DbD短編
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マッチが始まった直後からだった。
何故か常に視線を感じる。
慌てて周りを見渡し、他者の気配を探るも、何も居ない。
左右を見回しても、人の気配なんてかけらも感じられないのに、それでも身体には視線が刺さってくる。
殺人鬼が近いのかと思ったけど、彼らの放つ異様なプレッシャーは感じない。
それなのに、ぞわぞわと背筋を這う悪寒が収まる気配がない。
深々と冷え込んだ冷たい空気に震える身体を抱きしめ、ネムリは息を吐いた。
口から溢れた白い息が霧散していく。
痕跡なく消えていく様子に、まるで自分の未来を見せつけられたように思えてしまった。
カチカチと音を立てる歯は、寒さのせいなのか、それとも…
「っいけない。とにかく、発電機探さなきゃっ…」
グッと歯を噛み締めて、不気味な廃病院といった様子のレリー研究所を、ネムリは歩きだした。
静まりかえった剥き出しのコンクリートの廊下をパキリパキリとガラスが割れる音が異様に響く。
頼りなくチカチカと明滅を繰り返す看板を目印に、彷徨い歩く。
「あ、あった!発電機…ッうわっ…」
小部屋の隅に鎮座している発電機に駆け寄るも、足が自然と失速していく。
微かに動く発電機の真前に、真新しい血痕が付着していた。
血痕は点々と、ネムリが入ってきたのとは反対側の出入り口へと続いていた。
血痕を辿る目線が、部屋の入り口に向く。
そこには、刺すような寒さを放つこの場に不釣り合いな、青白い素足が見えた。
呼吸が喉に張り付き、ヒュッと情けない音がした。
ボロボロの病院着を身につけたハロウィンの殺人鬼が、片手に死体をぶら下げてじっと佇んでいた。
青白く仄暗く光るマスクの下で、感情の伺えない暗い双眸がぴたりとネムリを見据える。
「っいやぁっ!!!!」
ネムリは咄嗟に踵を返してきた道を引き返す。
走りだした背後でべしゃ、と何かが血溜まりに沈んだ音がした。
哀れな骸となった味方に背を向け、ネムリは廊下を一目散にかけていく。
どれほど走っただろうか。
がむしゃらに駆けるまま、ネムリは一瞬だけ背後を伺う。
背後にあのマスクの巨躯は見えない。
少しだけ緊張を緩め、足を止めようとするも、凍えた身体はネムリの意思に反してうまく動かず、足がもつれてしまった。
前のめりの危ないバランスのまま、倒れまいと無茶苦茶に足を動かす。
「っやっ!?っもう!?」
どんなに足掻こうとしても、足がいうことを聞いてくれない。
勢いのまま、重力に従うように、ネムリの身体は曲がり角でバランスを崩して倒れ込んでいく。
そんな、ネムリの身体が、何かにぶつかって止まった。
「きゃっ!?いった…なにっ…っ!?」
眉をしかめながら見上げた先に見えたのは、白い相貌。
ネムリは目を見開いて凍りついた。
さっきまで背後にいたはずのマイケルが何をいうでもなく、自身にもたれかかるネムリの姿をじっと見つめ続けている。
「っいやっ!!もうこないでよっ!!」
ドン!と思い切りマイケルを突き飛ばして、ネムリはまた走り出す。
ちらりと見た背後のマイケルは、微動だにすることなく、じっとネムリを見つめ続けていた。
この視線だったんだ。
この空間にきた瞬間から感じていたのは。
ネムリは蛇のように絡みつく恐怖に震えた。
絶望に力が抜けそうになる身体を必死にふるい立たせ、殺人鬼の箱庭と化した廃墟を走り続けた。
「はぁ…っはぁ……」
恐怖に突き動かされるまま、走り続けていたネムリは、ついに身も心も限界に達していた。
あれからずっと走り続けるも、決してマイケルから逃れることはできなかった。
駆け込んだ部屋の先で、やっとの思いでたどり着いた発電機のすぐそばで、まるでネムリがここにくることがわかっていたように、いつもマイケルが待ち構えていた。
