第一章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なにすんだコラ〜ッ!」
その一言を皮切りに周りの神戸派であろう生徒達が天地に向かって走り出した。
「やめろお前ら! 一年戦争が終わるまで上の者は1年に一切手を出しちゃならねー!! これが鈴蘭のルールだろーが!!」
夢野は遠くに見えた上級生であろう凄みのある男がそう叫ぶと殺気立っていたはずの生徒達はピタリと足を止めた。
そんな静寂の中で天地が拍手をした。
「1年が上の者をぶっとばしちゃいけねーってルールはねーんだろうなセンパイ…」
「あんまり調子に乗っちゃいけねーぞ、ボウズ」
「そりゃ失礼しました。じゃーオレはこの辺で帰らせてもらいますわ」
そう告げて歩き出した天地を花が引き止めた。
「おい! おめーめちゃくちゃつえーな!」
それに天地は何も答えなかった。
「いずれな!」
ピースサインを送った花に最後まで無言を貫いた天地は去っていき、一年戦争の予選は幕を下ろした。
衝撃的な出来事に夢野は呆然と立ち尽くしていると寅之助に背中をポンと叩かれた。
「大丈夫?」
「ありがとう。帰ろっか」
「うん」
重たい足取りで帰宅した夢野はその夜、何も喉に通らず、泥のように眠りについたのだった。
次の日、遅刻ギリギリで登校した夢野が上履きへと履き替えていると遠くから「お〜い! 一年戦争の決勝が始まるぞー!!」と聞こえてきた。
「どういう事!?」
脱いだ靴を履き直し、外に出る。
既に人だかりが出来おり、何が何だか解らずにうろうろしているとそれに気付いた寅之助が手招きをしてくれた。周りには迫田達も居る。
「ねぇ、どうなってるの!? 決勝って他の人達は――」
「んな説明あとだ!!」
迫田に落ち着けと言わんばかりに頭を押さえられた夢野は頭に浮かんでいた疑問を飲み込むと前を向いた。
――張り詰めた空気。
その場は静まり返り、頭上からはヘリコプターの飛行音。
勝負は正に電光石火だった。
お互いに距離を詰め、天地が先に動いたかと思えば花はそれを受け止めた。
「うおりゃああ!!」
凄まじい威力のアッパーが天地の顎を捉え、吹き飛ばした。天地はそのまま倒れ、花壇に頭を打ち付けると気絶した。
誰もが言葉を忘れ、立ち尽くす中で月島花は鈴蘭一年戦争を制したのである。
「……行こうぜ」
誰かがそう言って動き出すと、それに倣って一人、また一人と解散していく。
夢野は倒れたままで放置されている天地はどうするのかと気にしながらも、教室に戻っていく花達に続いて歩き出した。
――本当にあのままでいいのだろうか。
頭から血が出ていたかまでは見えなかったが、コンクリートに打ち付けて無事な訳はない。
「……オレ、ちょっと飲み物買ってくる!」
「え、ちょっと授業は葵ちゃん!?」
寅之助が引き止めるのも聞かずに自販機に走り出した。
何でもいいから冷やす物はあった方が良いだろう。
登校したばかりでカバンも持ったままだったので財布はある。
缶コーヒーと自分用に紙パックのフルーツオレを買い、フルーツオレはカバンへと突っ込んで、また走り出す。
天地はまだ気絶したままだった。
「おい、おいってば! 天地くん、大丈夫か!」
声を掛けてみても反応はない。あまり揺さぶるのもどうかとは思ったが肩を揺らしてみるも、やはり反応はなかった。
「……息はしてるよね」
口元に手を翳した瞬間に、天地が飛び起きた。
「うわ!!」
夢野は驚き、尻もちをついた。
その隙を見逃さなかった天地が拳を振り下ろしてきたのを夢野は受け止める。
反撃しようとしたが、急に動いたせいなのか天地は頭を押さえて蹲った。
「い、いきなり動くから! ほら、缶コーヒーだけど冷やして」
「……いらねぇ」
「あっ!」
缶コーヒーを差し出したが、弾き返された。
転がっていく缶を夢野が追い掛けると天地はふらつきながら立ち上がる。
「頭打ちつけてるんだから冷やしておきなって」
「しつこい奴だな。なんだ? 敗者でも笑いに来たか?」
「なんで、そうなるんだよ」
受け取らない天地を引き止めようと腕に触れると振り払われた。
「てめぇ……!!」
「えーと、飲めないんだよ! ブラック飲めないから貰って! はい!」
缶コーヒーを胸元に押し付ける。
ギラリと睨まれるが、ここで目を逸らしては駄目だと夢野も睨み返した。
