DbD短編
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私は今、冷たいバスルームの床に倒れている。
真っ赤な血を流して、白いタイルを赤く染めて。
タイルの温度なのか、私の体温なのか分からないが、凍えるほど冷たい。
口から漏れる息はひゅーひゅー、と心細い風の音のようだった。
横たわるわたしを、上から白いマスクの殺人鬼が見下ろしている。
ふー、ふー、と呼吸を荒げ、私の返り血で染まった手と獲物の包丁を、じっと見つめている。
いつか、こうなる予感はしていた。
ネムリはそっと目を閉じる。
私の愛するマイケル・マイヤーズは、ハロウィンの悪魔とも言われる殺人鬼だ。
白いマスクで、何を考えているのか不明で、ただ殺戮を繰り返した世間で恐れられているシリアルキラー。
ずっと隣りに居たからわかる。
彼は理由があって人を殺すわけじゃない。
彼の殺人衝動は、生きるために食事を取るのと同じように、彼にとって必要不可欠なものなのだ。
二人きりの時、触れ合う時、愛し合う時。
彼の瞳の奥に黒い欲望が見え隠れしているのに、私は気付いていた。
頭の隅では理解していたのだ。
彼が、私を殺したくて仕方ないということを。
「っかはっ!!っぐぅ…は…ぁ…」
喉からこみ上げてきた鉄の味の液体をゴポリと嫌な音を立てて口から吐き出す。
血生臭くて思わず眉を顰めた。
カラン、と何か落ちる音と共に、ドサリとすぐ隣に何かが倒れ込んできた。
霞む目をなんとか動かすと、項垂れるように膝をついてこちらを見つめるマイケルがいた。
「……ぐっう、ぅううううううう!!!!」
彼は両手で頭を押さえつけて、獣のような唸り声を上げた。
多分、他の人が聞いたら、殺人鬼の雄叫びにしか聞こえず、恐怖に震えることだろう。
でも、私は知っている。
彼は、彼は嘆いている。絶望している。
恋人を手にかけた事を。
マイケル・マイヤーズは抗えない殺人衝動を持ってはいるが、愛情がないわけではない。
むしろ、愛した人への執着や愛情は、常人を遥かに凌駕している。
未だに妹のローリーを追いかけまわしてるのもそう。
わたしも、彼の愛を痛感していた。
片時も離れたくないと、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた事。
料理してるときにマスクをずらして首筋に口付けてくる事。
屋根の上に登って、マイケルの胸に抱かれながら星空を見上げた事。
時折暗い欲望が見え隠れするものの、その蒼い目が、触れてくる温かくて大きな手が、優しく触れる唇が、愛していると語ってきていることは、誰よりも知っていた。
わたしは、笑えているのかもわからなかったけど、口を動かして笑おうとした。
未だに叫び続けるマイケルの膝に、なんとか手を乗せる。
マイケルの慟哭が止んだ。
「マ…イケル…ごめん、ね…今、まで…が…まんさせ、て…」
マイケルがじっと、こちらをみている気配がする。
もう、ろくに見えない目を覗き込むように白いマスクが近づいてきているのがわかる。
「マイケル…あ、いして、る…ずっと…」
唇に温かいものが触れたのを感じた。
柔らかくて、それが彼の唇だとすぐに分かった。
「…ッ… ネムリ…!ネムリ…!」
マイケルがわたしの手を取って、マスクの下、自身の頬に触れさせる。
冷たい手が暖かく濡れていく。
殺人鬼の涙って、温かいんだなぁ、なぁんて呑気に思ってしまった。
「マ…イケル…わたし、しあわせ…だよ…いま、も…これから…も」
「………ネムリ……愛してる………永遠に…」
頬に添えられた手をぎゅう、と強く握られた。
感覚が鈍くて、温もりだけを感じていた。
わたしは、幸せなのかもしれない。
多分、わたしも彼を愛した時点でどこか狂ってしまったんだろう。
彼に愛してると囁かれて、涙を流されて、心も身体も命も彼に捧げて、最後まで看取られる。
かもしれないなんてものじゃない。
わたしは、幸せだ。
「ま、いける…やくそく…し、よ…?」
もう感覚もない、鉛のように重たい手をなんとか浮かせて小指を伸ばす。
マイケルが息を飲んだような音が微かに聞こえた。
「また…あうとき…は………な、にも…がまんせず、あいし、あいたい…ね…」
小指に、温かい何かが絡み付いたような気がした。
もう寒さしか感じない身体が、じんわりとした温もりに包み込まれる。
目の端から、つぅ、と温かい滴が溢れ落ちた気がした。
耳元に、子守唄のような優しい囁きが聞こえる。
ー絶対に…君を見つける。君を探し続けるよ…ー
ーおやすみネムリ…愛してる…ー
わたしの意識は、愛しい温もりに吸い込まれるようにそのまま閉じていった。
…
……
………筈だった。
「えっ…?」
急速に意識が覚醒した。
ガバッと勢いよく起き上がり、自身の身体を茫然と見つめる。
痛みも、傷痕も、血もついていない。
息も苦しくない。
頬に触れてみると、温かい。
間違いなく、血の通った人間の皮膚の温もりがある。
「どう…なってるの…?」
周りを見渡すと、わたしの倒れていた場所も、バスルームでは無かった。
白地にピンクの薔薇の模様のソファにわたしは横たわっていた。
このソファには、見覚えがある。
あたりを見渡すと、身に覚えのあるものばかりだ。
古びた絵画や、壊れかけのテレビ。
外にはピクニックにぴったりのベンチがあって…
間違いない。ここは
「マイケルの家だわ…」
茫然と表通りを見つめていると、「おい!!あんた!」と男の声がした。
振り返ると、見知らぬ厳つい顔の青年がこちらに向かって走ってくる。
「何してんだよ!!早く発電機回すか隠れろ!キラーそこまで来てるぞ!?」
「な、何ですか…?いきなり」
青年は妙に切羽詰まっているというか、危機迫っている様子だった。
不信感を露わにして彼に問いかけると、彼はハッとしたような顔をした。
「あんた…まさか新入りか?」
「新入り…?話がよくわかりませんが…」
彼はため息をついた後、わりぃ、と一言ぶっきらぼうに謝って、簡潔にだが色々と説明してくれた。
ここがエンティティという邪神の箱庭だということ。
毎夜殺人鬼と生存者の命がけの儀式が行われていること。
死んでも生き残っても、永遠にこの儀式を繰り返し続けなければならないこと。
全て説明を聞き終えた時、私の身体は震えていた。
青年は、何を思ったのか「いきなりこんな話、信じられねぇよな。怯えんのもわかるぜ」と同情するように私の肩を叩く。
まさか、彼がわかる筈もない。
「おいっ!!やべぇ!!!逃げろ!!!キラーが来た!!!」
青年が血相変えてその場を走り出す。
大きな音がして、おそらくわざと物音を立てているんだろう、「こっちだ白マスク野郎!!!」なんて怒鳴ってる。
ー……見つけたよ。ネムリ…ー
背後から、ふー、ふー、と籠った息遣いが聞こえる。
それは徐々にこちらへと近づいてくる。
わたしは笑みを浮かべてゆっくりと振り返った。
そう、彼にわかる筈もない。
わたしの身体の震えは、歓喜に満ちたものだったのだと。
「おまたせ。マイケル」
やっと、思う存分愛しあえるね。
私は両腕を広げて、振り下ろされてくる包丁ごと、彼を強く抱きしめた。