第一章
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次の日、 事件が起きた。
亜久津が「大変だ」と連呼しながら大騒ぎで走ってきた。
「どうしたんスか金次さん」
すれ違いざまに寅之助が声を掛けた。
「マサさんが鳳仙の奴らにやられたんだ!」
足を止めることなく返事だけして亜久津は走り去っていった。
「マサさんが……」
ぞろぞろと花の元に迫田達が集まる。
皆、表情は険しい。
「こりゃー一騒動あるぜ!」
八板が険しい顔をしながら言い放った。
「一騒動?」
「ああ、鈴蘭の狂犬が黙ってるわけねーからな!」
花の疑問に尾崎が答えた。
――その言葉通り秀吉はすぐ様、行動を起こした。
政成を襲った相手を見つけ出すと1人で乗り込んでいったらしい。
この話は連絡先をつい最近、交換させてもらった米崎から聞いた。
政成もしばらく入院するそうだが骨などには異常はないらしい。
夢野は少しばかり安心したと胸を撫で下ろしたが、米崎にしばらくは気を付けるようにと忠告を受けた。
『このまま鳳仙学園も黙ったままじゃない』
「解りました。米崎先輩も気を付けてください」
『ふっ。心配ありがとな』
米崎との電話を終えると胸騒ぎを覚えながら、明日に備えるのだった。
次の日、夢野は少し遠回りをして学校へと向かっていた。
1人で登校するより良いかと思い寅之助に連絡をしたのだが既に寮を出た後らしく、花と迫田がまだ出ていないと聞いて2人と途中の道で合流する予定だ。
道中で鳳仙学園と遭遇しないかヒヤヒヤしながら、足早に向かうと合流場所に2人を見つけた。
「2人共、おはよう」
「よっ!夢野、何ともなかったか?」
「うん、鳳仙学園は見かけてないよ」
「おい……あれ黒澤さんじゃねーか?」
迫田の見つめる先に視線を移すと確かに黒澤が居た。しかし、スキンヘッドの集団に囲まれており、そのまま連れて行かれてしまった。
その瞬間に花が駆け出した。迫田と夢野も慌てて追い掛ける。
先に黒澤の元へとたどり着いた花が見事な飛び蹴りを食らわせたのが見えた。
なんて跳躍力だろうかと感心しているとスキンヘッドの1人が吠えた。
「コラーッ! なんだて……」
「ぅおらあーっ!!」
それに負けじと花が叫ぶ。
「ちなみに今の飛びがりは九里虎さんのをまねてみました!」
ニッと笑い、ピースする花に黒澤も小さく笑った。
「そこのハゲ……」
やっと追い付いた迫田が1人の生徒を殴った。
「迫田武文参上!!」
「さ、迫田!」
「えーと、夢野葵参上!」
震える声で夢野は迫田に続いた。
恐かったが黒澤が殴られているのを見たら飛び出さずにはいられなかったのだ。
「そして月島花参上!!」
花の言葉を最後に驚きで止まっていた鳳仙学園の生徒達が動き出した。
1人こちらに殴りかかってくるのが見えた夢野は拳を握り締め、横腹目がけて思い切り前回し蹴りを食らわせた。
しっかりと決まったのを感じ、相手はお腹を抱えて倒れ込んだ。
ぶわりと自分の中に熱が高まるのを感じる。
次は――、と周りを見れば最後の1人を花がアッパーで打ち倒したところだった。
「つ、疲れた……」
緊張の糸が切れた夢野は大きく息を吐いた。
心臓はバクバクと高鳴っている。
「おい、とりあえず行くぞ」
黒澤の声にハッとし、置いていかれないように足を動かした。
「夢野!」
「な、なに花くん」
「すっごい蹴りだったな!」
「そうだった?」
「ああ。正直、驚いたぜ」
黒澤にも褒められ、なんだか悪い気はしなかった。
「おい、お前喧嘩出来なかったんじゃねぇのか。寅に聞いたぞ」
迫田の指摘はごもっともだったが、それは違うと夢野は首を振った。
「しないとは言ったけど、出来ないとは言ってないよ」
「なんだそりゃ」
「……まぁ、出来なくはないって程度だけど。本当に喧嘩はした事なかったし」