数秒睨み合い、天地は舌打ちをしながら缶コーヒーを受け取った。
「あと、病院! 病院も行って」
「黙れ」
「じゃ、オレは授業行くから。お大事に!」
これ以上会話を広げると、天地の気分が変わってしまうと判断した夢野は返事を待たずに校舎へと駆けていった。
「変なヤローだな」
そう呟き、天地は学校を後にした。
夢野が教室に向かったが授業は既に始まっていた。
どことなく入りづらい雰囲気にこの1限はサボろうとその場に座り込み、フルーツオレを開けた。
微かに聞こえる授業内容に耳を傾けながら、ジュースを飲んでいると視線を感じた。
顔を上げ、廊下の先を見ればゼットンらしき人がこちらを見ていた。
あの人も授業のはずなんだけどなぁと思いながら、会釈をする。
すると、手招きをされたので夢野は立ち上がり、少しだけ屈みながらゼットンの元へと向かった。
「なんで、コソコソしてんだ?」
「……授業サボってますんで」
「ハハッ! そんな事を気にする奴なんか居ないぞ」
「ところで、ゼットン先輩は授業をサボってどこ行くんですか?」
「屋上。行くか?」
「1限終わるまで暇なんで行きます!」
元気よく返事した夢野の頭を撫で、ゼットンは階段を上がっていく。
それに続き、屋上へと出ればそこにはソファやドラム缶が置いてあり、そのソファには金髪にオールバックの男が座っていた。
「おせーぞ、ゼットン。……誰だそいつ?」
「おお、コイツは――」
そこでゼットンが固まる。
そう言えば、名前を名乗った記憶はなかった。
「あ、オレは1年の夢野葵です」
「だそうだ!」
「お前、名前も知らない奴をよく連れてこれたな。オレは米崎。米崎隆幸だ」
「よろしくお願いします、米崎先輩」
「コメでもいいぞ」
「勝手にアダ名を許可すんな。いいから、タバコ寄越せよ」
ゼットンが持っていたビニール袋をあさり、タバコを取り出した。
ゼットンもソファに座るとジュースにポテトチップスを取り出す。
どうやらコンビニに行っていたらしい。
「ほら、夢野も座れよ」
「あ、はい」
ドラム缶に座り、フルーツオレを啜っていると米崎に見られていた。
「なんです?」
「随分と可愛らしいもん飲んでるな」
「えっ!?」
夢野は噎せた。
吹き出したフルーツオレが口元に垂れる。
「おいおい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「オレのティッシュやるよ」
ゼットンからティッシュを受け取り、口元を拭く。
まさか飲み物のチョイスをつっこまれるとは思わなかったからだ。
「甘党でして」
「ふぅん? ところで、夢野はなんで鈴蘭に来た」
「え?」
「見たところ喧嘩しそうには見えねぇし」
「だな! こーんなちっこいのに」
ケラケラ笑うゼットンに揶揄うなと米崎が肘打ちをする。
「確かに喧嘩はしないですね」
「あれだ! ベンキョー出来ないんだろ!」
「あーそんな感じですね」
祖父に言われてやって来ましたなんて、番長を目指すと宣言した花を見たからには言えないような気がして夢野は話を合わせる事にした。
そう答えれば「鈴蘭には喧嘩か馬鹿な奴しか来ねぇからな」とまたゼットンが笑った。
「……なるほどな」
納得したようなしてないような含みのある米崎の視線から逃れるように夢野は残っていたフルーツオレを音を立てながら飲み切った。
「ま、ここは喧嘩が日常茶飯事だから隙を見せんなよ」
「は、はい」
確かに喧嘩を避け続ける事は不可能であろう。
それは解ってはいたが、自分から喧嘩を売ろうなどとは思えなかった。
夢野が俯くと、ゼットンがポテトチップスを差し出していた。
「ほれ」
「あ、ありがとうございます」
「ビビっても仕方ねぇーぞ。入学したんなら楽しんだ方が得だ!!」
「……それも、そうですね」
ポテトチップスを食べ、夢野は微笑んだ。
こんな先輩も居るのか。
たまたま授業をサボる事になったが、先輩達と知り合えたのは大きかった。
「また屋上来てもいいですか?」
「お、おお」
承諾してくれたゼットンの顔が少し赤かったのを不思議に思っていると鐘が鳴った。
「あ、授業終わりましたね! 2限目は出るんで失礼します!」
「またな」
「またな〜!」
軽く手を上げる米崎と大きく手を振るゼットンに頭を下げ、夢野は教室に戻っていった。
「なぁ、コメ」
「なんだよ」
「あんなヤローも居るんだな」
「ん?」
