DbD短編
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背後に感じる唸るような機械のエンジン音が、否応なしに恐怖と本能を掻き立ててくる。
ネムリは息を切らせて死に物狂いで足を動かし続けた。
獲物を狩るのを今か今かと待ち侘びた、恐ろしく獰猛な獣のように、殺人鬼の愛用するチェーンソーが耳障りな唸り声を上げ続けている。
息を切らせて背後を伺うと、もう直ぐ近くに、恐ろしい食人鬼が小走りにこちらへと向かってきている。
人の顔の皮膚で作られた汚らわしい覆面が、せせら笑うようにこちらをじっと向いている。
返り血で汚れまくったおぞましい黄色のエプロンに、チェーンソーの刃が回る拍子に飛びちった真新しい鮮血が新しい模様をつけて行く。
吐き気がしてくる容貌に、ネムリは走りながら咳き込みそうになった。
今は気分が悪いとかいっていられる時じゃ無い。
吐き気で乱れそうになる呼吸を必死に堪えて止まりそうになる足を動かし続ける。
「はあっ!はあっ…」
ちらりと向いた前方に、カラフルな板が立てかけているのがちらりと見えた。
ただの木をつなぎ合わせた板でしか無いはずなのに、ネムリにとってはこれ以上無いくらい心強いものだ。
けたたましく騒ぎ出したチェーンソーに追い立てられるように、ネムリは板のある所へと駆け込む。
「っこれでもっ!!!喰らえっ!!!」
滑り込むように板の側を走り抜け、振り向きざまに渾身の力で重たい板を引き倒す。
板を思い切り顔面にぶつけてやろうと振り返った瞬間、大きくチェーンソーを振りかぶっていた奴の覆面の隙間、僅かに見えた口元が、にやにやと不気味な笑みを浮かべているのが見えた。
あっ…
振りかぶられた命を刈り取る機械が、ネムリの頭上から足元にかけて、ゆっくりと振り下ろされてく。
次の瞬間、肩口から火が出たのかと思うほどの恐ろしい熱さと共に、無残に粉々に砕け散った板の破片と、真っ赤な鮮血が色鮮やかに宙を舞うのが見えた。
「ひっぎっ!?ぃぎゃあああアアアアアア!!!!」
切られた、とわかったのは、ネムリの身体が地面に倒れ伏し、傷口を地面に叩きつけてしまったときだった。
何もかもをズタズタに引きちぎるような痛みが全身を走り抜ける。
目から生理的な涙が溢れてくる。
喉が裂けるような絶叫がネムリの口から勝手に飛び出していた。
肩口から胸元まで、たった10センチ足らずをチェーンソーで切り裂かれた。
ただそれだけなのに、肩から胸元にかけて、体の内側から灼熱で焦がされているような、今まで感じたことのない痛みと熱さに、悲鳴を上げることしかできなかった。
「うっぐ…ぁあ゛あぁ…」
なんとか仰向けになって、ドクドクと鮮血を吐き出す傷口を右の掌で押さえつける。
痛みに悶えて呻き声を上げるネムリを見下すように歪な覆面が見下ろす。
殺人鬼、カニバルは心底愉快そうに、歪な唸り声のようなただただおぞましく不気味な笑い声を上げ続けている。
血と腐臭のこびりついた靴が顔の直ぐ横に近づいてくる。
吐きそうなぐらいの気分の悪さなのに、吐けるだけの身体の力が残ってない。
最後の抵抗に、ネムリは刃物のように尖った鋭い視線でカニバルを睨みあげる。
「っ汚ら゛しいんだよっ…っバァーーーッカ!!」
負け犬の遠吠えだろうが、叫ばずにはいられなかった。
叫んだ拍子に口から血がこみ上げてきた。
激痛を堪えつつ横を向いて吐き出したら、汚い靴が真新しい鮮血に染まった。
その様子すら、カニバルはニヤニヤと笑いながらネムリを眺め続けている。
畜生…気持ち悪い…ムカつく…殺すならさっさと殺せよっ!
こいつを視界に入れたく無くて、半ばヤケクソな気持ちでギュッと目を瞑った。
直ぐ近くで耳をつん裂くような喧しいチェーンソーの音がする。
目を開けなくても今頃わたしの頭上で、きっもち悪いニタニタ顔で楽しそうに見てるんだろ?
とっとと殺せよ畜生!!
