ガナッシュ・ショコラの口溶け(バレンタイン)
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あれは師走の、とても寒い日だった。
帰宅すると頭から血を流して死んでいた母の第一発見者となった私は、たらい回しにされながら色んな人間に経緯や事情を説明して回った。
やっと解放された、と思ったのも束の間、すぐに拘束されて留置所に入ることになった。
母の死へのショックや悲しみなんて考える暇もなく、狭くて冷たい留置所に入れられて呆然と過ごしたものだ。
「この人、負けたことないんだって」
姉から紹介されたその人……成歩堂弁護士の事はワイドショーで見た事があった。
天才検事を相手に、勝訴をもぎ取っている弁護士。
母と姉と私の三人暮らし、ただでさえ裕福とはいえない暮らしをしていたのに、もっと有名な弁護士に依頼するほどのお金はなかった。
だから、私は依頼した。
藁にもすがる思いで。
「明寺奈真恵さん、きみのことを信じてる。だから、なんでも話して」
面会の時、成歩堂さんのまっすぐな視線に私はひどく困惑した。
少しの迷いや疑いも感じさせないまっすぐなその眼に。
私は姉や警察関係者の犯罪者を見るような視線に(彼等的にはそうだったのだろう)、参っていたことをはじめて自覚した。
彼には、何でも話した。
裁判はきっちり三日間行われた。
被告人席に座らせられた私は白熱した裁判に圧倒されつつも、成歩堂さんがピンチのときでさえ落ち着いていられた。
彼が被告人である私の事を心から信じているように、私も彼の事を信じるべきだと思ったからだ。
そして、成歩堂さんは見事に私の無罪を証明してくれた。
結局、遺産狙いの姉が私に殺人の容疑を着せようと起こした事件だということだった。
勝訴といえど、母と姉を同時に失った私は途方に暮れた。
そんなとき、成歩堂さんと助手の真宵さんがそんな私を誘ってくれた。
「一緒に勝訴のお祝いをしよう」
*
「もう二ヶ月が経つんだね」
成歩堂さんはそう言ってサンドイッチを頬張りながら、思い出すように斜め上を見ている。
あの事件が終わってから、こうして数回食事を共にさせて頂いている。
この間も一緒にランチを食べたとき、『まだお昼どきだというのに、どうして来てくれたんですか』と聞いたら、『事務所が暇だからもう閉めちゃった』と言われた。
本当にそれでいいのだろうか。
「その件は本当にありがとうございました。成歩堂さんがいなければ今頃私は……」
私は、刑務所に収容されて服役していたのだろう。
そんな未来があったかもしれないことにゾッとする。
それに、こうして成歩堂さんと出会えることもなかったのだろう。
私は自分が彼をただの『弁護士』だと思っていないことを自覚していた。
最初の面会のときから。
不安で孤独な私を救ってくれるのは、私が依頼人であるからに違いないのに、カン違いしていないと辛かった。
「明寺さんはやってなかった、だからぼくも無罪を証明できたんだ。明寺さんが正直に全てを話してくれたから」
成歩堂さんは口の中のサンドイッチを慌てて飲み込んで、そんな事を言ってくれた。
この人の真剣な話をするときの真面目な顔が好き。
なんて、呑気なことを思った。
「私たち、会う度にこの話をしちゃいますね。もうこれで何回目でしょうね」
「いやあ、ハハハ……」
成歩堂さんは苦笑いして、またサンドイッチに手をつけた。
そう、本当はこんな話をしたいんじゃない。
今日は、渡したいものだってあるのに。
だって、今日は二月十四日 なのだから。
私はミルクティーを飲み干す。
ふと、横を見ると私たちの座っているテラス席を仲の良さそうな家族が通り過ぎて思わず目を伏せた。