先程、微笑んだ夢野の顔を思い出しゼットンは少しだけ可愛かったと心の中で唸った。
それから教室に戻った花と寅之助には心配されたが、自販機に行った後、ゼットンに誘われ屋上でサボっていたと話した。
そこで米崎とも知り合った事を話せば、寅之助は顔を青ざめさせた。
「恐くなかった?」
「いや、良い人だったよ」
「オレも今度、挨拶に行くか!」
「花ちゃんが行ったら、殴り込みに来たと思われそう……」
「それなら実力試しになって良いかもな!」
「良くないよ!!」
寅之助に怒られた花がシュンとしたのを夢野は笑った。それを見た寅之助に「笑い事じゃない」と夢野まで怒られたのだった。
その様子が可笑しくて凹んでいた花は笑い出し、それに釣られて吹き出せば寅之助をすっかり拗ねさせてしまい二人で必死に謝るのだった――。
あれから2、3日経ち天地にやられて大怪我をしていた尾崎も食あたりで入院していた八板も戻ってきていた。
しかし、天地の姿を見ていなかったのが夢野は気になっていた。
平気で人の骨を折る人間には近付かない方が良いのは解ってはいる。
それでも、何故か放っておくのが気持ち悪いと休日に夢野は周辺を散歩がてら歩き回っていた。
どこかですれ違うかもしれないからだ。
しかし、そんな考えは甘く天地とは会えぬまま辺りが暗くなってきた為、諦めようと帰路についた。
途中でスーパーに寄り、夢野がアパートへ戻った頃には完全に暗くなっていた。
「……あれ?」
アパートのエントランスに誰かが立っているのが見えた。
近付いていけば、そこに立っていたのは探していた天地だった。
「天地くん、何でここに」
「……」
声を掛けてみるも無言。
何故、ここに居るのかも何時から居たのかも解らない。
「えーと、具合はどう?」
ガーゼや絆創膏を貼っており、痛々しかった。
「学校には来ないの?」
とりあえず疑問を投げつけてみたが、やはり天地は何も答えない。
どうしよう。
居た堪れない気持ちで視線を彷徨わせていると天地がやっと口を開いた。
「何で鈴蘭に来た」
「勉強が出来なくてだけど」
そう答えると天地が笑う。
「だからって女が男子校に入学するか?」
「……え?」
――今、なんて言った?
狼狽えている夢野を追い詰めるように天地が近付いてくる。
逃げる事も出来ず固まってしまう。
「変なヤローだと思って、調べてみりゃ女らしいな」
「ど、どうして……」
「世の中にはカネを積んだら調べてくれる奴がいるんだよ」
そんな馬鹿な話ある訳ない。
そう思っても実際に天地にはバレている。
どうしたら良いのかグルグルと思考を巡らせても、何も出てこない。
夢野は両手を強く握り締めた。
「そんな身構えるなよ」
天地に頬を撫でられた。
「確かに男にしては顔付きも体付きも不自然だ。これで誤魔化せられると思うとは」
「う、うるさい」
「頭の悪い奴らが多くて良かったな」
くつくつと楽しそうに笑う天地が何をしたいのか解らなかった。
「それを知って……天地くんはどうするつもり?」
「そうだな、アイツらにもバラしたら面白そうだが――」
「言わないで!!」
持っていたレジ袋を放り捨て、懇願するように天地のシャツを掴んだ。
まだ自分は鈴蘭で何も出来ていない。
それだけは嫌だった。
「お、お願いします」
「色仕掛けか?」
「い、色仕掛け!?」
思わず飛び退くが左の手首を掴まれた。
ジタバタと暴れてみせるが解放されずに、蹴り上げようかと思った瞬間に天地が空いてる手を差し出してきた。
「携帯出せ」
「え?」
「早くしろ」
慌ててポケットから取り出して渡すと天地が携帯電話に何かを打ち込み、返される。
画面には電話番号が入力されていた。
「鳴らせ」
「あ、うん」
それにコールをすれば、天地の物であろう携帯電話が鳴った。
「これ天地くんのって事?」
「じゃあな」
「待って! バラさないでくれるの!」
「オレが飽きるまではな」
なんだそのフワッとした返事。
天地の意図は最後まで解らなかったが、振り返る事なく立ち去っていくのを見送るしかなかった。
放り捨てたレジ袋を拾い、中を確認すると玉子は残念ながら割れていた。
――次、あった時に問い詰めればいいか。
しかし、その見通しは甘かったらしい。
その後、次の月曜日から鈴蘭に天地の姿はなかった。
自ら電話する勇気もなく夢野はいつ鳴るかも解らない登録された電話番号を眺める事しか出来ないのであった。