「それにしては良い蹴りだったよなー」
「テコンドー習ってたんだ。さっきの蹴りもそうだよ」
「な! 今度、オレとやろうぜ!」
「無理無理! 花くんが相手じゃ命足りない」
花が楽しそうに提案してきたが、それはキッパリと断った。残念そうにしていたが流石に勝負を受ける気にはなれなかった。
「なら、オレが相手ならどうだ?」
「迫田くん? うーん、迫田くんとも無理かも」
当然だが、喧嘩と試合は全く違う。
場数を考えたら間違いなく負けそうだと夢野は思った。
そんな話をしながら学校へ着くと、他にも多数の生徒が襲われたらしい。
米崎も岩城、そしてゼットンも入院するほどの大怪我を負ったというのだ。
今回は花達と合流し、黒澤を助けられたのは幸運だったのだと夢野は思い知らされた。
しかし、これからが本格的に鳳仙学園とのぶつかり合いになる事を考えると弱気になっている場合ではないと鳴り止まない鼓動を落ち着かせるのだった。
一夜明け、朝から春の終わりを告げるかのような雨だった。
秀吉の元へと神戸、黒澤、原田が集まった。
春の終わり……そして夏の始まりを告げるような雨の日、鈴蘭の逆襲は開始されたのである。
鳳仙の縄張りである駅で、公園で、商店街で……。
街のいたるところで激突したのである!
一方で花が風邪をひいたと聞いた夢野はお見舞いに向かっていた。
1人で出歩くのは危険だと解っていたが、逆襲に参加できる程の余裕はまだなかったからだ。
念の為、制服ではなく私服に着替えて帽子も目深に被った。
学ランさえ着ていなければ、案外バレないものだ。
そろそろ蓮次に教えてもらった場所の近くのはずだと周りを見回してみる。
簡単に地図を書いてもらったのだが、なにせ初めて行く場所となると慎重になってしまう。
「えーと、この道がここだよね」
住宅街ということもあり、解りやすい建物も無くウロウロとしていると「どうした?」と声を掛けられた。
「どっか探してるのか?」
声を掛けてきたのは黒髪で随分と綺麗な顔をした男だった。
「えーと、その……」
「ん?」
なんだか緊張してしまう。
「ここに行きたくて、友達のお見舞いに」
地図を見せて目的地を指差す。
顔が近くなり、より緊張してしまう。
「……もしかして花の友達?」
「えっ! 花くんを知ってるんですか?」
「ああ。オレもそこの寮で暮らしてるから一緒に行こうぜ」
にこりと微笑まれ顔が熱くなる。
「お、お願いします! あ、オレは夢野葵っていいます」
「オレは藤代拓海、よろしくな。花の友達って事は同じ1年だよな? 気楽に話してくれよ」
「ありがとう。そうさせてもらうね」
隣を歩き、こっそりと横目で拓海の顔を眺める。
こんな格好いい人、六花が見たら大騒ぎしているかもしれない。
「オレの顔に何かついてる?」
「えっ!? ごめん、その……どこの高校なのかなって!!」
見過ぎてしまったらしい。
慌てて誤魔化したが拓海は変に思わず、快く答えてくれた。
「オレは黒咲工業だよ」
「黒咲工業……」
知らない高校だ。しかし、鈴蘭高校に通う花達と同じ寮を選んだのなら近くなのだろうと予測出来た。
「知らない所だなぁ」
「もしかして実家はこっちじゃないのか?」
「うん、県外から引っ越してきた。育ててくれた祖父が東京の方に転院したから鈴蘭にしたんだ」
「それは大変だな」
「その代わり花くん達に出会えたから良かったけどね」
「そうか……。あ、もう着くぜ」
話をしながら歩いていればあっという間だった。
拓海が「あそこがそうだ」と指差した方向に寮が見えた。
何やら 夢野の他にも来客が来ているようだ。
2人共、傘を差していて誰なのかまでは解らない。
「いねーっつったらいねーんだ!! さっさと帰れバカヤロー!!」
寅之助の声だ。どうやらただ事ではなさそうで、足早にその2人の元へと向かう。
「花に何の用だ?」