「気にしてるの? お姉さんのこと」
私は目を見開き、彼を見た。
鋭い、流石弁護士というところか。
「気にしてます、正直……。母にした事、私になすりつけようとした事、全部姉の仕業だって分かっているのに。今生きている家族は、お姉ちゃんだけですから。寂しいし会いたいって思っちゃいます。いけませんよね」
話す気なんてさらさらなかったのに、言葉はぽつぽつと溢れ出て止まらなかった。
成歩堂さんはお姉ちゃん、と呟いて遠い目をした。
一人っ子だと言っていたはずだ、誰を思い出しているのだろう。
私たちの間に沈黙が流れる。
先に沈黙を破ったのは、成歩堂さんだった。
「いけないことはないよ、明寺さん。家族に会えなくて寂しいのは当たり前のことなんだから。……ぼくがきみの寂しさを少しだけでも埋めてあげられたらいいのに」
子犬のような顔をしながらそんな事を告げられて、私は恥ずかしくなってしまった。
なんて、女泣かせなことを言う人だろう。
カン違いしてしまいそうになる。
「あの! 私、成歩堂さんに本当に救われてるんですよ。かっこいい私のヒーローです。こうやって、食事を共にしていると寂しくなくなるし、楽しいし、一緒にいて安心できます。そして……」
「待った!」
二ヶ月前に何度も聞いたそのフレーズに懐かしさを覚える。
よく通る低くも高くもない落ち着く声。
彼が大声を出したので、周りに座っていた客の視線を集めてしまった。
見れば、彼は私から顔を背けて口元を手で押さえていた。
「きみ……自分が何言ってるか分かってる?」
よく見れば彼の耳が赤く染まっていて、それを見た私も顔が熱くなっているのが分かる。
どうして、そんな思わせぶりな態度をとるのか私には分からなかった。
そして、むず痒いようなこのムードにいたたまれない気持ちになってきた。
「な、な!成歩堂さんが先に言い出したんですよ!」
たまらず言い返せば、彼は弱った顔をした。
私はこれまでの食事でも好意を仄めかすことを言っていたのに、一切気づいてなかったのだろうか。
こんなにも好きなのに、全く気づいていなかったというのか。
「う……」
「あ、あの、そろそろ出ましょうか、お店」
冷静になって周りを見渡すと、テラス席中の、いや、それに加えて通行人達からの好奇の目線が向けられていた。
どうせ、頼んでおいたものはみんな食べ終わってしまったことだ。
不自然ではないだろう。
「え、あ、そうだね……」
なにか言いたげな成歩堂さんに気づかないフリをして、席を立つ。
私も成歩堂さんも顔を合わせることが出来なくて、店を出たあとも不自然なほど距離を置いてしまっている。
想いを告げるチャンスなのは分かってる。
だけど、もしも、成歩堂さんにその気がなかったら?
私たちは別に友達という関係ではない。
弁護士と、元・依頼人。
私の境遇に同情して一緒に食事してくれてるだけだ。
この脆い関係が崩れるくらいなら、想いを伝えない方がいい。
……鋭い成歩堂さんだから、もう気づいてしまったかもしれないけど。
お会計を済ませて、外に出た後も微妙な空気は続いた。
いつもは食事の後、買い物に付き合ってもらったり公園で話し込んだりもするけど、今日はとてもそれを言い出せる雰囲気ではなかった。
「あの、今日はそれだけ、ですので。ランチ付き合ってくれてありがとうございました」
これは嘘だった。
今まで成歩堂さんに嘘なんてついたことはない。
初めての嘘だった。
だけど、それが当たり前みたいにすっと言葉が出て自己嫌悪した。
私のハンドバッグの中で、包装されたお菓子の袋が揺れる。
重いと思われるだろうか、手作りのマカロンだ。
「!」
成歩堂さんは驚いた顔をして私を見た。
まさか、私が嘘をついたことに気づいたのだろうか?