姿を見かけるたびに、直ぐに踵を返し、追ってこようとする様子もないのを何度も何度も確認しているのに、必ずマイケルはネムリの行き着く先に居る。
走ることなど、だいぶ前から出来なくなっていた。
痛みと疲労でふらつきながら、夢遊病者のようにネムリはレリー研究所を彷徨う。
とっくのとうに体力など尽きた。
発電機を直す気も、起こらない。
生きては帰れない。そんなこととっくの昔にわかっていた。
それでもなお、ネムリの体を突き動かすのは、生への執着でも、生き残る意志でも何でもない。
もう、ただマイケルから逃れたい。
この、突き刺さる視線から解放されたい。
疲労困憊で彷徨うネムリがたどり着いたのは、無数のモニターや機械が置かれた部屋だった。
疲弊した目が見上げた先、頭上には上のフロアがわずかに見える天窓があった。
虚な視線が、上へと続く階段を捉える。
ぐるり、と周囲を見渡す。
白いマスクは見えない。
あの巨躯は居ない。
低い押し殺したような不気味なマスク越しの呼吸音もしない。
上を見上げて、ネムリは疲弊した顔で笑みを浮かべた。
重い足を持ち上げて、ネムリは階段を登っていく。
見上げた視線の先に、奴の姿はない。
それだけで、ネムリの顔にまた歪な笑みが浮かんでいく。
登り切った先、連絡通路のようになっている二階フロアを、ネムリはゆっくりと見渡す。
白いマスクはどこにも見当たらない。
壊れた玩具のようなぎこちない足取りで、ネムリは先ほどまで見上げていた天窓へと近づいていく。
「………あっは…は…はは…」
じわり、目が熱くなった。
天窓まで、もう後1メートルもない。
震える指先が、天窓の枠を力なく掴む。
指先に感じる冷え切った鉄の冷たさにも、ネムリは歪み切った笑みを深くする。
ゆっくりと、ネムリの身体が窓枠の先へと潜り抜けていく。
腕が、胸が、肩が、窓枠を潜り抜け、窓枠に掛かった足が、最後の力を振り絞って窓枠を蹴る。
ふわり、疲れ切ったネムリの身体を、冷え切った風が受け止める。
あぁ…これで、やっと…解放される……
重力に身を任せきったネムリの身体は、地面へと吸い込まれるように落下していく。
刻一刻と迫る死は、常人であれば恐怖と絶望で忌避するものなのだが、全てに疲弊しきったネムリにとっては、それは何ものにも変えがたい幸福になっていた。
恍惚とした笑みを浮かべ、見下ろした視界の先、地面へと落ちていくネムリの真下に、それはいた。
穏やかな色を浮かべていたネムリの目が見開かれ、凍りつく。
微笑んでいた口元が、わななき、引きつる。
無抵抗に広げていた四肢が、抗おうと痙攣する。
しかし、無駄な抵抗でしか無かった。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌っ!!!!!!
「…ッ…ゃ………だ……」
視界が歪む。
冷たい空気に喉が凍りつく。
今の自分は、誰がみても哀れなことだろう。
ネムリは顔を引きつらせたまま、無抵抗に白いマスクの殺人鬼の腕の中へと堕ちていった。
絶望に視界が暗く沈んでいくネムリの耳元に、囁きが聞こえてきた。
それは、ネムリには間違いなく呪いの言葉だった。
ー…捕まえたー
丸太のように太いマイケルの両腕が、まるで壊れ物でも触るように、ネムリの身体を抱きしめる。
包み込まれる感覚に、疲弊しきったネムリの身体が、悲鳴を上げる心を裏切って心地よさに沈んでいってしまう。
あぁ……お終いだ…
沈んでいく意識に、この場所に来て直ぐ、自分の吐息がさらに霧散していく光景が過ぎった。
あぁ……そっか………
あの時虚しく消えたのは…私の未来だったのか…
なにもかもが、真っ暗に沈んでいくのを、人ごとのように感じながら、ネムリは目を閉じた。
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