「あっ。たっ拓海っちゃん!」
振り向いた2人は知らない顔だが、制服を見る限り鳳仙学園の生徒だろう。
「いやなに……大したことじゃねーんだけどな……」
「なんならオレが花の代わりに相手してやろーか……」
「ほ〜〜」
臆することなく進み出る拓海。
「コラッ横からシャシャリ出やがって……なんだてめー!」
光政の隣に居た男が1歩前に出た瞬間に、拓海が瞬時に顔を殴った。
殴られた男は尻もちをつき鼻血を垂らした。
「あっ」
鼻を押さえ、すぐ様立ち上がると怒鳴った。
「こ、殺すぞてめー!」
「健!」
今にも飛び掛りそうな勢いだったがもう1人の生徒がそれを止めた。
「なるほど……鈴蘭1年の覇者ともなるとお目にかかるまでにいくつかの部屋を通らなきゃーいけねーってわけね……。帰るぞ健!」
「お、おい!」
「オレは鳳仙の月本光政……お前、名前は?」
「藤代……黒咲工業の藤代拓海」
「覚えとくぜ……」
意外にもあっさりと引き下がり、2人は去っていった。
「ん……どうした? トラ」
寅之助は去っていった方向を見て、口を大きく開けて固まっていた。
「大丈夫? 寅くん」
「バ、バカヤローって言っちまった……月本光政に……」
「ああ、見てたよ。カッコよかったぜトラ」
「えっ!! マジ!?」
「ああ!」
「うん、カッコよかった!!」
うんうんと頷けば寅之助は照れ臭そうに頭を掻いた。
「ま、まーね……オレだって言う時は言うから! 相手が誰であろうと……そう! 相手がたとえボブチャンチンだろーがハシダスガコだろーが言う時はビシッと言うから。ハハ……ハッハハハハハハ……」
「さ、夢野は花に会いに来たんだろ?入れよ」
「お邪魔します」
中に入れてもらい、リビングに通された。
「あ、そうだ。花ちゃんちょうど寝ちゃったんだよね。起きるかな?」
「悪いからいいよ。それにすぐ帰るつもりだったし、これだけ渡してくれる?」
寅之助に買ってきていたゼリーを渡した。
何も入らないとは言っていたが、風邪をひいた時に祖父がよく買ってきてくれて嬉しかった事を覚えていたので、つい買ってきてしまった。
「花ちゃん喜ぶよ」
「そうだといいんだけど」
「喜ぶさ。はい、お茶」
いつの間にか拓海がお茶を用意してくれていた。
春とはいえ、雨で少し冷えた体にはありがたかった。
「いただきます」
「これから葵ちゃんはどうするの?」
「え?」
「鳳仙との喧嘩に率先して参加したい訳じゃないんだよね?」
「うーん……」
確かに寅之助の言う通りではある。
先日、喧嘩したのも黒澤を助ける為という理由があったからだ。もちろん、鈴蘭高校の生徒として知らんぷりを突き通す訳にもいかないのも解っていた。
「夢野は喧嘩とかするタイプじゃないんだな」
「うん」
「なら、無理しなくても良さそうだけど。なぁ、トラ」
「そうそう! オレも全く戦力にならないから参加してないし」
「ありがとう2人共、もう一度どうしたいか考えてみる。あんまり長居するのも悪いから、もう帰るよ」
お茶を飲み干し、立ち上がる。
「帰りは大丈夫?」
「うん! 意外と学ラン着てないとバレないみたい。途中で見かけたけど何もされなかったし」
「……まぁ、葵ちゃん私服だと中学生にしか見えないし」
「ええ!?」
寅之助がくすくすと笑う。
私服は悩み抜いて男っぽいものを選んだつもりだったが、中学生に見えるとは思っていなかった。
「そんな事ないよね、藤代くん?」
「うーん……顔付きは幼く見えたかな」
明らかに拓海が気を遣ってくれているのが解った。
男っぽい服装を選べているなら及第点なのかもしれないが、中学生に見えたと言われるとなんだか妙に恥ずかしくなってくる。
「べ、別にダサいとかじゃないよ!」
俯く夢野に寅之助が慌てて、それは誤解だと首を振った。
「いーよ、もう。お邪魔しました!」
「ごめんってばー!!」
「藤代くんまたね」