いや、そんなに不自然な態度ではなかったはずだ。
軽く会釈をして、背中を向けて歩き出す。
「待って」
成歩堂さんが私の腕を掴む。
きわめて落ち着いた声だった。
「なんですか?」
喉がひりついて、乾いた声が出た。
振り向くと、勝ち誇った顔をした成歩堂さんが笑っていた。
「嘘ついてるでしょ」
「どうして分かるんですか」
「う……えっと、明寺さんのことなら何でもわかるから……」
手を頭の後ろに回して、困ったように笑った。
これも裁判のときに見た仕草だ。
あのときはこの仕草をされると、胸騒ぎがして少し不安だったけれど、プライベートで見るとこんなにも愛しいのか。
好きだからそう思うだけなのだろうか。
「それは、嘘ですね」
私は断言して成歩堂さんに指をつきつける。
「どうしてそう思うんだい?」
「成歩堂さんのことならなんでも分かるからですよ」
「はは……」
私は何故だか成歩堂さんに嘘がバレてしまうみたいだ。
あの時みたいに全てを、今の想いを正直に話すのは、今はまだ難しいけれど。
「これ、差し上げたかったんです」
私はハンドバッグから、青い袋に包まれたお菓子を取り出して渡す。
顔が熱くて恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したい気持ちに苛まれながら。
雑貨屋で青いラッピング用の袋を見つけた時、貴方のことを思い出したから、とは言えなかった。
「え!これ……」
「今日はバレンタインデーですからね」
パチクリと瞬きをした後、また顔を赤くして、
「あ、そういう……!」
と呟いたきり、また、押し黙ってしまった。
グイグイきたくせに、なんて無責任な人!
そんな反応をされると、やっぱり脈アリなんじゃないか、と思ってしまう。
初めての恋というわけでもないのに、どうしてこんなに照れくさいのだろう。
「マカロンです、嫌いでしたら捨ててしまっても構いませんので」
この人は果たしてマカロンの意味を知っているのだろうか。
深読みしてくれたらいいのに。
「明寺さん、ぼくは捨てるなんてそんなもったいないことしないよ」
「ふふ、食べてくれるんですね」
渡してよかったと心から思った。
マカロンの味のほうは大丈夫だろうか、なんて今更不安になってきた。
「……お返し」
「え?」
「お返し期待しててね、奈真恵ちゃん?」
成歩堂さんは顔の赤さが全然引いていないのに余裕ぶって笑うから、私もおかしくて笑ってしまった。
マカロン……あなたは特別な人
帰宅すると頭から血を流して死んでいた母の第一発見者となった私は、たらい回しにされながら色んな人間に経緯や事情を説明して回った。
やっと解放された、と思ったのも束の間、すぐに拘束されて留置所に入ることになった。
母の死へのショックや悲しみなんて考える暇もなく、狭くて冷たい留置所に入れられて呆然と過ごしたものだ。
「この人、負けたことないんだって」
姉から紹介されたその人……成歩堂弁護士の事はワイドショーで見た事があった。
天才検事を相手に、勝訴をもぎ取っている弁護士。
母と姉と私の三人暮らし、ただでさえ裕福とはいえない暮らしをしていたのに、もっと有名な弁護士に依頼するほどのお金はなかった。
だから、私は依頼した。
藁にもすがる思いで。
「明寺奈真恵さん、きみのことを信じてる。だから、なんでも話して」
面会の時、成歩堂さんのまっすぐな視線に私はひどく困惑した。
少しの迷いや疑いも感じさせないまっすぐなその眼に。
私は姉や警察関係者の犯罪者を見るような視線に(彼等的にはそうだったのだろう)、参っていたことをはじめて自覚した。
彼には、何でも話した。
裁判はきっちり三日間行われた。
被告人席に座らせられた私は白熱した裁判に圧倒されつつも、成歩堂さんがピンチのときでさえ落ち着いていられた。
彼が被告人である私の事を心から信じているように、私も彼の事を信じるべきだと思ったからだ。
そして、成歩堂さんは見事に私の無罪を証明してくれた。
結局、遺産狙いの姉が私に殺人の容疑を着せようと起こした事件だということだった。
勝訴といえど、母と姉を同時に失った私は途方に暮れた。
そんなとき、成歩堂さんと助手の真宵さんがそんな私を誘ってくれた。
「一緒に勝訴のお祝いをしよう」
*
「もう二ヶ月が経つんだね」