あーあ…早くキャンプに帰って元どおりの健康体になって、この気持ち悪さを思う存分吐き散らかしたい…
そんな取り止めのないことを考えていると、突然頭上で、ぐぎゃあ゛!?と、ヒキガエルを踏みつぶしたみたいな汚い声がした。
「っはぁ?…な、なに…?」
思わず目を開けたネムリの隣に立っていたのは、ニタニタ笑いの汚い殺人鬼なんかじゃなかった。
腐臭漂う靴でも、血塗れの小汚いエプロンでもない。
黒い革靴に、紺色の作業着を着た大男が、ネムリの直ぐ横に佇んでいた。
表情の読めない白いマスクがじっとネムリを見下ろしている。
先程とは違う、背筋が凍りつくような恐怖がネムリに襲いかかってきた。
「なっ…あっ…、な、んで…」
目の前にいるのは間違いなくエンティティに従う殺人鬼の1人。
最悪のハロウィンの申し子とも呼ばれる、シェイプ・ザ・キラーその人だった。
なんで!?
なんでキラーが2人!?ありえない!!!
傷口を押さえながら震えるネムリのそばに、シェイプが蹲み込んで、至近距離でこちらを覗き込んでくる。
その背後に、レンガの壁を若干陥没させながら壁に埋まっているカニバルの姿が見えた。
ぴくりとも動かない様子から、恐らく気絶か、最悪死んでいるのかもしれない…。
なに!?まじで何が起こってるの!?
ていうか、なんでわざわざこの距離で凝視使ってくるわけ!?
じーっとひたすら見つめられて、なんだか居心地が悪い。
それ以前に傷も痛いしキラーが2人もいるのも頭痛いしもう訳がわからないよ!
出血もあるせいか、体が異常に冷えたような感覚がする。
掌に込み上げ続ける血液だけが、燃えるように熱かった。
そのまま命が燃えて溢れ出しているような、怖い熱さだった。
着実に命のタイムリミットは近づいてきているのを感じる。
ほっといても死ぬのに未だにナイフを振り上げる気配もなく、シェイプはじっとネムリの顔を見つめ続けている。
「っなに見てるのよ…こ、ろすなら…殺せば?」
覇気も何もない形ばかりの啖呵を切っても、シェイプ に変化は何もない。
なんなのよ本当に…
痛みもあり、諦めに近い気持ちでシェイプの目を睨み返していると、シェイプがまっすぐにネムリに向かって手を伸ばしてくる。
そのまま切られたのとは逆の肩を掴んで引き寄せられた。
「なっわぁ!?」
どん!とシェイプの身体にぶつかる衝撃とともに、肩口に鋭い痛みが走る。
いった!?何嫌がらせ!?
ネムリが眉をしかめるも、シェイプは少しだけ身体を離して見つめ続ける。
その視線は怪我をした部分に集中しているようだった。
「ぐっ…な、なんなのよ…?…え?」
ネムリは、思わず目をぱちぱちと瞬かせた。
肩口を掴んでいた手が、いつのまにか背中に回され、シェイプに支えられているかのような態勢になっている。
これは掴まれているというより、抱き起こされている体勢だ。
「や…なに?…っ…何がしたいの?」
シェイプからの返事はない。
ただ、無言で自身の懐に手を差し込むと、そこからスッと真新しい包帯を取り出した。
そのままネムリの肩から脇の下にかけて、何度も何度もぐるぐると包帯を巻いていく。
時折締め付けるように引っ張るせいで、傷口にズキリと痛みが走る。
ネムリが小さな呻き声を漏らすたびに、シェイプは手を止めて、宥めるようにネムリの背を軽く叩いてきた。
「て、あて…の、つもり?…なんで…?」
シェイプの治療は、お世辞にも上手いとは言えなかった。
加減を知らないように何重にも包帯を巻かれたせいで、肩が痛みとは別で全く動かせない。
でも、傷口の止血の効果はあるようで、痛みは相変わらずだが、血が抜けていく感覚だけは収まっていた。
シェイプはやはり何も答えない。
ネムリの目をただただ見つめ続ける。
そして、また急に動き出すと、今度はネムリを横抱きで抱え上げた。
「きゃっ!?わ…高っ…」
抱き上げられたことよりも、急に地面が遥か下になったことの方が何倍も衝撃的だった。
思わず無事な方の腕をシェイプの首に回す。
マスク越しにシェイプが一瞬息を飲んだのが、体の振動で伝わってきた。
なんだかいたたまれなくて腕を離そうとすると、シェイプからギュッと抱き竦められた。
「な、なに…?」
