぐ女子二人に、工具箱を抱えたジェイクが深いため息をついた。