成歩堂さんはそう言ってサンドイッチを頬張りながら、思い出すように斜め上を見ている。
あの事件が終わってから、こうして数回食事を共にさせて頂いている。
この間も一緒にランチを食べたとき、『まだお昼どきだというのに、どうして来てくれたんですか』と聞いたら、『事務所が暇だからもう閉めちゃった』と言われた。
本当にそれでいいのだろうか。
「その件は本当にありがとうございました。成歩堂さんがいなければ今頃私は……」
私は、刑務所に収容されて服役していたのだろう。
そんな未来があったかもしれないことにゾッとする。
それに、こうして成歩堂さんと出会えることもなかったのだろう。
私は自分が彼をただの『弁護士』だと思っていないことを自覚していた。
最初の面会のときから。
不安で孤独な私を救ってくれるのは、私が依頼人であるからに違いないのに、カン違いしていないと辛かった。
「明寺さんはやってなかった、だからぼくも無罪を証明できたんだ。明寺さんが正直に全てを話してくれたから」
成歩堂さんは口の中のサンドイッチを慌てて飲み込んで、そんな事を言ってくれた。
この人の真剣な話をするときの真面目な顔が好き。
なんて、呑気なことを思った。
「私たち、会う度にこの話をしちゃいますね。もうこれで何回目でしょうね」
「いやあ、ハハハ……」
成歩堂さんは苦笑いして、またサンドイッチに手をつけた。
そう、本当はこんな話をしたいんじゃない。
今日は、渡したいものだってあるのに。
だって、今日は
私はミルクティーを飲み干す。
ふと、横を見ると私たちの座っているテラス席を仲の良さそうな家族が通り過ぎて思わず目を伏せた。
「気にしてるの? お姉さんのこと」
私は目を見開き、彼を見た。
鋭い、流石弁護士というところか。
「気にしてます、正直……。母にした事、私になすりつけようとした事、全部姉の仕業だって分かっているのに。今生きている家族は、お姉ちゃんだけですから。寂しいし会いたいって思っちゃいます。いけませんよね」
話す気なんてさらさらなかったのに、言葉はぽつぽつと溢れ出て止まらなかった。
成歩堂さんはお姉ちゃん、と呟いて遠い目をした。
一人っ子だと言っていたはずだ、誰を思い出しているのだろう。
私たちの間に沈黙が流れる。
先に沈黙を破ったのは、成歩堂さんだった。
「いけないことはないよ、明寺さん。家族に会えなくて寂しいのは当たり前のことなんだから。……ぼくがきみの寂しさを少しだけでも埋めてあげられたらいいのに」
子犬のような顔をしながらそんな事を告げられて、私は恥ずかしくなってしまった。
なんて、女泣かせなことを言う人だろう。
カン違いしてしまいそうになる。
「あの! 私、成歩堂さんに本当に救われてるんですよ。かっこいい私のヒーローです。こうやって、食事を共にしていると寂しくなくなるし、楽しいし、一緒にいて安心できます。そして……」
「待った!」
二ヶ月前に何度も聞いたそのフレーズに懐かしさを覚える。
よく通る低くも高くもない落ち着く声。
彼が大声を出したので、周りに座っていた客の視線を集めてしまった。
見れば、彼は私から顔を背けて口元を手で押さえていた。
「きみ……自分が何言ってるか分かってる?」
よく見れば彼の耳が赤く染まっていて、それを見た私も顔が熱くなっているのが分かる。
どうして、そんな思わせぶりな態度をとるのか私には分からなかった。
そして、むず痒いようなこのムードにいたたまれない気持ちになってきた。
「な、な!成歩堂さんが先に言い出したんですよ!」
たまらず言い返せば、彼は弱った顔をした。
私はこれまでの食事でも好意を仄めかすことを言っていたのに、一切気づいてなかったのだろうか。
こんなにも好きなのに、全く気づいていなかったというのか。
「う……」
「あ、あの、そろそろ出ましょうか、お店」
冷静になって周りを見渡すと、テラス席中の、いや、それに加えて通行人達からの好奇の目線が向けられていた。
どうせ、頼んでおいたものはみんな食べ終わってしまったことだ。
不自然ではないだろう。
「え、あ、そうだね……」
なにか言いたげな成歩堂さんに気づかないフリをして、席を立つ。
私も成歩堂さんも顔を合わせることが出来なくて、店を出たあとも不自然なほど距離を置いてしまっている。
想いを告げるチャンスなのは分かってる。
だけど、もしも、成歩堂さんにその気がなかったら?