「ああ、また来いよ」
「ちょっと葵ちゃん!?」
玄関まで追い掛けてくる寅之助を振り切り、夢野は寮を後にした。
次の日、夢野は病院の前に居た。
今度はゼットン、米崎、岩城のお見舞いの為だ。
受付で病室を聞けば同じ病室に入院しているらしい。
部屋番号と名前を確認し、数回ノックしてからドアを開けた。
「失礼します」
「お? 夢野じゃねーか!」
ゼットンが小さく手を上げた。声は明るかったが、巻かれた包帯が痛々しかった。
「どうも、ゼットン先輩。米崎先輩と……岩城先輩ですよね」
「ああ、岩城軍司だ」
「夢野葵です。よろしくお願いします」
「ベッドの上で悪いな」
「いえ、押し掛けてすみません」
頭を下げれば岩城が優しく笑ったが切れた口の端を痛がっていた。
「律儀に来たのか。わざわざ手土産まで持って」
米崎が腕を動かす元気はないらしく夢野の持っていた紙袋を顎でしゃくった。
「はい、ゼリーなら食べてもらえそうかなと」
花へのお見舞い品と被ってしまい悩んだが、結局食べやすいものはゼリーしか思い浮かばなかったので少しばかり高めの物を買ってきた。
「とりあえず、置いておきますね」
「待て」
1番手前に寝ているゼットンのベッド横に置こうとしたが軍司に止められた。
「コイツ絶対に1人で食うからこっちに頼む」
「そ、そんな事ねーよ! なぁ、コメ!」
「夢野。軍司のところで良いぞ」
「そうしますね」
「夢野まで、ひでーぞ!!」
ゼットンには申し訳ないがひとり占めしている姿が想像できてしまったので軍司のところに紙袋を置いた。
ぶつくさと文句を垂れていたが3人に食べてもらいたいので聞き流す事にした。
「それにしても大丈夫だったのか?」
「え?」
「鳳仙のヤロー共が彷徨いているのにノコノコと1人で来たんだろ」
米崎が刺々しく言い放った。
それは1人で出歩くという危険性の事を言いたいのだろう。
「おい、コメ。それは流石に」
「ゼットン先輩、大丈夫です。米崎先輩の言う通りなので」
昨日とは違って1人で歩く時間は長く、鉢合わせる機会はそれだけ多くなるのは事実だった。
それでも先輩達にお見舞いに来たのは話を聞きたかったのもあるからだ。
「この鳳仙との喧嘩どうしたいのか悩んでまして……。黒澤先輩を助ける為に喧嘩はしました。事の発端であるマサ先輩、それに米崎先輩達もこんな入院する程の怪我をさせたなんて許せないという気持ちもあります」
「許せねーなら敵討ちだと思ってやればいいじゃねぇか」
「……ただ、怒りに任せてやるのも違う気がして。オレは喧嘩なんてしたことなかったので感覚というか何を思ってぶつけたらいいのか解らないんです」
喧嘩とは無縁だった人生。
どうしたって仲間意識だけでやり返そうというのが出来そうになかった。
「ま、無縁だったならそうだろうな」
「夢野」
ゼットンがこちらを真っ直ぐ見ていた。
「前も言ったけどよ、楽しめって」
「皆さんが怪我してるのに楽しめませんよ」
「そーじゃなくて! 悩んでるくらいならお祭りに参加しろって! なぁ、軍司!!」
「仲間がやられた……一方的にやられたまんまじゃプライドが許せねぇ……。そんな理由はオレたちが勝手にやるから良いんだよ。喧嘩シロートの夢野はお祭り騒ぎに乗っかるぐらいで十分だって言いたいんだろ、ゼットンは」
そうそうと大きくゼットンが頷いた。米崎も同じく頷いている。
「いいんでしょうか?」
「ただし、鳳仙はつえーぞ」
「……望むところです」
声は震えていたが、あの時に感じた熱がまた広がっていく。
「オレたちもすぐ退院するからよ!」
ガッツポーズをしてみせたゼットンに頼もしさを感じながら「無理はしないでください」とだけ伝えておいた。
まだ完全には迷いを払拭出来たとは言い難いが、先輩達からの言葉で進もうと決めた夢野は病院に来た時よりも強い眼差しとなっていた――。