「………」
「…離すなってこと?」
白いマスクがゆっくりと縦に振られる。
とりあえず大人しく再び首に手を回すと、シェイプはゆっくりと歩き始めた。
「…ねぇ、何がしたいの?」
「………」
「なんで乱入してきたわけ?っていうか、別のキラーの儀式に乱入なんて、どうやってしたの?」
「………」
「…ねぇ、あんたって喋れないの?」
「………」
微かにだが、シェイプは首を横に振った。
どうやら喋れはするらしい。
ネムリは、ため息をついた。
「あんたの目的は、何なわけ?まさかキラーが人助けに目覚めたとか?」
「………」
どうせ返事はないんだろうと顔を背けてぼんやりと景色を眺めていると、シェイプが急に顔を耳元へと寄せてきた。
ー…君を守りたかった。ー
囁くような、低い掠れた男の声がした。
くぐもったようなその声に、ネムリは弾かれるように顔を上げた。
あと少しで唇が触れるくらいの至近距離で、シェイプはネムリを見つめていた。
一瞬だけ、ほんの一瞬視線が交わった直後に、唇にひんやりとしたゴムマスクが触れた。
マスク越しの、不思議な感触のキス。
ネムリはただ驚きで固まった。
「……へ?…な、に…?」
シェイプはまた近くでネムリを見つめていた。
暗く陰ったマスクの目の部分の奥に、透き通ったような蒼が一瞬見えた。
またシェイプが耳元に顔を寄せてきた。
ボソボソと囁く声がする。
ー…君を誰にも渡したくない。愛してる…ー
「えっ…!?はっ!?なぁ!?」
驚きの連続で、理解が追いつかない。
シェイプはキラーで、突然乱入してきて、傷の手当てをされて、守りたいとかいってキスしてきて、愛してる!?
なに?なんなの!?
目を白黒させるネムリの耳に、コォ…と風が抜けるような音がする。
戸惑いつつも下を見ると、キャンプにつながる脱出ハッチが口を開けてネムリを待っていた。
「た、助けて、くれた?逃がしてくれるって、こと?」
シェイプはゆっくりと首を縦に振る。
シェイプは器用に片手でネムリを抱え直すと、もう片方の手でネムリの傷口を指さした。
「け、怪我?怪我がどうしたの?」
「…………」
「ええと…怪我人だから、助けた…とか?」
またシェイプがゆっくりと頷く。
一体全体なにを考えているのか本当にわからない。
何回も人を殺してるような奴が、怪我をしているから助けるなんて支離滅裂だ。
でも、殺す気がないのも本当のようだ。
よくわからないまま、とりあえずネムリはお礼を言う事にした。
「あ、ありがとう…シェイプ…」
するとマイケルは今度は首を横に振った。
すぐに耳元に顔が寄ってきて、またボソボソと何か聞こえてくる。
ー…マイケル…ー
「…へ?」
書き慣れない名前が聞こえたような気がした。
ー…マイケル・マイヤーズ…ー
「ま、マイケル?って、名前?」
ゆっくりとシェイプは頷く。
急に名前って、本当にこの人はなにをしたいんだ…?
混乱するネムリを、さらに混乱させる一言を、シェイプ…、マイケルは紡ぐ。
ー… ネムリ、愛してる…次は、連れて行く…ー
頬に感じるマスク越しの柔らかな感覚。
ネムリが目を見開いているわずかな間に、ネムリの背中を支えていたマイケルの手が離れる。
「なっ…うわぁあ!?」
いつのまにか完全にマイケルに身を委ねていたネムリは、重力に従ってまっすぐにハッチの中へと落ちて行く。
反射的に伸ばした手の向こう、名残惜しげにこちらに手を伸ばす白いマスクの彼が、ゆっくりと手を振っていた。
どさり、と地面と身体がぶつかった。
放心状態でその場に座り込んだまま、ネムリはそっと傷があったところへ手を伸ばす。
そこにはもう痛みも、傷もなく、ただ歪に巻きつけられた包帯が指に触れた。
座り込んだままのネムリの側を通りかかったクローデットが、驚いたような顔で立ち止まった。
「ど、どうしたの!?ネムリ!顔真っ赤よ?」
「いや…あ、うん…大丈夫…」
慌てるクローデットをよそに、ネムリは掌で顔を隠す。
ああ…熱い。
まいったなぁ…キラーなのに…
次、どんな顔で会えばいいんだろう…
ただの殺人鬼と獲物だったはずなの…
ネムリは脳裏によぎる白いマスクに、顔を赤く染めながら、唸り声を上げて俯くしかできなかった。