私たちは別に友達という関係ではない。
弁護士と、元・依頼人。
私の境遇に同情して一緒に食事してくれてるだけだ。
この脆い関係が崩れるくらいなら、想いを伝えない方がいい。
……鋭い成歩堂さんだから、もう気づいてしまったかもしれないけど。
お会計を済ませて、外に出た後も微妙な空気は続いた。
いつもは食事の後、買い物に付き合ってもらったり公園で話し込んだりもするけど、今日はとてもそれを言い出せる雰囲気ではなかった。
「あの、今日はそれだけ、ですので。ランチ付き合ってくれてありがとうございました」
これは嘘だった。
今まで成歩堂さんに嘘なんてついたことはない。
初めての嘘だった。
だけど、それが当たり前みたいにすっと言葉が出て自己嫌悪した。
私のハンドバッグの中で、包装されたお菓子の袋が揺れる。
重いと思われるだろうか、手作りのマカロンだ。
「!」
成歩堂さんは驚いた顔をして私を見た。
まさか、私が嘘をついたことに気づいたのだろうか?
いや、そんなに不自然な態度ではなかったはずだ。
軽く会釈をして、背中を向けて歩き出す。
「待って」
成歩堂さんが私の腕を掴む。
きわめて落ち着いた声だった。
「なんですか?」
喉がひりついて、乾いた声が出た。
振り向くと、勝ち誇った顔をした成歩堂さんが笑っていた。
「嘘ついてるでしょ」
「どうして分かるんですか」
「う……えっと、明寺さんのことなら何でもわかるから……」
手を頭の後ろに回して、困ったように笑った。
これも裁判のときに見た仕草だ。
あのときはこの仕草をされると、胸騒ぎがして少し不安だったけれど、プライベートで見るとこんなにも愛しいのか。
好きだからそう思うだけなのだろうか。
「それは、嘘ですね」
私は断言して成歩堂さんに指をつきつける。
「どうしてそう思うんだい?」
「成歩堂さんのことならなんでも分かるからですよ」
「はは……」
私は何故だか成歩堂さんに嘘がバレてしまうみたいだ。
あの時みたいに全てを、今の想いを正直に話すのは、今はまだ難しいけれど。
「これ、差し上げたかったんです」
私はハンドバッグから、青い袋に包まれたお菓子を取り出して渡す。
顔が熱くて恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したい気持ちに苛まれながら。
雑貨屋で青いラッピング用の袋を見つけた時、貴方のことを思い出したから、とは言えなかった。
「え!これ……」
「今日はバレンタインデーですからね」
パチクリと瞬きをした後、また顔を赤くして、
「あ、そういう……!」
と呟いたきり、また、押し黙ってしまった。
グイグイきたくせに、なんて無責任な人!
そんな反応をされると、やっぱり脈アリなんじゃないか、と思ってしまう。
初めての恋というわけでもないのに、どうしてこんなに照れくさいのだろう。
「マカロンです、嫌いでしたら捨ててしまっても構いませんので」
この人は果たしてマカロンの意味を知っているのだろうか。
深読みしてくれたらいいのに。
「明寺さん、ぼくは捨てるなんてそんなもったいないことしないよ」
「ふふ、食べてくれるんですね」
渡してよかったと心から思った。
マカロンの味のほうは大丈夫だろうか、なんて今更不安になってきた。
「……お返し」
「え?」
「お返し期待しててね、奈真恵ちゃん?」
成歩堂さんは顔の赤さが全然引いていないのに余裕ぶって笑うから、私もおかしくて笑ってしまった。
マカロン……あなたは特別な人
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